冷えたビール
風呂で軽く汗を流して寝室に入ると、エリッサが杯を掲げて待っていた。小さな真鍮の器にエールが注がれている。自然と喉が鳴った。
「……ありがとう」
やけに上機嫌な妻に首を傾げつつそれを受け取り、口をつけた。井戸から汲み上げたばかりのような冷たさが渇いた体に染み入る。一息に飲み干すにはちょうどいい量だった。
「もう一杯、」
「どうぞ」
くれないかと言うより早く次が差し出される。これもやはりよく冷えていた。
見るとテーブルにはエールの入った壺とともに氷の岩が乗っている。エリッサは空になった杯にまた次を注いでいた。私が戻るのを見計らって冷やしてくれたのだろうか。
「お前はワインしか飲まないと思っていた」
「ワインの方が好き。でも、お風呂上がりはやっぱり冷たいエールじゃないと!」
……そこまで力むことでも。だがまあ、同感だ。湯浴みのあとはなぜか喉が乾く。そんなときに飲むエールは極上だ。よく冷えているならなおのこと。
エリッサの生まれ育ったハイエヴァーは随分と北にある。彼女の暮らしていた居館で夜を過ごしたことはないが、グワーレンの夜気よりもずっと厳しかったそうだから、彼女は冷たいエールより体を温めるワインが好きなのだろう。
それにしてもエリッサはあまり酒を飲まない。故郷ではよく水を飲んでいたらしいと、直接聞いてはいないが話の中で感じたことはあるが……酒が好きではないのに、金持ちぶりをひけらかすようで遠慮しているのか?
大雑把な性格のくせにときどき妙に気弱だから彼女を案ずるのはとても面倒だ。私はこういう細やかな気配りに慣れていない。
しかしやはり、とにかく冷えたエールが美味い。一番それが恋しいときに首尾よく用意してくれた彼女がいい女だというのは間違いなかった。だから報いたい。
「お前も飲まないか」
「私は今、寒いからいいの」
「なぜ?」
何気なくエリッサの手を掴むと、むやみやたらと冷たかった。まるで氷の岩風呂で水に身を浸していたかのようだ。
「何があった」
「いえ、あの、冷水に浸かっていただけ」
「拷問か?」
「ぶっ……いや、そうすると肌が綺麗になるんだって」
夜着の向こう側まで見る権利を持つ私に言わせれば、もう充分に綺麗だと思うのだが。近頃の流行りだろうか。そういえば先日はどこぞの男爵夫人たちがこぞって風邪を引いたという。もしやその冷水浴のせいでは。
「ワインを用意しよう。温めて飲むといい」
「わあー。じゃあ、シナモンとはちみつを入れてほしいな」
「甘いのが好きなのか」
「はい」
にこやかに頷く妻を見て、エールのおかげだけではなく気分が良くなる。近侍に声をかけ酒を用意するよう命じた。……今度デネリムでミードを買ってこよう。
「機嫌いいなぁ。もう酔ってるんでしょう」
「まさか」
もう一杯エールを煽ってベッドに入り、エリッサを抱き寄せると彼女は嬉しそうに擦り寄ってくる。
「ロゲイン、あったかい」
「湯に浸かっていたからな」
冷えて青白い肌をしているよりも酒で温まってほんのり赤らんでいる方がいいと思うのだ。妻を凍えさせる甲斐性なしだと謗られたくはないしな。