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 なまえは視界にちらつく黒髪を耳に掛けながら店内を見回した。
 ――ああ、やっぱり。
 赤井秀一の化けの皮を身にまとった降谷零を黙認する。驚愕の表情を隠し切れてないあたり、どうやらこちらの正体に気づきかけているようだった。流石は公安のエースと言ったところだろうか。頭の回転が速い。
 一応、素の自分とは対になるような印象を持てるよう、黒髪のウィッグに黒い瞳になるようカラーコンタクトを着けて変声機で声を変え、姿勢も少しいつもと違ったようにしてみたが、やはり気づく時は気づいてしまうのか。
 恐らく彼は小さな出来事をかき集めて必死に推察していったのだろう。以前、ジャンニーニや草壁から、自分や綱吉、風紀財団の情報が調べられた形跡があったと報告を受けた。足跡は付かないよう細工されていたため逆探知が不可能であったが、なまえはその報告を聞いたときから情報を漁ろうとした人物の検討はついていた。ただでさえ風紀財団がまるで挑発でもするかのように並盛以外の地域で姿を現したのである。公安から目をつけられるのは当然だ。
 ここからはあくまでなまえの米花町での生活の話を聞いたリボーンの考えに過ぎないが、きっと公安で風紀財団の話が上がり、降谷零が個人的に調べ始めたのだろう。そして、なまえが何気なく零した並盛出身という言葉を思い出し、なまえや弟である綱吉の経歴、風紀財団との関係があるか等のことを調べ上げようとしたと推察できる。
 流石、黒の組織内で探り屋と呼ばれているだけのことはある。
 なまえは、零の確信を後押しするように彼に柔らかな笑みを向けた。
 ――良いなあ。ボンゴレに欲しいなあ。
 先日、リボーンも同じことをボソッとつぶやいており、その時なまえは「だめだよ」と釘を刺しておいたが、零の推理力を目の当たりにした今、リボーンと同じ気持ちである。
 なまえは自他ともに認めるボンゴレ至上主義的思考の持ち主である。才能秀でた人材を見つけると、「すごい」と思った次の瞬間には、ぜひボンゴレでその手腕を見せつけ貢献してほしいという考えに行きついてしまう。
 事実、屋上で自殺を図ろうとした男を骸の協力により窮地から救い出し、今までのような生活と引き換えに一生をボンゴレに捧げるよう諮ったのはなまえ本人である。その男も最初は困惑していたが、最終的にはこちらの要望を受け入れボンゴレの一員になった。すでに表の世界では亡くなったことにされているため、今では『ピーターパン』と名乗り、クローム達と行動を共にしていた。
 彼の他にも命を拾った者は数名いる。今日の仕事も、ピーターパンと同様、メルヘンチックな名前で新たな人生を歩み始めたもう一人の協力があってこそ成り立っているのだ。
「ごめんなさい、せっかくこれ貸して頂いたのに、使う場面がなくて」
 なまえは撃たれた男の応急処置を終え、周りにいた民間人が止血にと差し出したガーゼハンカチやタオルを一つずつ持ち主に返していった。
 最初は恐怖の色に顔を染めていた民間人も、なまえが応急処置を買って出て他の強盗犯とは何か違う雰囲気があるとわかってから、彼女に話しかけられても体が震えたり後退りするようなことはなかった。
「このハンカチ、とっても素敵ですねえ。頂いたものなんですか?」
「え……ええ。誕生日のとき、孫がくれたものでねえ……」
「そうなんですか! とっても素敵なお孫さんなんですねえ。おばあさんの優しい雰囲気にぴったり当てはまってますよ。そんな思い出のハンカチを汚さなくてよかった」
 なまえはガーゼのハンカチを渡しながら、少しばかり緊張と不安で震えている高齢の女性の手を握る。すると次第に女性の目尻は柔らかくなり、震えは止まっていった。
 ――もう大丈夫かな。
 なまえは最後に一つにこりと笑いかけ、そっと手を放す。
 必要もないのに周囲の民間人から止血できるものを差し出してもらったのは、一種の掛けでもあった。
 これ以上、人質がパニック状態に陥れば、触発された強盗犯は無意識のうちに冷静な判断を失う可能性がある。そうすれば、目的がただ金を盗むだけであったとしても、犠牲者が出るかもしれない。ただでさえこのグループのリーダー格の男は、高揚した気分のまま威嚇発砲を行い、自分がこの場で一番強い人物だと酔いしれたのだ。
 自分より酷い状態にある人間を見ると、人は冷静さを取り戻す。なまえは一か八かでそれを利用し、撃たれた男を助けるという名目で、民間人が今この場で自分ができることを考えられるよう言葉を掛けた。
 誰かが動き出せば人はそれにつられたように同じ行動をするものである。なまえの狙い通り、彼女の言葉がきっかけで我に返った一人が自身の鞄からハンドタオルを差し出したことからその行動は周りの人間にも広がっていき、民間人は次第に冷静さを取り戻していった。民間人がこれ以上錯乱するのを防ぐために止血できるものを募ったため、自分のもとに集まったそれらを元々使用するつもりはなかったのである。
「はい。お兄さんも、ありがとうございました」
「あ、ああ……」
 なまえは最後の一枚を持ち主に返したところで、曖昧な返事をしながら受け取る男をちらりと見て首を傾げた。
 ――あれ、この人公安か。
 スーツに身を包み、眼鏡を掛けた一見理系にも見える男性。その顔を、なまえは事前にリボーンや綱吉から貰った資料で見た覚えがあった。
 ――名前、なんだったけ。確か、風なんとかさん。
 爆弾製造者・金子重之がこの強盗犯に加担すると情報をつかみ、公安から二名潜入するというのは頭に入っていたが、名前まではしっかり覚えていなかった。
 ――風、風……風早さんだっけ?
 名前のわりに爽やかじゃないなあとなまえは心の中でぽつりと零す。すると自分に向けられる訝し気な視線が鋭くなったのを感じ、気づかれないように細く息を吐いた。
 この男性の考えていることはわかる。金子が居るはずの場所に存在するお前ば誰なんだと、顔に書いてあった。潜入して金子との接触を試みよう接点と目論んだ計画が台無しになってしまえば誰だって睨みつけたくなるか。
 公安の者は自分たちが入手している金子の情報は、新作の爆弾を本日初お披露目だと思っている。しかし、実際はそうではない。
 金子が新製造した爆弾は、既に裏の世界にはびこっている。彼は表の世界で初めて披露する格好の機会として、今回の銀行強盗に加担したのである。
 金子は無闇やたらに自身の爆弾を取り引きするのではなく、自分の名前が確実に広まるように相手を吟味して選んでいる。しかし、金子の取引相手に選ばれ、金子印の爆弾を手に入れ私利私欲のために多用しているのは、運が悪いことに、ボンゴレに敵対し度々喧嘩を売ってくるようなファミリーばかりだった。
 そこにいち早く目をつけたのは、血の気の多い者達が集う暗殺部隊ヴァリアーだった。彼らはこれ以上爆弾が広まることを防ぐために、爆弾を回収し処理をするといったことを、ここ一月ほど行っている。しかしそれはあくまで表向きの理由だった。本当のねらいは、これを機に敵対ファミリーを制圧し、今後一切ボンゴレにちょっかいを出さないようお灸を据えるためだった。主にヴァリアーが敵対ファミリーと交戦を繰り広げている隙に、彼らに下僕のように扱き使われている男が爆弾処理に追われていた。
 ボンゴレ十代目を襲名したとはいえ、強行的な手段はあまり取りたくないと考えている綱吉に、XANXUSは甘えるなとでも言うかのように動き出したのである。
 綱吉はXANXUSの行動に喚きふためき、既にとどまる勢いを見せずに暴れまくるヴァリアーに少し涙も流した。けれど綱吉はそこで思考を止めることなく、このまま放っておけば同盟ファミリーにも金子印の爆弾が原因で多大な被害に遭う可能性があると考えた。それなら、今のうちに諸悪の根源を摘み取ってしまえば、結果的に家族が苦しまないのではないか。リボーンに喝を入れられたものの、綱吉は自分自身で考えに考えを重ね決断したのである。
 なまえがフゥ太から受け取った密書には、そのような今回の作戦をするに至った経緯と今後の予定が書かれていた。そして、金子が米花町で動きを見せる可能性が高いという風紀財団からの確かな情報を入手したため、米花町に関しての情報を提供してほしいという願いが記載されていた。
 奈々が体調を崩したため並盛に帰ったなまえは、母の看病の傍ら作戦会議に参加した。作戦参加の意思を表すと、綱吉から全力で拒否されて一悶着あったものの、リボーンの口添えにより作戦に協力できるようになったのだった。
  この作戦において、なまえの役割は二つ。一つ目は、金子の代わりに銀行強盗のメンバーに成りすますことである。
 公安が金子に接触してくるのを避ける必要があったため、彼には強盗メンバーを装い別のルートで動いてもらうよう提案し、なまえが金子の居るはずだった立場に収まっている。
 ――計画通りに事が運べばいいけど……。
 今回の作戦を実行するにあたって、警察の動きを想定することは重要な意味を持っていた。何せ、なまえが警察に捉えられてしまえば全て台なしになってしまう。そうならないために、綱吉はイタリアからピーターパンを呼び寄せた。警察組織に在籍していた彼ならば、有事の際に警察がどのように動くのか理解していると考えたからだ。
 ピーターパンの助言を考慮して練った計画は、強盗犯が暴走した場合や警察が早い段階で乗り込んできた場合、人質に死者が出てしまった場合といったように、想定される限り様々なパターンに応じた適切な行動をなまえは死ぬ気で頭に叩き込んだ。
 そして、もう一つ。重要な役割を担っていたが、そちらは既にほぼ解決済みだった。
「おい! 知り合いがいないやつ! このガムテープで手首と足首、それから目と口に貼れ!」
「これだけの数ですから私も手伝いますねー」
 なまえはカウンターに山積みにされているガムテープを一つ取り、民間人が身動きの取れないようにガムテープを貼っていった。けれど、最悪の事態になった時対応してもらえるよう、公安の男と変装している零のガムテープは緩めに巻き、目の上に貼るガムテープは顎を突き出すように顔を上に向ければ微かに隙間から様子が伺えるようにしておいた。しっかりと貼られていないガムテープに零は息をのんだが、なまえは気づかないふりをして淡々と作業を進めていった。
 人質全員にガムテープを貼り終わると、ガムテープを貼る任を解かれた知り合いのいない民間人に、強盗犯たちが自らガムテープを貼っていく。それが終わりに差し掛かった頃、強盗犯のリーダーに命令されて金の準備をしていた支店長が作業を終えた終えたことを報告した。すると、彼は強盗犯の手によって意識を失い、他の民間人と同じようにガムテープで縛り上げられた。
 人質が全員ガムテープが貼られていることを確認すると、強盗犯たちはせっせと自分たちの準備に取り掛かる。意識がない者たちにジャンパーと目出し帽を着用させ、自らガムテープで縛り上げていく。警察の目を掻い潜り、民間人に紛れて逃走するためだった。
「おい、何してる。お前も早くやれ」
「私はアレの様子を確認してきます。……金子さんに"くれぐれも”と頼まれているのでね。ついでにトイレに行った彼らも呼んできます」
 なまえは先に進めておいてくれとでも言うように、ひらひらと片手を振ってアタッシュケースの方へ歩いていった。

   *

 事件といったら名探偵。名探偵が歩けば事件にぶち当たる。
 アタッシュケースの様子を確認してからフロアを後にしたなまえは、銀行の奥にある管理室に寄って念の為に監視カメラでフロアの様子を確認した。すると、見知った小さな姿を発見してしまい溜め息をつく。本当にこの子は事件に巻き込まれる体質だ。
 ――さて、どうしようかな。
 リボーンには伝えていなかったが、なまえはコナンたちが今回の事件に遭遇しているということも想定していた。店内に入った時に彼らの姿が見られなかったため、今回は珍しく事件に吸い寄せられなかったのかと驚いたが、やはり期待は裏切らなかった。
 変装しているというものの、頭の回転が速いコナンは、今現在変装をして偽りの姿を演じているなまえが沢田なまえを思わせる言動や行動をすれば、すぐになまえだと見破るだろう。正義感の強い彼のことだから、バレてしまえば後日、尋問とまではいかないものの眼鏡を光らせながら鋭いまなざしで問い詰められるのは簡単に予想できる。
 しかし、正体がバレようがバレまいがなまえは痛くもかゆくもなかった。『ボンゴレの一員』しかも『十代目の姉』という立場からすれば、存在を知られずにいることに越したことは無い。けれど、沢田なまえという人間において、江戸川コナンもとい工藤新一という人間は、どうも好きになれない部分があった。
 心配するとしたら、正体がバレてしまい、コナンが万が一ボンゴレの存在に気づいてしまった時、最終的に工藤邸に居られなくなってしまう可能性が出てくることだろう。それだけは避けなければいけない、絶対に。
 ――んー……なるようにしかならないか。
 結局のところ、なまえは実際にこの場でコナンたちに遭遇した場合の対処法を考えていなかったのである。
 どう驚かせてやろうかと少しの間考えた後、パッと電球がついたように妙案が浮かび上がり、なまえはひそかに唇の端を引き上げた。どんな反応が見られるのかわくわくしながら息を吸う。
「あれれー? こんなところに小学生がいるぞー?」
「っ!?」
「急いで運んでいるようだけど、それ、どこに持っていくのかな?」
「だ、誰ですかあなた!」
「どけよねーちゃん! もう時間がねーんだ! 爆発しちまう!」
 台車に乗せた爆弾を急いでエレベーターに運ぶとする小学生三人の後ろに立ち、緊迫感のない声でなまえは声を掛けた。
 まさかまだ強盗犯がいると思っていなかった少年探偵団は、突然現れたなまえに驚きの色を見せる。しかし、アタッシュケースに表示されたカウントダウンが刻々と迫っている最悪の現状を想像させ、顔を強張らせた。
「……お姉さんも強盗犯の仲間?」
「君がそう思うんだったらそうなんだろうし、そう思わないんだったらそうじゃないんじゃないのかな」
 コナンの問いに応えながらなまえは彼らの前に回り込む。なまえが立ちはだかってしまったため、三人はエレベーターに向かえなくなってしまった。
「何わけわかねーこと言ってんだよ!」
「そうです! 退いてください! 時間がないんです!」
 元太と光彦の切迫した声になまえは柔らかい笑みを浮かべる。それは張り詰めた空気を助長させて、二人はまるで心霊現象にでも出くわしたかのようにぶるりと全身を震わせ小さく悲鳴を漏らした。
 コナンは自分がしっかりしなければと奥歯を噛みしめたが、突然現れた強盗犯の仲間と見られる女の登場に何とも言えぬ恐怖を抱いていた。立ち振る舞いでわかる。この人は他の強盗犯とは別格だ。
 コナンはこの場で自分たちが遭ってしまう最悪の状況を予想してみた。けれど、場にそぐわない彼女の微笑みからは、この後どのような行動を取るのかどうか本人の考えが全く読めなかった。
「君たちは小学生ながら正義感の溢れる人たちだね。今もそれを運び出して被害を最小限に抑えようとしている。 その前には自分たちだけで力を合わせて強盗犯を気絶させた。違う?」
「……そ、そうですけど」
「ていうかねーちゃん、アイツらと仲間じゃねーのかよ?」
「同じ質問には答えないよ。もう既に私は回答したからね。……ねえ、エレベーターの所にいるお嬢さん。貴女もこっちにおいで」
 いつまでもやって来ないコナン達を心配した歩美は、エレベーターから出て腕を精一杯伸ばし、扉の開ボタンを押し続けながら様子を伺っていた。
「えっ……!? お姉さん、誰……? こ、コナンくん、この人は……?」
「ッ、来るな歩美ちゃん! そこに居ろ!」
 歩美はコナンの声に小さく悲鳴を上げてその場にぴたりと止まった。
 まるでお姫様を守る王子様みたいだとなまえは面白そうにコナンに視線を向けた後、くるりと振り返って歩美に微笑んだ。
「大丈夫、危なくないから。おいで」
 なまえは優しい声音で歩美に語り掛けて手招きした。
 歩美は目を見開き、彼女の後ろにいる三人の顔を順に見た後、ごくんと唾を飲み込む。そしてなまえの姿を見ないようにして走り出し、精一杯腕と脚を動かしてコナンたちの元へ向かった。
「歩美!」
「僕たちの後ろにいてください!」
「うん! ……ごめん、コナンくん」
「……いいや、歩美ちゃんが無事でよかった」
 歩美に危害が加わらなかったことで安堵した表情を見せる小学生たち。こっちに来るなというコナンの言いつけを破り駆けてきてしまったことを謝る歩美に、コナンは少しだけ唇をゆるめて返事をする。けれどすぐにキッと鋭い視線をなまえに向けた。
「……お姉さん、どういうつもりなの?」
 明らかにこの行動は強盗犯の仲間らしくない。仲間なら、歩美を人質に取って何らかの条件を突きつけてきたり、問答無用で捕まえようとするはずだ。
 コナンはさりげなく両腕を後ろに回し、手首につけた腕時計型麻酔銃に触れた。いざという時に使用するのは控えておこうと考えていたけれど、まさかそのいざという時が今何じゃないか。腕時計をぎゅっと掴んだ。
「知りたい?」
 なまえはアタッシュケースに指を滑らせながらコナン達との距離を詰めていく。ゆったりと近付いてくる彼女に、元太と光彦は台車を掴む手に力を込め、歩美はコナンの服を掴んだ。
「ねえ、有意義な話をしましょう」
 なまえは四人の目の前まで来ると、アタッシュケースに人差し指で円を描くように動かしていく。その行為が何だか勿体ぶっているように見えて、コナンは眉をひそめた。
「君たちは知っているかわからないけれど、これでも一人銃で撃たれた人がいてね。応急処置は施したけれど、早く病院に連れて行ったほうがいい。これ以上怪我人が出てしまえば穏やかじゃないでしょう。リーダー格の男はそれほど賢くない。激昂に任せて銃を乱射、死者重傷者多数……なんて報道がこの後流れてもいいのかな?」
 なまえの言葉にコナンは眉間に皺を寄せ、小学生たちは小さく悲鳴を漏らした。
 きっと今のコナンの頭の中では、強盗犯と思われる目の前の女を逃がすまいと思いながらも、店内の様子が気がかりになっていることに違いない。なまえが語ったような最悪の状況も思い描き、必死に対策を練っている。
「それに、君らが気絶させた強盗犯の男やトイレにいる男がいつ目を覚ますかもわからない。今フロアには二人しかいないんだ。敵は少ないうちに対処しておいた方が比較的簡単に進むんじゃない?」
「……どっ、どうしますか!?」
「おいコナン! オレたちどうすりゃいいんだ!?」
「コナンくん!」
 三人はコナンに意見を求めるが、心の内では早くフロアに行って残りの強盗犯を懲らしめて、人質になっている人々を助け出した方がいいと判断していた。けれど、ここで決定権を持つのはコナンだということを小学生は無意識のうちに理解している。三人の切羽詰まったまなざしを受けたコナンはギリッと奥歯を噛み締め、どう行動するのか一番最良なのかを必死に考えていた。
「君には知識がある、推理力も行動力もある。そして今、私が何を欲しているのかわかるはずだ。……さて、ここで提案。私一人とフロアに残った大勢の民間人、どちらを優先する?」
「ッ……!」
 コナンは先ほどから見せつけるようにアタッシュケースを撫でる姿から、彼女がこの爆弾を欲しがっていることを察していた。
 でも、爆弾を奪ってどうする気だ? 今ここで爆弾を手に入れたって、表示されている時間は残り少ない。
「私はこんなところで爆発させるつもりはない。これは私が何とかしよう。君たちはフロアの人々の救世主になるんだ」
「っ、行こう! コナンくん!」
「早く行かねーと! 爆弾はこのねーちゃんに任せようぜ!
「フロアの様子が心配です! 行きましょう!」
 すっかりフロアに向かうことを決心した小学生になまえは口角を上げた。彼らの行動を咎めるのではなく賞賛を与えて評価することで、本人たちも気づかないうちに彼らの心の隙間にじわじわとなまえは入り込んだ。この場で動けるのは自分たちしかいないと考えるように言葉を被せていけば、コナンが動かなくても彼に触発されたように正義感と責任感が強くなった三人は行動を起こすと踏んでいたのだ。
 ――あと一押し。
 なまえはアタッシュケースに表示されたカウントダウンを読み上げた。
「ほら、急がないと。爆発まで四分を切っちゃった」
「おい、コナン! 行こうぜ!」
「コナンくん!」
 元太と光彦は台車から手を離し、フロアに続く道を行こうと走り出そうとしていた。歩美もそれに続こうとする。
「あとは任せたよ、小さな探偵さんたち。私なら三分もあれば充分だから」
「……っ行くぞお前ら!」
 最後まで必死に頭の中で繰り広げていた勝負をコナンは放棄し、自分たちが今出来ることを成し遂げようとなまえに背を向け走り出した。
「……君は、命の重さを考えた方がいい」
「え……?」
 なまえの声に振り返ったコナンは、その時初めて彼女の笑顔が能面のように見えた。

16,12.16