宴もたけなわで


 キッチンで洗い物を済ませると、来客を知らせる音が鳴る。昴はエプロンを外して椅子に引っ掛け、玄関に向かった。
 扉を開けて視線を下げると、小さな来訪者がぽつんと立っていた。
「いらっしゃい」
「こ、こんにちは……」
 自分の家ではないのに「いらっしゃい」と口にするには少々語弊があったが、それを気にすることなく思いつめた表情を浮かべるコナンを、秀一はあたたかく迎え入れた。
 秀一は淹れたての珈琲が飲めるからと、リビングではなくキッチンにコナンを通し、さっそく珈琲を淹れた。元々洗い物が一段落したら飲もうとケトルは準備万端にしておいたので、来訪してからコナンが温かな珈琲に口をつけるのにそう時間はかからなかった。
「なにか気になることでもあったかい?」
「実は……」
 コナンはていと銀行で起こった一部始終を昴に聞かせた。
 ていと銀行での強盗事件はテレビや新聞で連日報道され続けていたため、コナンの話を聞きながら秀一はまるで学校で習ったことを復習しているような気分になった。
「……やはりボウヤはその時銀行にいたのか」
「な、なに? やはりって」
「いや、君はよく事件に遭遇するからね」
 心当たりがある、というより、事件に首を突っ込んだり巻き込まれたりするのが日常茶飯事になっているコナンはそろりと昴から目を逸らした。
「しかし、未だに逃亡中とはな……」
 コナンの話の中で一つ有力な情報があった。それは、彼と逃亡中の強盗犯とのやりとりだ。
 秀一は、今回の事件の裏には金子重之という爆弾製造者が絡んでいるとジェイムズから聞いていた。その名はまだFBI捜査官としてアメリカにいた時、名前だけ耳にした覚えがある。
 金子重之は、爆弾製造者の中では珍しく警察組織に知れ渡っている男だった。それは金子印の爆弾が、手先が器用という国民性をもった日本人が造った、様々な要素を取り入れた複雑怪奇なものという印象があるからだ。欧米では見かけないタイプの爆弾に、FBIの爆弾処理班は苦労していると小耳に挟んだことがある。
 また、金子は自身の芸術作品の価値を理解していたため、取引相手も吟味して確実に報酬を得ることができ、さらには自分の名声を高めてくれる者を対象としていた。結果、この条件に当てはまったのは、マフィアや国際テロ組織だった。
 ジェイムズの話はこうだった。
 本国で金子の動向と金子印の爆弾を追い続けていたFBI捜査官が、とあるネット掲示板で金子と思わしき人物を発見した。そこには、爆弾を提供する形で銀行強盗に加担するという内容が書き込まれていたという。しかし金子が姿を現すことはそれっきりなく、また雲隠れしてしまったらしい。
 銀行強盗に金子が参加するかもしれないという連絡がジェイムズに入ったのは、既にジョディがていと銀行に入っていってしまった時だった。
 「なぜジョディが?」と訊くと、どうやら日本円を持っていなかったジェイムズとキャメルの代わりにというのだから失笑してしまった。
 しかし事件終了後、ジョディは金子と思わしき人物は居なかったと言い、その後の報道でも、金子重之という男の名は取り上げられなかった。
 FBIが逆探知して発見できたのだから、日本警察がそれをしていないとは考えられない。きっと公安警察あたりが目星をつけて接触を図ろうとしたはずだ。それなのに、強盗事件で金子についての報道や警察からの発表はない。
 すると、考えられる可能性は一つ。警察側は故意的に金子の存在を隠しているということだ。
「ニュースでは『逃亡犯は仲間を裏切り資金を独り占めするために強奪、そして逃走』って報道されてるけど、でも実際、あの人はアタッシュケースに仕掛けられてた爆弾を解体するって宣言していた。資金目当てだったらもっと早いタイミングで強奪して逃げられたはずなのに、爆弾が爆発するギリギリまで彼女は他の強盗犯とともに行動していた。いくらなんでも、報道されてる動機と行動に辻褄が合わないよ」
 秀一は言葉を挟まずにコナンの推理に耳を傾ける。
「それで気になって、知り合いの刑事に聞いてみたんだ。そうしたら、今回の事件は報道されてる通りだよって。口が軽いけど嘘をつくのが苦手な人だから、きっとその通りなんだろうけど……でも、なにか引っかかる」
 ソファの上で膝を折りたたんで両の指を合わせて口元に近づける、さながらホームズのポーズを横目で見つつ、やはりと秀一は心の内でつぶやいた。
 情報が刑事に降りてないということは、警部にもそれが降りているのかどうか疑い深い。それなら、金子について主に動いているのは潜入捜査の可能性も踏まえると公安で間違いないだろう。彼らは、金子がいるはずだった場所に現れた女が金子の居場所を突き止める手掛かりと考え、躍起になって捜索を続けているに違いない。
 そこまで耳にした情報を整理し組み立てた秀一は、再びジェイムズの話を思い出す。
 捜査官は金子印を使用する者がどのような団体かも調べていたらしい。
 そして、捜査官は発見した。
 金子が取引したマフィアについて、ここひと月のうちに謎の壊滅的状態に陥っているファミリーがいたのだ。
 秀一はマフィア相手によくそこまで調べあげたなと関心半面、なにかこれには意図があるのではないかと疑念が生まれたのである。
 なまえが実家に帰省していたため一人でいる時間が格段に増えていた秀一は、ふと浮かんだ疑問を解くべくPCの前に座り込む日々が続いた。
 どこまで調べ上げられるかはわからなかったが、できるところまでやってみようと思った。しかし、取り掛かってみると相当の労力が必要だった。なにせ黒の組織に潜入していたとはいえ、彼らとマフィアは全くの別物なのだ。
 マフィアは元々、中世シチリアを起源としていたが、時代に翻弄され十九世紀末から二十世紀初頭にかけて一部のマフィアがアメリカに移住した。そこから枝分かれするように様々な派閥が生まれ、現在では各国に暗躍していると考えていい。
 主な活動内容は、麻薬取引や殺人および暗殺、密輸や密造、高利貸し等の犯罪や、不動産業といった合法的なものである。イタリアでは政府や警察と同等、もしくはそれ以上の権力をマフィアが握り、金融や商業、農業等生活に欠かせないような全ての行政に関わっているとも言われている。イタリア北部は比較的穏やかだが、南部は相当荒れているらしい。南部で暮らす一般市民は彼らに怯える日々を送っているという。
 秀一は調べていくうちに気づいたことがあった。捜査官が発見した壊滅状態に陥ったマフィアは、主にイタリアに生息しており、麻薬取引や人身売買など凶悪犯罪に手を染めているファミリーばかりだったのだ。
 秀一はここに焦点を当てた。ほぼ直感的なひらめきだったが、これだけ凶悪犯罪を犯しているファミリーが叩かれているのだから、各ファミリーの関係を洗い出せば解決の糸口がつかめるのではないか。
 歴史的に見ても地域の荒れ果てた現状を考えてみても、各国内に身を潜めるマフィアの総数はきっとイタリアが飛び抜けているだろう。傘下ファミリーを含め大小様々あるようで、マフィア間の関係や派閥まで調べ上げることは残念ながら不可能に近かった。
 こうして作業を進めるうちに秀一はひとつの仮説にたどり着く。
 ――もし、今回の事件にマフィア関係者が一枚噛んでいたとしたら?
 ファミリー間の抗争は、それこそマフィアが生まれた時から現在に至るまで起こっているという。それなら、捜査官が精査したファミリーが敵対勢力によって壊滅的状態に追い込まれたという可能性もあるのではないか。
 金子印を悪用するそれらのファミリーが勢いづくのを防ごうとするのと同時に、金子重之がこれ以上爆弾を製造して取引をしないよう、出た芽を潰そうと働いたとしたら。
 ――この説でいけば、逃亡中の女は大層な目くらましだ。
 マフィア関係者が金子自身を標的にしろ逃亡中の女と引換に攫ったとすれば、これまでの謎が全て繋がる。
 製造者である金子が捕らわれてしまったため、これ以上金子印が世界中に拡散されることがなくなる。それは視野を広げてみれば、平和的解決という結果に繋がるのかもしれない。
 マフィアと平和・平穏という言葉の組み合わせがいまいちしっくりこないが、マフィアの中には自警団として発足され今に至っているというファミリーもいるという。穏健派と呼ばれているファミリーもいるらしいから、充分に有り得る話だった。
 しかし、金子と強盗犯の女が雲隠れしてしまった今、真相を知ることは難しいだろう。なにせその女は、銀行内の監視カメラに映らないよう注意して行動していたらしいのだ。おかげで彼女に関する報道は、全て事情聴取された情報をもとに構成されていた。
 コナンは飲み干したカップに両手をつけたまま中を覗き込むように考えに耽っていた。結局、話し終えてもむしろ謎は深まるばかりだった。そんな彼に対し、秀一は気分転換にでもと声を掛けた。
「おやつにしないかい?」
「えっ、おやつ?」
 昴からの突然の誘いにコナンが首を傾げると、ピーッと繰り返される電子音がキッチンに響き渡る。レンジを覗き込み、中から取り出す秀一の姿は心なしか楽しんでいるように見えた。
「ちょうどできあがったところだ。試食してくれないかい?」
 秀一は手際良く型から取り出してちょうどいい大きさに切り分けて皿に盛り付けると、コナンの目の前にそれを置いた。
「えっ昴さん、これ……?」
「? パウンドケーキだが」
「手作り、だよね……?」
「ああ、最近始めたんだ」
「……い、いただきます」
 なまえが帰省したばかりで、まだPCにかじりつかなかった頃、なにか新しい暇つぶしでも始めてみようと思い立ち、考えついた先にあったのがスイーツ作りだった。
 自分の作ったものを美味しそうに食べるなまえを思い出し、デザートのようなものを出したらどんな顔を見せてくれるだろうとふと思ったのだ。いい加減、料理の幅を広げてみてもいいだろうと考えつつ、十二月に入りクリスマスもあることだし、となぜか言い訳まがいに口の中でぼそぼそと言って、秀一はスイーツ作りに取り組み始めたのだ。そうはいっても、金子に関する情報を受けて調べ物をしていたおかげで、未だに簡単なものにしかチャレンジしていない。
 あっという間にパウンドケーキをたいらげたコナンは「ごちそうさま!」と満足そうに手を合わせる。美味しそうに食べていたコナンを尻目に珈琲のおかわりを二人分注いだ秀一は、自分でも味を確かめようとパウンドケーキを薄く切り取った。そして手づかみでそのまま口に運ぶ。焼きたてだからきっと冷めればもっと味がしみてしっとりとした舌触りになるだろう。初めてにしては結構上手くいったのではないかと頷いた。
 珈琲を一口味わったコナンは、眼鏡を光らせて昴を見た。
「……ねえ昴さん。銀行強盗の日、なまえさんどこにいたの?」
 秀一はピクリと肩を動かすが、一瞬のためコナンは気づかなかった。
「……その逃亡犯が彼女だと疑っているのか?」
 秀一に考えを読まれ、コナンは眉をぎゅっと寄せたが、ゆっくりと瞼を閉じて眉間にできた皺をほぐした。
「……似てるんだ。話し方や振る舞い方は全然違うけど、諭すような、こっちに気づかせるみたいに話を進めていく様子が」
 目を伏せながら話すコナンは、ずっと信じていた人に裏切られ悲しんでいるように見えた。まだそうと決まった訳では無いのに、ずば抜けた探求心と秀でた推理力は無意識にコナンを縛りつけていく。
 以前から気づいていたが、彼はなまえに対して友人の枠にとらわれないような親愛を向けている。それがピンチの時に頼りになるからなのか、はたまた彼女の職業柄、洋書などの話を聞くことが多く話も合うからなのかはわからないが、コナンがなまえを慕っているのは一目瞭然だった。
 疑い深い小さな名探偵のために一肌脱いでやるかと秀一は息をついて口角をあげた。
「その日はまだ帰ってきていなかったよ。一度こちらに顔を出したことはあったが、それも仕事で米花方面に来る必要があったからだそうだ。なんでもその後、母を看病していたら自分もインフルエンザになってしまったようで、こちらに戻るのが遅れると連絡が入ってね。その後は弟も感染してしまっていろいろと忙しかったらしい」
 努めて明るい声で話した内容を聞き、コナンは肩をなでおろした。
 結果的に沢田家は一家全員感染してしまった。それを知った時は、たかがインフルエンザと甘く見てはいけないなと認識を改めたものだ。
 自分はこんな立場だから予防接種はできないだろう。秀一はインフルエンザに罹ってしまったことを想像しては、その時は流れに身を任せるしかないと諦めの気持ちを抱いていた。そこには、以前のように体を動かしっぱなしではないが、一般人と比べれば丈夫なほうだから大丈夫だろうという、あまり根拠のない自信も含まれている。
「こっちに戻ってきて、どんな様子だった? 変わったところとかは?」
 なまえがほぼ看病や療養に時間を費やしていたとはいえ、それが逃亡中の女と彼女の関連性が消えたとは言えないのだ。
 コナンは小さな可能性を払拭したい気持ちで尋ねた。
「……懐かれたな」
「エッ」
 予想から大幅に外れた斜め上の回答に、コナンは素っ頓狂な声を漏らした。
 久しぶりに会ったなまえはすこし痩せたようにも見えたが、彼女が実家に戻る時よりも元気で少し驚いた。
 自分が居なかった時間の分はきっちりと家事を受け持つと口走ったが、一応病み上がりなのだから普段の分担通りで大丈夫だと返すと、眉を落としながらも複雑そうに礼を言われた。
 なまえが帰宅してから、家の中が明るく、そしてあたたかくなったように思えた。彼女がいるのといないのではこれほど違ったように思えるのかと目を丸くしたのは記憶に新しい。それに、戻ってきてからというもの、なんだかなまえの雰囲気が変わったような気がしていた。彼女にサプライズでデザートを振舞った時もそうだった。心なしか、少しだけ以前より距離感が近づいたような……。
「――さん……昴さん!」
「ん? ……ああ、すまないボウヤ」
「ううん、大丈夫。どうかしたの?」
「いや、なんでもなよ」
 口元が緩みそうになっていると、コナンに声をかけられ我に返る。言葉を返していると、ポケットに入れた携帯が震えているのに気づいた。
 取り出しながらコナンに断りつつ、携帯を起動する。上司からのメールを受信したようだった。珍しいと思いつつ、メールを開いて内容を確認する。
 メールを読んでいる昴の眉がつり上がったのを、コナンは見逃さなかった。
 秀一はすかさず携帯をワンセグ放送に切り替え、報道番組をつける。
 突然の行為に目を丸くしたコナンがカウンター席を乗り出すようにして携帯を覗き込もうとしたため、彼にも見える様に秀一は携帯の位置を工夫させ、音量を上げた。

『今入ってきたニュースです。先日発生したていと銀行米花町支部店での強盗事件で、警察は、この事件に大いに関連している可能性があるという男を発見し、身柄を確保しました。なお、所持していた鞄からは、ていと銀行で奪われたとみられる資金が発見されました。この男の身元は、運転免許証から爆弾製造者・金子重之と判明され、警察は、今日にでも事情聴取を開始すると公表しています』

   *

 漣の音が車内にいても鼓膜をかすめる中、透は手元から顔を上げて窓ガラスの向こうを見つめた。
 今自分が乗っている愛車は、港に面した倉庫が建ち並ぶ一角に停めてある。遠くに見える観覧車は、次々と色とりどりな光を放っていて、暫く目で追っていたがずっと見ていると眼が疲れそうだと手元のタブレット端末に視線を戻した。
 助手席のベルモットは電話口の相手に用件を伝え終え、通話を終了させた。それは今日の仕事が終了したことを意味している。けれどベルモットが車を走らせるように伝えて来ないので、透はエンジンをかけずにそのままタブレットに目を走らせていた。
「あの金子重之が捕まったらしいじゃない」
「そうらしいですね」
「精神崩壊状態で責任能力なしと判断……いったいどんな状況に陥ったら精神崩壊だなんて起こるのかしら」
 やはり黒の組織の連中も金子の存在を知っていたか。ベルモットの言葉に透は確信を得た。
 風見からすぐに連絡が来て、金子が捕まったことを知った。しかし報道でもあるように、精神鑑定の結果、金子は精神崩壊状態に陥っており責任能力はなしとの判断が下された。本人は一時期警察病院に入った後、警察の息がかかった精神病棟に搬送されるというが、精神科医の診断によると回復の見込みはほぼゼロに等しいという。
 金子の住居を突き止め家宅捜索を行ったらしいが、PCのデータは全て削除されていたと報告を受けた。金子は全てPCで取引相手や製造法等管理していたらしく、こちらも再現できる見込みはないそうだ。
 ベルモットは自身の毛先をいじりながらもったいないと言わんばかりに溜息をついた。
「残念だわ。せっかく今度金子印を使おうと思ってたのに」
「へえ。そんな大仕事、貴方がやるなんて珍しいですね」
「そういう状況になったらっていう話よ」
 どういう状況だ。この組織の仕事はベルモットと組むことが多くなった今でも皆目見当がつかない。揃いも揃って黒い服を身にまとっていて、それで人目を偲んでいられると思っているのかと問いかけたくなる時がある。
「ねえ、バーボン。貴方、私が力を貸した日、ていと銀行に居たらしいじゃない? 何か知らないの?」
「ターゲットが銀行に入ってしまいまして、仕方なくですよ。銀行強盗件最終的に機動隊が突入して強盗犯が確保されたのでその隙に逃げましたよ」
「へえ。てっきり私は貴方が何かしたんだと思ってたわ」
 片目を瞑りながら探りを入れるように話すベルモットに透はちらりと視線を移す。
「なぜです?」
「あの時の貴方は自分であって自分じゃなかった。仮面を被った姿なら、何をしてもバレないと思わない?」
「仮に赤井秀一に変装した状態で何かをしたとして、僕になんのメリットがあると?」
 まるで売り言葉に買い言葉のような腹の探り合いにも似た会話にももう慣れた。
 透は言葉を返さないベルモットに、これ以上話すこともないと溜息をついて視線を手元に戻した。タブレットには主にイタリアで食べられているクリスマスメニューが映し出されている。
 ベルモットは身を乗り出して透のタブレットを覗き込んだ。
「なあに? 貴方、クリスマスパーティでも開く気?」
「違いますよ。ポアロのクリスマス限定メニューの考案を頼まれましてね。今年は一風変わったものにしたそうでしたから、せっかくなので外国のものでもと思ったんですよ」
「ふーん。今度私も食べに行こうかしら」
「やめてください」
 条件反射のように即答すると、ベルモットはわざとらしく肩を落とした。
 透がイタリアの定番クリスマスメニューに目星をつけたのは、一種の賭けのようなものに似ていた。他国のものよりも、イタリアのものを作りもてなした方が親しみがありそうだから、彼女は何かしらヒントになるようなことを漏らすかもしれない。
 ――帰ったら特訓だな。
 自宅にない材料を買い揃えなければいかないと、透は脳内で買い物リストを作成した。
 ポアロの店長には探偵業で忙しかったと偽ったおかげで、クリスマスメニュー案提出期限が延びたのだ。店長に頭を下げつつ、頭ではこれはチャンスだと策を練り始めていた。
 沢田なまえにクリスマスメニューを試食してもらう機会をつくって、その時に全て見極めてやる。不可思議な並盛の地域性も、風紀財団についても。そして、銀行強盗としてあの場にいた彼女自身のことも。
 透はエンジンをかけてハンドルを握る。脳裏に浮かぶなまえのやわらかな笑顔を消し去るようにアクセルを踏んだ。

17,01.03