おかしなふたり


「たまにはちょっと違ったもの食べたいですね」
 ニュース番組内で地域の穴場になっているオススメ外食店を紹介する特集を暇つぶしに見ていた時だった。自分でもひとり言なのか昴に話しているのか判断がつかないくらい何気なくつぶやいたことがきっかけになるとは、当時まったく考えていなかった。
 なまえは寒空の下、コートとマフラーに身を包みながら、昴の隣でとある店看板を見上げていた。
 店の名は『マジで死ぬほどヤバイラーメン屋小倉』。ちなみに、この店まで案内してくれたのは「面白い店を見つけました」と話した昴である。
「『マジで死ぬほどやばい』……。すごいお店見つけましたね」
「いやあ、偶然だよ。偶然」
 あっけからんと話す昴に「絶対嘘だろう」と思ってしまうのはなぜだろう。
 最近、といっても並盛から戻ってきてからのことだが、昴の物言いから心情を察することができるようになった気がする。
 昴に対する洞察力が長けたのか、昴がわかりやすくなったのか。どちらも当てはまるのかもしれないし、どちらもハズレかもしれない。けれど、昴との会話には暮らし始めた頃と比べてぎこちなさが無くなったはずだ。言葉のキャッチボールがスムーズにできている手応えを感じていた。
 ここで立っていても寒さに耐える一方だと思い、昴を凝視することをやめて足を踏み出し引き戸を開けた。
「いらっしゃいませー!」
「あっ! なまえさん!」
「それに昴さんも!」
 店の中には、小さな名探偵と三人の女子高生がカウンター席に座っていた。それを認めた瞬間、条件反射のように勢いよく無言で扉を閉める。
「……なまえさん?」
「昴さん、やっぱり帰りましょう。まだ冷凍した肉じゃがありましたよね? 今夜はそれにしましょう。じゃないと夕食の場がサスペンス劇場になってしまう」
 コナンがいると絶対事件が起こる。これまでの経験からそんなことは簡単に予測できる。
 くるりと方向転換して店から遠ざかろうと足を踏み出すと、ぐいっと片腕を引かれ勢いのあまりそのままくるりと半回転してしまった。
「とりあえず寒いんで中入りましょうか」
「待って!? 昴さん! 殺人事件が起きたらどうするんですか!」
「名探偵もいることだし、すぐに解決して食べればいいじゃないか」
「伸びるでしょ!? というか、『寒い』って、だからもっと厚着した方がいいって言っ……わっ!」
 昴が扉の前で立ち止まったことで背中に鼻をぶつけてしまう。抗議しようと口を開こうとすると、突然店扉がガラッと大きな音を立てて開かれた。
「ひどいじゃないかなまえさん! なんで閉めちゃうんだよぉおお! ……あっ」
「おや、お呼びですよなまえさん」
「えっ、真純ちゃん?」
 昴の背中から顔を出すと、涙を浮かべながらきょとんとする真純がいた。
――すごい、兄と妹の対面だ……!
 表情には出さなかったが、なまえは心の中で感動に浸っていた。

   *

 四人の話を聞くと、今日は事件を解決した後の来店らしく、ラーメンが真っ赤に染まることは免れてほっと息をついた。
 完食後、暇を持て余していた店員も交えて談笑していたところに、昴との来店だったらしい。なまえと昴が来たことでなぜか「席替えしよう!」と園子が当然言い出したため、二人はあれよあれよという間に女子高生たちに勧められた席に座った。その際、コナンがへとへとになりながら「昴さんの隣に行く……」と声を漏らしたため、コナンはなまえの右隣に座る昴の隣へ移動した。そして、なまえの左には真純、園子、蘭といったように女子高生が固まって座っていた。
 ――兄妹に挟まれた……!
 なまえは少々時間をかけてメニューを覗き込んだ後、昴とともに注文を済ますと、再び感動に浸りながら真純の話に耳を傾けていた。
 途中から園子や蘭、コナンも会話に加わり、この店で起きた事件とその真相を聞かせてくれた。「そういえば面白いことがあって……」と前置きをした真純が、その時一緒にいた婦警の元彼と自分の兄の特徴が似ていて、決め台詞のような口癖までそっくりだったのだと話した。
 その時、隣から小さな声で口癖になりつつある感嘆が漏れる。真純の話に耳を傾ける横顔に、弟の知らない一面を聞き口角をあげる姿。かわいいところもあるんだなと頬杖をつきながら再び真純に視線を戻す。
 すると、テーブルについた真純の手首にある腕時計が目に入った。その腕時計は、初対面の昴に空港まで迎えに来てもらった時に持ち帰ってきたものだ。
「真純ちゃんそれ使ってくれてるんだね。うれしい」
「ああ! この腕時計、シンプルで見やすいけど、ちょっと女の子っぽいデザインで気に入ってるんだ。つけてるだけでワクワクするっていうか」
 真純にプレゼントした腕時計は、カプリウォッチと呼ばれている、イタリアで1900年に創業され今も続いている伝統ある店のものだ。夜空色のベルトと文字盤にはカラフルなスワロフスキーが散りばめられており、幻想的な雰囲気を醸しだしていた。
「気に入ってくれてよかった。真純ちゃんはきれいだから、普段のボーイッシュな格好でも、かわいらしい格好をした時にも似合うものがいいなと思ってそれにしたんだ」
「そうなんだ……。へへっ、うれしいなあ」
 純粋な反応を示す真純に指がぴくりと動いた。
 かわいい。かわいすぎる、頭なで回したい。
 真純の可愛さにきゅんとしていると、隣の昴がふっと鼻で笑った音が聞こえた。
 わかる、わかるよ昴さん。「ウチの真純かわいいだろう」と自慢げになっているような昴に心の中で同意する。
「イタリアといえば!」
「っ! ……ビックリした」
 突然大きな声で話を振ってきた園子に思わず声をビクッとしてしまった。園子に渡していない土産とかあったっけと首を傾げると、唇を歪ませた園子と目が合った。
「あのイケメンとはどうなのよ、なまえさん!」
「え、誰?」
「園子、それってもしかして、ポアロで……」
「そう! なまえさんにキスしてたあのイケメン!」
 誰のことだろうと首を傾げる。視線を目の前のテーブルに移し、腕を組んで思い出そうとした。
 視界の端でグラスに水を注いでいた昴がピクリと反応したような気がしたが、ちらりと目を向けた時に別段変わったところがなかった。きっと見間違えかも。
 ――ポアロ……キス……イケメン……。あっ、ディーノのことか。
 正直最近は金子のことがずっと頭の中に残っていたため、記憶を遡ることに時間がかかってしまった。
「それなら……」
「味噌ラーメンお待ち!」
「わっ、ありがとうございます!」
 園子に言葉を返そうとすると、美味しそうな味噌ラーメンがドンッと現れた。大将が気を利かせて自ら厨房からテーブルの上に置いてくれたのだ。
「昴さん、伸びちゃうので先に食べ始めてもいいですか?」
 昴とは、どちらかが外出しない限り食事は一緒に摂ることがほとんどだった。そのため、自然と二人の中では共に挨拶をして食べ始めることが習慣になっていた。もちろん、二人で外食をするときも同様にだ。
 しかし麺類はそうとはいかない。昴ならわかってくれると思いつつ、一応話した方がいいと考え断りを入れた。
「ああ、はい。どうぞ」
「やった! いただきます! 七味かけちゃおう」
 近くに置かれていた七味唐辛子を取り、蓋を外す。勢いあまって振りかけすぎないよう注意しながら七味を傾けた。
「あーなまえさん逃げたー!」
「逃げてない逃げてない」
「なまえさん、その、ポアロにいた男の人とは会ってないんですか?」
「ん? あー……忙しいからねえ、彼」
「ええ! それだけ!? 結局どうなのよ! 付き合ってるの!?」
 慎重に振りかけていた七味を一旦とめる。
 ここでハッキリ言っておかないと後々までこの話題を持ちかけられそうなため、ラーメンから視線をあげて園子に顔を向けた。
「まさか。そんなことないよ。この前も否定したでしょ?」
「してない! なまえさんすぐ座り込んでパフェつっついてたじゃない! アタシたちの話、まったく聞いてくれてなかった!」
「だってパフェどろどろになってたから」
「パフェに負けるイケメンの話題って!」
「でもなまえさん……あんなに、その……キス、されてたら……」
「あれは、挨拶というかなんというか……」
 照れながら話す蘭の初々しさに感化されて少しだけしどろもどろになりながら返答するが、逃げるように再び七味振りかけの作業に戻る。指先の感覚を研ぎ澄ませ、ちょっとずつかけることを心がけながら手首を動かした矢先だった。
「その話、僕も混ぜてくれないかい?」
「えっ!?」
 驚きのあまり、持っていた七味の存在も忘れて昴の方を向いてしまう。穏やかに語った唇はゆるやかな弧を描いているのにもかかわらず、普段猫の目のようなそれはお世辞にも笑っているとはいえなかった。
 暖房が効いているはずなのに背中に悪寒が走り、ぎこちなく目を逸らした。すると視界に入った園子と蘭は、今のやりとりで面白い場面など一つもなかったのに目を輝かせている。
 唇の端がぴくぴくと動くのを感じながら口を開いた。
「す、昴さんも、聞くんですか?」
「ああ、気になるな」
「そうですよね! 昴さんも気になりますよね!」
「ええ。なまえさんは弟のことは話しても、自分の交友関係はあまり話さないので。余計に、ね」
 園子がテーブルに肘をついて身を乗り出すように昴の顔を見ながら同意を促す。女子高生のノリについていくように言葉を返す昴に、園子や蘭は満足そうに頷き視線を寄越した。
 これじゃまるで尋問されてる気分だ。
 音もなくため息をついて弁明を試みた。
「いや、本当に付き合ってるとかじゃないので……」
「付き合ってもない相手にあんなにキスされてもなまえさんはなんでもない相手って言いきれるのか?」
「だからあれはあっちが挨拶がわりに……! からかわれてただけだから! 真純ちゃんその曖昧な言い方、悪意感じる!」
 言葉だけ聞けばただの男たらしにしか思えないだろう。
 勢いよく真純に振り返り否定したが、もう我慢の限界だった。手に力を込めて口を開く。
「もうこの話はおしまい! ラーメン食べます!」
 降りかかる声に耳を傾けないよう目を閉じて宣言すると、一瞬空気が凍った。
「あの、なまえさん……?」
「なまえさんそれ……」
「ん? なに……うわ!?」
 蘭とコナンの声に手元のラーメンを見ると、中身が七味唐辛子一色になっていた。
「そんな……! こんなにかけた覚えないのに。なんで……?」
「七味を持ったまま話しをするから。気づいてなかったかい? 話してる最中も七味を振り続けてたよ」
「う、ぬぅ……」
 冷静に原因を話す昴に七味唐辛子を取り上げられ、代わりに割り箸を渡される。
「うわ……すご……」
「なまえさん辛党でしたっけ?」
「ここまで七味かける人、初めて見たなあ」
「なまえさん、大丈夫……?」
 ただの小学校一年生男児を演じ大人を惑わすその仕草になぜか追い詰められた気分になる。言葉とは裏腹に、呆れているのが小学生の仮面の上からでも手に取るようにわかる。
 お金もラーメンも勿体ないしと腹をくくり、意を決して宣言した。
「――がんばってたべます」
 昴やコナンたち、そしてなぜか店員までもが固唾を呑む。
 皆に見守られる中、割り箸を横に持ちきれいに割いて少々片言になりながらも挨拶をした。
 一口分を箸でつかみ、ふーっと数回息を吹きかけ、食べる前にごくりと唾を飲み込んでから湯気をたたせるラーメンを啜った。
「……! んっ……!」
 舌の上で熱さと辛さを感じる部分は近いところにあると昔聞いたことがある。そんなことを思い出しながら咀嚼し終えたものを飲み込んだ。
 すかさず手元にあった水を口に流し込む。
「――っ、まっ……な、か、から……!」
 なにこれ。辛すぎにもほどがある。
 口元を両手で抑えると自然と涙が浮かんできた。空っぽになったグラスに昴が気を利かせて水を注いでくれ、一気にそれを飲み干した。
「むり、からいぃ……」
 舌を通り越して頭の中まで痛くなりそうな辛さに顔を覆って項垂れる。視界が歪んだ原因を零さないように必死に目を瞑るけれど、辛さが強くなるように感覚が鋭くなっただけだった。
 暫く小さな声で唸り声をあげていると、隣から溜め息が聞こえてくる。
「交換しますか?」
「……え?」
 昴がなにを言ったのかわからず眼だけ動かして顔色を伺う。仕方がないなあと言ったような表情を浮かべた昴とまなざしが絡み合った。
「さっき、どっちにしようか迷ってたでしょう。辛くて食べられないというなら、交換しますよ。ちょうどこっちのは今来たばかりだから箸をつけてないし」
「えっ、いつの間に!?」
「君が辛さに悶えている間に」
「ほ、本当にいいんですか……?」
 辛さに耐えきれないことを哀れんで自分が注文したラーメンと交換しようかと昴は提案してくれたが、一度は箸をつけてしまったものである。食べる前にこのやりとりをするならば何もきにならなかったが、七味を振りかけすぎてしまったことも含めてなんだか今日は気が引けた。
「普段から夕食の味見を互いにしてるから、僕は気にしませんよ」
「ありがとうございます……!」
 昴の言葉に盛り上がる声と心配する声、さらには店員までもが頬を染め、大将が口笛を鳴らした。今の会話のどこにそんな要素があったのだろう。
 なにはともあれ、この辛さの暴力と引換に味噌ラーメンと迷っていた閻魔大王ラーメンが食べられるなんて。
 味噌ラーメンだったものと閻魔大王ラーメンを器ごと交換する。
「昴さん大丈夫なの……?」
 見るからに殺人事件が起きたようなラーメンが昴にわたり、コナンは昴とラーメンを交互に見ながら心配の声をあげる。
 真っ赤な味噌ラーメンを口にして飲み込んだ昴が、眼鏡を曇らせたままにすぐ水を飲んだのはいうまでもない。

   *

 閻魔大王ラーメンを美味しくいただき満腹感に身をゆだねた。
 昴は七味まみれのラーメンを無事食べ終わった後、これでもかというほど水で辛さを薄めようとしている。
 二人がラーメンを食べている間、育ち盛りな真純たちは、仲良く餃子を分け腹を満たしていたらしく、食後のひとときを楽しんでいた。
「なまえさん、ポアロでクリスマスメニューが出るって知ってます?」
「二週間限定のヤツ!」
「イタリアの料理だってさ」
「あー、それね。実は安室さんに試食を頼まれてね、皆より一足先に食べたよ」
「えっそうだったんですか!?」
「ちょっと聞いてなわよ! いつ!? もしかして二人っきりで!?」
「閉店後に来てくれってお願いされて。それに、二人だけの秘密にしてくれって言われたから」
「キザ! しかも閉店後!」
 園子の反応に相変わらずだなと苦笑いする。
 あの試食会以降、ポアロには立ち寄っていない。あんな別れ方をしてしまったから、透と顔を合わせることに引け目を感じていた。
 偽装した診察書を見せたときの、自分の推理が外れたと知ってあからさまにショックを受けている表情は居心地がいいものではなかった。
 彼がこれまでどれほど努力してきたのか詳細は知らなくても、彼と会話を重ねていく中で垣間見えた教養やちょっとした仕草を繋ぎ合わせれば、努力家というのと信念を持ち仕事をしていることが伺える。
 そんな仕事熱心で多忙な日々を送る彼に、真実を伝えていないという後ろめたさから、ついついあんな書き置きを残して店をあとにしてしまった。
 きっと透は、あの言葉が自分に向けられた言葉ということに気づいているだろう。もしかしたら、結果的に傷口に塩を塗るような行為になってしまったかもしれない。
 恭弥に釘を刺された日から気を引き締めてはいたものの、軽率な行動にでてしまったことは今でも反省している。
「何を試食したんですか?」
 ――あれ、話してなかったっけ……?
 確か昴にはあの日帰ってきてから伝えたはずだけど。忘れちゃったのかな。
「パスタ・アル・フォルノとパネットーネ、それにパンドーロです。結局採用されたのはパネットーネ以外でしたけど」
「ほう。パネットーネやパンドーロといったものは、普通のパンとは作り方が違うんでしたよね?」
「そうそう。発酵もしなきゃいけないし、パネットーネ種っていうのを使うから、こっちでは珍しい作り方ってことで、あまり家庭用では見ないんですよね。輸入食品とかで売ってるのはよくあるけど」
「作れるのかい?」
「……私ですか? 一応は。食べたいですか?」
「ん? ああ、君の作ったものなら、なんでも」
 頬杖をついた昴に顔を覗き込まれる。隣に座っているため自然と距離が近くなってしまう。話している時は気づかなかったそれを自覚し、一瞬息を飲んだ。
「……じゃあ、今度作ってみようかな。なんなら、クリスマスに合わせて作りますか?」
「いいですね。一人で過ごさないクリスマスなんて久しぶりだ」
「またまたあ。この前、哀ちゃんに聞きましたよ。私が並盛に帰ってる時、“女性に好感を持ってもらうために自分も一緒にスキーしようかなあ”って感じのことを言ってたって」
「……さて、そんなこと言ったかな」
 わざとらしくうそぶく昴に、対抗心が芽生えてコナンに声をかけた。
「その時コナンくんも一緒にいたって聞いたけど」
「えっ、ぼ、ぼく!?」
「昴さん話してたでしょ?」
「そんなこと言った覚えはないんですが。ねえ、コナンくん」
「えーっと……どうだったかなぁ。アハハハ……」
 コナンは忘れてしまったとわざとらしく笑う。どちらの立場にもつかずに場をおさめた発言に、さすが頭が回るなと感心してしまった。
「なまえさん、なまえさん!」
「なあに?」
「ちょっとこっち! 来て! こっち!」
「はぁ……?」
 園子に手を引かれ連れてかれたのは、蘭が座っていた一番端の席。無理やり座らされると、逃がさないとでも言うように園子と蘭が後ろに立ち、遅れてやってきた真純が隣の席に座った。
「なまえさんも罪作りな女ですね!」
「え?」
「やだもー知らばっくれちゃって! いつの間にそんな昴さんと仲良くなってたんですか!」
「? 前は仲良くなかったっけ?」
「もう! はぐらかさないでくださいよ!」
「二人の距離が縮まったというか、自然と二人の間の雰囲気が変わったというか……」
「なまえさん、ボク達の前じゃ『なんでもできるお姉さん』って感じだろ? だから、ちょっと抜けた感じの……さっきの七味振りかけすぎちゃうみたいなの、今日初めて見たよ」
 ――周りからはそう見えてるのか。
 自分とは違う視点で見ているものの印象を聞くのはおもしろいなとそのまま耳を傾けた。
「あのイケメンと付き合ってないってことは、やっぱり本命は昴さんなの!?」
「……え、本命、とは」
「絶対、絶っ対なにかあったでしょ!? 女の勘よ!」
 園子が言う『なにか』がどれに当てはまるのかはわからない。けれど、金子の事件が無事に終わり米花に戻ってきてからというもの、昴との距離感は少しだけ縮まったような気がする。
 でも、一緒に過ごしてきた時間が長くなればお互いを知って仲が良くなるのは自然なこと。園子はなんでもすぐに話題を恋愛方面につなげたがるけれど、昴との仲はそれとは少し違うような気がしていた。
「ないってばー。……はい、この話はおしまい!」
「あぁ! ちょっと!」
 隙を見て椅子から立ち上がり、もともと座っていた席に戻ると、にやついた笑みを浮かべた昴が出迎えてくれた。
「おや、おかえり」
「……昴さん、おもしろがって見てたでしょ」
「さあ?」
「ほら! 口が笑ってる! 誤魔化せてないですよ!」
 昴は「はいはい」と適当に返事をしながら水を差し出してきたので、グラスをかっさらうように受け取った。
 ――こういうところが安室さんと似てるんだよ!
 透本人は『殺したいほど憎い相手』と目の前にいる男の正体に対して思いを抱いているけれど、絶対、誰がどうみても二人は似たもの同士だと思うだろう。いや、思わない方がおかしい。
 今度、絶対やり返してやる……!
 そう意気込みグラスを一気に傾けると、
「――それにしても残念だなぁ。秀兄が生きてたらなまえさんのこと、絶対好きになりそうなのに」
 真純の言葉に飲みかけの水を吹き出しかけた。
 つづけて「そしたらなまえさんがボクのお姉さんになってくれるのになあ」と呟く声が聞こえてくる。それを耳にしながら動揺していることがバレないよう必死に表情には出さないようにして水を飲み込んだ。
「ちょ、昴さん!?」
「大丈夫ですか!?」
 園子と蘭の声に隣を見ると、盛大に咳き込んでいる昴がいた。自分のことに精一杯で、とうやら昴には動揺したことはバレてないようだ。よかった。
 落ち着きを取り戻し、ちらりとコナンを盗み見ると呆れ返ったような表情を浮かべて水を注いであげていた。なんだか可哀想に思えてきて、昴の背中に手を伸ばしさすってやる。
 肝が冷えるとはこのことだとなまえは身をもって学んだ。

17,01.31