上手な解体の仕方


 ピーッと音が鳴りながら赤ランプが点滅した。途端に、目の前の機材がビックリ箱のように開いて中からピエロが飛びたした。ゆらゆら動く舌をだしたピエロに何回目かもわからない溜め息がこぼれる。
「――また間に合わなかった。これで13回目……」
 なまえは地下施設内のとある一室にて、ジャックの教えのもと爆弾解体の訓練を行っていた。
 今回練り上げられた金子奪還作戦では、なまえは一つ金子印を解体しなければならない任を担っていた。もちろんリボーンが家庭教師としてやって来た頃からデンジャラスな経験は多々重ねているが、爆弾の解体はやったことがない。そのため、作戦決行日までになまえは解体方法を身につけなければならなかった。
 そこで、白羽の矢が立ったのが、過去、そして現在その道のプロでもあるジャックだった。解体する爆弾は本物を使用するわけにもいかないので、ジャンニーニが造った爆弾解体プログラムを兼ね備えた解体キットを使用している。金子印はもちろんのこと、その他の爆弾の構造や解体のコツ等、ありとあらゆる知識を熟知しているジャックから事細かに情報を提供してもらい、完成に至ったものである。
 このキットは爆弾が爆発するまでの時間を自由に設定できたり、解体する配線の順序を自在に変更できたりと、何回も練習できるようになっている。そして、爆発までのカウントダウンがゼロになった場合は、ピーッという発信音とともに、キットの中からおもちゃ箱のようにピエロが飛び出してくる仕掛けになっている。しかもこのキット、実践を考慮して専用の工具を使用して切断しなければならないのだが、包丁で切るとマジックテープ部分で二つに分けられるままごと玩具の野菜のように、切断しても磁石がくっつくみたいに再度訓練できるように接着可能なのだから、メカニックは侮れない。
 金子印の爆弾は構造が複雑であるため、解体方法を一歩間違えれば一瞬で命を落とす危険がある。迷路のように散りばめられた数多くの配線の中から必要最低限のものを順番通り、そして短時間で切断する必要があった。
 それだけでも充分難題なのに、リボーンからは「爆弾解体のスペシャリストを目指せ」だなんてお達しがくだされている。その道のプロ、ジャックがいるにも関わらず。曰く、「金子印以外にも爆弾を解体する可能性がこの先あるんだったら、この際まとめて学んでしまえばいいだろう」とのこと。さらに、ジャンニーニが腕によりをかけて完成させたこの爆弾解体プログラムを今後活用していくために、改善点を洗い出す意味も込めてなまえが試されていた。
「……先生」
「誰が先生だ」
 携帯を横に持って片耳にイヤホンを突っ込みゲームアプリに指を走らせるジャックは、指導役とはかけ離れていた。本人も自分には似合わないことは理解しているのか、いつまでたっても先生呼びに難癖をつける。
「休憩、しませんか」
「まだそんなにやってないだろ」
 画面から一瞬でも目を離さずぴしゃりと言葉をはね返すジャックに眉をひそめる。今すぐジャックが熱心にやっているゲームアプリが強制メンテナンスに入ってしまえばいいのに。いやでもそんなことになったら機嫌がガタ落ちで大変なことになりそうだからダメだ。
「シャンシャンしてるから気づかないだろうけどもう一時間は経ってますからね!」
「……好きにしろ」
「やった!」
 ジャックの了承をもらい、なまえは一目散に部屋を出て行く。持ち場を離れるならすべて片付けろといったような声が背中にビシバシ当たった気がするが、どうせ休憩後も練習にかじりつかなければならないのだ。
 ずっと座りっぱなしだったから休憩がてら他のみんなの様子を見て歩き回ろう。先生はどうせ一人でシャンシャンしているのだから戻るのが少し遅れたくらい何も言わないだろうし。
 そんなことを考えながら食堂を訪れた自分を全力で褒めてあげたい。
 なまえは鼻歌を歌いながら早足でワゴンを押してジャックが待つ部屋へと戻った。
「おいおい休憩長すぎ……」
「おやつ持ってきました! 食べましょ!」
 なまえが押してきたワゴンの上には、大きな皿に乗っかった山盛りのスコーンと、ジャムにマーガリン。それに、ポットとカップ二つ、インスタント珈琲が置かれていた。
 それらを目のあたりにしてジャックはぽかんと口を開けた。
「隼人が作ってくれたんです。解体練習がんばってるからって。気遣いもできるしなんでも作れて、もうこんな優良物件いつお嫁に出しても大丈夫ですよね!」
「婿じゃねえのかよ……」
 なまえは話しながらテーブルの上に運んできたものを並べていく。
「ジャックさんも休憩しましょ。眼が疲れちゃいますよ」
 ちらりとテーブルに置かれた携帯の画面を見るとちょうど体力がなくなったらしい。
 ジャックは仕方がないなとアプリと電源を落として携帯をテーブルの隅に置いた。
 普段通りの態度を装っているが、視線はスコーンを捉えて離さない。黒いスーツに身を包み胸ポケットにサングラスを引っかけた姿はどこからどう見てもヤクザなのに、甘いものには目が無いらしい。意外と可愛らしい部分もあるんだなとなまえは笑いを堪えながらお手拭きを渡した。
 ジャックはすかさず手を拭いてスコーンに手を伸ばした。もちろん、ジャムやマーガリンもたっぷり盛り付けていた。
「お、美味い」
「そうでしょうそうでしょう」
「やっぱ疲れたときには甘いもんだな」
「……そんなに疲れてないように見えますけど?」
 ぱくぱくもぐもぐがつがつ。そんな効果音をつけてしまいたくなるほど大きな口を開けてスコーンを消していくジャックになまえは目を丸くした。
 こうしていると、ごく普通の成人男性にしか見えない。いや、ごく普通の成人男性なのだと軽く頭を振って認識を改める。一瞬ヤクザかと思ってしまう格好をしているけれど、経歴と立場と仕事の内容が少しだけ世間離れしているだけの、甘いものが好きでアプリゲームで時間をつぶすような、普通の男性だ。それこそ、裏社会やマフィアなんて言葉とはかけ離れているくらい。
「――なぜ俺を助けた」
 ぴたりとスコーンに伸びたの手が止まる。そろりと視線を上げると、先ほどのやわらかい雰囲気とは打って変わり、しかめっ面のジャックがそこにいた。
「……だから、前にも言ったでしょう。ボンゴレに使える人材はほしいんですよ、私。納得いきませんか? ボンゴレにいるなら、嫌でも耳に入るでしょ。私のボンゴレ至上主義」
「まあ……」
 苦虫を潰したような顔をするジャックに、自分から訊いておいてなんだその顔はと思いながらスコーンを手に取りそのまま一口かじる。ジャムやマーガリンをつけずにそのままでも充分美味しいことを確認して、微妙な表情を浮かべるジャックに声をかけた。
「自分じゃなくてもよかっただろう……だなんて考えてます?」
「っ……まあ。爆弾解体処理だなんて俺以外にもできるやつくらいそこら辺にたんまり居るだろ」
「確かに爆弾解体を専門にしている人間は多いですけど、私はあなたがよかったんです」
 ――あなたは人を失う哀しさやつらさを知っているから。
 目を丸くしたジャックを尻目になまえは視線を落として記憶を遡った。
 ジャックが本部からヴァリアーに移ったばかりの頃のことである。時間があったらジャックの状態を知らせてほしいという頼みに、面倒見の良いスクアーロは定期的に彼の様子を教えてくれていた。
 日本とイタリアの時差は約八時間。ビデオ通話をしていた時、日本は午前十時だったから、イタリアは午前二時頃だったはず。
 そんな夜中に部下からの報告書のチェックや書類整理に追われている姿は、独立暗殺部隊に所属していることを忘れてしまうくらい社畜のサラリーマンの雰囲気を醸し出していた。
 スクアーロは、伸びた前髪をまとめてヘアピンを使い頭の上で止め、長い後ろ髪は片側に寄せて胸のあたりで適当に緩くまとめていた。日々激務だというのになぜか手入れが行き届いている銀髪は少しだけ嫉妬の対象だったりする。
 スクアーロは彼の活躍ぶりを教えてくれたあと、ぽつりと言葉をこぼした。
『ありゃあ飼い主に見放されて野生化した犬みてえだな』
 画面の向こう側で書類を引き寄せて捲りながらスクアーロは退屈そうにつぶやく。
『生きることにさほど興味が無いくせして、爆弾絡みになると途端に目がギラつく。まるで……』
 言葉を切ったスクアーロが気になり目を細めて彼の手元を見ると、捲っていた書類はジャックの経歴をまとめたものだった。
 記載されている文書とジャック本人の素行を思い浮かべ、それらを方程式にかけたスクアーロは答えを導きだす。
『死に場所を探してるみてぇにな』
 なまえは耳に残っているスクアーロの言葉を答え合わせするように本人に問いかけた。
「それとも、死にたかった?」
「――っ」
 ジャックは一瞬にして顔色を変えた。掛けた言葉が図星というのは明らかだった。
 スクアーロは気づいていた。きっと、他のヴァリアー幹部だってわかっていたことだ。それでも本人に口出ししなかったのは、自分たちがそこまで面倒を見ることではないということだろう。
 最も多くの血を見てきた彼らはジャックのそれに関して、自分自身で解決しなければならない問題だということを本能のように悟っていた。
 けれど、きっかけを与え、本人が気づかなければ人は変わらない。
 様子を伺うに、ジャックはまだそのきっかけと出会えていないようだった。だから本当はあまり口を出したくはないけれど、いい機会ということもあり、なまえは土足で室内を踏みあらすようにジャックの本心に切り込むことに決めた。
「あのスーツは喪服を見立てていましたか?」
 ――自分で拾ってきたもんなんだから最後まで責任を持て。
 口には出していなかったけれど、スクアーロの鋭い双眸がパソコンの画面越しに刺さったのをなまえは昨日のことのように思い出せる。
 そのとおりなんだけど、と心の中で弱音をこぼし、なまえは悟られないように息を吐き出してジャックを見据えた。
「松田陣平は、あの観覧車で死にました」
「……んなことわかってる」
「本当に? 自分が何者なのか、わからなくなってるんじゃないんですか?」
「……」
 黙り込む姿に肯定の意と捉えることにする。
 どこからなにを話せばこの人は前を向いてくれるんだろう。どうしたら一歩踏み出して歩み寄ってくれるのか。
 わからないけれど、会話をして相手の様子を把握し理解し受け止めなければ、彼との関係は一向にこのままだ。
 とりあえず、話を投げかければそのうち内容でも単語でも、なにかしら引っ掛かりを覚えるかもしれない。
 なまえは手探りのような行為だとわかっていながらも口を開いた。
「裏の世界なんて見向きもしなかったでしょう。存在は知っていたとしても、自分の世界はこの範囲だと決めつけて、交友関係も手が届く範囲にして。でもそうじゃない。視野を広げれば、広げた分だけ世界は広がります。そして、広くなった分だけ様々な人が生きている」
 彼が恐れていること。
 突然ぽんと裏社会に連れてこられて、それが一つということは決してないだろうけれど。
 彼は、これからジャックとして長く生きていくうちに、『松田陣平』が自分の中から消えていってしまうのではないかという不安に駆られているのではないだろうか。
「そうやって、他人と関わることで人は成長していく。でも、成長したからといってそれまでの生活や経験とはさよならっていうわけでもなければ、過去にあった楽しいこと、嬉しかったことを忘れるわけでもない。もし忘れてしまったとしても、忘れるという行為は決して悪いことではないですよ」
 『松田陣平』が消えていくということは、『松田陣平』と関わった人間も自分の中から消えていってしまうのではないかという不安を抱えていることに等しい。
 『松田陣平』としては死んでいるのに、自分自身は亡霊のように生きている。それが、彼を不安定にさせている一番の要因なのではないだろうか。
「確かに松田陣平は死んだ。けれど、遺された人々の心の中で、あなたは永遠に生き続けている。自分だってそうでしょう? 今でも親友は、あなたの中で生き続けている」
 ぎゅっと眉間にしわを寄せているジャックの手からスコーンがころりと転がっていった。
 転がったスコーンが空のマグカップに衝突して止まったのを確認して、そういえば珈琲を準備していなかったと気づく。なまえは持ってきたインスタント珈琲に手を伸ばした。
「あなたが今後どう身の振り方をわきまえるかは知りませんけど、残りの寿命をボンゴレに捧げると契約したんです。逃げようとしても、逃がしはしませんよ」
 ジャックが黙り込んでいるのをいいことに、なまえは手を動かしながらも話を続けた。ポットの湯をマグカップに注ぎながら、迷子になっている子どもに語りかけるよう、とびきり優しい声で話しかけた。
「……ねえジャック。あなたはもう、私たちにとって大切でかけがえのない仲間なんですよ」
 淹れたての珈琲をジャックに差し出す。
 視界に突然入ってきたそれに一瞬肩を震わせたが、ジャックはマグカップを受け取り少し冷ましてから口をつけた。
「ハハッ……苦すぎだよ」
「甘党さんなんだからちょうどいいでしょう?」
 久しぶりに聞いたように錯覚するジャックの声音は、予想していたよりもやわらかい輪郭だった。なまえはほっと胸を撫で下ろす。
 大切なものをつくることは、同時に自分の首を絞める行為にもつながる。それは、大切な存在に囚われることで有事の際に判断が鈍る可能性や身を滅ぼす危険性を孕んでいるからだ。
 親友のような存在を亡くした彼は、大切なものをつくってしまうことを怖れている。
 だから彼をヴァリアーに託したのだ。
 彼らヴァリアーは、なにも隠さずありのままの現実を見せつける。誰になにを言われようが、これが自分の生き方だと胸を張って不敵に笑う男たちばかりだ。
 ――そんなヴァリアーが、ジャックの新しい居場所になってくれれば。
 彼らは簡単なことではそうそう死なないだろうし、独立暗殺部隊という立場とその仕事内容において、自負心の固まりみたいな集まりだ。ジャックが悲しむこともないだろう。
「ほんとう、どんだけ苦くさせたんだよ……なまえ」
 震える声に気づかないふりをして、スコーンにジャムとマーガリンをぬって食べようとしていると、ぼそりと聞こえた音にスコーンを落としそうになった。
 一部始終を見ていたらしく、目尻と鼻先を赤く染めながらもジャックはしてやったりの顔をする。
 不意打ちだと唇を尖らせたくなるけれど、気持ちとは裏腹になまえの口角と頬も上がっていった。
「……やっと名前を呼んでくれましたね、ジャック」
 彼を助けてから一度も呼ばれなかった自分の名。その姿勢は、現実から必死に目を背けようとしているように思えて仕方がなかった。
 それが今、小さい声だったけれどこの両耳はしっかり音を拾った。やっと名前を呼ばれたのだ。こんなに嬉しいことはない。
 ――ジャックがこの先、笑って過ごせますように。
 そう願わずにはいられなかった。

17,02.12