海の日〜若井秀一がやってきた!〜


 ビアンキが気を利かせてイーピンとともに奈々を買い物に連れ出し、それ以外のメンバーは一先ずなまえと秀一が泊まる部屋に集まった。パソコンを立ち上げている綱吉の傍らには、ランボから取り上げた十年バズーカがある。
 パソコンに映し出されたブラウザは合計四つ。三つのブラウザにはそれぞれジャンニーニやスパナ、正一が映っている。そして右下にある一番小さなブラウザには画面にかじりつく綱吉の困り顔と、その後ろにあるベッドの上でくつろいでいる秀一の姿だった。
「はぁー!? 半日か一日このまま!? 嘘だろ !? 」
 綱吉は事の成り行きを三人に説明し終えると、彼らの回答に頭を抱えた。
「詳しいことは実際にバズーカを見てみないことにはわかりませんが、恐らくは……」
「これから僕もスパナも、並盛に行くところだったんだ。ジャンニーニと話し合うことがあって」
「ボンゴレ、バズーカ持ってきてよ」
「十代目! 我々が総力をあげて徹底的に修理します!」
 秀一と少し距離を開けて座っているなまえは、綱吉と三人のやりとりを見守っていた。
「さすが正一にスパナ、ジャンニーニ……」
 頼もしさに惚れ惚れしてしまう。今日から三人をメカニック三銃士と名付けよう。
「ホォー……」
 少しだけ呑気なことを考えていると、秀一が頬杖をつきながら声を漏らした。
「つまり、俺は『十年バズーカ』という非科学的な代物で、十年後の自分と入れ替わったというわけか」
「……お見事」
 思わず小さく拍手をしてしまった。きちんとした説明もままならずに部屋に連れてきてしまったのに、十年前の秀一は綱吉と三人のやりとりを見ていただけで自分の置かれた現状を推察してみせた。
「ごめんね、赤井くん。突然こんなことに巻き込んじゃって。驚いたでしょう?」
「……ああ、驚いたよ。アンタみたいな美しく可憐な女がこの世界にいるだなんてな」
「えーっと……」
「十年後の俺のことも気にならないことはないが、その前にお前のことを教えてくれないか? 名前はなんと言うんだ? ああ、きっと君にぴったりな愛らしい名前なんだろうな」
「沢田、なまえ……です」
「なまえ……! いい名前だ。『名は体を表す』というが、なまえのことを言っているような言葉だな」
「はひ……十年前の赤井さんもデンジャラスです……!」
「こういう人のこと、“パリピ”って言うんだっけ?」
「きっと今の赤井さんだったら、“パリピ”ランキング第一位に輝くだろうね」
 ハルと京子、そしてフゥ太がそれぞれの感想を話しているうちに、綱吉とメカニック三銃士の通信は終了した。
 この後、十年バズーカを修理してもらうために、綱吉は大急ぎで車を走らせて並盛に行くことになった。
 そして秀一が十年前からやってきたことにより、午後の予定は多少変更があった。というのも、バズーカの修理の具合にもよるが、いつ秀一が元に戻るかもよそうできない状況で、外に出てしまえば騒ぎが起きてしまうかもという考えからだった。バズーカによって秀一が入れ替わった時、レストランではちょっとした騒ぎになってしまった。その場はなんとか綱吉がごまかしたものの、もう一度騒ぎを起こしてしまえば今度こそ大惨事になってしまうかもしれない。
 そのような理由から、午後は秀一、そして付き添いのなまえは部屋で過ごすこととなった。そして他のメンバーは、予定通りに引き続き海で遊んだり買い物に行ったりと自由に行動することに決まった。
 全員で遊べないことに残念がるメンバーもいたが、気持ちを切り替えて各々がしたいことをするために部屋を後にする。最後に綱吉が出ていこうと数歩歩いてはその都度振り返り、口酸っぱく秀一に言ってきかせた。
「くれぐれも! なまえに変なことしないでくださいよ! 絶対に!」
「……そう何度も言うな。一回言われればわかる」
「わかってても変なことしそうだから何回も言ってるんです! 年上のいうことには素直に従ってください!」
「年上? 見たところ、十年後の俺は君よりも年上なんだろう? 入れ替わったからと言って形勢は逆転しないんじゃないか?」
「……なんでだろう、十年前の赤井さんと会話している感じがしない。十年前からこんな人だったの……?」
「いや、私に訊かれてもわからないよつっくん……。それより、バズーカのこと、よろしくね。急ぎ過ぎて事故を起こしちゃったとか、やめてね」
「うん。気をつけるよ。……なまえも気をつけて」
 綱吉はバズーカを抱えて部屋を出ていった。
 とうとうなまえは十年前の秀一と二人きりになってしまった。
 秀一であるけれど、自分と過ごした思い出が全くない秀一に、どう接すればいいのかわからなくなってくる。なまえは少し戸惑いながらも口を開いた。
「それじゃあ赤井くん、元に戻るまでの間、よろしくね」
「なあ、俺のことは『秀くん』と呼んでいたんだろう? なら、苗字で呼ばなくてもいいんじゃないか?」
 ドキッとして秀一を見返すと、「あたりだろう」と胸を張られてしまった。
 どうやら隠し事はしない方がよさそうだ。小細工をするのは諦めて、理由を説明することにする。
「……だって貴方は赤井秀一くんだけれど、まだ私と出会っていない赤井秀一くんでしょう?」
 きょとんとして首を傾げる秀一は、今まで大人びていたような顔つきとは一変して、歳相応の表情になった気がした。今の秀一は、綱吉とあまり変わらない年齢だろうか。雰囲気が綱吉に少しだけ似ていた。
「でも、こうして出会えたじゃないか。関係ないさ」
 秀一はなまえの右手を掴み、まるで王子が挨拶をするように手の甲にキスを落とす。
「そうだろう? なまえ」
 嬉しそうに微笑む秀一に、なまえの胸はときめいてしまった。
 どうやら目尻の柔らかさは、十年前から健全だったらしい。

   *

 部屋で半日の間、十年前の秀一と過ごしたなまえは、それなりに充実した時間を過ごした。“それなりに”というのは、少し苦労した半面、年相応の秀一が見られたからである。今は十年前に飛ばされてしまった秀一のい言葉を借りるならば、まさに“フィフティーフィフティー”状態である。過失の問題ではないけれど。
 極力室内で過ごす決まりだったため、夕食はホテルのルームサービスを利用することになった。
「なあ、未来の俺となまえは同棲してるのか?」
「どうだと思う? 推理してごらん」
 質問を質問で返すと、秀一は感心したように眉を上げた。
「へえ……そう言うんだったらお構いなく。
 まずこの部屋だ。部屋にはなまえと俺の荷物が置いてある。俺が過去からやってきてから、君らはすぐに中庭からこの部屋に移動した。部屋に入ってきた時、既に未来の俺の荷物はここに置いてあった。あの短時間で、まだ他のメンバーとともに今後のことを話し合っていない段階で、俺の荷物があるということは、最初からあったということ。つまり、今日、君は俺とこの部屋に泊まる予定だったんだ。
 そして、今後のことを決める時、君が俺に付き添うことを他のやつら……まあ、君の弟は不服そうだったが、弟以外は全く気にしていなかった。過去の俺だとしても、赤井秀一という名を持つ人間ということに変わりはない。しかし君と過ごした記憶がない今、ある意味君は『どこの馬の骨かもわからぬ男』と対面していることになるだろう。にも関わらず、君は半日もの間、この密室で俺と共に過ごした。
 これらのことから考えられる答えはただ一つ。俺はなまえと付き合っていて、さらに同じ屋根の下で暮らした経験もある。そしてそれは、君の家族や友人公認というわけだ」
「…………」
 ――こわっ……。
 結論。秀一は昔から秀一だったらしい。
 秀一からは見えないように自分の腕を引き寄せてさすっていると、きょとんとした顔で秀一が首を傾けた。
「……なにか間違っているか?」
 ――間違ってないから怖いんだよ……!
 しかしそんなこと言ってしまえば、次にどんな行動を取られるのか予想不可能だ。ここは質問に答えるよりも、さりげなく話を逸らすべきだと思い立つ。
「ほら、せっかく美味しいのに、はやく食べないと冷めちゃうよ」
 秀一はむっとした顔をする。
「答えになってないぞ」
「はいはい、真実はいつも一つだねー」
「なまえ」
「あっ、これ美味しい」
 チキンマカロニグラタンを食べていると、視線が降り注いでいることに気づく。ちらっと見上げるように目だけを動かすと、秀一はグラタンを見つめていた。
「……気になる?」
 秀一は正直にこくんと首を縦に振る。
 やはり二十代前半の男子は食べ盛りなのだろうか。綱吉たちも見ていて気持ちの良いくらいよく食べる。
 三十歳を過ぎた秀一は、今でも忙しい時は食事を栄養補正食品と言われるようなもので済ませてしまうことがある。そのことを彼は「FBIに入って潜入捜査をしていた頃の名残だ」なんて話していたけれど、可能ならばきちんとした食事を摂ってほしい。
「食べる?」
 グラタンを先割れスプーンの上に乗せて秀一に向けて差し出す。すると秀一は目を丸くしてぴたりと動きを止めた。
「あっ、私が使ったのじゃだめだよね。じゃあ自分の使ってるスプーンで……」
 いつも秀一とは味見をする仲だったため、相手が使用したものを使うということにあまり抵抗はなかったが、十年前の秀一は気になるらしい。そうか、若いということはこういうことなのかと考えていると、秀一が慌てた様子で声を上げた。
「いやいやいや! それでいい! むしろそれがいい!」
 テーブルに身を乗り出してきた秀一に、驚いて体を引いてしまう。
「むしろ……?」
「あっ、いやほら! 俺のスプーンでだとアンタのグラタンに味が混じっちまうだろう! だからなまえのスプーンで食べたほうがいいと思ってな」
「なるほど……」
 秀一は大盛りのビーフカレーを食べていた。自分が使っているスプーンを使ってグラタンを食べた時、カレーとグラタンの味が混ざってしまうことを気にしているのだろう。意外と繊細なところがあるらしい。
「……そっか、それもそうだよね」
 納得して再び秀一にグラタンを乗せたスプーンを差し出した。
「こういうことは恥ずかしがらずにやるんだな……」
「ん? なあに?」
「いや、なんでもない。……いただきます」
「はい、どうぞ」
「ん……美味いな、もう一口貰ってもいいか?」
「いいよ、はい」
 グラタンを乗っけてスプーンを秀一の口に運ぶと、ハムスターのようにもぐもぐと頬張って食べた。
 食事を終えると、ゆったりとした時間を過ごしてからシャワーを浴びた。
 秀一は「二人で入らないか?」と言ってきたり、先に入るよう浴室に背中を押して促すと、あっという間に腰を抱き寄せられ連れ込もうとされたりした。必死の抵抗の末に秀一を風呂に入れさせ、秀一と入れ替わるようになまえも入浴を済ませた。
 髪も乾かして、寝巻の上から薄手のカーディガンを羽織って部屋に戻ると、秀一は髪も乾かさずにソファに座ってテレビを見ていた。しかし大して興味がないらしく、様々なチャンネルに変えて一通りどのような番組が放送されているのかざっと把握してテレビの電源を落とした。
「さっぱりしたか?」
「うん。……髪乾かさないの?」
「こんなのすぐ乾くだろう? それに、水も滴るなんとやら……って言わないか?」
 女の子が騒ぎ出しそうな笑みを浮かべて見上げてくる秀一に小さく溜息をつく。
「いい男でも風邪ひいたら元も子もないよ。待ってて」
 なまえは洗面所に引き返すとドライヤーを持って秀一の元へ戻った。
 コンセントを差し込んでスイッチを押して温風を出す。
「乾かしてくれるのか?」
 少し嬉しそうにする秀一が弟のような雰囲気を醸し出していて可愛く思えた。
「熱かったら言ってね」
 秀一の後ろに回り、背もたれに掛けてあったタオルで秀一の頭を吹きながらドライヤーをあてる。女の子と違い髪が短いため、秀一が先程話していたように、あまり時間が掛からずに乾いてしまいそうだった。
 指先に優しく絡みつく髪の毛は、やはり十年前の秀一のものというだけあって、少しだけ違うような感触を覚える。
「ふふっ、私、やっぱりこの髪好きだな……」
「……あ? なんか言ったか?」
「なんでもないよー」
 ぽつりと小さくつぶやいた声も拾ってしまうだなんて思いもしなかった。しかしドライヤーのおかげでちゃんとは聞こえていなかったようだ。
 髪を乾かし終えてドライヤーを洗面所に置き戻ってくると、既に時刻は日付を跨ごうとしていた。
 さすがにそろそろベッドに入らないと、明日に響いてしまう。欠伸をしながらそんなことを考えていると、秀一にも欠伸がうつり、二人して涙をためた目で笑った。
「結局、元に戻らなかったね……」
 バズーカを修理するために並盛に戻った綱吉からの連絡は一切なし。修理がどこまで進んでいるのかもわからなかった。
「ああ。半日から一日このままかもしれないとメカニックたちも言っていたし、そう深く考えなくてもいいだろう。それに、戻ったらもう俺はなまえに会えなくなっちまうからな」
「……またそういうことを言う」
「冗談だと思ってるのか? 残念、本気だよ」
 秀一はベッドに座るなまえの隣に腰を下ろしながら言葉を返した。至近距離でじっと見てくる秀一に、少しだけ居心地が悪くなる。
「……どうかした?」
「なあ、三十路過ぎた俺とはもう寝たのか?」
「寝っ……! なんでいきなり!?」
「気になるじゃないか。未来の俺と今の俺。果たしてどちらが上手いのか」
「気にならない。全然、これっぽっちも気にならない!」
「だが俺は気になる」
 熱のこもった瞳で見つめられ、なまえは座ったまま後退りをして距離をとろうとした。しかし秀一は開いた分の距離だけ詰め寄ってくる。
「……そ、そんなの、どうやったって証明できないよ!」
 強気な姿勢を見せようとなまえは必死に睨みつけるが、秀一は楽しそうに頬を緩ませるだけだった。
「いや、できるさ。方法はただ一つ」
「わっ……!」
 両肩をぐっと押されベッドに倒されてしまった。秀一が体の上に乗ってくる。
「待って、赤井くん、落ち着いて……!」
「充分待ったさ」
 頭の上で両手首をひとまとめにされ、脚の間にぐっと膝が割り込んでくる。どんなに抵抗しても秀一はびくともしなかった。
 秀一の唇が迫ってきて、あと数センチでくっつきそうになったその時――

 ボフンッ!

 突然大きな音とともに周囲が再び白い煙に包まれた。
 驚いて煙を吸い込んでしまい、苦しくなって寝ころんだまま咳き込んだ。
 少しずつ煙が晴れていく。自分に乗っかっている人物の輪郭が少しずつ帯びてきた。
「っ……なんだったんだ、いったい……」
 聞きなれた低い声、一回り大きくなった身体。左目の下の青痣が消えうせ、さらけだされた逞しい体には傷痕がいくつか残っている。
「秀、くん……?」
「なまえ? なまえか…… !?」
「うん、うん……!」
 元に戻った嬉しさでなまえは秀一に飛びついた。
「よかった! 戻ってきて……本当に、よかった……!」
 秀一の体がのしかかるのを感じながら、久しぶりに煙草と秀一の香りを胸いっぱいに吸い込む。秀一の体に回した腕にぐっと力を入れると、さらに体がくっついた。秀一が頭の両側に腕をついて、押し潰れないようにしてくれていることになまえは気づく。その行為に、そして先ほどよりも優しくのしかかる重みが愛しく思えた。
「なまえ、なまえ。そろそろちゃんと顔を見せてくれないか」
 子どもに語りかけるように秀一が囁くけれど、首を横に振ってさらに抱きついた。今顔を上げてしまえば、情けない顔を晒してしまうに決まっている。
「……なまえは俺の顔が見たくないか?」
 少し寂しげな声に一瞬だけ体を揺らしてしまう。体をくっつかせているから、それが秀一にも伝わってしまい、頭上で彼がふっと笑ったのがわかった。
 なまえは腕の力を緩める。少しだけ浮き上がっていた体が静かにベッドに沈んだ。生まれた隙間をさらに広げるよう、恐る恐る胸板から顔を引く。頭に柔らかなベッドの感触が触れた。
「やっと、じっくり顔が見れる」
 秀一の優しい吐息に頬を撫でられる。
「夢でも見ていたようだったよ。辺りの煙が引くと周りは浜辺だったが、まるで景色が違っていて、隣に君もいない。しかも、若返った母と弟や妹がいて驚いたよ。『老けたか?』なんて訊かれてな。……あれが噂の、十年バズーカか?」
「……ごめんなさい」
「どうして?」
「だって、私を庇った」
「好きな女を危険から庇うのは当たり前だろう?」
 顔に熱が集まるのが自分でもわかった。きっと今、みっともない顔をしているに違いない。
 ふいに秀一と視線が絡み合う。秀一の瞳が徐々に熱を帯びていくことがわかった。秀一の親指が唇にそっと触れる。胸がぎゅっと掴まれたように苦しくなり、なぜだか涙が込み上げてしまいそうだった。
「なまえ……」
「…………」
 合図をしたわけでもなく、互いに瞼を下ろし、距離を埋めていくように顔を近づけた。
 秀一の顔が近づいてくるのが目を閉じていてもわかる。熱い吐息が唇にかかる。胸は苦しさから解放されることなく、逆にどんどん心臓は高鳴っていき、自分にくっついている逞しい体に伝わってしまうんじゃないかと少し恥ずかしくなった。
 ――このまま、食べられちゃいそう……。
 そっと瞼を上げると、唇が目前に迫っていた。
 秀一の服を掴む手に力を入れたその時、バンッ! と大きな音を立てて寝室の扉が開け放たれた。
「戻ってきた!? 赤井さん戻ってきた!?」
「つ、つつつつつっくん! リボーンまで……!」
 バタバタと部屋に入ってきた綱吉に驚き、秀一の唇が自分のそれに重なり合わないよう、なまえは咄嗟に秀一の顎をぐっと押した。
「今取り込み中だ。いくら弟だからといってここからは二人の時間だぞ」
「今から身体検査しますから! ほら一旦来てください!」
「待て、どこも平気だ。それよりも今は彼女と二人きりに――」
「来! て! く! だ! さい!」
 綱吉は秀一の首根っこと腕を引っ張洗面所へと消えていった。
「やれやれ。ツナのやつ、本当シスコンだな」
「面白がってるくせに」
「そういうなまえもだろ?」
「ふふっ、まあね」
 リボーンに返事をしながらベッドサイドに置いた携帯に手を伸ばし、メッセージアプリを開く。両の親指で文字を打ち込んで送信し、傍らに置いた。
「赤井にか? なんて打ったんだ?」
「内緒」
 リボーンに画面が見えないよう携帯を胸に抱える。秀一がどんな反応をするのか想像して、込み上げてきた笑いを必死になってこらえた。
「直接言ってやればいいのに」
「読心術使ったの……!?」
 どうやら最強のヒットマンにはバレバレだったらしい。

   *

 綱吉に洗面所まで連れ込まれると、シャツを脱ぐように言われ、簡単な身体検査をされた。身体にどこか違和感はないか等、確認する項目が書かれたメモを見ながら訊いてきたり身体に触れたりしてくる綱吉に、まるで小さな医者のようだと秀一は思った。いつものように少しからかってやろうとも考えたが、綱吉の双眸がいつになく真剣なことに気づき、質問に答えることに専念した。
 秀一と綱吉は異常がないことをともに確認しあい、検査は終了となった。
 それにしても、まさか自分が十年前に行くだなんて。昔の自分が聞けば、そんな非科学的なこと存在するはずがないと鼻で笑うだろうが、なまえと出会って特に綱吉やその仲間のことを知ってからは、鼻で笑うことなどできなくなってしまった。
 秀一の体感としては、十年前にいたのはほんの数十分だった。「なんだかさっきと様子がおかしい」と、母メアリーや秀吉、まだ幼い真純に問い詰められ、なんと返そうか悩んでいる時に突然煙に包まれてこちらに戻ってきたのだ。戻ってきて自分の下にいたなまえが寝巻き姿になっていたことから、もう夜になっていることに気づいた。
「ったく、散々な目にあったな……」
「でも、赤井さんの体になにもなくてよかったです。なにかあったらなまえが泣きますよ」
「それは困る。俺は嬉し涙以外で彼女を泣かせることはしないと約束したからな」
「即答……。もういいですよ、服着て」
「このあと脱ぐ予定があるから別に――」
「あー! なにも聞こえないー!!」
相変わらずからかうと面白い反応をする綱吉を眺めていると、尻ポケットに入れた携帯が震えた。
 誰だ、まさか仕事関係じゃないだろうな。これからお楽しみな時間が始まるんだからそれだけは良してくれよと、遠くにいる上司に念を送り携帯を取り出した。
 メッセージはホームボタンを押さなくても画面に表示されている。それを見ただけでは既読したことが相手に伝わらないから便利だ。
 上司や同僚は、最近メッセージアプリでグループを作成してそこで機密事項に触れない程度の業務連絡や、仕事以外でのやりとりをすることにハマっている。秀一も無理やりそのグループに参加させられた。しかし参加させられただけでは済まず、彼らは秀一が反応を示さないと返事を強請るのだ。面倒くさいったらありゃしない。
 さて、誰からの連絡だ。準備運動のように眉を上げた後、若干目を細めて画面を見下ろした。

 “なまえ:夜こっそり抜け出して、海で日の出を見ませんか? その後よかったら、みんなには内緒で、そのままふたりきりで遊びましょう?”

「――なまえ!」
「えっ!? ちょ、赤井さん!?」
 綱吉が呼ぶ声にも気にせず、脱いだシャツを置きっぱなしにして秀一は大股で寝室へ向かった。
 結局、今日はなまえの水着姿を拝めただけで、海に入ることは出来ていない。その埋め合わせをするかのような誘いだった。
 寝室へ続く扉を思い切り開けると、愛しい彼女はベッドに座り、悪戯っ子のような笑みを浮かべている。
 秀一は、なまえに向かって飛びついた。

17,07.17