聖者になんてなれない


 夕食はいつもより遅い時間となった。
 野外に設置されたフードコートは非常に込み合っており、空いている席を見つけるのは一苦労だったが、高身長を活かして昴が奇跡的に空いているテーブルを見つけた。腰を落ち着かせ、屋台で目についた雑貨やお菓子と、見事ダーツで獲得した包装されたオルゴール付きのスノードームを空いている椅子にそっと置いた。
 夕食は、屋台で購入したソーセージやドイツ風のビーフシチューであるグーラッシュにプレッツェルロール添え、フィッシュアンドチップス。そして食後の甘味にシュトーレン。屋台で購入した可愛らしいデコレーションが施されているクッキーは、帰ってからのお楽しみとなった。
 日々の台所事情、そして昴が調理に不慣れな過去があったため、外食時であっても半分に分けて食べる癖は抜けていなかった。いつもとは違ったシチュエーションになまえは少しどきどきしながらも、半分こにされたものを食べては頬を緩ませた。
 食事は和やかな雰囲気のまま、昴は珈琲、なまえはホットチョコレートで締めくくられる。
 食べ終えた頃にはすっかり緊張は抜けきっていた。次はどこに行くかと相談をして手洗いを済ませた二人は再び手をつなぎ、広場をぐるりと練り歩きながら大きなクリスマスツリーを目指すことにした。
 しばらく歩いていると、人の流れが変わっていくことに気づく。皆どこかを目指して歩いているようだった。
「なにかあるのかな……」
 立ち止まってすれ違う人々の背中を眺めていると、自然と昴の足も止まる。
「どうやらステージで演奏会が始まるらしい。……行ってみるかい?」
 つないでいた手がほんの少しだけ緩んだ。昴の言葉とその手で、こちらに決定をゆだねていることが伺える。
 今日の彼の行動を振り返ると、ずっと気を遣ってくれていたように思う。車を出してここまで連れてきてくれた。手をつないで、人混みではぐれないように、ぶつからないようにしてくれた。ダーツも教えてくれてた。夕食の代金だって、彼が出してくれた。
「昴さんは行きたいところ、ないんですか?」
 質問を質問で返された昴は首を傾げる。
「さっきご飯食べてる時もあんまり行きたいところとか言ってなかったですし……」
 食後に次に行く場所を決める時も、彼は候補を上げるだけで「行ってみたい」とは口にしなかった。
「遠慮しているのか? 俺はきみが行きたいところへならどこだって構わないよ」
 やさしい声音で返されて尻込みしてしまう。
 そうじゃない。違う。遠慮ではなくて。
 そう伝えたいのに言葉にすることはできず、少しだけ頬を膨らましてしまう。
 せっかく二人で来ているのだから彼の希望だって叶えたい。こちらの意見だけ採用していくのは不公平じゃないか。私だって、あなたの行きたいところだったらどこだって行くのに。
――ん……?
 はたと我に返る。
――待って。いま私、何を考えた?
 心の記憶を巻き戻した。
――“私だって彼の行きたいところだったらどこへでも行くのに?”
 さあっと血の気が引いていく。まったくの無意識だった。彼がしてくれたように、自分も彼に何かしてあげたいという思いが溢れ出ていた。
 以前にも彼のためにと思ったことは度々ある。けれど、今のは明らかにこれまでのものとは違う気持ちが込められている。
 もう、この想いは戻れないところまで来てしまっている。そのことをなまえは明確に自覚してしまった。
「……ツリーのところ、行きましょう」
「ん? どうした、なんだか怒ってないか?」
「……そんなことないです」
「いや、明らか怒っ――」
「怒ってません!」
 互いの手の間にできた隙間を埋めるように手を握り、昴を引っ張るようにツリーに向けて歩き出した。大股で隣にやってきた昴が歩幅を小さくして心配そうに顔を覗き込んで来る。しかし、なまえは俯いて歩き続ける。
 圧倒的に足の長さが違うのに、こちらの歩くスピードに合わせて歩幅を調節していてくれる。足元ばかり見て歩いているなまえが他の人とぶつからないように、昴は握った手を少しだけ引っ張って教えてくれる。
 そういった彼のやさしさと、わがままに応えてくれる心の広さと、自分の希望を教えてくれないもどかしさと少しの腹立たしさ。そして彼と対等でいたい、もっと心を開いてほしいという思いを抱いたことに気づいてしまった衝撃が、ぐるぐると頭の中を駆け巡る。
 昴が話しかけてくるが、なまえはうんともすんとも言わずにただひたすらツリーを目指した。そうでもしなければ、頬に赤みがさしていることに気づかれてしまいそうだったから。
 恥ずかしくて悔しくて、そして、少しだけ切なかった。

 特設ステージに人が集まっていったこともあり、ツリーの周辺には人は多いものの、屋台を見て回っている時ほどの混雑は見られなかった。
 生演奏のクリスマス曲が遠くから聞こえてくる。どうやら演奏会が始まったみたいだ。するとその音楽に引き寄せられていく家族連れやカップルが数組ステージへと向かっていく。
 ツリーの前に到着した。見上げてみると、一番上で光るトップスターがかろうじて見えるくらい。ずっとそうしていると首が痛くなりそうだ。
 広場一帯に飾り付けられたイルミネーションの流星群は、トップスターに集まっている。どうやらここが終着駅のようだ。夜空が明るく思えてしまうほど輝いているイルミネーションの数々。眩しくて目を細める。
「綺麗……」
「これは圧巻だな」
「屋台を見ながらツリーが時々見えたとき、大きいなあとは思ってたんですけど、目の前に来ると改めてそう思います」
 ツリーには様々なオーナメントが飾られていた。その中には、屋台で売られていた人形をかたどったクッキーがぶら下がっていたりと、本格的な装飾だ。
「……クリスマスをこんなに満喫したのは久しぶりだ」
 ぼそりと零れた言葉をなまえはしっかりと拾う。これは、昴としてではなく、赤井秀一の言葉だ。
 目尻を下げる秀一にドキリと胸が高鳴った。
 そっとショルダーバッグに触れる。
――渡すのはきっと今しかない。
 なまえはバクバクと騒いでいる心臓を、深呼吸をして少しでも落ち着かせようとする。それでも効果はあまり感じられず、反対に“とうとうこれから渡すのだ”ということを意識してしまい失敗に終わった。
 どうとでもなれ。
「あ、あの!」
「ん?」
 ツリーを見上げていた顔がこちらに向いた。
「これ……」
 ショルダーバッグから取り出したものを昴に差し出した。
 緊張と羞恥心が体を支配している。まともに顔を見られずプレゼントに視線を落とす。
「私から、あなたに……クリスマスプレゼントです」
 秀一が息を飲んだのがわかった。
「……開けても?」
 無言で頷いて返事をする。随分と慎重な質問にこちらまで緊張してしまった。
 秀一はそっと包装に手を掛けた。クリスマス柄のテープを静かに外し、中身を取り出す。
「……昴さん、撮った写真すぐ消しちゃうから。パソコンにはデータとして残ってるのかもしれないけど、データもずっと保存できるってわけではないし……」
 贈ったのは、市販のシンプルなフォトアルバムに、手作りのカバーをつけたもの。
「……このカバーも、きみが?」
「えっと……買ったままの物だと少し、どうなんだろうなと思って。お裁縫は久し振りだったから、よく見たらちょっと変なところがあるかも……だから、そんなに、あんまりじっくりとは見ないで……」
 黙っている秀一になまえの声はしぼんでいく。肩に力が入る沈黙のもと、手持ちぶたさになった指先を遊ばせることしかできなかった。
「あ、あの、必要なかったら……その、カバー外せることもできるので……」
 無難な柄の布で作ってみたものの、それが彼の好みに添えているかはわからなかった。
――本当は形に残すことなんて、してはいけないのだろうけど。
 きっとそれは彼にも当てはまる。
 彼の場合、大学院生ではなく本来の職業のことや、これからやらなければならないことを考慮した時に、なにかを形に残しておくという行為は場合によって身を滅ぼすことに繋がる。
 そして、自分の境遇を振り返る。沢田なまえはもともと、赤井秀一に出会ってはいけない。形に残しておくだなんて、言語道断だろう。
 そう理解していても、いつか訪れる別れのあと、一緒に過ごしたことが全てなかったことになってしまうのは……嫌だった。
 不思議だな。彼と出逢ってからというもの、これまで知らなかった自分、心の奥底に隠したままでいた自分を見つけたように思う。
「写真もプリントアウトしなくちゃいけないから手間がかかるし、めんどくさかったら全然、使わなくて――っ!?」
 突然の衝撃に一瞬、呼吸を忘れた。
「すっ、すばる、さ……?」
 一見華奢に見えるがジャケットに隠されていた逞しい腕を背中に回された。踵が浮いてしまうほど力の限り抱きしめられる。
「あっ、あの、昴さん……?」
 なにが起きているの。頭が現状についていかない。
 なんで私は彼に抱きしめられているの。わからない。わからないけれど、今自分が耳まで真っ赤になっていることだけは把握できた。彼に触れているところが服の上からでもじんわりと熱く感じる。
 名前を呼んでも彼は返事をしなかった。二人の息遣いと自身の高鳴る鼓動だけが聴覚を支配していた。
 もぞもぞと彼の手が動く。背中から外された右手が視界に姿を現れた。巻いているマフラーを寛げて、首元の秘密に触れる。
 ピッ。
 その電子音は、変声機スイッチが切られたことを示す。
 目を見開いていると、隣にあった彼の顔がゆっくりと動き出す。自由に動けないため表情を伺うことは難しい。
 左耳に熱い吐息が掛かった。
 彼の唇がそこに触れる。

「――ありがとう」

 耳朶をなぞるように、微かなリップ音を残して落とされた唇が離れていく。
 切ないほどに穏やかな表情を浮かべた秀一に、唇が震えた。
 秀一の額がなまえの額にくっつけられる。耳と額が焼けるように熱い。
 わずか数センチの距離で二人の視線は重なり合う。
「大切にする」
「っ……!」
 背中で秀一が手にしている包装紙がカサリと鳴いた。
 受け取ってくれた。
 それだけでも胸がぎゅうっと締めつけられるほど嬉しいのに、秀一の言葉に涙が込み上げてきた。
 決してこちらの真意が伝わったのではない。なまえが形には残してはいけないことや、未来で起こりうる別れの後のことを考えていることを、秀一は知らないだろう。そんなことは重々承知だ。それでも、受け取ってくれた。大切にすると言ってくれた。
 それは、なまえにとって小さかった未来への希望が、明るく照らされたことを意味していた。
 秀一は額をくっつけたまま、ふっと笑みを深めた。
「もう随分前になるが、ドライブに行こうと話しただろう? 結局その約束は流れてしまったからな」
 彼が写真を撮ることに楽しみを覚えた頃だ。それはまだ木の葉が赤や黄色に変わり始めた頃で、「夜景を撮ってみたい」と話していた。
「……だから、今夜、ここに来られてよかった」
「っ……」
 秀一は触れ合っていた額を離し、ゆっくりと腕の力を抜いた。踵が石畳に着地する。少しふらついた身体をまだ背中に残っていた手が支えてくれた。
 体勢を整えるために咄嗟に触れた秀一の胸をやんわりと押す。
――やっぱりだめだ。
 この想いは、閉じ込めようとしていたはずなのに。
 秀一と一緒にいると、世界はまるでキラキラと輝いた。彼の傍にいると楽しくて、ふわふわしてしまって、足取りも軽くなる。でも少しだけくすぐったくて、恥ずかしい。それらを思い知るたびに、胸は苦しくなった。
 周りにいる人々から自分たちはどのように見えているのだろう。どこにでもいる恋人同士のように映っているのだろうか。
 腹の底に抱えた事情や境遇は、それらとは全くかけ離れているものなのに。
 忘れてなんかいない。私と彼は、本当だったら出逢ってはいけないのだ。
 だから、情が生まれるなんて、あってはならない。ましてやそれが、取り返しのつかない想いに繋がってしまうなんて。
 自分の中で整理してすっぱりと諦めることは、どだい無理な話だった。
 いっそのこと、手酷く振ってくれればいいのに。立ち直れなくなるくらいの言葉を浴びせ、睨みつけてくれればいいのに。
 でも、秀一はきっと、そんなこと絶対にしてくれないだろう。
 震える唇に歯を立てる。そうしなければ、口からすべてが零れてしまいそうで怖かった。
――私は、『沢田なまえ』なのに。
 私は『沢田なまえ』として生きていかなければならない。それが使命であり、運命だった。そう心に決めてこれまで生きてきた。
 ふと脳裏に綱吉の顔が浮かんだ。ファミリーの顔も、ヴァリアーやディーノの顔も次々と思い出される。
 沢田なまえは沢田家の長女であり、ボンゴレ十代目ボス沢田綱吉の姉。ボンゴレ内では主に頭を使う作業が多い。薄暗い仕事に協力することは綱吉が許可を出してくれることは少ないけれど、恭弥の計らいにより、風紀財団にも籍を置いているため、様々な立場から彼らや関係者に接触することが可能である。
 ボスや守護者たちと比べれば、とてつもなく身軽で自由に動ける立ち位置。だからこそ、私は今ここに立っていられる。
 鼻の奥がツンとした。視界が揺らぎ、イルミネーションがぼやけた光に変わっていった。
 なまえは咄嗟に俯いた。
 履いている赤いパンプスが視界に飛び込んでくる。今日を迎えるまでの葛藤や努力の日々が蘇ってきて、余計に胸が締めつけられた。笑ってしまう。まるで今日の私は、どこにでもいるような女の子ではないか。自嘲も込めて小さく鼻をすする。
 心臓がぐしゃりと握りつぶされそうだった。
「なあ、なまえ」
 秀一の呼びかけに、泣いていることに気づかれたのかと思って変な声がでそうになる。
 しかし秀一は何にも気づいていないように振る舞った。
「ごらん。雪だ」
 そのまま足元を見つめていると、ふわりとそれが落ちてくるのを見つけた。のそりと顔を上げると、ゆっくりと雪が舞い降りてきた。
「すごいな……ホワイトクリスマスだ」
 雪が降ってきたことに周囲の人々も気づき歓声が上がった。
 特設ステージでは、ピアノとチェロが美しい旋律を奏でている。それはホワイトクリスマスに魔法をかけていた。
「この後の、俺のプランを聞いてくれるか?」
 秀一はツリーを眺めたまま唐突に口を開く。
 なまえは首を傾げて秀一の横顔を見つめた。
「――写真を撮ろう。まずはこの場でツリーを。そうしたら、もう一度マーケットを巡って、屋台の様子を撮ろう。
 そして帰ったら、早速プリントアウトして、アルバムに飾ろうと思うんだ。スノードームのオルゴールを聴きながら、な。
 ……どうだい?」
 振り返った秀一は、胸が詰まるほど温かい微笑を浮かべていた。
――なんで。
 どうしてこの人は、こんなにやさしい言葉をかけてくれるの。
 そんなことを言われたら、甘えてしまいたくなる。寄りかかってもいいのかと思ってしまう。……希望はあるのだと、願ってしまう。
 呼吸をするのが苦しくなる。ぎゅっと目を瞑った。
「だが、帰る前に、もし……君がいいと言うのなら……」
 ふいに秀一が言葉を切る。瞼を上げた。視界が歪んでいる。輪郭がぼやけた男がそこには立っていた。
「これは俺の……いや、なんなら今日一日、『沖矢昴』からのお願いだと思ってくれていい」
「えっ……?」
 溢れだしそうになっていた涙がぴたりと止まった。
――どうしてそんなことをわざわざ言葉にするの?
 赤井秀一の声のまま、沖矢昴でいいと話す。
――まさか。
 なまえの頭にとある一つの仮説が浮かび上がった。
「なまえ、今、きみの目の前にいる男の名前は?」
「ぁ……」
 視界を大きな手で塞がれた。途端に世界は真っ暗になる。くりんと上向きに巻いた睫毛が手のひらに触れた。
 視覚的情報が得られないため、脳はその他の感覚を敏感にする。周囲の楽しそうな声。遠くで奏でられている演奏。手袋を忘れてしまった手もはひどく凍えている。
「なまえ」
 まだ聞き慣れなくてくすっぐったく感じる、心地よい低い声。
 もっとこの声を聞いていたい。もっと彼に触れていたい。触れてもらいたい。
 もっと、赤井秀一を感じていたい。
 なまえはごくりと唾を飲み込む。
 それでも、この場で呼ぶべき名前はそれではなかった。
 息を吸う。もう苦しくない。
「沖矢、昴……さん」
 ありったけの想いを乗せて、特別な名前を呼んだ。
「――ああ……そうだよ」
 見えないけれど、彼が頷いたのがわかった。掠れた小さな声が運んできた言葉は、すとんと心の中に落ちてくる。それが嬉しくもあり、哀しかった。
 そっと手が離れて視界が開けていく。
 彼は笑っていた。
「帰る前に最後、一緒に観覧車に乗らないか?」
 翡翠色がこちらに向けられる。
 沖矢昴の顔をしているのに、なまえの瞳には目の前に赤井秀一がいるように映っていた。
 形には残らない、見えない想いが二人を結びつけた。
「うん……、うんっ……!」
 なまえは零れそうになる涙と嗚咽を抑え込み、何度も頷いた。
 目尻に溜まっている涙を慎重に指で拭っていると、秀一はおもむろにマフラーを外した。
 小さく鼻を啜ると、首元がじんわりと温かくなる。驚いて顔を上げると、その隙にマフラーをぐるぐるに巻かれた。ふわりと煙草と彼の匂いが鼻腔をくすぐる。
「ほら、もうこれで寒くないだろう」
 秀一が再び首元に手を掛ける。小さく鳴った電子音は、魔法の時間が終わることを告げていた。
 次の瞬間、秀一の声は、普段よく耳にする昴の声に戻っていた。
「さあ、行こうか。なまえ」
 マーケットを訪れた時と同じ言葉。それでも互いの心境には少なからず変化が訪れていた。
 ゆっくりと深呼吸をひとつする。この一言に想いすべてが詰め込まれればいいのに。
「はい」
 なまえは心を込めて同じように返事をする。ゆったりと笑みを深めた昴が左手を差し出した。
――今この瞬間が、この先ずっと続けばいいだなんて。
 なまえはそこに右手を重ねる。
 やさしく引かれた手は昴との間に収まる。歩き出すと、どちらからともなく二人の指が自然に絡みあった。
――そんな、馬鹿みたいなことを考えた。
 繋がれた右手が熱く感じる。それは頬まで登ってきて、マフラーに顔を埋めた。
 ふと隣を見上げると視線がぶつかった。どうやら一部始終見られていたようで、昴は目を細めている。
 なまえは驚いて足が止まりそうになったけれど、彼にくいっと手を引かれて少しよろけながらもなんとか歩き続けた。
 まごついたなまえの様子に秀一は悪戯が成功したように笑う。なまえは頬を膨らましたものの、笑いが込み上げてきて秀一と顔を見合わせて顔をほころばせた。

 クリスマスイヴ。
 それは、かけがえのない、大切な人と過ごす特別な日。

 やさしさが灯る宝石を閉じ込めたような秀一の双眸が、今日見た景色の中で一番美しく思えた。

17,10.08