夜の魔物たち


 イタリア某所。うっそうと茂る森の奥底に建てられたまるでおとぎ話にでも出てきそうな城がある。そこは、ボンゴレファミリー最強と謳われる独立暗殺部隊・ヴァリアーが拠点にしている場所だった。
 外見こそ歴史的建造物のようだったが、内装は至るところに侵入者対策であるトラップが掛けられている。全てのトラップを把握することは難しく、隊員ですら時たま被害に遭っている姿が目撃されていた。
 それはジャック――“前世”の名を松田陣平――も経験済のことである。初めてヴァリアー本部を訪れた時は、城の内装からメルヘンチックな生活を想像してしまった。だが、そんな自分は馬鹿だったと今なら言える。
 ヴァリアー本部へ連れてきてくれた十代目ボスである沢田綱吉は、去り際に「気をつけてね……大変だろうけど」と意味深な発言をしていたっけ。なぜあの時もっと色々教えてくれなかったのか。詳細も告げずにつれてこられた日のことをジャックは絶対に忘れない。俺は根に持つタイプだ。綱吉がただの青年であったのなら、ジャックは次に会ったときはゲンコツを食らわせてやろうとすら思ってしまったくらいだ。
 城内のいたる所に仕掛けられているトラップは多種多様で、ナイフが降ってきたり、床から槍が突き出てきたり、こんなことに工夫を凝らすなと叫びたくなってしまうほどである。それに食らってしまえば最期、三途の川を渡るしかないのだ。
 これまで数々のトラップを潜り抜けたられたのは、『焦りは最大のトラップ』という言葉が脳みその奥深くにまで染みついていたからだと考察する。
 命がいくらあったって足りやしない。だが、城内トラップの他にもジャックの危険はすぐ傍に転がっていた。
――ここはサイコパスの巣窟か。
 サイコパスでないのならソシオパスだろうか。どちらにせよ、変人には変わらない。戦闘を好み、嬉々とした表情でその現場へ赴く、協調性のかけらもない男たち。
 なぜ自分がこんな場所へ来てしまったのか、明確な理由をジャックは伝えられていなかった。これまでどうしてなのかと尋ねたことは数しれず。しかし、訊いた人々は決まって全員「なまえの意向だ」と返すだけだった。その度に、だから意向ってなんだよと突っ込まずにはいられなくなるのは仕方ないことだと思う。
 日本に連れて行かれ彼女の解体練習に付き合った際「なぜ自分を助けたのか」という答えは聞けたが、ヴァリアーに身を置いている理由は未だに聞けていなかった。
「……人間に戻りたい」
「ハァ? 今も人間だろ。なに言ってんのジャック」
「ウッ……なにって、お前らが人間に見えねえからだよ。ってか、人の頭に体重かけんな」
 ソファで暇つぶしのリズムゲームをしていたジャックは、抱きつくように頭に肘をつけてきた男に溜息をついた。
 彼はベルフェゴール、通称ベル。一見、大学生にでもいそうな人物である。あくまで一見だ。しかし剥き出しの子ども心を持ったまま成人したような男だ。自分のことを王子と称すことがあり、頭にはティアラつけている。本人曰く本当にどこかの国の王子らしいが、家族を自分の手で滅ぼしたとか何だかと自慢げに話してきた時は、さすがに背筋が凍りそうになった。
「ジャックまだそんなとこうろついてんのかよ。オレもうとっくに追い越したし」
「はっ!? 嘘だろ!?」
 ヴァリアーに来た当初、ベルには素っ気ない反応だったりナイフを投げてきて危うく殺されそうになったりしたが、今ではそれもなくなり良好な関係を築けているはず。ジャックがプレイしていたアプリのリズムゲームにベルは興味を示し、以来イベント毎に成績を競い合う仲となっていた。
「マーモン気づいたらふらふらどっか行っちまってるし、代役のクソガエルで遊ぼうとしてもこっちにいねーから」
 マーモンというのは、常にフードで顔を隠している性別不明の術士だ。ヴァリアー幹部として任務を遂行する他に、ほかの所でも仕事をしているように見えた。他の幹部とは違い、見た目は可愛らし印象を覚えるが、実は守銭奴らしい。本部を空けることもよくあるそうだが、それでもジャックは未だに片手で数える程度でしかマーモンと接触できていなかった。そのため、ジャックはマーモンを見掛けたらラッキーだと思うようになっている。
 そして代役のカエルというのは、フランという少年のことだった。マーモン不在の際、任務でマーモンの代役として参加していることがある。どうやら彼も術士のようだ。普段は林檎の被り物をしているが、任務の時になるとカエルの被り物をしている。理由はわからない。見たところ小学校高学年から中学生くらいの年齢で、子どもまでこんな組織にいるのかとジャックは最初驚いたことを今でも覚えている。性格は掴みどころのないような感じだが、口を開けば可愛らしい印象は一変し、毒舌のあらしである。
「あーあ、なんか面白いことねーかなー」
「俺のランクを抜いておいてそれ言うか?」
「あ、やべっ充電切れそう。おいオッサン、充電」
「俺の武器は充電するものではない!」
 レヴィ・ア・タン。ボス至上主義思考の持ち主で嫉妬深い一面もあるが、忠誠心のある男だ。任務時には背中に背負った八本の電気傘をつかうらしい。闘っているところは見たことがないが、ベルが充電を催促したようにいつでも端末の充電が可能なら羨ましい限りだった。
「貴様のような一般人が、なぜこのヴァリアーにいるのだ!」
「またその話か……」
「オッサンしつこっ、キモ」
「なんだと!?」
 仲間からはいじられるキャラであるが、ジャックは未だにレヴィから敵対心を向けられていた。彼のボス至上主義と嫉妬深さからくる発言だと理解しているため、今はもうレヴィにそう言われても痛くも痒くもない。しかし、いつまでそう目くじらを立て続けるのかと溜息をつきたくなることもある。
「んもー、喧嘩しないの。仕方ないでしょう? 金子印が流通しなくなった途端に今まで雲隠れしてた爆弾製造者がこぞって競い合ってるんだから。まあ流行らせたところでアタシたちの敵ではないんだけど」
 ルッスーリア。大らかな性格のため、今のように仲介役に回ることも多く、ヴァリアーのオカン的存在だ。そのため、部下達からは「姐さん」とも呼ばれていた。一見陽気なオカマだが、実はムエタイの使い手である。そして、詳しくは怖くて聞けないが、とある性癖があるらしい。
「ほんっと、ジャックちゃんは腐らせておくには勿体ない解体さばきよねえ」
「う゛ぉ゛お゛お゛い゛! 集まってるかおめーら!」
 叫びながら大きな音を立てて部屋に入ってきたのは、スペルビ・スクアーロ。ヴァリアーのナンバーツーであり作戦隊長を務めている。好戦的な性格の剣士だが、ボスであるXANXUSからはよく酒瓶を投げられていた。今日も投げつけられたらしく、銀髪が真っ赤に染まっていた。
 実は片手が義手のようだった。それを知った時は「こういう道に進んでるやつは腕の一本や二本もやむを得ないんだな……」と感慨深くなったものの、その呟きを耳にしたルッスーリアに「ああ、スクちゃん自分で斬り落としたのよ」と平然と言われ、舐めていた飴玉をそのまま飲み込んでしまい生死をさまよいかけたことがある。
「あらスクちゃん。ボスはどうしたの?」
「起こそうとしたがこの有様だ! あんのワガママ野郎があ゛!」
「そんな大きい声出すとまた投げられるわよ」
 ヴァリアーのボスであるXANXUSは、ジャックが今まで出会ってきた人間の中で一番“ヤバいやつ”だった。寡黙であるが、それ故に佇まいと視線だけで人を殺してしまいそうな威圧感がある。自分以外の存在を「カス」と呼んで見下す姿勢が基本であり、唯我独尊とも表現できそうな雰囲気をかもし出していた。
 しかしそんなXANXUSにも人間味あふれる場面もあり、例えば、肉が大好物で肉しか食べなかったり、食べたい肉がないと八つ当たりのように肉を用意した部下を半殺しにしたり、肉だけ食べて野菜は残したりといった姿もよく見られていた。たいてい高級な肉を用意するのはスクアーロの仕事らしい。だが、それでもXANXUSの気分によっては用意されていない肉を食べたいと言い出したりと、スクアーロの心労は耐えないようだ。
 改めてヴァリアーの幹部メンバーをこうして観察してみると、どうして自分はこんなところにやって来てしまったんだとジャックは溜息をつきたくなってしまう。まるで人質、生贄のような気分だった。
「それで? 集めた理由を教えてちょうだい」
「アメリカンマフィアの動きがここのところきな臭ぇ。ギャンクの抗争はあちこちで勃発、新しいドラッグが横行、国境付近での人身売買も活発ななってきてやがる。ルドヴィコの協力者を監視している跳ね馬に確認をとったが、まだそっちに動きはないみたいだあ゛」
「嵐の前の静けさ……とかか?」
「はァ? 嵐はオレだし」
 ポツリと呟くと、ベルが突っ込みをいれてくる。それは知ってるし、そういうことじゃないだろうと視線を向けたが無視されてしまった。
「まあ兎に角、アメリカの状況によっちゃあ゛今後の任務依頼の内容も変わってくる。あとは……」
 そこでスクアーロはジャックをちらりと一瞥してから、イタリア語に切り替えた。
 ジャックは未だにイタリア語が満足に使いこなせていない。本当に簡単な単語ならばわかるが、彼らのように専門用語や暗号ありきのイタリア語は聴くことですらすぐに諦めてしまうほどだった。
 こういったことは、ジャックがヴァリアーに来てからというものよく見られていた。作戦内容を聞かれたくない場合がほとんどだろう。どの組織でもよくあることだとジャックは納得していたから、それに関しては何も思わなかった。
――しっかし、あらためてこいつらすげぇな。
 ヴァリアーは世界に存在する暗殺部隊の中でもトップクラスの組織である。入隊条件は文武両道とでもいったような感じで、高い戦闘スキルはさることながら、語学が堪能でなければならないという。七ヵ国語以上の言語を話せることが必要らしい。
 普段ジャックと話す時、幹部をはじめ平隊員は日本語で話してくれていた。そのため、ジャックも不自由なく今の生活に馴染むことが出来た。しかし、そろそろ気を遣われることに引け目を感じ始めていた。いい加減、住んでいる国の日常会話くらい操れるようにならなければ。
「あっ、そーそー。例のファミリー、チャイニーズマフィアと手組んだらしいぜ。ウケる」
 ベルの言葉がイタリア語から日本語な戻る。どうやら話題が変わったらしい。
「なぜチャイニーズなどと……ロシアンマフィアならわからんでもないが」
「バカねレヴィ。ハリウッド映画を観ていればアメリカの状況だなんてひと目でわかるじゃないの」
「ム。俺は日本アニメ派だ」
「でたムッツリ。君の名前とか観て興奮してたんだろ。オレはマァベル」
「いいわよねぇ。お医者さんヒーローの話はアタシも観たわぁ」
「何の話だあ゛?」
「やだっ、スクちゃんストレンジ先生観てないの? ダメじゃない!」
「シシッ、スク先輩はトイストーリーだよな。特に三作目」
「う゛お゛ぉ゛い゛! 世界の黒澤と北野も忘れんなあ゛」
「へー、てっきりマイケル・ヘイとかだと思ったぜ」
「あ、俺マイケル・ヘイ好きだわ」
 日本に逆輸入された、車がトランスフォーミングして闘う実写映画。カーアクションやあの迫力のある映画は日常を忘れさせてくれる。あと美女が本当に美女なところもいい。
「もともとはジャッポーネ生まれなんだっけ?」
「そうそう。ハリウッドで実写化されて逆輸入」
「俺は日本のアニメ版も見たぞ!」
「まじか」
「でも実写化はハリウッドで正解よねー」
「わかるわそれ。日本じゃつまんなくなりそうだし」
「……そういやボスはなに見んの?」
 ベルの素朴な疑問に皆ピタリと動きを止めて考えを巡らせた。しかし考えても答えは出ず、結局その場にいた全員がスクアーロに視線を向けた。スクアーロなら知っている。皆の思いが一つになった瞬間だった。
「……クソボスは動物ドキュメンタリーだあ゛」
「えっ」
「マジ?」
「あらぁ!」
「なぬっ!?」
――あの強面XANXUSが、動物ドキュメンタリー、だと……?
「なまえがこっちに来る時はアイツが誘って一緒に見てたぞお゛」
「動物……もふもふ……?」
「あらー! ボスったら可愛いところあるのねぇ!」
 ジャックの新たな居場所である、イタリアンマフィア最強と謳われる独立暗殺部隊ヴァリアー。ここへ来た当初から、スリル満点で濃厚な日々が続いていた。
――ほんっと、なんで俺ここにいんのかな……。
 今日もなんだかんだで濃厚な一日が終わる。

18,06.09