一般人護衛1



 待ち望んだ休日の早朝のことである。休みというだけで、清々しいと感じる陽射し。さんさんと陽射しが降り注ぐ窓際の、締め切ったカーテンの側に設置したベッドで惰眠を貪る。
「まだ六時じゃん……」
 休日だというのに、仕事に行く日と同じ時間に目を覚ましてしまった最悪な朝でもある。仕方なく、スマートフォンを起動させてアプリを開き、ずるずるとタイムラインを眺める。そのうち眠くなるだろうと考えていたとおり、ブルーライトの効能に反して落ちていく瞼。
「ねむ……」
 このまま安らかに眠りにつきたい。深く息を吸って吐く。いい夢が見られますように。
 あともう少しで眠りにつける。そう確信してすべてをベッドに委ねたその瞬間。
――ピーンポーン。
「んぁ……?」
 突如鳴り響いた玄関の呼び鈴に、休日どころか今後の運命すら崩壊していくのである。

   *

 早朝に、しかも休みの日に現れたのは、三人の外国人だった。自らをFBIと名乗る人々は、偽物ではないと所属する機関のバッヂを見せられる。見せられたところで、本物か偽物かなんてわからない。
 仕方なくリビングに通し、寝巻きでの応対はできないと仕方なく着替えて身なりを整え、仕方なくお茶を容れて出してやった。
 三人の中で一番偉そうなお爺さんが話したのは、とんでもない内容だった。
「は……? 護衛? どういうことですか?」
「いま説明した通り、君に危機が迫っている」
「あなたの従兄弟のお嫁さんのお兄さんが、事件に巻き込まれた可能性があるの」
「その事件は、我々も追っている違法薬物を扱っています」
――日本語めちゃくちゃ上手いじゃん。
「違法薬物を扱っているのは、悪名高い組織でね。君にも危険が及ぶかもしれん」
「だから今日から私たちFBIがあなたを護衛することになったの」
「護衛の一貫として――」
「ちょっ!? 待っ、ください!」
 待って、今なんて言った? 護衛? は? どいいうこと? 従兄弟のお嫁さんのお兄さんとかもはや他人だし、なのになんで私の立場で護衛? てかなんでFBI? なんで私の家知ってた? もしかして護衛と見せかけた組織ぐるみのストーカー!?
「け、警察に電話します」
「日本警察よりも私たちFBIの方が」
「あなたたちをストーカーとして警察に電話します!」
「はぁ!? ちょっと待ってくだしゃい!」
 大柄の男が噛みながら制止してくるけど、そんなこと気にしない。立ち上がって距離を取り、スマートフォンを起動させる。
「待ちなさい。これは日本警察も知らない超重要機密なんだ」
「そうよ、早まらないで! この事件はいずれ、国際的な事件に発展するわ! その前にあなたを救いたいの!」
「どういうことですか! 証拠は!? 根拠は!? エビデンスとかいうやつは!?」
 そもそも朝から押しかけてくる時点でおかしい。もしかして、今日仕事が休みだってわかった上で押しかけてる!? やっぱりそうだよね! 絶対そうだよね!?
「護衛とか! 訳分からないですし、というか、四六時中そばにいられるってことですか!? 鬱陶しいにもほどがある! 仕事だってあるのに!」
 三人がなんとかして説得しようと話しかけてくるが、何も話が入ってこない。というか、これはもはや夢なのかもしれない。そうだ夢だ。昨夜やっていた洋画が原因だ。あれはスパイ映画だった。もしかして、ストーカーじゃなくて、この人たちはスパイなの!?
「スパイでもストーカーでもFBIでも、なんでもいいから帰って貰――」
――ピーンポーン。ガチャッ。
「え! なに!? またストーカー!? てか鍵閉めたのに!」
 扉が開いた音に身震いがする。一気に鳥肌が立った。後退りをすると、背中はベランダに続く窓にはりついてしまう。
「もう、ほんとにでんわする……」
 電話番号をタップしようとしたところで、脳は停止した。あれ、警察って番号いくつだっけ。三桁なのは知ってる。一一九とかだっけ。いやそれは消防だ。あれ……?
「ばんごう、わかんないじゃん……」
 終わった。このまま新しいストーカーに殺されるんだ。それか部屋の中で抗争が始まってジ・エンドなんだ。まだやりたいこと、やり尽くしていない人生だったのに。そんなことってある? ないよ。
 廊下に続く扉がゆっくりと開く。咄嗟に頭を守るように、スマートフォンを握りしめたまま、両腕を額まで上げた。
「――おい、早くしろ。いつまで説明に時間をかけているんだ」
――なんか、新キャラ登場したんだけど……!?
 新キャラさんは、茶髪にインテリ風の細い眼鏡をかけた、顔と声が合っていない男の人だった。




short 望楼