一般人護衛2



 休日の楽しみは映画を観ることである。最近は夜の時間帯でのTVチャンネルも幅広い年齢層へ向けて放送している。しかし、物足りないことも多いのが事実。所謂、当たりと外れがあることもしばしばだ。それに加えて、仕事から帰ってくると既に放送が始まって数十分経っている、ということもある。映画は最初からエンドロールが終わるまで、しっかりと見届ける派なのだ。
 仕事の日の朝日なんてものは、清々しくもなんともない。ただの仕事への圧力と警告にしか見えない。ベッドの上で布団にくるまりながら、ぼそぼそと言い訳を並べる。
 時刻を確認する。まだ十五分ほどうだうだしていい時間がある。ほっと息を吐いて、ぐるんと寝返りを打つ。寝返りを打っても余裕のある広さのベッド。カーテンの隙間から陽射しは差し込まない。ベッドは窓際ではなく、部屋の中央に設置されていた。ここは借りている賃貸アパートではなく、あのミステリー作家、工藤優作の本邸なのだ。
「仕事……行きたくない」
 このクラシカルな邸宅で朝を迎えるのも、既に一ヶ月が経過していた。護衛のため、引越し。護衛のため、仕事の行き帰りの送迎あり。護衛のため、休日の外出も基本一人になれない……。護衛と称した新しいストーカーかと勘違いしてしまうほど、護衛の嵐だった。
 護衛の利点と言えば、仕事の行き帰りの送迎ありという点。少し職場が近くなったこと、さらには大雨の日も楽々快適な通勤を送れるということ。そして、食事は護衛してくれる人が用意してくれると言う点。これは外食ではもしかしたら毒が盛られるかも、だなんて童話の世界のようなことを言い出されたことが始まりである。
 護衛してくれる人――本名を赤井秀一、偽名を沖矢昴は、護衛業務を器用にこなしていた。この家の中にいる分には自由にしていいらしく、護衛されているということを忘れて、言葉通り自由にさせてもらっている。
 自由のなかの一つがそう、映画だ。これは面白いことに、護衛の人も映画は嗜むらしく、話が合うこともあった。職業柄ミステリー系のが好きなのかと思えば、以外にもアクション系やコメディが好きらしい。いやらしいのが好きと言われなくて心底ほっとしたことを覚えている。
 アクション系の映画で好きな物も被ることが多く、休み前日には一本映画を見るのが約束になっていた。
「昨日に戻りたい……」
 昨日の休みはアクション映画三本立てだった。傭兵集団が活躍する、アクションスター大集合の超有名映画である。
「私の職場も壊してくれ……」
 何度見ても面白いそのアクション映画は、護衛の人も好んでいるようで、俳優の話から撮影裏の話まで映画談義に花が咲いた。
 ちらりとスマートフォンを確認すると、すでに十五分が経過している。そろそろ起きなければ支度を急がないとならなくなる。それは嫌だ。ゆったり支度をしないと現実と向き合えない
「……起きるか」
 スマートフォンに映る自分の顔は、地獄に行くかのような表情をしていた。

「おはよう」
「なにこれ天国……?」
 カウンターテーブルに用意されていたのは、焼きたてらしいクロワッサンと、マーガリンやジャム数種類、なんか美味しそうでヘルシーなサラダ、デザートらしきフルーツ盛り合わせだった。
「『ティファニーで朝食を』を観たいと言っていただろう? 試しに再現してみようとしたら、意外と簡単だった」
 鼻歌を歌いだしそうなテノールの声で、護衛の人――昴は語った。初対面の時とはまったく違う声は、どうやらカモフラージュで変声機を使っているらしい。そんなもの映画の中でしか見た事なかったが、なんと隣の家の科学者が制作したというのだから、世の中はまだ広くて深い。
「昴さん、何者なの? やっぱりスパイ?」
「いつまでその話題にこだわるんだ? さあ、温かいうちに食べよう」
「! い、いただきます!」
 急いで席につき挨拶をする。まずはクロワッサンだと手を伸ばしたその時、昴は思い出したように語った。
「そういえば、ネットのストリーミング配信も見られるあの映画専門のサイト、登録したよ」
「……は?」
 クロワッサンを落としかけてぎゅっと指先に力を入れてしまう。
「代金はそうだな……二人で見るから半分ずつでいいか。そうしよう」
――なんでそういうこと、先に相談しないわけ?
 皿の上には、クロワッサンの皮がボロボロと零れていた。




short 望楼