一般人護衛4



「今日は会社の飲み会なので、迎えの時間はまた連絡します」
 そうラインに送ったのに、これはなんだ。
 腰を下ろした席で、目の前に広がる光景に愕然としてしまった。
――なんで、知らない男の人が、いる?
 なんだこれ。会社の飲みじゃなかったのか。これはもはや懇親会じゃないか? 懇親会というなの合コンでは?
 相席している男たちの笑み、会社の人達のしてやったりな顔。
――してやられた!
 それにすべてを察して帰りたさが百倍に跳ね上がる。

 事態はどんどん進んでいき、すでに一時間が経過したころには、表情筋の限界を迎えていた。
「ちょっと、御手洗行ってきます」
 限界ののちに能面のような顔になる前に、トイレへと駆け込む。スマートフォンを取り出して、アプリを立ち上げて連絡先を探し出す。その人は毎日連絡を取りあっているから直ぐに見つけられた。
『そろそろ終わりそうです。迎えに来てもらってもいいですか? お店の住所は――』
 親指を高速で動かし、店のリンクも検索して貼り付けて送信した。既読はすぐにつく。
『了解』
 たったその二文字なのに、強ばっていた身体な一息ついた。店に入ってから、ようやくほっとできる時がやってくる。トイレの壁に背を預けて、大きく息を吐き出した。
「はやくかえりたい……」
 次は席に戻ったら、先にお暇する理由を伝えなければならない。場の空気を乱すのは決まっている。
「正直に言う? いやいやそれこそダメじゃん」
 しばらく考えても思いつかないので、トレイに長居することもできず、仕方なく退室する。
「大丈夫? 酔っぱらっちゃった?」
「う、わ……」
 トイレから出ると廊下には、同じ席に着いていた男が待ちくたびれたように立っていた。しつこく話しかけてきた男だ。一番に苦手だと思った相手でもある。最近、昴との無言に近いコミュニケーションをしているせいもあって、煩わしく感じてしまった。
「だ、大丈夫です。ちょっと連絡が入って、それを返してたら遅くなっちゃいました、すみません」
「いや、具合が悪くないなら全然! よかったよ」
 つい口が滑って連絡動向の話を出してしまった。これは特に突っ込まれずに済みそうかな。はやく席に戻りたい。 
 男の前を通って席に戻ろうとすると、うでをつかまれた。
「ねえ、その連絡してた相手ってだれ?」
「え?」
「まさか、彼氏とか? いや、だったらココにこないか。だって、事前に聞いていた話じゃ、彼氏いないって言ってたし」
――ひ、ひぇ……まじか。めっちゃ訊いてくるじゃん。
「え、えと……」
「あ、ごめん。問いただしたいわけじゃないから。でも君のことになると、なんかすっごく俺気になっちゃって。なんでだろーね?」
――知らないよ! こっちが聞きたいわ!
 背中に冷や汗が流れる。しかもなんかこの人、じわじわと距離を詰めてきている。廊下の真ん中にいたはずなのに、どうして私の背中は今壁に張りついている?
 頭の中がこんがらがってくる。ビクビクしてしまって返事が返せず「えっと、あの……」とよく分からないことしか返せない。その度に男はにこにこした笑みを浮かべる。
 なんだコイツ。怖すぎじゃない? 世の中こんなに怖い人いたの? 昴さんだなんて、一緒にいても一向にこういう流れにならないよ? すごいや昴さん……。
 心の中で叫びと悲鳴をあげながら、ただひたすらに解決策を考えてみる。でも頭は真っ白で、ただただ男が恐怖の対象で、何も考えられない。この男、もしかして意思疎通が難しいのでは? そう考えてしまった時点で、目の前の人間は異形の存在と化してしまう。
――どうしようどうしようどうしよう。
 そうだ、とりあえず席に戻ろう。そうやって声をかけよう。かなり穏便、めちゃくちゃ穏便な返しだと思う。我ながら天才的な返事だ。
「あの、席に――」
「――すみません。僕のパートナーが、なにかご迷惑でも」
 毎日のように聞いている声が聞こえてくる。思いっきり男から顔を逸らして、声のする方に向いた。
――待って、一番来て欲しくない人来たー!?
 そこに居たのは、数分前に連絡をしたばかりである、護衛の人だった。




short 望楼