一般人護衛5



「――すみません。僕のパートナーが、なにかご迷惑でも」
――待って、一番来て欲しくない人来たー!?
 『しつこい人』を振り切ることが出来ず、廊下で迫られていたら、一番来て欲しくない沖矢昴が登場してしまった。
 驚愕する様子にも目に留めず、近寄ってきた昴に腕を引っ張られて背中に隠される。というか、背中デカい。何この背中。鍛えてるのバレバレな背中じゃん。
 昴は護衛のほかにも色々やることがあるらしく、素性をカモフラージュするために、身分を問われたら大学院生を名乗っているという。
 この背中じゃ絶対無理でしょ。大学院生って、もっと研究に明け暮れてて、鍛える時間なんてないんじゃないの?
「は? パートナー? なにそれ」
――待って『しつこい人』! 声をあげないで! 昴さん今割とイライラしてるから!
 絶対イライラしてるの、連絡寄越して迎えに来たのに、店から全然出てこないからだよ。そうだよ絶対。というか、連絡入れてから来るまでの時間、短すぎるよ。
「パートナーというのは、つまり恋人ということですよ。今は多様性の時代ですからね。言い方も変わってくる」
――なに説明しちゃってんの!?
 あ、これ絶対にイライラしてる声だ。確信した。何度か聞いたことある声だ。
 背中がゾッとするのを、自分を抱きしめることで何とか堪えようとする。しかし、イライラしている時の沖矢昴は非常に、とてつもなく恐ろしい存在になる。自分を抱きしめるどころでは、怖さは去っていかないのが事実だった。
「えっ、なに? 彼氏いたの? いないって話だったじゃん」
 待って鵜呑みにしないで。嘘だから、違うから、カモフラージュだから!
 全力で首を振る。しかし、意味がなかった。これ絶対に、でかい背中のせい。今の自分、『しつこい人』から見えてないよこれ。
「そういうわけなので、お暇してもかまいませんか?」
「はぁ? 待てよ、勝手に話進めるのとか。さっきっから後ろに隠して。全然彼女が見えねぇじゃん!」
――ほらやっぱり! 見えてなかった! 意味ないじゃん!
 昴は小さく溜息をつくと、ゴソゴソと何かを探していた。
 『しつこい人』から「見えない!」と言われたこともあり、自覚もあって、大きな背中からそろっと顔を出す。その途中で、『しつこい人』と目が合って嬉しそうな顔をされたけど、全力で無視をした。心の中で謝っておく。
 首を大きく上へ向ける。昴は胸ポケットをまさぐった。取り出した何かは煙草らしく、一本取り出して咥えようとしていた。
「……ああ、禁煙だったか」
 そして廊下にはられた禁煙マークを見て、ぼそっと呟いた。それだけで怖いんだけど。
 しょんぼりした様子で煙草を箱の中に仕舞い、胸ポケットに戻した。
 煙草を吸えない事でイライラしたりするのかな。それだったらめちゃくちゃ厄介なんだけど。
「まだ何か、話がありますか?」
「大アリだよ!」
――だよねー……!
 わかる。『しつこい人』の立場だったら、自分でも大アリ状態である。
「チッ……しつこいな」
 ぼそっと小さく、本当に小さく呟かれた昴の言葉が聞こえてしまい、目玉が飛び出そうになってしまった。
――え、いま舌打ちした……?
 あの温厚かつ胡散臭い見た目の沖矢昴からは想像ができない見た目から、舌打ちが炸裂した。
――もうだめ。お腹がキリキリしてきた。
 思わず胃の部分を手で抑える。『しつこい人』の顔を見ることはできなかった。もちろん、昴の顔はもっとであるけれど。
「な、なんだよ。なんか文句あるのかよ」
 こっちはありすぎる、とでも言うような『しつこい人』の物言い。昴はどうするのかと盗み見ていると、なにやら腕をゆっくりと振り上げて、首元を触った。
 ピッという電子音が鳴る。ぽかんとしているうちに、昴はゆっくりと口を開いた。
「――失せろ」
 地獄の底から這いずってきたような声に、とうとう涙が込み上げてくる。ちらりと盗み見た『しつこい人』は、白目を向いていた。
――ていうか、その声出しちゃっていいの!?
 良いのか悪いのかの判断は、この場で昴本人しかわからなかった。
  




short 望楼