年始の電話



 日付は既に元旦零時を回っていたが、仕事が終わらない限り新年は訪れない。空腹を珈琲で紛らわせていると、デスクの上に置いていた携帯が振動する。
 表示された名前は、黒崎蘭丸。指を通話マークの方にスライドさせて、耳に携帯を押し当てた。
『よう、起きてるか』
 気分の良さそうな低い声に、自然と笑みが零れる。遠くの方でメンバーの意気揚々とした声が聞こえて、ライブ終了後というのを悟った。
「起きてるよー。残業だよー。ライブお疲れさま」
『お疲れ。こっちは今、終わった』
 カルテットナイトは今夜、無観客でのカウントダウンライブを生配信していた。本当は家でそれを見ている予定だったけど、仕事のせいで叶わぬ夢に終わったのだ。
『何時に終わる?』
「えー……何時だろう」
『……泊まりか?』
 少しだけ心配そうな声音に、胸がくすぐったくなる。ここで笑ってしまうと拗ねてしまいそうだから、心の中だけに笑いは留めておいた。
「泊まらない程度には、終わらせて帰るつもり」
 しばらくしてから、蘭丸は内緒話のように声を潜める。
『……帰って、寝て起きたら、また連絡寄越せ。何時になってもいいから』
 夜に行く初詣も、悪くないぜ。続いた蘭丸の言葉に、胸が高鳴ってしまう。早く仕事を終わらせて帰ろうと気合を入れた。




short 望楼