ついうっかり



 新年早々、魔法舎に突然現れた魔女は、あっという間にネロを拉致してしまった。攫われた先は、東の国に置いてきた自分の店。店を開いていた時のように、注文を投げかけられてしまえば、ネロは自然と調理を始めていた。
「いつの間にかネロのお店が閉まってるから、びっくりしちゃった」
 ネロの目の前に座る魔女は、ニコニコ笑いながら、振舞ったパエリアを頬張っている。びっくりして拉致するとは、北や西の魔法使いのようなぶっ飛んだ思考である。
「賢者の魔法使いねえ。もう一年以上やってる?」
「ああ。まさか一年も続くとはな」
「でもその顔、けっこう楽しんでるんだね」
 微笑ましそうに目を細められ、ネロは気恥ずかしくなって視線を逸らした。自分の唇が尖っていることに気づいたのは、サヴァランに添えるクリームの味見をしようと、スプーンに口をつけた時である。
「残念。それじゃあしばらくは、ネロは私のお嫁さんには来てくれないのね」
「っ、その冗談、あいつらの前で口にするんじゃねーぞ」
「あら? そう言うってことは、私がまた魔法舎に行っても良いってこと? まあ、ネロが楽しくやっているのなら、私はなんだって構わないよ。たまにこうしてネロのご飯が食べられればね」
 魔女はサヴァランを見つめながら、小さく呟く。寄せては返す波のような魔女の振舞いに、ネロは調子が狂いそうになった。
「……そこは、『旦那に来い』って言ってみろよ」
「えっ?」
「――忘れろ、今のは」
 ネロは我に返った後、真っ赤になる顔を片手で覆い、その場に蹲ってしまった。




short 望楼