とくべつケーキ



 ポアロ退勤後、待ち合わせ場所の公園に着く。目当ての人影を探しつつ真っ直ぐとガゼボを目指すと、読み通り彼女はそこにいた。
 春を感じさせる華やかなスカートから綺麗に足を揃えて座り、膝の上にケーキボックスを乗せていた。
「今度はチーズケーキ?」
「当たり。どうしてわかったの?」
 驚きつつケーキボックスを開く指先を眺めながら「なんとなく」と返事をして隣に座る。
「今日は前に作ったチョコレートケーキより上手くできたと思うの。食べる? 食べたいでしょ〜」
 効果音をつけてボックスの中身を見せて「でも人から受け取ったものは食べられないもんね」と笑顔のまま彼女はフォークで一口分にすると、自分の口に運んだ。
「ん〜! ほらやっぱり! 美味しくできてる!」
「よかったね」
 にこにこ食べる様子を隣で肘をついて透は眺める。
「いい加減、やめたら?」
「安室さんがそれ言うの?」
「だって、知っての通り僕は食べられない」
 いくら信用出来る相手だとしても、極力他者から贈られたものを口にすることは避けるべきだ。
「私、安室さんが何月何日に誕生日でも、例えば、明日とか明後日誕生日だって急に聞かされてもすぐにお祝いできるように、色んなケーキにチャレンジしてるの」
「え……」
「お祝いにはケーキが必要でしょ?」
 彼女はこちらの様子に目もくれず「それに好き嫌いもあるだろうから、こうしていろんなケーキを目の前で食べて様子を伺ってるんだよ。意外だったでしょう」と食べ続ける。
「そんなの、初耳だ」
――そんなことのために、わざわざ金も時間も叩いてケーキを焼いて……?
「だって、初めて言ったから」
 誕生日は明かせない。でも嘘の誕生日は伝えたくないから、結局笑ったり話題を変えて避けてきた。本当のことは伝えられなくても、それでも彼女の隣は心地よくて穏やかだった。
 透はフォークを自分の口元に運ぶ彼女の手首を捕まえて、やわらかな思いやりの矛先を自分の口に変えた。
「あっ!」
 目を瞑り味を吟味する振りをした。瞳の奥から少しずつ熱がこみ上げてくる。ケーキの欠片もほとんどなくなっているのに、幸せを味わって大袈裟に飲み込んだ。
 瞼を上げると目を丸くしている彼女の双眸に自分が映っている。よかった。涙が込み上げていることはバレてなさそうだ。
「……食べちゃ、だめじゃん」
「そうだね」
「初めて食べてもらうのは、誕生日のときだと思ってたのに……」
 フォークを力なく握る彼女の手を包み込み、そのまま最後のひと切れに突き刺した。
「なら、記念日なんてどうかな?」
 口に運ぶと、さっきよりも甘く感じた。




short 望楼