ふれあい



 指先で触れただけで、胸が張り裂けそうになることはあるのだろうか。ティーンの頃は、夢物語に感じた大衆向けの恋愛物語に、眉を寄せたことがある。そんなこと、あったら病気かなにかだ。
 ジンは幼い頃から、恋愛というものが理解しがたかった。他者を優先する、相手にしてほしいことがある。やってやりたい気持ちが湧いてくる……そんなこと、本当にあるのかと。自分の人生は自分でしか歩いていけないのに、一緒に手を繋いで「幸せになろう」と二人で歩む御伽噺や小説、ドラマはまるで最後のゴールが決まっているかのように、話が上手いこと構成されている。惹かれあって、試練があって、それも乗り越えて結ばれる。自分の人生に他者がかかわることですら理解できない状況なのに、相互的理解と信頼感を持ってそれらを遂行している人間が、ジンにのって不思議な存在であった。
 キスだって性的な触れ合いだって、相手を想いやる気持ちがなくたってできたりする。だから性的暴力はなくならない。ジンは好んで女性にそれをすることはないものの、仕事で「やれ」と言われたら、心を傾けていない相手にだって出来る器用さは持ち合わせている。これまでだってそうだった。対して魅力にも感じない相手に、絵空事のような愛を囁いて、惚れさせて、手駒にする。そんなこと、朝飯を作るより簡単な事だ。料理の方が奥が深いだろう。
 ずっとジンはそう考えて生きてきた。これからもきっと、そうだと感じていた。
「――だったはずなのにな」
 ジンは武骨な指先で、腕の中で眠るなまえの前髪を、まるでケーキのデコレーションに触れるかのようにそっと触れる。顔にかかった少し長い前髪は、毎日のように入念にケアをしているせいで、ジンの努力虚しくすぐになまえの顔を隠してしまう。
 ジンはそれに苛立ちもせず、むしろ胸になにかがあふれてこぼれ出しそうな感覚を覚えつつ、再び同じように前髪をどけてやる。
 なまえに自分を追いかけてきてほしい。見失わないでほしい。なまえの愛を追いかけたい。なまえのためなら、どんなに切り刻まれようと、身体に穴が開いてしまおうと、行動できる自分がいる。それが例え、彼女が気になっているケーキがほしいという、可愛げのあるお願いですら叶えてしまいたくなる。
 どんなに触れ合って、会話を交えて、愛を伝えても伝え足りない。ジンはもう、どうすればこの想いがなまえに伝わるのかがわからない。わからないから、ジンは変わらずなまえと話し、触れ合い、愛を伝える。
 指の腹で退かした前髪を、彼女の形のいい耳にかける。まるっこい額があらわになる。そっと指の腹で触れる。ぎゅっと胸が詰まった。息が苦しくなった感覚がするが、それが心地よくて、もっと感じていたくなる。額に指の腹を滑らせる。ガラス細工に振れるように、シャボン玉を割らないように、ジンはなまえの額を指の腹で撫でた。
「お前が変えたんだぞ、なまえ」
 幼き日の自分へ。お前が疑問に思っていたことは、今はすべて解決済みである。
「なまえ……はやく起きろ」
 はやく俺を、お前の愛で弄んでくれ。




short 望楼