オタクと剣客2



流星群の中にいるきみへ。流れ落ちていく星に流されず、光を放ってその場で輝き続けるのは、さぞ難しいことだろう。流れて弾けて消えてしまう星の方が、一等儚さを抱えている。それでもキラキラと輝いて、くるくると回っていく。
 星の瞬きを見せてくれるきみは、なんと美しいことでしょう。

   * * *

 世の中の物騒さは令和も明治もそこまで変わらないらしい。令和は令和でなかなかシビアな事件が多かったが、明治は十年前が江戸時代だったこともあり、暴力が想像よりも日常に潜んでいる。廃刀令は敷かれているが、帯刀している人はいるし、噂によると「喧嘩屋」などという喧嘩専門の人間はいるし、街には賭博にヤクザ繋がりの人間にと、当たり前に物騒が滞在していた。
――なんでこんなことになるのか……。
 体全身は絶望色に包まれている。腕には抱え込んだ、買い込んだ砂糖の瓶。そして目の前には、見るからに物騒な男たち。
「おい、ぶつかっておいて何も言わねぇのか」
「……すみません」
――いやもう何回も謝ったじゃん。
 砂糖を買ったはいいものの、砂糖瓶は意外に重くて、よたよたと歩いていたらふらふら歩いてた男たちにぶつかってしまった。
「謝ればいいと思ってんのか? ア? そんなんじゃあ邏卒はいらねぇんだよ」
――“らそつ”とは……。
 話の流れ的に警察か? 謝って済むなら警察いらないっていうあれか? うそ、明治時代からその言葉存在してたの。
「怯えて言葉もでねえってか。まあ、あれだな。どうしてもって言うのなら、体で許してやっても構わねぇぜ」
 気色悪い笑みを浮かべた男は、背後にいる男に目配せしてゲヘゲヘと気持ち悪い笑顔を濃くする。
――出、出たー! “体で払え”ってやつ! 本当にあるんだ!
 二次創作でしか見た事ない展開が繰り広げられている。というよりも、巻き込まれている。物珍しさで目を輝かせてしまいそうになるが、どうやってこの場から抜け出そうかと、ようやく考え始める。
 周囲の人々は遠巻きに見るだけで助けてくれない。頼るだけ無駄である。もはや「運がなかった」といったような表情の人々までいる。やはり令和も明治も都会の人間は優しくないらしい。
 早く帰らないと女将さんや旦那さんが心配する。そしてお菓子に使う砂糖がないから商売がやっていけない。それは非常に由々しき問題である。
 人だかりは増えている気がするのに、依然助けてくれる人はいない。これは諦めるしかないのか。それとも走り去って逃げた方がいいのか。
――いや絶対追いつかれるわ。
 慣れない着物での全力ダッシュなど、さらには瓶を抱えてだなんて。捕まる前に転んでしまいそうだ。
――オワッタ……。
 もはや砂糖あげるから許して、とか通じないだろうか。言ってみようか。いや、言ったところでブチ切れられたら嫌だな。やっぱ下手に刺激しない方がいいのかな。
「諦めたか? へへッ、俺たちに楯突かないのは利口だな。さて……」
 男の腕が伸びてくる。瓶だけは落とさないぞ、高かったんだから。ぎゅっと両腕に力を入れる。もう少しで指先が体に触れそうになるところで、どこからが声がかかった。
「その薄汚い手を伸ばすのをやめるでござるよ」
「アァ?」
 横から出てきた紅色が、突然男の腕を掴んだ。皆の視線が紅色に注がれる。
――“ござる”? いや、待って、それまさか……!
「ぶつかっただけで無抵抗の女子に手を出すのは、いささか乱暴なんじゃいか」
 横から入ってきた「推し」の彼。いつの間にか男との間に体を滑り込ませ、目の前は紅色に染まる。
――待って、えっ、うそ、いま私、“推し”に助けられてる!?
 瓶を抱えているからできないが、腕に何も持っていなければ口を押さえているところだ。どうしよう、にやけと感動でもはや涙が出てきてしまいそうだ。
「なんだテメェ。よそ者が入ってくんじゃねぇよ」
「よそ者ではない」
「ア?」
「この者は拙者の行きつけの甘味屋の店員でな。いわば知り合いだ」
――いっ、一回しかまだ甘味屋に来てくれてないのに〜!? 名前も知らないのに知り合いに昇格してる〜!? 認知されてる…ってコト!?
 まるで雷が落ちたかのような衝撃。上手く息ができずに肩に力が入る。気をつけていないと涙がでちゃいそう。だって目の前に「推し」がいるから。
 正常な思考が保てなくなってきた。もう何が起きても構わない。「推し」の姿が一分一秒長く見られるのならそれでいい。はあ、美しい、「推し」の君……。
「……オイ、こいつ、頬に十字傷が」
「まさか……か!?」
 男たちがザワザワし始める。「ばっとーさい」とは何なのか。大根の仲間か? わからないが、男達はその言葉を聞いてから次第に距離を取り始める。
「待て、いやあ、なんだ、ちょっとほら、魔が差したというかなっ、冗談だ冗談!」
「……冗談ならば、とっとと姿を消すんだな」
「ッ! おい、行くぞ!」
 脱兎のごとくという表現がぴったりというほど、あっという間に男たちはいなくなった。砂糖瓶は守られた、よかった。一息つきそうになったところで、紅色が、振り向いた。
「大丈夫でござるか? 怪我は?」
「っ……!」
 陽に照らされキラキラしたアメジストが、真っ直ぐに見つめてくる。眩しい、優しい笑みも、本当はほっと胸を撫で下ろすだろうに、ただただ眩しい。胸が苦しい。
 早く返事をしないと。口を開くがなにも言葉が出てこなくて、彼の眉が下がる。やばい、心配をかけてしまっている。しかし、今この瞬間、「推し」に認知されており、至近距離で見つめられているこの境遇。もうだめだ、尊さが天元突破している。
「ご、ごめんなさいっ……」
 眩しすぎて、「推し」が。迷惑をかけてしまって。こんな自分が「推し」を推していて。
 よくわからない罪悪感に見舞われた結果、ぽろりと頬を伝う涙。「推し」は「おろろ」と慌てながらも、両腕を砂糖瓶に取られていて涙を拭けない様子を見て、そっと頬に指を這わせ涙を拭った。
――頬に!? 触れて!? ハッ!? えっ!? どういうことッ!?
 混乱してしまいさらに多くの涙が流れてしまったのは、言うまでもない。

23,08.04




short 望楼