シュークリーム食べる



 シュークリーム。生地の中が空洞になるように雪のように焼き、中にカスタードクリームなどを入れたお菓子である。ふわふわで薄い生地の中に潜むカスタードクリームは、蜂蜜のようにとろとろで、まるで黄金の海だった。その中に生クリームも一緒に入っていると、白い雲が広がっているようで、甘い香りが倍増する。
 一口かじると薄い生地はすぐに噛み切られ、柔らかいクリームが歯と舌に触れる。滑らかなクリームに酔いしれていると、シュー生地から溢れたクリームが零れ落ちそうになる。慌ててクリームが零れないようにシューの角度を変える。しかし、クリームは片側だけでなく両端から溢れていた。
 努力虚しく、零れずに済んだ片側とは逆側から、クリームは零れてしまった。
「あっ! あー、もう……」
 なぜ椅子に正しく座り、テーブルに向き合って食べなかったのか。クリームが零れ落ちた後に後悔する。
 敗因は、ソファに背を預け、膝を立てて座っていたからだ。暇を持て余してSNSを覗いていた時、帰宅した建人からの土産がシュークリームだった。いま食べてもいいかと訊ねると、建人はネクタイを外しながら「夕飯が入るのなら」と小さく笑われる。胸が高鳴ったのは言うまでもない。
 カスタードクリームと生クリームが混ざりあったものは、べっとりと太腿を濡らしていた。膝を立てて座っているため、足の付け根に向かって滑り落ちていくのも時間の問題である。
「あ、うぁ、どうしよ……!」
 足に零したクリームに気を取られていると、手に力を入れてしまい残っているシューを潰してしまう。せっかく片側だけは、クリームが零れないよう回避したというのに。シュー生地を超えて手指にまでクリームをはべらせてしまった。
――舐めちゃダメかな。
 自分一人だったら、すぐにでも指についたクリームを舐めとっている。太腿を濡らすクリームだって、指ですくってあっという間に味わっている。しかし、同じ室内には建人がいる。彼がいるのなら話は変わってくる。
――“はしたない”とか思われたくない。
 男の子だから、きっと本人は経験があるはずだ。過去に同じようにクリームやソースを零して、舐めたことがあると信じたい。
 それにこれまでも、建人は調理中、ソースの味見をしたくても手軽な器やスプーンが手元になかったとき、指ですくってペロッと舐めることがあった。味が気になって話しかけた時、冗談交じりに「舐めますか?」とソースのついた指を差し出されたこともある。
 本人がやっているのだから、本人の目の前で同じことを実践しても平気だろうか。考えてみたが、すぐにそれは脳内で否決される。自分なら許せても他者がやるのは許せないという心理は、ごくまれに存在するからだ。
――どうしよ、どうしよ。もっと零れちゃう。
 ソファに座ったまま手が届く距離に、ティッシュや布巾は見当たらない。ソファから立ち上がって食卓テーブルまで歩く必要がある。しかし、立ち上がってしまったら、腿に零れたクリームは床に落ちるだろう。自分の肌を汚すならまだしも、床は絶対に汚したくない。拭くのが面倒臭いし、ベタベタしそうだし、匂いも取れなさそうだ。
 意を決して、とりあえずは潰れてしまったシューをぱくりと一口で食べた。クリームが指を汚していたが、それでもなおシュー生地にはたっぷりとクリームが入っていて、口の中を天国にする。一口では追いつけなかったクリームが、唇の端についてしまった。
 拭わなければならないクリームは多い。溜息をつきそうになるが、ひとまず幸せな味を堪能することにした。美味しいものには抗えないのだ。
 残っていたシューを一口でぱくりと食べた。咀嚼を済ませてごくりと飲み込んでも、口の中は甘い余韻は広がっていく。
「んー……美味しかったぁ」
「それはよかった」
「本当に美味しかったです! ごちそうさまでした!」
 建人はジャケットとネクタイをハンガーに掛けてきたらしい。奇抜なサングラスは外していたが、青いワイシャツにサスペンダー姿はそのままだった。近づいてきた建人は眉をあげる。
「随分、“お弁当”をくっつけてるんですね」
「お弁当? ……あっ」
 建人の指先が、頬をなぞって唇に行き着いた。そっと端から端に撫でていき、ついていたクリームを親指の腹で拭う。まるで存在を意識させようとしているみたいにされて、建人の親指の行方を目線で追うことしか出来なかった。
「ンっ……甘いですね」
 建人はクリームのついた自分の親指を、舌を出してソフトクリームを舐めとるように味わった。舐めとった後、お菓子のおまけについているオモチャのようなリップ音を響かせる。
 同じクリームを味わっただけなのに、建人の唇は夜の甘さが光っていた。胸の高鳴りを抑えきれず、足の指をきゅっと丸める。
「ほら、零れてしまいますよ」
「えっ、あ! 待って、ひゃっ……」
 建人の唇は甘さを求め続ける。視線が移ったかと思うと、次の瞬間には、クリームに濡れた指が餌食になっていた。逃げられないよう掴まれた大きな手は、指先で手の甲や手首を撫でる。
 建人は指の間や付け根まで、クリーム一滴も残さないくらい念入りに舐めとっていく。クリームがすべて舐められても、指と指の隙間を埋めるように舌がうごめいた。赤くて熱い建人の舌にドキドキして、身体に力が入る。
 下腹部に広がる痺れた甘さに気づかないふりをしたつもりだった。けれど身体は正直で、人差し指と中指で建人の舌を挟んでしまう。
「っ……こら」
「ひぅ、ぁっ……や、ぁ」
 注意の言葉が耳に入ると、指先はあっという間に建人に食べられた。熱い食べ物を息で冷まそうとするよりも、熱気の籠った吐息が指を震わせる。建人の口内は熱く、熱気にあてられたように息を吐くしかできなかった。
 クリームはもうすべてなくなった。それでも建人の舌は、ねっとりと指先を余すことなく舐め取ろうとする。関節部分は舌先に擽られ、そのたびにビクビクと肩が震えた。
「んン……あ、ぅ……」
 喉の奥で上擦った甲高い声が響く。鼻から抜けて小さく開いた唇の間から逃げ出したその音は、リビングの照明の色にはそぐわない。ましてや、建人の紺碧色のシャツにさえ合わなかった。唯一ぴったりと合うのは、熱い舌が仕舞われている建人の唇だけ。
 美しい宝石を埋め込んだ海のような双眸は、熱っぽさが感じられるのに、野獣みたいにギラギラと輝いていた。建人の表情や仕草で、求められていることが伝わり、心臓が破裂しそうになる。
 すでにコントロールできなくなっている下半身を脳内で叱り、足を身体に引き寄せて縮こまってみようとする。
「や、まって、七海さ……」
 両足を擦り合わせて思い出す。腿にもクリームを零していたのだ。足を汚したクリームは、内腿を伝って足の付け根を目指す。とろとろと流れていくカスタードクリームと生クリームは混ざり合い、白濁としていた。
 ルームウェアのショートパンツにまだついていないのが救いだ。ひらひらしているショートパンツは、肌を隠す用途よりも、身軽さと楽さを追求しているため、膝を立てて座った時点で、足の付け根部分までめくれ上がっているに等しい。
 しかし、このままではショートパンツどころか、足の付け根の際どいところまで濡れてしまう。
「ん……ああ、ここも汚していたんですか。すぐに気づけずすみません」
「七海さん? ぁっ……! や、それ、くすぐ……ンっ!」
 建人はようやく指を解放してくれた。ちゅぽんと鳴った水音に羞恥心が煽られる。
 建人は目を細めると、立てていた膝を円を描くように撫でてきた。触れるか触れないかの絶妙なところで肌が触れ合う。最初はぴくっとした擽ったさも、回数が増えていくとビクリとした快感に変わってしまう。
「大丈夫、綺麗にしてあげますから」
「やら、はずかし、だめっ……」
 膝を撫でていた建人の手により、足が無理矢理に開かされる。身体に力が入らないため、抵抗の余地なくされるがままに足を開いてしまった。クリームは内腿を伝って足の付け根を目指している。
「はぁー……」
 熱い吐息が肌を震わせた。建人の顔がどんどんクリームに近づいていく。
「ななみさ、やだ、それ、だめ……ひぅッ!」
 建人の舌は再びクリームを味わった。冷たいクリームが熱い舌によって拭われていく様子は、とてつもなくいやらしい。建人の舌の大きさならば、ひと舐めしてすべてクリームを拭えるはずだ。それなのに、彼はわざとそれをしないのか、ちょびちょび舐めていく。
「ん、んぅ、なな、ぁっ……」
 変な声しか出なくて、じんわり涙が浮かんでくる。指を舐められた時からずっと呼吸は上がっていて、息継ぎに混じって普段は絶対に出さない声が漏れていく。
 唇を噛んで声を我慢しようとしても、喉の奥で潰されたような声が響いてしまう。声を我慢することが出来ず、悔しさと恥ずかしさで視界はうるうると涙で歪んだ。
「は、ぁ、やだ、ななみさん……!」
 止まらない舌の動き。足を見下ろすと、すでにクリームはなくなっていた。終わったのだからと腰を引こうとすると、いつの間にか回されていた腕が阻止してくる。それでももう限界が近づいてきて、最後の抵抗にと両足を閉じようとした。
「んぅっ、ひぁ……くすぐったぃ」
 建人の髪の毛が内腿をくすぐっていく。足の間に建人がいて、未だに舐め続けている光景は、ただただえっちで、さらに膝を擦り合わせようとしてしまう。
「こら、挟まない」
「あ、う、むりぃ……七海さん、も、やだぁ」
「ふ、はぁ……ここ、やわらかいですね」
「あっ、やだやだ待って!」
 言葉だけだと怒っているようなのに、建人の表情は打って変わって穏やかだった。それがさらに建人をいやらしく映し出す。内腿に顔が挟まれているのに、少なからず声が弾んでいる。
 頬ずりするように顔を動かそうとするから、必死になって止めようとした。伸ばした手は建人の頭にたどり着き、足の間から引き剥がそうとする。けれど、そんな乱暴なこと出来るはずもなかった。ブロンドの髪をただくしゃりと掴むだけになってしまう。
――七海さんえっちだ、変態だ!
 シュークリームを食べてただけなのに、どうしてこんな事になってしまったんだろう。シュークリームの甘くて美味しくて幸せな味を、もう忘れてしまった。
「ふぅー……」
「ひ、ぁっ!?」
 建人がロウソクの火を消すように息を吹きかける。足の間、ショートパンツのクロッチ部分はズレていた。完全に下着のクロッチ部分が晒されている。薄い布越しに届いた建人の熱い吐息は、ビクビクと下半身を震わせて、お腹の中をギュッと痺れさせた。
「は、ぅ、ぁ……」
 足の力が抜けて、片足がソファから落ちていった。挟まれていた建人の顔がゆるりと上げられる。いつも見下ろされているから、見上げられるのが新鮮に感じる。
「ぁっ……」
 建人と視線が混ざり合う。どろどろした熱っぽさを孕む双眸に、一心に見つめられて、身体の芯から蕩けてしまいそうだった。身体の中心から何かが溢れてくる感覚を、嫌でも意識してしまう。
「まだ、濡れてるところがありそうですね」
「ない、ないの……七海さんが綺麗にしてくれたもん」
 声が普段のものに戻らない。甘さを含んだもので、言葉もしっかりと伝えられている気がしない。上手く振る舞えていないことを受け入れられなくて、涙が頬を伝っていく。頭の中は混乱していた。
「ほら、まずここ」
「んっ……」
「それに、ここも……苦しいんじゃないですか?」
 涙をぺろりと舐められてギュッと目を瞑る。建人の指が下腹部を優しく突いた。きゅっと何かを搾り取るように反応するお腹に、またじわりと涙が浮かんでくる。息を整えたはずだったのに、胸が上下してしまうほど息が上がった。
「……もう、シュークリーム、ぜったい食べない」
「っふふ、また買ってきますね」
 最後の悪あがきのような呟きは、建人の小さく笑った吐息に流されて、夜の色に染った唇にぱくりと食べられてしまった。




short 望楼