いつか遠い日に



 その人をこの瞳に映したのは初めてのことだった。以前から話に聞いており、姿は写真や映像で様々な角度から見た経験がある。見るたびに、彼の話しかと冷静な気持ちになったのは、きっと勝手に認識していた数が多かったからだろう。
 写真や動画で見るのとは、やはり違うのだと、なまえはこの瞬間に本当の意味で理解した。
 蛍光灯の光しか当たっていないというのに、彼はまるで陽に照らされたかのように輝いて見えた。それは例えば埃がダイヤモンドダストと呼ばれる現象のようだった。備え付けの安っぽいベッドに腰掛けた姿は、大罪人だというのに美術品のような気品を感じた。横顔は大理石のように美しく、触れれば溶けてしまいそうな淡い印象もあった。蛍光灯の光でさも陰影が生まれ、明るい白色と暗い白色を作り出す。裏社会に足を浸すような行為を散々してきたというのに、彼本人は喧騒が似合わないほどの静けさを纏っていた。この空間だけが、どこかあたたかな陽射しに照らされた小さな庭園だと思わせる。
「初めまして。あなたと取引をしにきました……。あなたを、なんとお呼びすればいいですか?」
 なまえの声は空間を揺らす。庭園は少しばかりの風を受けた。彼の人の閉じていた瞳はそのままで、ただまつ毛だけがほんの少しだけ揺れる。
「――ジン」
 掠れた低音は小鳥のさえずりのようだった。彼の本当の名前ではないとすでに知っていた。しかし、彼がその名を唱えたことで、この空間にいる一人の男に名前がつけられる。大理石のような淡い輪郭は、名を得てようやくくっきりとした形をつくりだした。
 これが、かつてとある組織の幹部に登り詰めた男と、伝統と格式のあるイタリアの最大規模のマフィアの血縁者との、初対面であった。




short 望楼