ケーキ



 コンビニスイーツ。それは気軽に贅沢な気分を味わえる、魔の食べ物である。
 今日は告知時点で反響を読んでいた、新作ロールケーキの発売日である。実はずっと発売日を待ち望んでいたのだ。苺クリームと苺のチョコチップが入っているロールケーキ。自分で作れと言われたら、気乗りしていない限りはあまり手が出せないけれど、コンビニでは数百円だせば簡単に手に入ってしまう。
 さらに嬉しいことに、今日この日を楽しみにしていたことをすぐ傍で知っていた秀一が「せっかくだから一緒に行こう」と付いてきてくれた。秀一がついてきてくれるのなら、二本買っても可笑しくない。それに加えて、従来発売されているプレミアムなロールケーキも一緒に買っても可笑しくない。
 来店と同時に一直線にロールケーキが鎮座する棚に行き、近くにあった籠にそっと入れた。後ろで秀一がくすくす笑っていたけれど、そんなこと今更気にしない。隠れ食いしん坊は、時と場合によって隠れないのだから。
 会計に並ぼうとすると、颯爽と現れた秀一に籠を奪われさくさくと店員に渡してしまう。このままだとお金まで払ってしまうと急いで秀一の隣に並ぶと、「俺も楽しみにしていたからな」とウインクされてしまい、引き下がるしかなかった。
「スプーンお付けしますか?」
「お願いします」
 会計が終わるのを秀一の後ろでソワソワしながら待ってしまう。早く食べたい。どうしてこういう時に限って徒歩なんだろう。車を出すのは秀一の役目だから声を大にして言えることではないが、車で来ていたらコンビニを出て直ぐに車の中で食べられるのにと考えてしまう。
「ありがとうございましたー」
 本日のミッション、無事クリアである。

   *

 早歩き気味に帰路に着き、工藤邸に戻る。
 上着を脱いで手洗いうがいを済ませ、早速と言わんばかりにカウンター席に座って、袋からロールケーキを取り出した。 
「……あれ?」
 購入したロールケーキは、二種類ごと二つで計四つ。レジの前に立ち二人で会話したのだから、店員は何人出来ているのか知っているはずだ。それなのに。
「どうかしたか?」
「スプーン、ひとつしかない……」
「おや」
 楽しみな気持ちが少し萎んでしまった。
 スプーンなんていくらでもこの家には揃えられているけれど、なんというか、コンビニで買ったぞというのを味わいながら食べてみたいと思っていたのだ。
「ちょっと悲しい……」
 気持ちが晴れないまま、もう一つのスプーンを取ろうと立上がる。
「いや、一つで十分だよ」
「どうして……?」
「ほら、こうやって……」 
 途中で言葉を切った秀一は、苺ロールケーキの袋を開ける。続いてスプーンの袋も開けて、手に持った。
 クリームとスポンジが六対四の割合でスプーンに掬われていく。
「ほら、あーん」 
「な、ぬ、へっ……!?」
「スプーンが一つなら、こうやって食べ合いっこすればいい話だろ?」
「そ、そうだけど……」  
――秀くん、食べ合いっこだなんて言うんだ……。
 言葉のチョイスとアンバランスな容姿に可愛さが増してときめいてしまう。
 いやしかし、そんな、パンがなければお菓子を食べればいい論のような感じに言われても。
 秀一はスプーンを上下に動かして、ロールケーキはここだと誘惑してくる。
「ほら、あーん」
「〜〜! ぁ、あーん……っ!」
 恥ずかしい気持ちを押さえて秀一の言葉を復唱し、念願のロールケーキを食べた。口に入った瞬間に、クリームとスポンジのしあわせな甘さが口の中で混ざり合う。
「んふふふ、おいし〜」
 自然と笑いは込み上げてきた。
「どれ、俺も頂こうかな」
「あっ! じゃあ今度は私があーんの番ですね!?」
「いや、その前に」
「へ、んぅっ……!」
 首の裏を引き寄せられたと気づいた時にはもう遅く、唇を食べられていた。中途半端に開けていた口は秀一の舌によってこじ開けられ、口内をくまなく味わっていく。
 秀一により霧散したしあわせな甘さは、いつの間にかえっちな味の甘さに変わっていた。
「……ん、美味いな」
「も……いっつも突然!」
「ケーキを美味しそうに食べる君も可愛いが、やはり俺によってコロコロと表情を変える君の方が可愛いな」
 一瞬でさらに頬が火照っていく。口内に未だ広がっているえっちな味が濃くなった気がした。

23,11.13




short 望楼