はじめての



『ダンスって、こんなに綺麗なものなんだね。いいなあ』
 きっかけは、練習を見に来ていた友人の一言だった。 
「やってみるか」
 そんなにキラキラした目で見ているくらいなら、一度体験させてもいいんじゃないか。軽い気持ちで話しかけると、キョトンとした後に大きく首を縦に降った。
 初心者と踊る機会はこれまであまりなかったから、自分が呼吸と同じくらい自然にできてしまうことを、なにも知らない相手に教えるというのは酷く苦心した。
「えっ、こう?」
「違う、こうだ」
「うわ……思ってたよりもきっつい……」
 足のサイズを聞き、予備として置かれているダンスシューズを引っ張り出して履かせ、対面して身体を密着させる。
 右手と左手の置き方、体の反り方、顔の向き、それらを一つずつ実践しながら教えていく。ホールドが組めたら、次は比較的簡単だと考えられる、ワルツのステップを一通り説明した。
「じゃあ、動くぞ」
 要は慣れである。  
「へっ、ちょっ、まままままって……ひぃっ」
 雫相手ではないのだと頭では理解していても、いざ動き始めるとつい練習のように動いてしまう。
「舌噛むぞ」
「まって、ほんと待って! ゆっくり、ワルツってゆっくりなんじゃないの!?」
 支えてやっていたホールドもぐちゃぐちゃになったため、一旦足を止める。呼吸は乱れ少し涙目になっている彼女に、ようやく自分が無理をさせてしまったということを痛感した。
「……悪い」
「ジェットコースターかと思った……」
「今度はスローテンポでやるから」
 腕を広げながら伝える。彼女は火照った頬のまま少しだけはにかんで、距離を縮めておずおずと手を置いた。
「じゃ、動くぞ」
 意図が伝わりやすいよう、今度は小声でカウントを取りながら足を運び始めた。
「あ、ぅ……んん」
 先程と比べたら非常にゆったりとしたテンポのワルツ。ホールドが崩れる心配は先程よりもなく、こちらの動きに合わせようと必死に追いつこうとしてくる。
 その姿がまるで、偶然見かけた動画に映っていた、母犬を追いかける子犬に似ていた。
「……かわいい」
「えっ!? ……ぁ、いッ!?」
「っ……」
 彼女が突然、視界から消える。視線を下ろすと、悲鳴をあげてしゃがみ込んでいた。
「〜〜ッ!」
 言葉にならない悲鳴をあげながら足を押さえている。涙がボロボロ頬を伝って流れていく。
 そんな彼女の姿を目の当たりにした瞬間、ゾクリと身体が震えた。
 なんだこれは。腹の奥底からぐるぐると何かが渦巻いて、脊髄を通って直接脳に刺激を送っているような。言うならばそう、この感覚は、多々良に見つけられた後、雫を奪い返してラテンを踊った時に似ている。
「ハハッ……」
 笑い声が唇から漏れる。口元を隠すように片手で触れると、口角が上がった。 
「ひっ、ひょーどーくん……助けてッ……!」
 潤んだ双眸が見上げてくる。真っ赤に染まった顔が零れる涙をさらに艶めかしく感じさせた。
 ダンスを終えた後のように、心臓がバクバクと鳴っている。大して動いてもいないのに、息が上がり出す。なんだこれは。ただ彼女が足をつっているだけなのに。
――ああ、そうか。
「ちょっと清春何してんの! こんなに痛そうじゃない! ストレッチしてあげなよ!」
 レッスンルームに入ってきた雫が飛んできた。痛がる彼女を慰めてストレッチを始める。 
 彼女の足のつりが治まっていくのと同じように、身体の異常さは次第に収まり、正常に戻っていった。
――俺は彼女に欲情していたのか。 

23,11.13




short 望楼