そのとき



 俺の彼女は、生理前になると人肌恋しくなってしまう。
 一緒に暮らしていれば、生理周期など自然と把握できてしまうものだ。女は女性ホルモンの働きによって、一か月における精神バランスが様々である。さらにこれは一人ひとり違っている。これらについて考えると、本当に女という生き物は面倒な造りになっているとしみじみ思う。しかし、相手が愛しい彼女であるのならば話が変わってくる。
 彼女は、いつも他者を第一に考え、自分のしたいことは後回しにする姿勢が身についてしまっている。これは彼女の育った環境や彼女自身に問題があるのだが、話が長くなるのでここでは割愛することにしよう。
 つまり一言でいうと、俺と彼女は恋人であるにもかかわらず、彼女はあまり甘えてこないのだ。これは俺にとって死活問題である。先に釘を刺しておくが、俺には昔の女の話を掘り起こす趣味はない。話の流れや状況によっては、そうならざるを得ないこともあるが、今は彼女一筋だ。これだけ肝に銘じておいてほしい。話が逸れてしまったが、俺が今まで付き合ってきた女というのは、ほとんどが自分を主張し押し通す傾向が強かった。アメリカで過ごしていた時期も長かったのも関係しているだろうが、とにかくそういった女が大半だった。簡単に言うと、『強い女』という表現がしっくりくるかもしれない。
 しかし、彼女は違う。先に述べたように他者を第一に考える癖が染みついているため、顔色を伺うことはしょっちゅうだし、空気を読む力は抜群に長けている。想いが通じ合ってから、少しずつ彼女のわがままを言葉巧みに引き出しては叶えることを楽しんできたが、たまには強引にきてほしいと考えてしまうのは仕方のないことだろう。世の中すべて、静と動のバランスが大事なのだから。
 話を戻そう。何が言いたいのかというと、彼女は生理が近くなると、人肌が恋しくなってしまうのだ。具体的にどうなるかというと、普段と比べて、くっついてきたり、手をつないできたり、抱きついてくるのだ。これは俺にとってまたとないチャンスである。普段自分から口に出して言ってこない恥ずかしがり屋さんが、自分からそれを匂わすように体を密着させて、ましてやシたいだなんて口に出してくれるんだ。彼氏冥利に尽きるだろう。だから俺は最大級の愛を持ってそれに応えてやるのさ。
 今月もそろそろ彼女の“ソレ”が見られる時期である。俺はこの時期になると、楽しみにしている様子が彼女に伝わらないように、気をつけて過ごすんだ。生憎、ポーカーフェイスは慣れているんでね。
 俺はいつものように、リビングのソファに腰かけて就寝前の習慣である読書をしていた。ここにいることは彼女も熟知しているから、見つけやすいだろう。
 静かにリビングの扉が開く。この扉を開けるのは、この家では俺以外には彼女しかいない。風呂上がりのいい香りをまとわせた彼女は、そわそわと視線を惑わせながら隣に座ってきた。
「ああ、もう寝る時間か?」
 彼女がなにを言いたいのかわかっているのに、わざとその話題に掠りもしないことを口に出してしまう俺は意地が悪いのだろうか。だが、こうしなければ彼女はなかなか可愛い口を割ってくれないのだから、俺が話すきっかけを与えているのだとでも思ってほしい。
「そうなんだけど……。秀くん……あの、今日……」
 視線を落として指先をもじもじさせながら呟く姿は、これ以上にないほど可愛らしい。にやけそういなってしまう表情筋に力を込める。
「ん? なんだ、言ってごらん」
 本を閉じてそっと頭を撫でてやると、少しずつ俯いていた頭が動き、目が合った。微笑みかけると、上目遣いだった瞳はすぐに下を向いてしまう。そして徐々に頬は赤く染まっていく。
「今日の夜、なんだけど……」
「うん? 今夜が、どうした?」
 補足させてもらうと、彼女とは毎晩同じベッドで眠りについている。そのためのキングサイズのベッドだ。相手のぬくもりを感じながら眠りにつく夜もあれば、明けない夜を楽しむことだってある。恋人同士が一つのベッドで眠っているんだ。可能性なんていくらでもある。
 それなのにだ。俺の彼女はどこまでも可愛い。
 彼女は俺の指を絡めて握り、上目遣いでおねだりするのだ。
「そう、あの、今夜……。えっと、一緒に……寝ても、いい?」
「ッ……」
 いつも一緒に寝ているのに、それでも『一緒に寝てもいいか』だなんて言葉をチョイスしてくる彼女は、可愛いにもほどがあるだろう。
「だめ……かな?」
 返事をしない俺に、先ほどよりも小さな声で伺ってくる。ああ、すまない。不安にさせてしまったかな。君と肌を重ねることが嫌だなんて思ったことは一度もないんだよ。
「もちろんだ。すまない、あまりにも可愛らしいおねだりに、クラクラしてしまったんだよ」
 顔を近づけて彼女の額に自分のそれをくっつけて微笑む。さらに真っ赤になった彼女が身を引こうとする。その仕草さえ可愛いが、俺は逃がしてやれるほど優しくない。
「っん」
 ちゅっと愛の弾ける音を彼女の唇に軽く触れて鳴らす。彼女のやわらかさと香りが脳に直接響いて、今すぐにでも貪りつきたくなった。
 唇を離して彼女を見ると、たった数秒の触れ合いだったのに既にとろんとした表情だった。ドクンと下半身が疼いてしまう。それを悟られないよう、彼女の背中と膝裏に手を入れて持ち上げようとした。
「ベッドまでエスコートしようか、お姫様……っ」
 しかし、持ち上げる寸前で首に回った腕に引き寄せられ、唇を奪われた。予想以上の腕の力に身体はバランスを崩し、彼女をソファに押し倒してしまう。彼女の瞳に映る自分の顔は笑ってしまうほどぽかんとした表情を浮かべていた。しかし次の瞬間、彼女の一言に心を奪われる。
「やぁだ……今すぐがいいの」
――もう限界だ。
「了解、お姫様」
 俺は愛しい彼女の唇にかぶりついた。

23,11.13




short 望楼