つづくみち



 大晦日の掃除や年越しに向けての準備を午前中に終わらせ、夕方に早めの夕食を済ませていた。その後、入浴を終えて湯冷めしないよう着込み、なまえは秀一の部屋をノックをした。
「日付が変わるまでの間、二人でゆったり過ごさないか?」
 そうしたいのならば、大掃除に力を入れてほしいと心の中でこっそり思ったのは、なまえだけの秘密である。昨夜に提案してきた秀一を、取り調べさながらに詳しく聞くと、いわゆる『お家デート』がしたかったのだと白状した。
――いつも一緒にいるんだから、毎日お家デートみたいなものなのに。
 本心は隠して二つ返事で了承した。秀一から『お家デート』だなんて可愛い台詞が聞けるのは、今回が最後かもしれないと考えたからである。 
 秀一の部屋は大掃除のかいもあり、美しく整理整頓されている。皺がひとつもないベッドに通され、日中干しておいたおかげでふかふかになった布団に腰を下ろした。このまま倒れて秀一の顔を見上げるのも楽しそうだが、彼のデートプランにも興味がある。
 ラジオからベートーヴェンの第九が小さな音で流れていた。秀一は鼻歌で演奏に参加しながら、アルバムを取り出してなまえの隣に腰かける。
「なまえとの一年を振り返ろうと思ってな」
 アルバムの表紙を撫でる秀一は少しだけ照れくさそうだった。
 アルバムには、今年一年、一緒に出かけた先で撮った写真から、自宅で撮った写真まで様々納められている。年越しにぴったりなやさしいデートプランに、なまえは胸が熱くなった。
「そうだ。今年最後の一枚を撮ってもいいかな?」
「うん、撮ろう。どんな一枚にするの?」
 問いかけに微笑みだけ返され、なまえが首を傾げると、肩を抱き寄せられる。
「たまには、ティーンのような写真を撮ってもいいだろう?」
「なにそ……んぅ」
 唇を奪われた瞬間に響いた携帯のシャッター音。
「駄目だな、ボケている。もう一回だ」
「ちょっ、もう一回って……っ!」
 再びくっついた唇に、今度は食べられるうに言葉を奪われて、なまえは降参したように瞼を下ろした。
 視界を遮断されると聴覚が敏感になるという。秀一の息遣い、繋がれた口の中から響く水の音、耳の奥で加速する心拍、ラジオから流れるオーケストラの演奏。一向にカメラのシャッター音が聴こえないことに、なまえは気づかないふりをして、秀一に押し倒された。

23,11.13




short 望楼