リボン結びが上手になったね



 透き通るような声が、街頭に設置された大型テレビ画面から響き渡る。人々は足を止めて声の出所を見上げた。大音量で流れるコマーシャルの音源に交じり、小さな黄色い声が度々湧き上がるのを耳が拾う。不思議に思って足を止め、同じように見上げて映像に注意を向ける通行人が増えていった。

 キラキラ輝いているものは、素敵だと感じる。
 例えば、宿題を忘れずに提出したときに先生からもらえるシール。『大変よくできました』の赤字と、宿題に費やした努力を褒め称えるようにキラキラと光る金色。例えば、クリスマスのイルミネーション。色んな色が混ざりあったキラキラは、絵本の中に入り込んでしまったと錯覚を起こすほど、幻想的な雰囲気をかもし出す。例えば、夜の街の光。年齢が上がる度に門限の時間は徐々に伸びていき、その光景を見る回数は増えていった。
 特に、大人たちが遊ぶ繁華街の光には魅了された。知らない世界が広がっていることに好奇心をくすぐられつつも、行ってはいけないのだという事実が、さらに心を躍らせた。
 しかし、遠い世界だと思っていた繁華街が、秘密基地のように身近に感じるようになる。それは、小学生の時に友達になった、綺麗な男の子が影響していた。
「家がショークラブだなんて」
 その子と遊ぶと、必ず両親はすっぱい顔をした。ショークラブという言葉が、毛嫌いされる言葉でもあるということを、両親の反応から知ったのだ。
 綺麗な男の子が聞かせてくれる話は、とても魅力的だった。客を喜ばせるための、笑顔をつくるための仕事だと教えてくれた。そう語る彼の顔はキラキラと輝いているようで、その横顔に胸がいっぱいになった。
 両親には内緒で、ショークラブで披露されている演目も見たことがある。関わってはいけないと考えられていた繁華街の片隅には、夢を与える仕事が存在していたのだ。
「ボクには、弟がいるんだ」
 しばらくして、彼は大事な話を打ち明けてくれた。双子の弟の存在である。病気がちな弟は入院する日々を送っているという。
 隣のクラスにずっと登校しない子がいるというのは、なんとなく知っていた。名前を知る機会がなかったから、それが彼――七瀬天の弟である、七瀬陸ということを、その時初めて認知したのだ。
「はじめて天にぃ以外の人が来てくれた!」
 初めて会った陸は、病室が似合わないくらいにっこりと笑った。それから時間を見つけては、天や陸と過ごした。
 陸の部屋で開かれる、天のパフォーマンスショーは、小さな二人の観客を毎回楽しませた。圧倒的な天のそれの前では、病院の蛍光灯はスポットライトに、真っ白なシーツはステージの垂れ幕に変わる。ただの病室は、天が踊り出すと一瞬でキラキラと輝く舞台に様変わりした。
 小さなアイドルは、羽ばたくようなステップを踏んで、天使のような歌声を奏でた。
 同じ年齢で、学校で習う内容も同じなのに、天は、まったく別の人間だった。住む世界が違うことを、天のパフォーマンスを見るたびに痛感した。
 この時、天がもっとキラキラと輝く場所は、陸の病室ではないのを悟ったのだ。

 そんな矢先、天使は足跡も残さずに消えてしまう。それは、陸の体調が回復し、退院して数日後のことだった。
「天にぃは、もう帰ってこないんだ。……もう、家族じゃないんだ」
 病気にも負けずに笑っていた陸が、はじめて泪色の声を響かせる。
 七瀬家になにが起きたのかは、陸から断片的に聞かされた。学校では七瀬天と入れ違うように七瀬陸が登校するようになった。同級生の記憶から、天の存在が陸へと少しずつ塗り替えられていくのを実感する。
 天がいなくなってから、陸は記憶の片隅に残る、天の忘れものをかき集めていた。入退院を繰り返しながらも、調子が良い日は誰にも内緒でステップを踏み、歌声を響かせた。
「母さんとか、みんなには秘密にしてくれない? 歌ったり踊ったりしているのを見たら、きっと心配するだろうから」
 陸の練習風景を
 思い出の天を再現するかのような陸のパフォーマンスは、なぜだかキラキラしていなかった。

 世界が桃色であふれかえるのを、何度も見送った。
 陸は少しずつ、天使に近づいていった。
 そして、綺麗な天使は一躍、時の人となったのだ。
 
 陸は小学生の頃と比べ、入院する日数も減少していった。無事に高校を卒業することもできた。


「――あのさ、聞いてほしいんだ。オレ、実は……」
「陸は、かっこいいね」

 眩しいキラキラは、またひとつ流れて遠くに行ってしまった。

23,11.13




short 望楼