1-3-5
魔法舎では今、空前の折り紙ブームが起きている。流行の最先端にいたのは、名前だった。名前が急患部屋から出ることは、トイレと入浴以外ほとんどない。しかし、名前の部屋を訪れた魔法使いたちや晶が、名前から教わった折り紙を食堂や談話室で自慢し、互いに教え合い、今では若い魔法使いたちの嗜みのひとつのようなものになっていた。長年の魔法使いは面白がって、若い魔法使いに折り紙を習う者もいれば、無理やり教わる者もいるなど様々であるが、つかの間の息抜きになっているようだった。
しかし、魔法舎の中を歩き回ることの無い名前は、そのようなことが起きているとは露知らず、晶や魔法使いから教わってもあまりピンとイメージがつかない。普段通り生活リズムに気をつけた生活を送るだけだった。
食事はネロが、洗濯をしたい時はカナリアが、薬を飲む時はミチルが助けてくれていることにより、名前は生活らしい生活を送れている。フィガロが部屋を訪れたのは、そんな頃であった。
「そろそろ、自分の部屋に戻ってみない?」
「えっ」
フィガロの申し出に、名前は開いた口が塞がらなかった。
――いいの? 戻って。
率直な感想がそれである。五階に宛てがわれた自室に戻っても許されるのか、面倒なことにならないのだろうか。
「症状も安定傾向だし、なにより生活リズムが整ってきてる。命が危ないような緊急事態は、すぐに起きないというのが見解。よく頑張ったね」
「……はあ」
フィガロの言葉はつまり、急患部屋に移したのは、自殺企図の恐れがあるからだと言いたかったのだろう。なんとなくだけれど気づいていた、部屋を移された理由をこうも簡単に口にしてしまうのは、やはりフィガロらしかった。
「あれ? 嬉しくないの?」
首を傾げるフィガロに、名前はなんとも言えない表情をうかべる。
――部屋を戻って、やっていけるんだろうか……。
あの長い長い階段の移動ができるのかどうか。それがまず名前の頭を埋めつくしたことだった。階段を降りた最後の記憶は、ブラッドリーに抱きかかえられたときである。自分の足ではなかったが、それでもあの階段の長さに耐えられる自信は今もない。
そして少しだけ、部屋を訪れてくれる人たちと、距離ができてしまうのではないかという不安が生まれてくる。もちろん役割があるから部屋を来訪してくれているのではないと理解している。しかし、五階に戻ったらその機会も少なくなるのではと考えてしまう。
「何、言ってごらん。不安なことがあるんだろう?」
「……笑いません?」
「もちろん」
名前はとつとつと話した。移動がまだ心もとないこと。環境の変化に少しだけ不安を抱いていること。フィガロが笑わずにしっかりと最後まで聞いてくれた。
「なんだ。そういうことか」
「……笑わないんですか?」
「俺は医者だよ? しかも、君の主治医だ。患者が不安に思っていることがあるんだったら、何だって聞くものだよ」
フィガロは得意げに胸を張る。そういうものかと、名前は特に追求することをやめた。数週間フィガロと過ごしてみて、こういう時は追求しない方が話は進むのだと知っていたからだ。
「……というわけで、引越し作業をしようか」
「はい。えっと……何か箱とかがあれば助かるんですが……」
「ん? 荷物は少ないでしょ? ああ……折り紙があったね」
「はい、すみません」
机の上には折り紙の作品の山がそびえ立っている。これでも減らした方なのだ。晶や魔法使いに教える傍ら、使わないものはプレゼントしていっていた。名前にとっては暇つぶしであり、ただ集中して黙々と作業することが出来れば良いという考えなのが、折り紙である。そのため、完成された作品に特に思い入れがあるわけでもなかった。
「じゃあ、せっかくだから、みんなに貰ってもらったら?」
「え?」
「自由に持って行ってもらうんだよ。賢者様や君の世界には、そういうのあるんでしょ?」
――フリーペーパー的なことかな……。
「確かにありますけど……もらいたいですかね?」
名前には自分が折った折り紙の価値などはわからなかった。しかし、フィガロは胸を張ったまま話を続ける。
「それは、自分の目で確かめて見なよ」
「えっ」
名前はフィガロからもらった箱に折り紙を入れて、『ご自由にどうぞ』と書いてもらい、廊下に置いておいた。すると、フィガロの言う通り、名前の作品はあっという間になくなった。
こうして名前は、折り紙に魅了されている魔法使いの姿の片鱗を知ることになる。
中央の魔法使いは皆でオズに教えるのだと張り切り、アーサーは城で働く者や城下の人々にも教えたいと熱心だった。
西の魔法使いは面白がって、作品を部屋やシャイロックのバーに飾りつけた。大人っぽいバーを経営しているシャイロックが、折り紙を飾るなんて珍しいと目を丸くした。
南の魔法使いは、折れるようになりたいと、互いに持ち寄った作品の折り方を調べているそう。
東の魔法使いは、話を聞くとヒースクリフが一番興味を持っており、それにつられてほか三人も一つずつ作品を持って帰ったと。
そんな様子を見ていた北の魔法使いは、もしかしたら折り紙の作品が、なにかの交渉に役立つのではと見当違いのことを考えたようで、ありったけの作品を持って行ったらしい。
晶が椅子に座りながら声を弾ませながら教えてくれるのを、名前はベッドに腰掛けて、魔法使いたちを想像しながら耳を傾けた。
「まさか、こんなに折り紙が流行るだなんて思いませんでした」
晶はネロが持ってきてくれたティーセットに口をつけ、これまたネロお手製のクッキーを齧る。サクッと美味しそうな音がして、名前の口内は自然と唾液がでてきてしまう。
「本当に。売ってある折り紙のように、綺麗に裁断できているわけではないので、折りにくいと思うんですが……」
それでも、教えてほしいと部屋を訪れる魔法使いたちは、嫌な顔一つせずにせっせと折り紙を折っていた。ルチルは折り紙教室を開催してほしいとまで話していた。南の国の子どもたちにもぜひ教えたいんだとか。
「ただの折り紙ですけど、ちょっとだけ誰かの役に立てたのなら、嬉しいです」
いや、『役に立つ』は大袈裟かもしれない。言い換えるのなら、少しだけ誰かの日常を明るくできたのなら。それが正しいのかもしれない。あまり部屋から出ることができない自分が行っていたことで、ここまで影響力があることができるだなんて、思いもしなかった。折り方を教えてほしいと魔法使いがやってくるたびに、名前は驚きを隠せなかったのだ。
「今、魔法舎のちょっとしたところに、折り紙が飾られてたりするんですよ」
「えっ、そうなんですか?」
「はい。みんな自分の折ったものや名前さんが作ったものを、他の人に見せたいみたいで」
晶の嬉しそうな様子に名前は照れくさくなって視線を落とした。恥ずかしさを逃がすようにクッキーに手を伸ばして、サクリと囓る。味は未だにわからないけれど、美味しそうな匂いが口いっぱいに広がった。
――嬉しい、のかも。
なんだかそわそわする。名前は靴の中で足の指先をきゅっと丸める。この部屋に移ったときは、誰かと交流できる状態に戻るまで回復できるとは思えなかった。症状に振り回されて、思考も極端になり、周囲のことも考えられなくなった。他者の存在を気に掛けられるようになったのは最近である。リケとミチルが花束をくれて、ネロと深夜に話をしたあたりの頃だ。
「他の皆さんが作った折り紙も、見てみたいです」
名前は晶の目を見ずに伝えた。それがすぐに叶わないことだと理解していたからだ。自分はまだ万全の状態ではない。フィガロは五階の部屋に戻れるよう動いてくれているが、まだ他者と関わるにはハードルを感じてしまう。
――これも時間が経てば慣れるのかな。
相手が気に障るようなことをしてきたのではない。勝手に自分が意識してしまっているだけである。なにがここまで後ろめたくさせるのか。名前はまだ正解を出せていない。
紅茶を飲もうとティーカップに手を伸ばすと、名前の指先はそれに届く前に宙で止まる。
コンコンコンコン。立て続けにノックが鳴り、名前は晶と顔を見合わせて首を傾げる。
「はい」
名前が立ち上がって扉に向かう。すると、名前の手がドアノブに触れる前に扉は開かれた。
「おい、名前はいるか」
「ちょっ、シノ!」
「えっ……はい、います……」
「シノ!? ヒースも!」
突然来室したのは、シノだった。その背中を追うようにヒースが続く。名前は予想していなかった来訪者に、開いた口がふさがらなかった。
「シノ、ヒース、どうしたんですか?」
晶が代わりに用を聞いてくれている。それもそのはず、シノとヒースクリフとは話したことがほとんどなく、交流もしていない。それは晶も知っていた。名前と二人のファーストコンタクトは図書室にて、名前がヒースクリフに悪いことをしようとしていると、シノの勘違い事件があったのだ。それ以来、二人は遠巻きに名前を見ており、名前も部屋に籠もってしまう前までは、その視線を受けながら生活を送っていた。
「お前に用がある」
「私……ですか?」
シノは淡々と話を続ける。シノに用があるようなこと、何かしてしまっただろうか。名前は考えてみても答えが出なかった。
「シノ、やっぱりやめよう。賢者様もいるし、邪魔しちゃ悪いよ」
「いいや、一刻を急ぐんだ。オレは負けられないんだ」
「負け……?」
名前が首を傾げることしかできないでいると、シノはポケットをガサゴソと漁り、何かを取り出した。
「カブトムシの折り方を教えろ。あと、ヒースがユニットの組み合わせ方がわからないって」
「シノ!」
ヒースクリフは恥ずかしそうに声を上げた。名前は目を丸くしてその様子を眺めてしまう。
――つまり、折り方が知りたいってこと?
まさかシノとヒースクリフまでが、折り紙に夢中だとは。あまりそういったことに興味がなさそうなシノまで、何度も折り返したであろう折り紙を持っている。ヒースクリフは見た限り手ぶらだったが、話からすると何個も同じパーツを作って組み合わせるユニット折り紙を作っているのだろう。
「えっと……いいですよ」
「えっ、いいんですか!?」
ヒースクリフの食い気味の返答に、名前は少しだけ身体を後ろに引いた。見た目は好青年といった様子だが、以外と大きな声が出る。
「はい……。えっと、晶さん、今教えても良いですか?」
「はい、もちろんです」
晶との話を中断し、突然ではあったが折り紙教室が始まる運びとなった。名前はどこで教えようかと考える。生憎、急患部屋は一人用の机しかなく、これでは二人に折り紙を教えることは難しい。
――これは一人ずつ教えるしかないかな……その間待ってもらうしか……。
名前が考え込んでいると、シノは一歩近づいてきて質問してくる。
「どうした。始めないのか」
「シノ! 教えてもらう立場でその言い方はないだろ! すみません、名前さん……」
ヒースクリフは、シノが何かを伝えるたびに保護者のように声を挙げ上げる。二人は年齢が近いと考えていたが、その予想は違っていたのだろうか。名前はシノの質問に答えた。
「えっと、ここだと少し教えづらいので、どうしようかなと考えていて……」
「なんだ、そんなことか。なら、とっておきの場所がある。来い」
「えっ……!?」
「ちょ!?」
「シノ!?」
シノに突然腕を掴まれた名前は、そのまま引っ張られ扉の方へ進んでいく。
――えっ、ここじゃないところに行くってこと?
急患部屋を出るのは、トイレと風呂を除き、部屋を移動して以来、つまり約四週間ぶりである。
シノに腕を引かれ、もつれそうになる足を踏ん張って歩き、到着したのは食堂だった。ワインレッドの絨毯に、豪華なシャンデリア、上品な木目の大きなテーブルと椅子。何から何まで懐かしいと感じる光景である。
「デカい机がいいならここにある。ここでやればいい」
「えっ、でも……」
名前は自分の格好を見下ろす。名前は今寝間着同然の格好をしている。夜中に中庭でネロと会ったとき以降に、カナリアが旦那クックロビンのお古で申し訳ないと言いつつ、好意でくれたカーディガンを羽織っているだけだ。身綺麗な晶や魔法使いたちが、しかも食事の場として使う場所に、こんな姿の自分がいることはおかしいのではないか。名前は身体を縮こませたくなってくる。
「こらシノ! 突然こんなことするから困ってるだろ!」
「困ってるのはオレたちだって一緒だろ。ネロやファウストに聞いても、折り方がわからなかったんだぞ」
「そうだけど……! でもこういうのはまず了承を得ないと!」
「了承は得たさ。いいってコイツは言った」
「そうじゃなくて……!」
ヒースクリフの視線が、ちらちらと名前に突き刺さる。おそらくヒースクリフは、名前の気持ちに気づいているのかもしれない。けれど、あまり話したことがないのに加え、相手は異性である。伝えることを躊躇しているのかも。
名前自身も自分の格好が不相応であるという自覚はあったが、それよりも今は折り紙を教える方がいいのかもしれないと、シノの様子を見て考え始めていた。シノの話した『オレは負けられない』という言葉が気になるが、折り方を教えてほしいのは本当なのだろう。
「それで、どう折るんだ。途中までしかできなかった」
――ちょっと場違いだけど、まあいいかな。
シノは席に着くと、折り紙を机の上に置いて、折れる部分まで折り進める。シノの熱心な姿に、名前は後ろめたい気持ちを拭い去った。
「……そこからちょっと、折り方が複雑になるんです」
名前はシノの隣の席に着くと、シノから折り途中の折り紙を受け取る。折り紙には様々な折り線がついており、何回も繰り返して折ったことがうかがえた。
――そこまでして完成させたいんだ。
名前は胸がじんと熱くなる。晶の話の通り、本当に折り紙が流行っていることにも驚いている。さらには、あまり交流をしていなかったシノやヒースクリフが、こうして教えを乞う形で交流してくれていることにも、名前は胸が高鳴っていた。
シノは名前の手元をじっと見つめては、時折質問を繰り出した。名前は途中まで折って、その分を解くと、シノに渡して折ってもらう形で教え続けた。シノはきっと名前が簡単に折り終えるよりも、自分自身で完成させたいと考えているのだろう。シノは不器用な手つきながらも、名前が教えたとおりに折り進めることができていた。
「ここは中折りって言って、折り線に沿って内側に折るように紙を凹ませて折るんです」
「ここ、いつもわからなくなるところだった」
「このカブトムシの折り方だと、今の部分が一番難しいかもしれません」
シノは名前に教わりながら中折りをしていく。ところどころ端と端がずれている部分もあったが、充分折り主に愛されたカブトムシが完成した。
「……! できたぞ、ヒース!」
「よかったね、シノ!」
「おめでとうございます、シノ!」
ヒースクリフと晶から祝福され、シノは得意げに胸を張った。沢山ついていた折り線も、形になってみると味がある雰囲気で、丹精込めて作ったことがわかる作品だった。
「助かった。ありがとう」
「……! いえ、こちらこそ」
シノはくるっと振り返ると、真っ直ぐに見つめてきて礼を言ってきた。名前は息を呑みつつ、すぐに返事をする。ほとんどシノと関わっていないのに、折り紙を教えただけで大分相手のことが理解でいたような気持ちになっていた。用事があれば声を掛けてくれて、提案をしてくれて、目標のために努力して、きちんとお礼が言える。シノは名前よりも年下だろう。けれど、しっかり者というか、芯のある人なんだというのが、この短時間で理解することができた。
「あ、あの、名前さん……」
「? はい」
「俺も、教えてほしいことがあるんですけど……いいですか?」
ヒースクリフが上目遣いをしながらお願いをしてくる。名前は身体をヒースクリフに向けて口を開いた。
「もちろんです。私で良ければ」
「……! ありがとうございます! 折り紙、持ってきますね!」
ヒースクリフは返事を聞くと、ぱっと明るい表情をして出て行ってしまった出て行ってしまった。
食堂は静寂に包まれたが、それでもここにいる人々の顔色は明るかった。シノはシャンデリアの光にカブトムシを照らして、誇らしげにしているし、晶はそれをにこにこと眺めている。見ているこっちまで心があたたかくなるような、やって良かったと思える光景だった。
「あー! シノさん! もしかして名前さんに教わったでしょう!?」
食堂の入口からミチルの大きな声がして振り向くと、腰に手を当てて眉を釣りあげていた。
「ふん、何が悪い。お前は一言も名前に教わるなだなんて言ってなかったぜ」
「そうですけど! 競争って言ったじゃないですか!」
――なるほど。
名前は二人の会話で理解する。カブトムシをどちらが先に完成させるかの勝負を、シノとミチルはしていたのだろう。
「あの、シノとミチルは何の競争をしていたんですか?」
「あ、賢者様! すみません、突然大きな声を出して」
ミチルは近くまで早足で歩いてくると、説明をしてくれた。
「シノさんと、カブトムシをどっちがはやく折れるかの競争をしていたんです。わからないときは人に聞いて折っても良いっていう条件付きで。ボクも兄様やフィガロ先生に聞いたりもしましたけど……まさか名前さん本人にシノさんが聞くとは思いませんでした!」
「ふん、作戦勝ちだ」
「で、でもー!」
ミチルは地団駄を踏みそうなくらい悔しがっている。ポケットから折り紙を取り出している。名前は声をかけた。
「ミチルさんは、どこまで折れたんですか?」
「ここまでです……ここからわからなくて……」
見てみると、シノが苦戦していたところと同じ、中折りをする部分だった。シノと同じように、沢山の折り線がついている。
「ここは中折りをするとできますよ」
「中折り……?」
「ちょっと借りますね」
ミチルの折り紙は端と端が綺麗に揃っていた。中折りのやり方を見せると、ミチルはすぐに納得した。
「なるほど! よくわかりました! ありがとうございます、名前さん!」
ミチルはそこからすぐに最後まで折り進めてしまい、ほとんど自力で完成させていた。
「ボクだって完成しました!」
「ふん、お前も名前に教わっていただろう。なら、条件は一緒だ。オレの勝ちだ」
ミチルとシノがカブトムシを見せ合いながら誇らしげにしている。名前は頬が緩みつつその光景を目に焼き付けていた。
「名前さん! すみません待たせちゃいましたか!?」
「あ、いえ。全然です」
ヒースクリフは小さな箱を持って食堂に戻ってきた。「失礼します」と礼儀正しく隣の席に座ったヒースクリフは、箱に入っていた折り紙のパーツを一つずつ出す。
「名前さんが作られてた、花のユニット折り紙を見て……俺も作ってみたいと思ったんです」
ヒースクリフは折り紙に触れながら語り出す。視線を合わせるのは苦手なようで、指先を見つめながら続けていた。
「俺、機械いじりが趣味なんです。解体して組み立てるのとか好きで……ユニット折り紙もそれで好きになって。賢者様から、名前さんの折った折り紙を持って行っていいと話があった時、俺絶対にユニット折り紙をもらいたいって思ったんです。それで、すぐにもらいに行って、どうやって組み合わせているんだろうって解体しているうちに、もっと楽しくなって……」
ヒースクリフは饒舌に話を進めた。好きなことになると、これほど言葉が止まらないのかと驚きつつ、年相応の姿に名前は頬が緩んでいくのを感じていた。
「それで、折り方を確認して折るところまではできたんですが、パーツを組み合わせるところがどうしても難しくて……」
「なるほど。わかりました。……綺麗に折れていますね」
「ほ、本当ですか……?」
ヒースクリフは頬をほんのりと染めていく。端正な顔立ちなため、余計に美しく見えてしまう。
「……俺、名前さんに申し訳なくて」
「え?」
「俺、人付き合いが得意ではなくて……。東の国では、魔法使いと人間が仲良くするというのはあまりないんです。人間から、魔法使いは疎まれていたから……。だから、名前さんがやって来たときに、どう関わったら良いのかわからなかったんです。そうしたら、話すタイミングを見失ったまま、名前さんとは、会えなくなってしまって……」
この世界に存在する、魔法使いと人間の深い溝。ヒースクリフは名前の予想通り、東の国の魔法使いであり、東の国は他の四カ国よりも互いに対する嫌悪感などが強い国である。そのような環境で育ったのならば、警戒して当然のことであるし、それを気にすることなどしなくてもいいと名前は考えている。
人は身を置く環境と文化によって変わる生き物である。その環境にある風習や規則によって固定された概念は、人格への影響が強く、一生抜け出せないことだってあるのだ。
――会えなくなった、か……。
それが、症状が悪化して部屋から出られなくなったことを話していることは、すぐに理解した。
「賢者様やルチル、リケやミチルから、名前さんは優しい人だって聞いていたのに、今日になるまで……避けるようなことをしてしまって、すみませんでした」
ヒースクリフは胸に手をあてて瞼を下ろす。謝罪の気持ちは十二分に伝わっており、そこまでしなくてもいいと口からでそうになったが、これがヒースクリフの謝意の表し方なのだ。否定して良い物ではなく、きちんと受け取ることがこの場での礼儀だと名前は感じた。
「……そこまで考えてくださって、ありがとうございます。こうして今、お話できるのが、嬉しいです」
「……!」
ヒースクリフは綺麗な瞳をまんまるにしていた。気持ちを打ち明けてくれた会話を、他愛もない会話に終わらせることだけはしたくない。想いを乗せてくれた分、同じくらいの気持ちを込めて、自分も返したい。そうやって関わりをもっていきたい。
「私、まだここで暮らす魔法使いの人と全員とはきちんとお話しできていないんですけど、それでも、ヒースクリフさんからこうして話しかけてくださったこと、縁が結ばれたようでとても嬉しいんです」
「えにし……?」
「縁というのは、私の国で古くから伝わるもので、関係を作るきっかけやつながり、結びつき、そのようになる巡り合わせのことを言います」
「縁……素敵な考え方ですね」
「はい。だから今回、折り紙を通して、ヒースクリフさんやシノさんと縁が結ばれたようで、不思議な気持ちといいますか、感激に近い嬉しさといいますか……」
縁が目に見えるのだとしたら、きっと今自分はシノやヒースクリフと縁が結ばれている状態である。断言はできないが、そう信じたかった。
「あっ、すみません。組み合わせ方、でしたよね。教えますね……!」
「は、はい。お願いします……!」
二人して視線を落として折り紙に集中する。少しの照れくささはあったが、ヒースクリフは話が始まるとすぐに集中して手元を見てきた。
――すごい集中力。
一瞬たりとも見逃さないようにしているのがわかる。名前は説明を付け加えながらパーツを二つ組み合わせていく。折られているそれらは、名前が折ったものよりも美しく、プロが折ったもののように見えた。
「パーツのこの部分を持って組み合わせるのがコツなんです。この隙間に片方の先を入れて、もう片方は……このように入れていきます」
「なるほど……! 組み合わせる箇所が違っていたんだ!」
「あとは同じように他のパーツも組み合わせていけば大丈夫です。最後のパーツだけ、立体にするために少しだけ工夫が必要ですが」
「わかりました。やってみますね……!」
ヒースクリフは早速残りのパーツを組み合わせ始める。手際も良く丁寧で、「ヒースは上手いだろ」というシノの言葉が飛んでくるが、その言葉に名前は頷くことしかできなかった。
ヒースクリフはものの数分で完成させてしまった。完成したユニット折り紙は美しく、花の部分は咲き誇っているように目に映る。
「完成しました! 名前さん、ありがとうございます……!」
「いえ、よかったです」
「さすがだ、ヒース」
「すごいですヒースクリフさん!」
「綺麗ですね、ヒース!」
見守っていたシノやミチル、晶も一緒に賞賛する。ヒースクリフは嬉しそうに頬を染めて、完成したユニット折り紙を眺めていた。
「なになに? みんな何してるの?」
「あっ、名前!」
「クロエ、リケ!」
食堂にやってきたのは、クロエとリケだった。晶の声に名前は振り向く。二人は名前に手を振りながら歩み寄ってきた。
「名前、久しぶり! 体調良くなったんだね!」
「お久しぶりです、クロエさん。はい、少しずつ良くなってきました」
「良かった!」
「名前、折り紙やっていたんですか?」
「はい。シノさんとヒースクリフさんと、ミチルさんと一緒にやっていました」
二人は彼らが手にしている作品を見て感想を伝えていた。感想を受け取った三人は笑を浮かべながら大切そうに折り紙を見つめている。
――なんか、こういうの、いいな。
上手く言葉にならないけれど、手作りで丹精込めたものが、誰かのちょっとした特別になるのは、とても大切にしたい瞬間だった。
「名前さん!」
「? はい?」
名前がぼうっと眺めていると、ミチルから声がかかる。ミチルに顔を向けた。
「ボク、兄様と一緒に沢山折り紙を折ったんです! ボクの部屋に来ませんか?」
「え……」
名前が固まっていると、リケが一歩前に出て近寄ってくる。首のあたりで両手を重ねて首を傾げた。
「名前、僕にも折り方を教えてください。大きな星を折って、アーサー様やカインをびっくりさせるんです!」
「名前、シャイロックのバーにも行こうよ! 俺たちが折った折り紙が飾ってあるんだよ!」
「……!」
クロエも一歩近づいて、提案をしてくれる。
名前は一瞬視界がぼやけてしまった。五階の部屋に戻るにあたっての本当の不安。それは、彼らともう一度ともに過ごせるのかどうか。変に気を遣ったり遣わせたり、居心地が悪くならないかどうか。仲良くなれないのではないか。
――そんなことない。
きっと、そんな未来はこない。名前は食堂を見渡して悟った。
縁は、結ばれていたのだ。
「はい……!」
名前は今度こそ、相手の目を見て返事をすることができた。今すぐにでも叶いそうな彼らからのお願いに、身を任せたいと、自分からそうしたいという意欲が湧いてくる。
他者と関わることに課題があると考えていたのに、時間に解決してほしいとすら願っていたのに。後ろめたさも何もかも、今の名前は感じなかった。ただ、彼らと一緒に過ごしたいという気持ちが、名前を明るい気分にさせていた。