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 名前はカナリアが持ってきてくれた服に着替えてみることにした。サイズを確認して、ぴったりなサイズの服を数着持ってきてくれるらしい。
 まずはワンピースに着替えてみた。着方は普段着慣れている服と変わらずに着用できた。しかし、サイズが合わずに動きづらい。一番大きなサイズのワンピースも持ってきてくれたため、それも着てみたものの、結果は変わらなかった。
「あら、やっぱり背が高いからかしら」
 カナリアは頬に手をつきながら笑っていたが、正直複雑な気持ちである。一般的なサイズ感に合わない経験は、これまでもそれなりにしてきた。しかし、胸に宿る虚しさに慣れることはなかった。
「さあ、次はこっち」
 カナリアは鼻歌でも歌いそうな抑揚で仕切り直した。ワンピースを脱ぎつつ、渡された服を受け取る。次は男性用の給仕服だった。女性がメイド服なら、男性は執事服だろうか。
 ワイシャツを羽織りボタンを閉めていく。スラックスを履くと、ウエストサイズが合わないためベルトで調節した。ベストとネクタイはどうするか悩んだが、最低限の服を着ていれば特に問題ないと、試着を留めた。
「名前さん、足が長いからスラックスが映えますね」
 カナリアは楽しそうに笑った。楽しさの要素がどこにあるのかはわからなかったが、カナリアが楽しそうならそれでいいかと思い直す。
「じゃあ、そのサイズで問題ないかしら?」
「はい、大丈夫だと思います」
「わかりました。あとで同じサイズのものを持ってきますね」
 名前はワイシャツとスラックスから、着ていた服に着替え直す。少しでも自分が慣れ親しんだものを、今は身につけていたかった。カナリアからは特に何も言われなかったため、元の世界の服でも問題ないのかもしれない。
「下着は給仕用の着替えがあるので、持ってきますね。それを使ってくださいな」
「ありがとうございます」
「もしサイズが合わないとかあったら、言ってくださいね」
 カナリアの話にふと疑問が浮かぶ。下着は元の世界と同じものなんだろうか。名前が着替えている時、カナリアが下着姿を見ても特に驚く様子はなかったから、あまり変わらないのかもしれない
――まあ、あとで確認すればいいか。
 名前はのんびりと結論づける。衣食住のうち、衣と住の問題が解決し、食についてもここで摂って大丈夫だとわかった今、生活基盤が築かれる保証が立てられた。不安はすべて取り除けないが、その事実は名前の心を落ち着けるには充分すぎるものだった。
「名前さんは普段、どんな服を着ているんですか? いま着ているような服?」
「え、っと……これは、通勤のときに着ているだけで、私服はまた別といいますか……」
「あら、そうなんですね」
 持ってきてもらった服をカナリアと畳んでいると、洋服についての話になる。世界が違うため、どこまで話が通じるのか心配であった。
 魔法使いの彼らの服装を思い出す。ひらひらとしたような、普段あまり着ないような服を着ていたり、実用的で動きやすそうな服を着ていたりと、様々だった。もしかしたら、服の種類は多種多様なのかもしれない。
「普段は、そうですね……ワンピースとか、好きです、たぶん」
「まあ! ワンピースは可愛いものからオシャレなものまで、沢山ありますよ!」
「本当ですか?」
「それに、ここには仕立て屋のクロエさんがいますし!」
「クロエさん?」
「西の国の魔法使いで、お裁縫はなんでも得意なんです! ここに住んでいる方たちのお洋服もよく作ってらしてるんですよ」
「洋服を? すごい……」
 魔法使いはなんでも出来てしまうのだろうか。名前のイメージでは、魔法使いは職業的なポジションだったが、どうやら違うらしい。魔法使いで、仕立て屋。職業選択の自由はあるようだ。
――魔法使いだと、魔法を使ったらどんな職業にも就けそう。
「機会があったら、名前さんも作っていただけたらいいですね」
 クロエという魔法使いがまだ誰かはわからないが、そんな未来がきたらどれほど良いだろう。魔法使いの人々と、これから仲良くできるのかもわからない。
 カナリアの言葉に、名前は口角を上げて返事をした。そうですねと一言返せばよかったのだろうが、上手く話せる自信がなかった。
 ちょうど服を畳み、まとめ終えた時だった。コンコンと扉を叩く音が響く。
「晶です。いま大丈夫ですか?」
「はい」
 名前が扉に駆け寄り開けると、晶が一人佇んでいた。目が合うと、晶はパッと花が咲いたように表情が明るくなる。その後、室内を見て焦ったように声を上げた。
「あっ、もしかしてお着替え中でした?」
「いえ、さっき終わったところです」
「そうでしたか。良かったです、お着替え中だったと思って焦っちゃいました」
 晶の笑みにつられるように、カナリアはクスクスと小さく笑った。名前もほっと一息つく。穏やかな雰囲気が晶には漂っていた。
「名前さん、着替えたんですね。サイズが合うものはありましたか?」
「男性用の服が。女性用はサイズが合わなくて」 
 名前は肩を落とす。すると晶から手を伸ばされる。だらんと下げられた手を取られ、両手で握られた。
「今度、一緒にお買い物に行きましょう!」/
「えっ、お忙しいんじゃ……?」
「調節します! 時間は作ります!」
 晶はやる気に満ち溢れていた。瞳がメラメラと燃えているようだった。
 誰かと買い物に行くだなんて久しくなかったため、予定が立っただけでそわそわしてしまう。
――外の様子も見られるのか。
 いずれ魔法舎の外にも出られるのかなと疑問に思っていた。予想していたよりもだいぶ早く外出できるのかもしれない。
 魔法使いと人が共存していると聞いた時、名前は想像がつかなかった。魔法使いは人を魔法で助けて生活している世界なのか、それともまったく関わらない生活をしているのか。名前がこれまで見てきた、魔法使いが出てくる物語では、人との共存は難しい登場人物が一定数いたと記憶している。魔法使いと人はそれぞれ組織をつくり、対立し、互いを差別していた。
 人間同士でも、同じ国や地域に住んでいても対立が生まれるのだ。人と魔法使い、できることがまったく違う者同士なのだから、それぞれ敬遠したり、嫌悪したりするのは容易に想像がつく。
 晶からそっと手を離される。行き場のなくした手はもう片方のそれと体の前で組んだ。
「必要な日用品もありますもんね。なるべく早く揃えないと!」
「なんかすみません……」
「いいんですよ! ……私もこの世界に来た時、必要なものを揃えるのは、一苦労だったので。同じような思いをしてほしくない、と言いますか」
 晶は指先を遊ばせる。少し恥ずかしそうに話す晶の瞳は、寂しそうにも見える。
「……大変だったんですね」
 自分が経験していないことは、想像が難しい。逆に、同じ体験をしたという共通点は、晶と自分の間になにか特別なものを生み出そうとしていた気がする。
 彼女もこの世界に来た時は、混乱したり、悩んだりしたのだろうか。それとも、状況に順応して問題を解決していったのだろうか。
 おそらく、晶は自分よりも少しだけ年下だと名前は考えていた。自分よりも年下の女の子が、頑張ってこの世界で生きている。それがどれほど勇気を与えてくれて、同時にどれほど名前を苦しめるのか。小さく火花が弾けるように痛む胸を片手でそっと抑える。きっと名前しか、この気持ちは分からないだろう。
「……でも、魔法使いのみなさんがいたので」
 両手を胸の前でぎゅっと握る晶の双眸には、もう寂しさは浮かんでいなかった。つらいことを一緒に乗り越えてきたのだろう。晶の言葉と表情からは、賢者の魔法使いへの信用と信頼が感じられる。優しげに微笑む晶の顔が眩しくて、名前はそっと視線を落とした。
 賢者という立場は、〈大いなる厄災〉に立ち向かうためには、必要不可欠な存在らしい。たとえ人と魔法使いと、できることの幅が違っていても、賢者というのは魔法使いの彼らに寄り添い、彼らと人々との架け橋になる。誰からも認められた人、それがこの晶という女の子。
――すごいな。
 もちろん、彼女の頑張りが根底にしっかりと存在する。その上ですべてが成り立っている。彼女の誠意に、魔法使いたちは真摯に応えた結果なのだ。
 自分はそうなれるのか。いや、そんなこと想像できない。
 目の前にいる晶がただただ遠い存在に思えてくる。世界のために闘っているのだから、遠い存在というのは正しいだろう。けれど、それだけではない。立場や功績以上に、自分には絶対に真似できないことを、彼女は行ってきたというのが感じられる。
――なんか、やだな。
 居心地の悪さが名前を襲う。同性と話ができて緊張がほぐれたというのに。魔法使いではなく人と接することができて、ほっとした自分がいたというのに。
 罪悪感か、はたまた劣等感か。名前には区別がつかないけれど、負の感情を抱いている自分がおかしなことは事実だった。彼女の頑張りを素直に認めて賞賛できないのはなぜだろう。
「もうすぐ昼食なので、お誘いに来たんです!」
 名前の気持ちは晶に伝わっていなかった。ハツラツとした声に、名前は胸を撫で下ろす。伝わっていなくて、感じ取られなくてよかった。こんな汚い感情、隠さないと。
「お昼は今日、ネロが作ってくれるんですけど、ネロの料理はとっても美味しいんです」
 お昼という言葉に、名前はあまり空腹を感じていないことに気づく。この世界に来てからどのくらい時間が経ったのだろう。時計を見てないから分からないが、数時間といったところか。普段ならば感じるはずの感覚が、ごっそり抜け落ちてしまったかのようだった。
「あっ、ネロというのは、東の魔法使いなんですが、ここの食事の準備を担当してくれているんです」
 晶の声は弾んでいた。ネロの料理がどれほど美味しいのかを力説してくれている。カナリアもそうだったが、様子を見るにどうやらネロという人の料理は絶品らしい。魔法使いだから、やはり魔法で料理を作ってしまうのだろうか。二十数名いる大所帯で、魔法を使わずに料理を作るのは苦労しそうだ。
「今日のお昼も楽しみですね」
「はい!」
 カナリアに元気に返事をする晶は、漫画ならきっと音符マークが彼女の周りに浮かんでいそうだ。
「では、私はここで失礼しますね」
「えっ」
 カナリアの言葉に名前は思わず声を上げてしまった。てっきり、一緒に食事を摂るのだとばかり考えていた。
「名前さんの着替えは、お部屋の前に籠に入れて置いておきますね。それと……」
 カナリアは話を続けた。何かあったらすぐに呼んでもらって大丈夫、という言葉と、カナリアが休憩室として使っている小さな部屋があることを教えてもらう。
「お忙しいのに、色々ありがとうございます」
「いいえ、いつでも話しかけてくださいな。では、失礼します」
 カナリアは歌うように返事をすると、名前が着ない服を抱えて部屋をあとにした。入居者が大勢いるなかで、給仕が彼女一人というのは、労基に違反しているのではないだろうか。この世界に労基があるのかは不明だが、現代社会ならブラック企業である。
「では、私たちも行きましょうか」
「はい」
 晶は先導して部屋を出る。名前は振り返り、室内を一瞥してから、晶の後を追った。

 晶に案内されて到着した食堂は、やはり豪華だった。縁の部分に彫り物が施されているテーブルの上には、織物でできているテーブルクロスが敷かれていた。テーブルの中央には花が置かれており、華やかな彩りを添えていた。椅子は縁の部分が木製で、背もたれや座位の部分は赤いクッション性の布がはめ込まれている。絨毯はワインを零したような赤色で、歩き出すとふかふかとしていた。天井にはやはり大きなシャンデリアが設置されており、電気ではなくロウソクが灯っている。
 初めてこの世界に来た場所も、天井が高いことや絵画が大きいことが目に付いたが、この建物は大勢の人々が生活できるような造りになっているようだった。
 食堂内はすでに数人が食事を摂っていた。ロビーで見かけた魔法使いの人々だ。目が合った人にはその流れでお辞儀をしておいたものの、お辞儀を返されたり、反応はないなど様々である。
 晶は誰も席についていないテーブルを案内してくれた。魔法使いの近くに座ることになったらどうしようと少しだけ不安だったため、名前は胸を撫で下ろす。席につこうとすると、声がかけられた。
「賢者さん。飯食う?」
「ネロ。はい、いただいてもいいですか?」
「ああ、今持ってくるよ」
 彼が東の魔法使いというネロ。カナリアと晶の紹介を思い出しながら、名前は二人の会話を眺めていた。
「……っと、あー、あんたも食うだろ?」
「あっ……ありがとうございます」
 まさか自分にまで話しかけてくるとは思わず、名前は内心ドキリとしてしまった。
――この人、歩いていなくなった人だ。
 名前はロビーでの光景を思い出す。魔法で突然消えてしまった魔法使いがいる中で、昼食の準備をすると言い、魔法を使わず歩いて去っていった人。
――この人が、ネロさん。
 高い身長に、水色の髪。そして、朝焼けや夕焼けを閉じ込めたような色の瞳。外国の人でも、こんなに綺麗な髪と瞳の色をしている人はいないだろう。名前は静かに観察してしまう。
 淡い色彩の世界で生きているような人だった。色合いの濃さも薄さも知っているけど、バランスのとれたちょうど良い彩度の中でまみれている。柔らかくて、風に吹かれたらひっそりと消えてしまいそうで、けれど必要とされるような。
 きっと名前がまじまじと見つめていることに、ネロは気づいているだろう。しかし、何も話しかけてこなかった。なんとなく、様子を伺われているような、一線を引かれているような態度に見えた。名前の視線から逃げるように、ネロは料理を取りに行った。
――あまり話しかけない方がいいのかな。
 人付き合いが苦手な人はいるだろう。それはネロの行動が物語っていた。
――目、合わなかったな。
 名前は晶とネロ、どちらにも視線を向けていたが、ネロは晶のことは見ていても、名前に視線を向けることは無かった。目が合わないように、斜め下を向いていた。
 別に悲しいとは思わなかった。目線を合わせることが苦手な人は多い。自分がしているのに、相手が返してくれなくたって、言葉のやり取りがあれば会話は成り立つのだ。
――そうだよね、私はここの人間じゃないし。
 自分が異端者だということは、名前も十二分に理解している。突然自分たちの生活に赤の他人が現れれば、警戒するし、煙たがられるし、距離を置かれるのが当たり前だ。
 寂しさを感じてしまうのは、自分でもどうしようもなかった。この世界に来て、晶やカナリアと言葉を交わした楽しさや、旅行に行かないと見られないような家具や調度品を眺めた時の高揚感。そういった小さなシャボン玉のような気持ちを、大事に抱きしめたかった。つつけばすぐにパチンと弾けてしまうから、一つずつ大切に胸の中にしまっておきたい。しかし、それと比例するように、心の底にひんやりとした空気が漂っている。
――ああ、そうか。私は羨ましいんだ。
 晶がこの世界での生き方を知り、歩んできたことが。魔法使いと良好な関係を築けていることが。一番星を掴むように、遥かに実現不可能なことを、彼女はやり遂げている。
 まるで自分のお手本を突きつけられているような、彼女が正解なのだとまざまざと見せつけられているような気持ち。
 自分の中で燻っていたものの輪郭が帯びていき、名前はようやく正体を理解した。
――気づきたくなかった。こんな汚い気持ち。
 自分はよくないことを感じて、考えてしまっている。こんなの、晶に失礼だ。彼女は彼女なりに苦しんで、頑張って、乗り越えてきたのだから。その結果が今なのだから、同じ経験をしていない自分が、こんなことを感じてはいけないし、考えてはいけない。
――気をつけなきゃ。
 晶や魔法使いの彼らが、これまで積み重ねてきたものを、壊さないように、傷つけてしまわないように。そして、彼らが引いた線を、うっかり超えてしまわぬように。
 名前は気づくと、晶の向かいの席に着くいていた。ネロが去ってから椅子に座るまでの記憶があやふやだった。
「あの、聞いてもいいですか……?」
「え? はい」
 晶が神妙な顔で話しかけてくる。名前はなにを聞かれるかわからなかったが、首を傾げつつ頷いた。
「名前さんがこちらに来た時は、どんな状況だったんですか?」
「こっちに来た時、ですか?」
「あっ、えっと、元の世界にいた時の状況といいますか」
「あ、なるほど……」
 晶が言っていることが理解でき、とっさになるほどと口ずさんでしまう。つまり、この世界に来る直前のとこを訊いているのだろう。
「通勤時間でした。電車に乗っている時、快速電車とすれ違ったと思ったら、すごく眩しくなって、それで……いつの間にか、ここに」
 数時間前の出来事なのに、すでに過去形で話してしまう自分に笑いが込み上げそうになった。元の場所にいたことが、なぜだかとても昔のことに感じている。
 こうやって、自分の生活だったものが薄くなって消え去ってしまうのだろうか。
――それは嫌だな。
 二十数年生きてきた。自分の生活は誰のものでもない。自分のものであり、人生そのものである。それが音もなく薄れていき、記憶にすら残らなくなってしまうのだろうか。
「朝、だったんですか?」
「え? あ、はい。朝でした」
「私の時は、夜だったんです……!」
 晶は目を丸くしながら、テーブルに身を乗り出した。
「私は家に帰る途中だったんですけど、月が綺麗で風が強くて、猫が騒いでいて……。エレベーターに乗ったら、着いた階がこの世界だったんです」
「エレベーター? この世界にも、エレベーターがあるんですか?」
「はい。元の世界のエレベーターとは少し違っていて、国を移動するために使われてます」
「えっ、でもここ、電力ないですよね?」
 名前は晶の言葉に食い気味に返す。電力がないのは、室内の明かりがロウソクで灯されていることから勘ぐっていた。
――ロウソクはデザインってだけで、電気があるってこと?
 そういうデザインということも有り得る。名前は談話室やこの食堂の内装を思い出す。オシャレな室内だから、デザインなのかもしれない。
「エレベーターは、マナ石と呼ばれる魔法の石が原動力になっているみたいなんです。電力は、たぶんこの世界にはないと思うんですけど……たぶん、魔法で補っている部分が多いのかな」
 晶は顎に手を当てながら説明をする。後半は考察に近かったが、名前が納得するには充分だった。
――やっぱり、魔法ってなんでも出来るんだな。
 名前は脱力した。この世界に来てから、『魔法だから』と言われればもう納得出来るほど世界に馴染んでしまっている。
「水道は、元の世界と変わらない形で使えるんです。あとトイレとかお風呂も。下水道の完備についてはわからないんですが、別の地域に任務で行ったりすると、井戸から水を汲んでいるところもあるので、地域差が激しいのかもしれせん」
「すごいですね……。水のシステムが一緒なのは助かります」
「そうですよね! あと、ガスはちょっとわからなくて……。キッチンにコンロがあるんですけど、元の世界とあまり変わらず使えるんですよね」
「それも魔法なんですか……?」
「おそらく……?」
 今度は晶とともに首を傾げてしまった。この世界、謎すぎる。しかし、晶の話でわかったことは、科学の力に成り代わって、魔法を活用しているのかもしれないということだ。
「この世界は、科学技術はそこまで発展していないってことですか?」
 名前は何気なく質問することが出来た。気になっていたことを、近い目線で物事を見ることが出来る晶に訊ける機会はありがたい。
 晶は腕を組んで考え込んでしまう。
「実は、魔法科学という考え方……力? が最近、西の国で話題になっているんです」
「魔法科学?」
 魔法を科学の力に応用するのだろうか。それは既に用いられているのでは。名前が疑問を抱いていると、晶は言いづらそうに話を続けた。
「実は、エレベーターの話の時に出てきたマナ石という魔法の石なんですけど……魔法使いは亡くなると、石になってしまうらしいんです。その石を、マナ石と呼ぶようで」
「えっ……?」
――死んだら、石になるってこと?
 同じような人の形をしていて、魔法が使えるという違いだけなのに。死んだら、遺体が石になる。
――えっ、じゃあエレベーターで使う石は、誰かの亡骸ってこと?
 名前は混乱した。石になるという事実も、生活に活用するために亡骸を利用していることも、衝撃的だった。
「魔法科学というのは、そのマナ石を科学技術に応用しようとしているんです」
 少しぼそぼそと晶が囁いた。名前は話に追いつけない。額に手を当てて事実を整理しようとする。
 魔法使いの成れの果てがマナ石。マナ石は物体や科学技術に応用できる、いわば価値の高い石ということだろうか。
「やば……」
 思わず口から漏れてしまう。この世界を少しだけ知った気でいたが、そうではなかったらしい。意味がわからない。
 晶はさらに問題発言を繰り出した。
「マナ石は、魔法使いが食べると強くなるんです」
「は、食べる……!? 石をですか!?」
「はい……」
――石を食べるってなに!? 石って食べられるの!?
 名前はへなへなと力が抜けてしまい、背もたれに背中を預ける。ああ、この感じちょっと前にも談話室で体感した。
「……すごいところですね、ここ」
「そうなんです……」
 軒並みな感想しかでなくなってしまったが、晶はしっかりと受け止めてくれた。
 晶の説明は衝撃的だったものの、談話室で魔法使いたちから説明された時よりも、飲み込みが早くできた気がした。それは基盤として、彼らが語ってくれた世界の事情があったからだろう。しかしそれ以外にも、晶が実際に見聞きして知り得たことを、そのままの言葉で語ってくれたからだ。
「ごめんなさい、いろいろ話してしまって!こんなこと話せたの、名前さんが初めてで……!」
 晶は恥ずかしそうに俯いた。頬がほんのりと染まっている。
――かわいいな。
 まるで部下や後輩が慕ってくれた時に似ている。今回の場合、部下はきっと自分の方なのだけれど。
「ありがとうございます。いろいろ教えてくれて」
 晶がゆるゆると頭を上げる。様子を伺うような姿が、少しだけ猫みたいに見えた。
「また、いろいろ教えてください。知りたいです、この世界のこと」
 厳密に言うのならば、知らなければならない、だった。しかし、知りたいのも事実だった。
「……! はい!」
 晶はパッと表情を明るくする。微笑ましくて頬を緩めると、晶は口角を上げた。穏やかな空気が、晶との間に流れていた。
「――お待ちどうさん」
 ネロがタイミングを見計らったように、食事を運んでくれた。あまりにも完璧なタイミングに、実は様子を伺っていたのではと考えてしまう。
「わっ、オムライス! ありがとうございます、ネロ」
「ありがとうございます」
 晶は早速オムライスに手をつけた。ぱくりと一口頬張ると、パッと表情が明るくなる。
「美味しいです、ネロ! 名前さんも、ぜひ!」
「ありがとうな」
 ネロは用事があるのか、晶の感想を聞くとすぐに引っ込んでしまった。晶は器用に感想を伝えながら、ぱくぱくと食べていく。
 オムライスは料理店で出されるような綺麗な形をしていた。月の満ち欠けでたまに見上げるような、葉っぱの形にも似たふっくらとした黄色。赤いケチャップがたっぷりと掛けられている。添えられたミニトマトや野菜まで、オムライスを映えさせているように見える。
「いただきます」
 名前はスプーンを持ち、ゆっくりとオムレツを崩す。
――勿体ないな。
 オムライスはスプーン一杯分欠けてしまう。完璧な形が歪になってしまうことが、少しだけ残念に思えた。
 スプーンをゆっくりと口に運ぶ。舌の上に乗せて、咀嚼する。飲み込めるくらいの大きさに噛み砕いて、ごくんと飲み込んだ。
「美味しいですね」
 晶は嬉しそうにオムライスを頬張る。一方で、名前は口角を上げることでしか答えられなかった。
 オムライスは、何の味もしなかったのだから。