ねえ知ってる?
東京のある区に戦前からある学校の噂。
昔は淑女を養成する由緒正しい女子校だった旧八乙女学院。
今は八乙女高校って名前らしいけど。
そこの旧校舎の踊り場にある大きな鏡のところにたどり着けばどんな願いでも叶えてくれる女神様がいるらしいよ。

 *
 
 そんな噂を信じて不法侵入した中高生が行方不明になったのはつい先日。
大々的にニュースにもなった話だ。
俺と薙原は六本木の廃墟事件後、学長に呼び出された。
「一年二人には流石に荷が重いと思うがこれも経験だ。
頼んだぞ伏黒、薙原。」
資料を渡され、高専を後にする。
補助監督から念のためと言われて制服を手渡される。
「学院前の公園で下ろしますんでそこで着替えてください。
後、コレを五条さんからの貸しモノらしいっす。」
またこのパターンかとこめかみを抑える。
打ち出の小槌を模した木槌。
恐らく呪霊の鏡を破る為のものだろう。
 面倒事を押し付けられたなと確信したがもう遅い。
宿儺の件といい、今回といいろくな事がねぇなとため息をつく。
すると俺の左手を握って薙原が顔を近づける。
「…しわ寄ってる。」
空いた手で俺の眉間に指を押し付ける。
若干爪が食い込んで痛いんだが。
「青春ですねぇ。」
補助監督の言葉に眉がぴくりと動く。
俺たちはそんな関係じゃないと否定すれば補助監督の笑い声が車内に響いた。
 
 トイレで着替え、八乙女高校へと向かう。
時刻は十六時半。
午後の最終授業中らしい。
校庭では体操服姿の学生をちらほら見かける。
俺たちは見つからないよう裏門から入り、旧校舎を目指す。
「離れるなよ。」
「うん。」
所々、有刺鉄線で遮られた荒野を歩く。
ずいぶん昔に放置された様だ。
手入れもされてない土の道と伸び放題の雑草。
 建て付けの悪いドアを外して中へ入る。
許可は取ってあるそうだが不法侵入みたいで気が引ける。
ムッとした暑さと光の加減で舞う埃。
薙原は平気かと横を見ればいつの間にかいない。
慌てて前を向けばスタスタと歩き始めている。
「おい、先行くな。」
「…『居る』よ?」
俺も入った瞬間に察した。
この廃校舎には何が巣食ってると。
残穢探知に関して並外れた勘を持つこいつが言うのだから確実だ。
「玉犬。」
資料によれば二級、高くても一級らしい。
警戒するに越したことはない。
玉犬に辺りを警戒させながら進むと先陣を切る薙原が足を止めた。
「何か…。」
居るのかと声を掛ける前に彼女の髪が鋭く尖る。
「下がって。」
どうやら呪霊のお出迎えらしい。
よく目を凝らしたらこれは糸の様なものか。
式神と相性の悪さを察したのか薙原は俺を庇う。
だが、薙原の術式も髪の毛によるものだ。
糸と髪の叩き合いにも限界は来る。
膝がガクンと下がり体制を崩す薙原。
「薙原、無茶はよせ!」
「無茶じゃない。
この先、生きてる人居る。
恵、隙作るから助けて。」
どうやらこの廃校舎に迷い込んだ生存者がいるらしい。
糸の猛攻を一身に受け止めて彼女は振り向く。
進めとだけ目が物語っている。
「悪りぃ。」とだけ言い残し俺は踊り場へと駆け出した。

『妾の領域を侵す小鼠どもめ!』
上半身は女性で下半身は蜘蛛という呪霊が天井をつたい、這い出てくる。
「鏡は恵が破る。
…間抜けなのそっち。」
安っぽい挑発に呪霊は憤慨し、志保を締め上げる。
息苦しさに珍しく顔を歪めるがどうということでは無い。
幼少期の仕打ちと比べれば。
術式で抵抗しながら彼の帰りを待つ。

 *

 薙原と別れた後、踊り場を目指して走っているがその異様な光景に足を止めたくなる。
人間が天井に吊るされているのだ。
よく目を凝らすとピアノ線みたいな糸が巻きついている。
ダメ元で玉犬に噛みちぎれと指示を出し、切るが再生し、無駄な様だ。
(くそったれ。)
薙原を信じてはいるがあいつを一人にしてろくな事はない。
この9年間いつもそうだった。
「さっさとカタを付けるぞ。」
踊り場に辿り着き、鏡を前にする。
資料によればこれが本体らしい。
これを破れば終わるそう思っていた矢先。
呪具を振りかざした瞬間、鏡に薙原が締め上げられている姿が浮かび上がり、天井から声が降り注ぐ。
『こやつを殺したくなかったら鏡を破るでない。
妾の言う通りにしろ。』
「生憎、そいつがどうなっても俺は構わない。」
手が震える。
信じているがあいつまで虎杖や津美紀の様になったら。
最悪死んでしまったら。
一握の不安が背に走る。
呪霊に弱みを見せてはならない。
基礎中の基礎な筈なのに体が躊躇する。
『言葉とは違う様だな。
お主、この女の事を好いているのだろう?』
ねっとりとした女の声が頭に響く。
「違う!」
『全く、素直でない男は嫌われるぞ。』
ケラケラという笑い声が癪に触るが体はぴくりとも動かない。
足元では玉犬が低く唸り声を上げている。
居るのだろう、直ぐ近くに。
『楽にしていいぞ。
まあ、妾の術式を道中一身に受けて動けんだろうがな。
あの女を助けたくば…。
お主が妾の手中に収まれば解放してやろう。』
見えない糸が絡み付いている感覚がある。
鏡に視線を向ければ薙原が何か口パクで伝えようとしている。
(か、が、み、の、う、え。)
鏡の上に何かがあるのかと視線を向けると鏡枠の上中央に蜘蛛の意匠の様なものを見つける。
何故、薙原はコレがわかったんだ?
それに加えて目の色が赤かった。
(あれは本当に薙原なのか…。)
疑問は残るが一か八かだ。
呪具を下に向け放るフリをして手首だけで上に投げる。
コツンと軽い音が響いて鏡全体にヒビが入った。
『ぎゃああああ!
おのれ…おのれよくも!』
呪力の糸が消え失せ、宙吊りの人々が落ちてくる。
俺の体も自由になった。
恐らくあれが源だったのだろう。
オマケに天井を見上げれば蜘蛛が両の手くらいの張り付いている。
「ハッ、薙原がお前の弱点を教えてくれたよ。
何でかは知らねぇがな。
喰っていいぞ。」
呪霊が弱った隙を突いて玉犬に指示を出す。
天井から落ちた被害者の脈も確認する。
踊り場近くの奴らは大丈夫そうだ。
一段落がついて一階の廊下に向かう。
 
 合流するといつもの薙原がそこにいる。
被害者は高専に連絡して保護してもらう様に指示を仰いだ。
迎えがくる間、術式により伸びた薙原の髪を束ねる。
本来であれば特殊な呪具で切るのだが生憎持ち合わせがない。
サラサラと流れる髪をゴムで括ってやればくすぐったそうに身をよじる。
「動くな。」
「恵、くすぐったい。」
そう笑う彼女。
できたぞと頭を撫でる。
振り向き様に唇に柔らかい感触が触れて放心する。
「…何しやがる。」
「お礼。」
一瞬、年相応の笑みを浮かべ、前を歩く薙原。
その日はどう帰ったかよく覚ていない。
後から聞いた話だが女学院で結ばれない事を悔み、あの鏡の前で心中したらしい。
その死肉と呪詛をすすって呪霊となったのがあの蜘蛛女だったとの事。



八乙女高校の屋上にて。
立ち入り禁止の札があるにも関わらず二人の女性が旧校舎を眺めている。
「あーあ。
やっぱり、領域展開しちゃうか。
しかも無意識とかやっぱ本家様の血筋はすごいな。」
修道服を纏った女が呟く。
「…奈樂(ならく)さん、潰す?」
隣の目が死んでいる茶髪でキャミソールを着た女が答える。
すると奈樂と呼ばれた修道服の女は空を指差して語り始める。
「いんや、晃ちゃんまだ早い。
私はね、薙原家の全てが欲しいんだよ。
遺産も呪具もあの子の才能も天与呪縛でさえも。
呪いの王がこの世を支配するなら異界へ逃げればいい。
だから可愛い可愛い姪っ子には成長してもらわないと。
禪院のクソガキはどーでもいいけどあの穀潰しとの約束もあるししばらく放置かな。」
言葉とは裏腹に不気味な笑みを浮かべながら二人は何処かへと消えていく。



「寝られるかクソ!」
 日中の出来事を思い出して布団を蹴る。
唇の感触が妙に残っていて恥ずかしい。
このまま暴れても虎杖に迷惑をかけるなと思い、部屋を出て談話室へ行く。
自販機の光で照らされた談話室は少々不気味だ。
「お、恵じゃん。」
振り向けばサングラスをかけた五条先生が立っている。
「…なんすか。」
「少し話そうか。
奢るよ何がいい?」
水でいいですと答え、電気をつけてソファに腰掛ける。
彼も飲み物を手渡して向かいに座った。
「恵はさ、志保の事好き?」
声のトーンがいつもと違う。
おちゃらけた雰囲気ではなく、教師として何かを嗜める様な声色だ。
ドクンとうるさい胸を抑える。
「…別に。」
顔は赤くなってないだろうかバレてないだろうかと冷や汗が喉を伝う。
「なら、良かった。
志保を普通の女の子として見る分にはいいけど深みにハマったらダメ。
恋なんてましてや愛情を注いだ分だけ辛くなる。」
何かを見てきたかの様に彼は語る。
まるで薙原が人ではないという様な言い方にも疑問が残る。
「…薙原の何を知ってるんすか。」
「僕から語れることは少ないし、僕よりも千春が知ってることの方が多いと思う。
でも今は語るべきじゃない。
時期が来たら恵にも話すからさ。
釘を刺しておくけど好きになっちゃダメだよ志保の事は。
あー眠くなってきちゃった。
おやすみ。」
意味深な言葉を残して彼は去っていく。
好きになるなと牽制され行き場のない憤りにペットボトルを握りしめる。
「どうすりゃいいんだ。」
取り返しのつかないところまでとっくに彼女を意識している。
9年も一緒にいてようやく自覚した。
この気持ちを昇華する術を俺はまだ知らない。

【つづく】

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