ロンドン市外の港にて奴隷売買が秘密裏に行われていた。

 その日は霧が深い日だった。
いつもの様に白人の太った男が私達に暴力を振るう。
早くしろ、ヤードにバレるな!
そんな怒鳴り声が聞こえる。
暗い樽の中に詰められ頭を叩かれた。
喋るな、動くな、息を殺せ!と怒鳴られてそれっきり。
銃声や罵声が聞こえる。
でも外の様子は全くわからない。
苦しい、寒い、痛い。
全ての感情も苦痛もなにも感じなくなった頃。
蓋が開いて目を細める。
薄暗い倉庫の中、それでもはっきりとした錦糸の髪を見た。
「おや、こんなところで隠れんぼ…とは違う様だ。
君は346番で間違いないね?」
綺麗な英語でそう話す彼。
身なりからしておそらく貴族。
買われるくらいならここで死んだ方がマシ。
樽底の釘を引き抜いて己の首につきさそうとするも彼にそっと手を包まれ阻止される。
「その命、捨てるくらいなら僕の元で生きてみないか?
大丈夫、君にはなに一つ不自由させない暮らしを提供する代わりに君には僕の手足となって働いてもらう。」
この冷たい倉庫から出られるなら何でも良かった。
樽に押し込まれることも暴力を振られなければ何でも良い。
無我夢中で私はその手を取った。

 その数ヶ月後、346番と呼ばれていた少女はキリカという名前を与えられ、メイドとしての職務に勤しんでいる。
「ルイス、洗濯終わったヨ。」
「ありがとう。
こっちは良いから兄さんに手紙と新聞を届けてくれないかな?」
厨房のルイスに声をかければ手紙と新聞を手渡される。
「よぉ、チビ。」
黒髪のだらしない大男がキリカの目の前に立ちはだかる。
だか、容易に彼女は股下を潜り抜け広間へと走り去っていく。
「キョウジュ、おはよ。」
「おはよう、キリカ。」
朝日に照らされた金髪をなびかせ、ウィリアムは穏やかに微笑む。
新聞を受け取り、頭を撫でる。
「オイ!俺を無視するとは良い度胸だなチビ!」
後ろに仁王立ちしてるモランに振り返りいう。
「聞いちゃダメって言った。」
誰がだと尋ねれば振り返り、教授に視線を送る。
「オイオイ、お前かよ…よりによって。
ガキを教育してどうするつもりだ?」
「別にどうもしないよ。
彼女の命は僕がもらったのだからどう扱おうが僕の自由だ。」
そう目を細めて言う教授。
キリカは真顔で彼を見つめていた。

 そしてその一ヶ月後、再び、ロンドンへ降り立つこととなったウィリアム御一行。
「いやーやっと着いたぜ。」
頭をかきながらモランが呟く。
「酒臭い…。」
教授の背に隠れながら辛辣にキリカが言う。
「んにゃろう。」
お仕置きだとキリカの首根っこを掴む。
「まあまあ、ずっとお酒を飲んでいたけど大丈夫?」
教授が間に割って入ると彼は得意げに笑う。
「アルバートとの飲み比べに向けて準備運動みてぇなモンだ。」
「アルバート兄様とモランさんは仲が宜しいのですね。」
呆れ顔でルイスが言う。
キリカも無言で頷く。
「んなわけねーだろ!
仲がいいわけねーだろ!あんな奴と!
あいつのせいかくをしってるだろ!?
…って無視かよ!」
モランの話は誰も聞いておらずスタスタと駅から出る。
ルイスは辻馬車を呼びに行き、モランは酒の調達へと足を進める。
キリカは特にほしいものもなく、不用意には動こうとしない。
「ルイスが戻ってくるまで少し、お勉強をしようか。」
教授が笑いかければキリカは懐から本を取り出す。
「ここの数式解けたヨ。」
「ほう、それじゃあ答えを聞かせてもらおうか。」
内緒話をする様にキリカが数式を答えるとにっこりと笑顔になる教授。
「正解だ。
学会が終わったら、次の宿題を出さないといけないね。」
その光景はさながら父親と娘の穏やかな日常だった。
「…モリアーティ様?」
写真を見比べて不審な男たちが教授に声をかける。
「何か僕に御用ですか?」
不審気味に聞くと男が仲間に合図し、無理やり馬車に押し込む。
「ヤメロ!」
キリカが男に噛みつくと男はギロリと睨み首を掴む。
「このクソガキ!」
「ここで殺すな。さっさと出るぞ。」
キリカも馬車に押し込められ、羽交い締めにされる。
「騒いだら殺すぞ。」
教授にナイフを刺し向けられ静かに大人しくなるキリカ。
絶体絶命の二人の運命やいかに。

【To be continued】

目次へ

ページ:


トップページへ