※鶴見中尉のご家庭捏造(ロシアスパイ前の)
※原作の穴抜け連載なので緒方が杉元と争って負傷したところから始まります。
 
 兄上はいつも病床に臥せっていた。
萩野家の長男として華族の鶴見家に仕えるためにと父の言葉が頭によぎる。
二回りも歳が離れている遠縁の叔父の女中として仕える様にと教育されてきた。
同い年の子どもたちより医学書が友達であった。
鶴見家にご挨拶に行くときもドイツの医学書を手から離さなかったほどだ。

 ある日の夕方。
鶴見家にお邪魔したとき、ピアノの音が聞こえて洋室をそっと覗く。
見目麗しい男の人がピアノを演奏していた。
「ん?お客さんかな。
廊下は寒いだろう。こっちへ来て私の演奏でも聞いてくれないかね。」
その人は優しい笑みを浮かべて私を手招きする。
私はおずおずと近寄ってその人の手を取った。
思えばこれが死地への切符だったと後から知ったのだ。
彼が鶴見家の御子息、鶴見篤四郎だと梅雨知らず私は彼に甘えていたのだった。

 急患が運び込まれたと院内で騒ぎがあって患者を見るために目を覚ます。
「萩野先生、軍人の患者が…。」
青ざめた看護婦を宥めながら白衣を手に取る。
症状を聞けば裂傷と低体温症で意識がないらしい。
北海道の寒さは命を簡単に奪うことができる。
一刻も早く処置をせねば。
「暖房と一刻も早く衣服を脱がせて。
着替えは手術着でもいいから着せて。
毛布はリネン室から有りったけ持ってきて。裂傷は私が縫う。」
針と糸を用意して患者の様子を見に行く。
見知った髭面が見えて眉を思わずしかめる。
先の日露戦争でたくさんの兵士を見てきたがこいつは食えないやつだと記憶している。
ため息を漏らし、血痕を濡手拭いで拭ってやり、傷口を縫う。
青白い顔をして微かに息が聞こえるのが救いか。
処置を終え、隣でカルテを書いているとコンコンとノックが聞こえ顔を上げる。
「やあやあ、尾形上等兵は無事かな?」
私を死地へ追いやった元凶こと鶴見篤四郎叔父上がやって来た。
「鶴見中尉、まだ尾形上等兵は意識が戻っておりません。お引き取りください。」
困った様に言えば彼は風呂敷を差し出してくる。
「そんなぁ。可愛い可愛い甥っ子の為に差し入れしようと来たのになぁ。」
わざとらしい言い方に悪態をつきたくなるが我慢だ。
「それはありがとうございます。」
ありがたく受け取るとそれは彼の好物のみたらし団子だった。
「やっぱり一本ちょうだい。」
こうなると思って病室を出てお茶を淹れに行く。
叔父上はロシアに行く前は実直な性格だったのだが今は凶暴過ぎて誰も止められないのである。
団子を食べ、お茶をすすり、近況を楽しそうに話す叔父上。
側から見れば微笑ましい叔父と甥っ子のお茶会だろうが内心ヒヤヒヤしている。
「で、いつになったら貴子ちゃんは第七師団(うち)に帰ってくるのかな?」
「ちょ…お、叔父上!その名前は外では出さないって約束でしだよね!」
「んーおいちゃんは可愛い可愛い姪っ子が心配なだけなんだよ。」
デレデレとした顔だが内心、この人は私の医師としての腕だけが必要なのだろう。
彼の口添えで大学も駐屯基地に近い病院に勤務することもできた。
だが、戦争でもないのに今更軍医に復帰することなぞ許されない。
日露戦争で衛生兵として戦争を生きたからこそもう二度と戦争をしたくない。
「…考えておきます。」
「わかった、今はやめておこう。」
返事を濁すと叔父上はつまらないものを見る目で私を見下ろし、去っていく。
嗚呼、この目が何よりも私は恐ろしい。
 
 半日後、薄らと尾形の瞼が開かれる。
検温に来た看護婦に伝令を頼んで検査をする。
「尾形上等兵、お目覚めのところ悪いが私の指は何本に見えますか。」
「…。」
相変わらず何を考えているのかわからない。
指を動かすと追視しているので意識はある様だ。
何かを伝えようと口元が微かに動いている。
鉛筆と紙を渡すと震える手で『不死身』とだけ書いた。
「…これは。」
不死身という言葉に何かが引っかかる。
震えが酷い尾形を横たわらせて眠りにつく様いう。
「意識が戻ったと伝令を聞いて来たんだけど。」
「震えが酷いので休ませました。
それより彼がこれを。」
不死身と書かれた紙を渡すと叔父上は脳汁を垂れ流して目をかっぴらく。
「不死身、不死身ねぇ。
こりゃ傑作だ。」
クツクツと不気味な笑みを浮かべて叔父上はさっていく。
何が何だかわからないが私は不死身という言葉に嫌な勘がひしひしと背を駆け巡る。
この感覚は兄上が亡くなった日の夜以来だ。
一体何が起ころうとしているのだろう。
私の知らないところで北海道全土を揺るがすほどの大事件が水面下で起こってる。
それを知るほんの数日前の出来事が今日だったなんて。
私は知る由もなかったのである。

【To be continued】
 
補足

萩野と各キャラの関係
 
鶴見中尉
叔父と姪っ子だが本人は真っ当に可愛がっているつもりなのだがめちゃくちゃ警戒されてて最近辛い。
貴子が苦労する元凶。
 
尾形上等兵
日露戦争以来の腐れ縁。
なんか一方的に懐かれてる。
原因は不明。
本名と性別が女なのも知ってるが知らないふりをしてる。
 
月島軍曹
鶴見中尉の紹介で知り合った。
まだ日が浅いのでお互いギクシャクしがちだが互いの苦労を知ってるので争わない。
 
二階堂兄弟
初期の頃はちょっかいをかけられていたが…。
 
鯉登少尉
厄介一号。
貴子にとっての天敵。
もやしっ子の癖に鶴見中尉の御執心の対象になってずるいと喧嘩をふっかけられる。
 
宇佐美上等兵
厄介二号。
身内という立場を悪用して取り入ろうとするな!と突っかかられる。

杉元一派はまた今度。
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