叔父上を信奉する者は多い。
だが、私は彼の真意を図り兼ねている。
雪が降り止み、春が近づく頃。
尾形上等兵の退院日が決まった。
「なあ、アンタ本当は女だろ?」
いつもの言う通り検温をしに来たら唐突に言われた言葉。
「…だったらどうするんです?
遊女の様に組み敷いて捌け口にしますか?」
「いいや、それよりお前の叔父上が何をやろうとしているのか知っているのか?」
質問を質問で返され面食らう。
こう言うつかみどころのない人は苦手だ。
窓の外で屋根から雪が落ちる音が響く。
「…金塊がどうとかとは聞いてましたがそれが何か?」
「惚けたことを言うな。
本当は聞いているんだろう?」
尾形上等兵の意図が分からず首を傾げる。
「本当に何も知らないのか…はたまた、呆けてるだけか。
まあ、いい。だが医者というのは使い道は幾つでもある。
俺と一緒にくるか?どうせ鶴見中尉のことを疑っているのは変わりないのだろう?」
確信をつかれ押しだまる。
そんな私に彼は気を良くしたのか耳元まで近づいて囁く。
「着いてきたらお前の兄や家族の死の真実もわかるかもしれないぞ。」
「な、何を知っているのかね。」
一介の上等兵が知る情報なぞたかが知れてる。
だが、もし、叔父上から何か私の知らない昔のことを聞かされているのなら?
「お前も叔父上が隠してる何かを察してはいるのだろう?」
「…君を信用はできないが利害の為に同行しよう。」
握った手は冷たかった。
それから外に待機していた二階堂一等卒と合流してどこかへ出掛けていく。
「ど、どこへ行くつもりかね。」
振り返る二人の目は呆れを含んでいた。
「知らないのか?不死身の杉元っていう元一兵卒が俺を殺しかけたこと。
市中で杉元拘束したはずなのに脱走され、詰所は焼かれ、玉井伍長や谷垣達も見つからないときてる。
おかしいと思わないか?」
「…崖から落ちたと言う報告は聞いている。
杉元というのは杉元佐一の事か?
でも、彼がそんなことやる人間だとは思えない。」
「ハハァ、知り合いか?
いやはや、医官殿は顔が広いですなぁ。
奴の本性を知らない癖によく言えるな。」
スッと細められた目に私は目を逸らす。
「杉元…殺してやる絶対に。」
二階堂一等卒の様子もどこかおかしい。
森を越えて周辺の村に聞き込みをし、怪我を負った兵士がアイヌの家で保護されていると言う情報を聞き出した。
「二階堂、手は出すなよ。
なぁに単なる聞き込みだ。
そう怖い顔をするな医官殿。
…刺青の囚人がいるといいんだが。」
「さっきから何を言っているんだ。
刺青?囚人?それも叔父上の指示か?」
村に入る前に尾形上等兵に聞けば深い溜息を吐かれた。
「何にも知らないようだから言ってやる。
お前の叔父上はアイヌの金塊を探してロシア相手に戦争を起こそうとしてる。」
それを聞いて何となく腑に落ちてしまった。
叔父上が考えそうな事だ。
「そう言う事なら手を貸せないな。」
踵を返そうとするが思いっきりネクタイを掴まれて首が閉まる。
「ぐっ、何をする。」
もがけばもがくほど苦しい。
その様子を見て尾形は少し笑った。
「秘密を共有したらもうタダで帰す気は更々ないな。」
「従った方があんたの身のためだと思うよ。」
二階堂が私の背にナイフを突きつけ脅してくる。
二人に追い込まれ渋々と言った形で了承する。
「シンナキサラ!」
アイヌ語だろうか?
近くの民家を訪ねたら小さな子供にそう言われた。
「萩野先生通訳して。」
二階堂が言うが生憎、私はアイヌ語には明るくない。
「無理だ。
お嬢ちゃん、ここに兵隊さんが来なかったか?」
「シンナキサラ!シンナキサラ!」
子供の目線に合わせて尋ねるが日本語が通じていないのだろうか?
少女を抱き上げて中へと入るとお婆さんが囲炉裏の近くに座っていた。
「お婆ちゃん、俺たちと同じ服を着た兵隊が来なかった?」
お婆さんはニコニコしているが果たして伝わっているのだろうか?
「まあ、待っていれば誰か来るだろう。
邪魔するぞばあちゃん。」
そう言って部屋の隅に座る尾形。
私も囲炉裏の近くに座る。
数分後、誰かの足音に顔を上げる。
それは谷垣一等卒だった。
「ばあちゃんかなりこってるね。」
二階堂はお婆さんの肩を揉んでいる。
尾形はいやらしく谷垣を詰問する。
シンナキサラと騒ぎ立てる。
「オソマ、お婆ちゃんを連れて自分のコタンに戻っててくれるか?」
谷垣は優しく諭し、彼女達を逃す。
「谷垣一等卒、足は大丈夫なのか?」
医師として診察をしようとすると尾形が間に入って邪魔をする。
「杖をついて歩けるくらいには回復してんだ。
今更医師の診察や薬なぞいらんだろう。なあ、谷垣。」
「は、はい多少肉は抉れましたが動きます。」
「ならいいがトリカブトの毒はフグ毒で中和できるから覚えておく様に。」
「フグ毒…ですか。」
冷や汗をかく谷垣をよそに尾形の尋問は続く。
どうやら玉井伍長を殺して杉元を庇ってると彼は考えているらしい。
だが、実直な谷垣はひたすら耐える。
それに痺れを切らしたのかおどけてみせる尾形。
「冗談だ。
玉井伍長に関してはカマをかけてみた。
お前は嘘が苦手なようだな谷垣。」
恩を返す許可を出し、これ以上の情報は得られないと判断したのか二階堂と私を連れ、彼は出て行こうとする。
私は外へ出る時谷垣に同情の目を向けられたことだけが不本意だった。

【To be continued】
 
オマケ

萩野と金塊争奪関係者の関係
 
谷垣
お互い苦労人。
兄がいたので少しだけ理解がある。

杉元
203高地で虎次を弔ったのが萩野。
恩義は有るけど杉元に警戒されてるのは少し悲しい。
 
アシリパ
境遇が似ているので心を開くのは早いかも?
 
白石
何となく女だと勘づいてるけどその事には言及しない。
 
キロランケ
怪しいと思いつつ医者は貴重だと腹の探り合いしてる。
 
インカラマッ
鶴見中尉から兄の死の真相も知ってるし萩野が本当は女だということも知ってる。
数奇な運命にある萩野を少しだけ同情してる。

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