コタンと呼ばれる家屋から出て山の方へと足をすすめる。
「谷垣が無事で安心したか?」
ふと振り向いた尾形が私に問いかける。
その目にはどこか疑惑の色が浮かんでいる。
「…君は何がしたいんだ尾形、二階堂。
谷垣一等卒は実直な人間だ。
君達みたいに造反して金塊を求めるような器ではない。」
そう言い切ると尾形は背を向け外套を目深に被る。
「俺は洋平の仇を打てればなんでもいい。
金塊なんざどうだっていい杉元佐一さえこの手で殺せれば…。」
奥歯を噛み締め、ガタガタと怒りで打ち震える二階堂。
余程我を忘れている様子。
「…復讐か。
尾形は何のためだ?」
「…聞いて何になる。」
それっきり尾形は黙って銃を構える。
銃口の先は先程お邪魔したアイヌのコタンだった。
「やめ…。」
私の静止も虚しく彼は引き金を引く。
タァンと甲高い銃声が響く。
「外れたようです。」
二階堂が双眼鏡で確認する。
「なんで撃った!お婆さんや子供に当たったらどうするつもりだ!」
私が取り乱し、声を荒げると彼は無言で家屋を指差した。
見れば視界をくらます為か火のついた藁が外へと投げ込まれる。
「谷垣と奴らは生きてる。
でなければこんなに早く行動するはずがない。
二階堂しっかり監視しておけ。」
何もできない歯痒さを抱えたまま戦況を見守る。
(谷垣一等卒がやられる事はないだろうが今の尾形上等兵は殺しかねない。)
二発目の銃弾が双眼鏡を狙うが悲鳴は上がらない。
「…先手を取られた。
怪我をした足で正面から逃げれるとは思えん。
煙幕も我々をこの場に釘付けにする罠だ。この隙に我々の完全な死角から逃げる準備をしている。」
そう言って尾形上等兵は裏手に回るが家屋に人が通れるくらいの穴が空いてるだけで人っ子一人居ない。
「やられたな。
だが、手負いでは遠くまで逃げられん。谷垣狩りだぜ。」
薄笑いを浮かべて銃を構える。
その姿はあの叔父上が獲物を見つけて狙いを定める目と似ていた。
野山を歩き回り夜を越え夜明けに焚き火の煙を見かける。
「二階堂、行って調べてこい。」
「餌ですか俺は。」
「待て、谷垣一等卒とまだ交渉はできるはずだ。」
「お人好しもここまでくると馬鹿としか言いようがない。
とっくの昔に共犯だと認識されてるだろう。そんな奴をアイツは信用するかな。」
彼の言うことは最もだ。
押し黙り、二階堂が様子を偵察しに行くと…。
「早くうてえええ!クソ尾形ああ!」
ヒグマがいきなり現れて二階堂を襲い始める。
「にか、もが…「静かにしろ。」」
助けに行こうと護身用の小太刀を構えようとするが尾形に止められる。
あれ以上襲われたらもう…。
二階堂が瀕死の状態になった時、ようやく尾形は熊を撃った。
「さあ、俺ここだぜ谷垣!!
銃無しでどう戦う?石でも投げる気か?」
彼の予想は外れて木々の間からチカッと何かが光った。
その瞬間、ど真ん中に銃弾が当たり、後方へと倒れる。
「尾形!」
憎からず思うのか咄嗟に彼の肩を抱いて傷口を確認するが双眼鏡が砕けただけだった。
「大丈夫だ。
取り敢えず離れろ。」
ハッとなって離れるが己のやった事に戸惑いを隠せない。
「ハハァ、さては初心だな。」
「う、五月蝿い!」
戯れ合っていると三島が谷垣に接触を図る。
それを容赦なく尾形は撃った。
「何故撃つ必要があった!」
「…奴らは俺たちを最初から尾行してた。
鶴見中尉に報告されたら色々面倒だ。
逃げるぞ!」
彼の言う通り、銃弾の嵐が降り注ぐ!
「奴の頭は打つな。
尾形上等兵、何故萩野医官を拉致した?!」
何も答えない。
私も彼に口を塞がれ何も答えられない。
二階堂と撃たれた三島の安否を確認すると叔父上はニヤリと笑う。
「頭をぶち抜いてよし。
萩野医官を奪還せよ!」
冷酷に残酷に叔父上は師団に言い渡す。
尾形に手を引かれ私は冷酷な死神から逃れる。
怖くて怖くて記憶の底から兄が狂ったあの日が脳裏に蘇る。
叔父上が座敷牢にいた兄上に何かを唆して兄上は刃物と銃を携えて屋敷を荒らし回った。
父と母が真っ赤に染まる。
使用人たちが私を逃がそうとしてくれる。
火が放たれ煙たい屋敷内を彷徨う。
あの地獄をまた味わうのか?
「…おい。…しろ!…萩野!」
名前を呼ばれ顔を上げる。
どうやら叔父上達の孟進を逃れたようだ。
「…すまない。」
「行くぞ。」
気まずい空気が流れ、下山する。
叔父上はもう追ってこないが金塊を追う以上、殺し合うのは必然か。
青い空を見上げて迷いをかき消す。
尾形の手を取ったのは自分の意志だ。
叔父上から逃れたくて彼を利用すると決めたじゃないか。
今更何を迷う必要がある。
広い背を見つめてその後をついて行く。
「…今後はどうして行くんだ?」
「さぁな。
取り敢えず情報収集をしつつ、杉元と鶴見中尉の動向を探る。
お優しい萩野医官殿は俺を見捨てたりしないよなぁ?」
振り返ったその目はまるで迷子の子供のように皮肉げに笑いながらも寂しさを醸し出していた。
 
【To be continued】

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