龍樹が黒トリになる話。
※只管暗い、迅さんの一人視点で語りも含む。

「先輩、もしもの事があったら私を恨んで…なんて嘘ですよ。」

そう本部の屋上で冗談交じりに言った彼女を今でも覚えている。

「…どうしてお姉ちゃんが。」
泣き崩れている妹ちゃんの肩をメガネ君が抱く。
それでも泣き止まない彼女。
俺に恨み言を言ってくれれば少しでも気が楽になるのに。
彼女は泣いて謝っている。
お姉ちゃんを止められなくてごめんなさいって。
「…俺の方こそ、龍樹がああなるのなら無理にでも止めていれば。」
そう言いかけて言葉に詰まる。
俺は本当にあの時、あの場所で生身で瀕死の妹ちゃんと龍樹を天秤にかけていた。
助かるのはどちらか一人。
俺がどちらも犠牲になるのは最悪な未来だとわかっていたはずなのに彼女は妹の手を取った。
「先輩、恨んでいいから止めないで。」
そう寂しそうに笑う龍樹を俺は地面に縫いとめられたように動けない。
やがて、全てのトリオンを注ぎ込んだトリガーは黒く染まり、龍樹の体は脆く崩れ去った。
城戸さんの命令でA級全ての隊員が起動を試してみたが誰も反応しない。
俺でさえ、起動できないだなんて。
「なぁ、龍樹、そんなに俺のことが嫌いになったのか?」
そっとそのトリガーを撫でて部屋を後にする。
彼女に対する気持ちも愛情も何も与えてやれなかった。
そのことに後悔と自責が重くのしかかる。
だけど泣くわけにはいかない。
「迅君、無理しないで。」
沢村さんが気の毒に思ったのか俺に声をかけてくれる。
いつもなら大丈夫だよと言って軽くお尻を触って戯けるが今はそんな気力もない。
だが、泣くわけにはいかない。
何故か見えない龍樹がそう言っている気がするからだ。
恨む気は無い。
別れる事には慣れている。
後日、B級隊員にも召集がかかり、一人一人起動を試みた。
たった一人、皮肉にも彼女の妹、露乃ちゃんが起動に成功した。
彼女のトリガーは生前得意だった射手のトリガーだ。
青白い光と共にメテオラに近い威力の閃光が迸る。
コントロールが無くとも自動補正があるのか必ずハウンドの様に当たる。
そんな最強のトリガーを妹ちゃんはあろうことか本部に差し出し記憶処理を行って今では一般市民として生活している。
まるで雛菱龍樹という少女が幻の様にさえ思える。
数年が経ち、彼女の名前どころか誰にも使えない黒トリガーがあった事さえ誰も俺以外、覚えてない。
「なぁ、龍樹。
お前は何を望んだんだ?」
ひんやりとした保管室でその黒トリガーを見つめて話しかける。
それは墓標の様に何も語らない。
嗚呼、最悪の未来だ。