生まれてこの方、母親くらいにしかそういったものをもらったことがない。
あったとしても義理とかお返しはいいと大体の奴が言ってきたから。
去年の夏、彼女が出来てこのイベントにやっと意味を持てた。
歌川や風間さんに相談するのもなんか違うと思った。
彼女について知ることは歌うことが好きなことくらい。
無難にお菓子の詰め合わせにしておくかとショッピングモールへ寄る。
(嗚呼…煩いなぁ。)
普段からこういう場所には近寄らないから余計に煩わしい。
だが、彼女の笑顔が見られるのならこの煩さも幾分かマシになる。
*
鳴子はオペレーターだが所属部隊がないのでフリーのオペレーターとして日夜本部で努力している。
「士郎君は今日あるのかな。」
SNSで帰りに風間隊の隊室に寄るようにメッセージが送られて来た。
オペレーターの制服に着替えて気を引き締めつつも頭の片隅では少しだけ期待する。
(まさか…ね。)
菊地原が隣にいるだけで幸せで満ち足りてるというのにこれ以上なにを高望みするのだと仕事に集中する。
一緒に帰れるのだという確信を期待しつつ。
日もとっぷり暮れて真っ暗の中、人もまばらな本部の廊下を歩く。
向かうは風間隊の隊室。
「…遅くなっちゃったけど大丈夫かなぁ。」
今日という日を意識しすぎて初歩的なミスやドジを踏んでしまい皆からは心配されてしまった。
思い溜息を吐きつつ、隊室まで足を進めて軽くノックする。
すると、丁度扉が開き、私服の風間隊長と鉢合わせる。
「す、すみ、すみません!風間隊長!し、しろ、菊地原くんいますか?」
焦って菊地原の名前を出すと風間はフッと目を細めて答える。
「ああ、いるぞ。
それとそんなにかしこまらなくていい、ではな。」
ひらひらと手を振り、去っていく彼にぽかんと口を開ける鳴子。
そんな様子を開いた扉から菊地原が見ていた。
「呆けてないで入ってきなよ。」
その言葉にハッとして足早に入る。
そわそわと落ち着かない様子の彼女を座らせて小さな紙袋を手渡す。
「ん、お返し。」
「あ、ありがとう。」
その紙袋はお菓子にしては少し重くアクセサリーにしてはシンプルすぎる紙袋だった。
開けてもいいのかと困った表情で返せば彼は眉をひそめていう。
「…開けてくれないの?」
「あ、あけるね。」
促され、袋から小箱を取り出す。
さらにその小箱を開けると…。
「わぁ、オルゴールだ。」
木製のオルゴール箱が中から出てきた。
「その、僕はアクセサリーとか詳しくないしモールに行った時、女子が喜びそうな雑貨屋があったから寄っただけだから。
べ、別にそれだけなんだから勘違いしないでよ。」
本当は鳴子の為にあちこち思案したのだが照れ隠しでワザと素直になれずにいる菊地原。
「ふふ、嬉しい。曲を聴いてもいい?」
「…いいよ。」
ネジを巻き、机に置くと柔らかな音色が隊室に響く。
「わぁ、これ、ブラームスの子守唄だねぇ。私この曲好きだよ!ありがとう。」
ブラームスの子守唄とはドイツ人の作曲家、ヨハネス・ブラームスによる子守唄で文字通り歌詞もあるのだが優しい音色とゆったりとしたテンポで歌詞が無くとも眠りに誘う癒し曲なのである。
「ふぁ、あふ…なんだか眠くなってちゃった。」
目をこすりながらそう訴える彼女。
慌てて菊地原は木箱を閉める。
「寝ないでよ。
最近、疲れ気味みたいだったからその、これで少しでも癒されて欲しいというか…兎に角、あんたはヘラヘラ笑ってる方がいいからしっかり寝なよ。」
「うん、寝る前に聞くね。それじゃあ帰ろうか。」
「…うん。」
オペレーターとはいえ学ぶべき事や環境の変化によってこの臆病な彼女が萎縮してストレスを感じてないか心配しているのだ。
だが、それを素直にいえず、隣にいる時間さえも限られている。
ならば少しでも思い出に残るものをプレゼントするのが妥当だと考えた。
音というものは菊地原にとって特別なものでありそれを共有できるものであるならなんでもよかった。
だが、彼女は流行りの曲よりもクラシックや童謡を好み、歌う。
その歌や曲を聞かされていた彼が選び取った手段がオルゴール。
いつでも聞けて繊細な音を奏でるからこそ彼の耳の琴線に触れた。
だからこそその音と癒しを彼女と共有したいのだ。
愛しい彼女とともに途切れぬ音を。