オモコロのみくのしんさんと、かまどさん(見守り?進行?役)が山月記を読んだ記事を出してて、めちゃ楽しく読みました。
新潮社夏カバーを見て、「黄色い!虎の色だ!」ってなってた(笑)
私は月の色だと思ってたので、見方ってやはり個人個人で違ってて面白いなと思う。
マルチエンディング山月記とかね。
それは原典周辺を漁ったほうがいいやつやんけ。
それでね、そういえば私、山月記好きだけどそんな山月記について語ったりしないな、と思ったので、ちょっとした読書感想文の会です。
文アルでも最推しは中島敦!って言っておきながら!
読感文出してねえ!
ということで思い出も交えて行きたいと思います!
高校生当時。
私は漢詩が好きだったんですね。
成績の良し悪しと別にして好きだったの。
現国の先生が「次は中島敦の著作、山月記やります。現国だけど漢詩があります。」と予告していって、
「わーー!やったーーー!」
となりました。
なのでもう初期値の好感度が爆高なのね。
うれしくてワクワクだったけど、そこで爆弾が落とされる訳ですよ。
「山月記てBLとして有名だよね」
みたいなね、話を。友人がね。
「何を言ってんだ???????」
ってなってたな。シンプルに。
一応態度には出さないようにしたつもりだったけど、ちょっとマジでそれは分からなかった。
なんだろうな。
BLも別に読めはするんだけど、このあたりから
『人の趣味は勝手だし何も言わんつもりだけど煙の無い所で無理矢理火起こしされると不快になるからオタクとして発言に気をつけなきゃな』
と思ったわけですね。
………不快だったと言っちゃったがなwww
まあ、こういうときって無意識な事が多いから私も盛大に何かやらかしてるんだろうなとは反省しています。
そういうことで
「実質古典が2倍!!(Happy)」
と思ってた人間だったわけですね。
現国担当の先生が授業の初めに作者の来歴を話してくれるタイプでした。
中島敦は「授業以外では勉強してなさそうに見えるし適度に遊んでるぽいのにゴリゴリに頭が良い」という人で、非球面レンズのない時代で瓶底眼鏡の青年。
現国先生「当時横浜の女子校で先生をしていて、」
教室「!?」(この若い男が横浜の女子校の先生?!というどよめき)
現国先生「大変授業も人気だったらしく、彼の授業の時だけ生徒が花を生けておいた位らしいです。」
教室「?!」(同年代が先生のために花を生けるという事実を受け取り、大人気すぎでは?!と動揺するざわめき)
こういう空気感だったのは好き。
あの時のクラス。
彼が夭折したことも説明してくれました。
今思うと、あの先生、学生時代に中島敦を研究対象か何かにでもしてたんではないか?
他の文豪より情報が鮮明だった気がするんだけど、私が山月記にワクワクしてたから記憶があるだけか?
その可能性は全然ある(笑)
人間の挫折と、飲み込まれて戻れない様をこれほど鮮明に描いてくれるものに、その時初めて会ったと思う。
《臆病な自尊心と尊大な羞恥心》
は必ず試験問題にされるところなんじゃないかな。
なんか、息が詰まるかと思った。
その時そういう感覚を言語化できる能力が今よりも無かったから。
最近文アルでフォローしてる方が「これは自分だ、って思う人が多いかもしれないよね」って言ってて、わあ〜〜そう〜〜!となりました。
これ高校生の教科書に載るの、最適解すぎるなって今思う。
すげえ〜〜〜!
学習指導要領〜〜〜!!
当時、私は画家やイラストレーターではなくてデザイナーになろうとちゃんと決めて、舵を切った、くらいだったんすよね。
絵を描くって、自分に所謂『才能』みたいなもんは無いって分かってたけど、それでも私を私として構成する大きな物だった。
周りに絵の上手い子はそれこそたくさんいて、李徴とは違って教えを請うて切磋琢磨する仲間であり友人であるけど、それでも自分が絵と向き合う度には不安が付き纏う訳じゃないですか。
クオリティだけが物を言うものじゃない。
これは社会人になってもずっとそうだけど。
駄目かもしれない、無理かもしれない、それでも自分の生きる上で大切なものを手放せないって、『手放せ』と言外に突きつけられるのも怖いって、言ってるのに。
「これ以外にあてはまる日本語が見つからないのはなんでだろう。どうしてか分からないけど説明なんてできようもない」
となっていた思い出があります。
定期テストは設問なのでご用意された回答で答えはしますけどね。
わはは(笑)
李徴が『詩よりも家族のことを先に頼むべきだったと思う』って言ったとき、心の中で絶句した訳です。
すっかり物語の中に引き込まれていく内に忘れてたから。
それに、物語の端々に確かに家族の描写はあるけど、言われるまで「家族の行く末を友人に頼む」という選択肢が思いつかなかったから。
現代日本に生きてた高校生のぼんやりした単純な思い込みだったんだけど、妻子は配偶者行方不明で遺族年金とか生活保護とかなんか、そういう公的制度で補助が受けられるもんだと思ってた。
違うよ、何時代だと思っとるんやという話。
人虎伝とするなら1600年とかかな。
日本だと関ヶ原の戦いあたり……
というか、彼が虎になってからの月日で、もう妻子は最悪の結末を迎えている可能性もあると思ってたところも全然ある!
ただでさえジリ貧だったらしいし。
この時代あたりの女性て確か、中国でも機織りで多少身を支えられる位だった気がするけど、それがどれほどの収入なのかも農耕の状況なんかも私はわかんないし。
誰だったかな。
確か、めちゃめちゃ有名なデザイナーだったかその親族の人、そういう人が
「芸術の道を行く者に家族を振り返る余裕なんて一切無い」
みたいなことを言ってた記憶があるのよな。
多分同時期ぐらいに聞いた気がする。
だから余計に、「昔から変わらないんだな」と呆気に取られていた。
そうそう、みくのしんさんがさ、この山月記の情景に対して、
「空気がきれいで、これから太陽が出るから、良いことがありそう。太陽ってそういうもの」(※かなりざっくりまとめました)
って言っててね、すごい、生活の違いみたいな?違う人だな、を感じられてすごい面白い!
まだ月明かりが残る朝方って、空気は澄んでるんだけど、
うーーーん、
極細い透明なテグスみたいなものがさ、身体を通り抜けてく感じ………と思うじゃないすか?
貫通型の透明な小雨みたいな。
そうやって想像してたから「夜が明けるぞ!」っていうポジティブさで捉えることもできるんだなあと思って。
ここで袁傪との別れが来るのであれば、李徴はもう、心すらも人として死ぬことは無いんだろうとも思っていたから、全然ネガティブだったからかな。
だから最後に「俺を殺して行け」くらい言うかなと思ってた。
ちょっと私の考え方が武士道すぎるか???
前半を思うと言いそうじゃない?!
でも意外と獣として生きる気あるし、袁傪とその仲間を友(人)殺しにはしないんだなっていう。
ここら辺は儒教の死生観が出てるのかなとね、ぼんやり思います。
前半はさあ、「おい!色々天狗すぎる!なんでこいつ結婚できる?!」と思ってたのに(笑)、後半には物悲しさを伴って李徴のことを隣人のように見ていて。
翻訳してると言っても直訳ではないから、すごいなと思ってね。
好きなんですね〜!
また何年後かに読んで、また違った感想が出たら面白いなと思います。
別の著作も読んでいるので、読み終わってまとまったらまたまとめようかな。
では!
と言っておきながら、以下雑談。
マジでねぇ、読書のオープンチャットが香ばしくてウケとるんすよ。
ワロタ〜〜〜
(古の用語が出る程度にはわろてる)
こないだチャット主が天皇と憲法の話しだして、
「お前は!本当に!チャット主なのか?!面識のない不特定多数の場で野球と政治と宗教の話はすんなと学んでねぇか?!」
となっちゃったな。
どうしても宗教が絡むからね。
やっぱちょっと「は?」みたいになってた人いたしwwww
執筆されてて専門がそっちのほうらしいんすけど、だからこそ余計になんか、「オレの意見!」みたいなのお出しされてここはTwitterか???
著作の購買層になるかも知れねぇ人が集まる場所で不用意に発言してて大草原不可避
なんていうか、おもしれ〜〜〜な、と思って見てる。
あ、そうそう、文ストは?と聞かれるかもしれませんが、10巻まで読んでnot for meだったので特に何も。