01

 夜の静黙を打ち破るのは、怒声にも似た言葉のやりとり。普段を静まり返っている筈のそこは、何人もの白衣を着こんだ生真面目そうな男たちが顔を付け合せている。額に汗を滲ませる者もいれば、不安げに目を左右に忙しなく動かす者、何度も靴底を鳴らし苛立ちを露わにしている者さえいた。

「セキュリティは完璧のはずだっただろう!?」
「このままでは皇室にばれて研究費を下げられるぞ!?やっと、独自の生体まで漕ぎつけたのいうのに!」
「仕方ないだろう。元を辿れば――!」 

 声を荒げる男たちを制したのは、極めて冷たく鋭さをもった男の声だった。その男は、ひとつ浅いため息をついては己の眼鏡を押し上げ、厳格そう瞳をさらに細めては狼狽えを見せる男たちへ視線を向けた。

「――被検体008が逃げ出したのは隠しようがない。……皇室に連絡を」

 冷静な言葉が、電子音が満ちるこのナイフラストの研究室に重たく響き渡った。










 純和風なその店構えは、どこか古き良き日本の古民家を連想させてくれる。しかし、西洋風な出で立ちの建物が多いその街並みの中では目立っており、店先に掛けられている赤の暖簾がひと際、その異質さを助長しているようだった。
 青碧の双眼に凛とした表情を携えた女性・ソラは、迷うことなくその店の暖簾をくぐり店内を見渡した。店の中は、外観と同じような木を基調とした柔らかな光が射してくれることによって暖かさが増し、安心感さえも与えてくれる。そんな店内には、数人のお客とホール役の食霊が数人。そして、ソラ自身が此処へおもむく理由ともなった、目的の人物である鳥の子色の髪を持つ和服姿の女性を眼で捉えた。その女性は、引戸の開閉音でソラの方へ振り向き黄昏色の瞳を、ゆったりと細めてから「いらっしゃいませ」と、穏やかに告げたのだった。

「――グルイラオからの通達?」
「あぁ。今日から三日間で料理御侍たち数名とチームアップをして対象の堕神を討伐してほしい。っていう内容だ」
「それと、あたし達の御侍様とどんな関係があるの?」

 置かれた茶器には緑色のお茶が――それは、ソラの目の前に静かに置かれることによって芳ばしい香りと共に湯気がゆらりと揺れる。鼻腔を擽る匂いには覚えがある……これは玄米茶だっただろうか。そのお茶を持ってきてくれたのは、太陽の光を一心に抱き込んだかのような柔らかな髪を持つ少女――ソラと対面するように座る女性ゆきのの食霊であるたい焼きだ。たい焼きは、己の御侍の横に佇み、目尻の下がった優しげな瞳の奥に疑心を宿らせてソラを見つめた。

「ひとつは、俺にゆきのの知り合いの御侍を教えてほしい。もう一つは、ゆきのにもこの討伐依頼を請け負ってほしいってことだ」
「え、」
「だっだめだめ!御侍様は戦いがとーっても苦手なの!」
「それは分かってる。でも、回復特化している御侍を俺はゆきのしか知らない」
「でも!」
「……たい焼きちゃん、ありがとう。大丈夫だよ」

 食い下がるたい焼きの肩にそっと触れて、ゆきのはやんわりと静止を促した。たい焼きは、ぐっと唇を噛みしめて一つため息をつけば、優しげな瞳を微かに吊り上げて、ゆきのへ向き直る。

「分かったわよ。でも、あたしから一つ条件ね!必ず、前衛の食霊を連れて行くこと!私でもいいし、兄様でも、秋刀魚さんでもいいわ。御侍様があたし達に怪我してほしくないように、あたし達だって同じ気持ちってことを忘れないでね」
「ふふ、うん。ありがとう、たい焼きちゃん」
「……改めて、請け負ってくれるのか?」
「はい、私で良ければ」

 キュッと結ばれた口元、柔和が留まる瞳の奥には克己心がゆらゆらと揺れている。慈悲深い表情を多く見せる彼女の顔つきは、微かに勇烈を現していた。










「初めまして、藤 豆介です」
「ソラだ。よろしく頼む」
 
 数時間の移動時間をえて、ゆきのに連れて来られたのは桜の島を拠点地とするギルドだった。
 目の前で明朗に笑う胡桃色の髪の男性は、桜の島特有の温暖な気候も相まって朗らかな印象を受ける。差し出された手をソラはしっかりと握り返し、握手を交わした。

「ゆきのちゃんから話は聞きました。まさか同性だとは思わなかった!これから宜しく頼みます、ソラさん」
「ま、豆介くん!ソラさんは……!」

 笑う豆介はとても嬉しいそうできらめく瞳と、人懐っこい表情はどこか子犬を連想させられる。
 「男の御侍って少ないから嬉しくって」と、口にする豆介に焦った様子に口を挟んだゆきのの表情は焦りを見せ、不安げにソラを見つめている。自分とソラへと忙しなく視線を移動させるゆきのの様子に豆介は微かに首を傾げ、男性と間違われたソラは苦笑を浮かべながら自分の性別を明かしたのだった。

「――女の人!?え、ごめんなさい!」
「いや、慣れているから大丈夫だ。俺自身も特に気にしていないし、男ばかりの兄弟だったからどうも口調や仕草が男っぽくてな」

言葉のとおり、気にしている素振りもなく言うソラの表情は穏やかなものだ。怒った様子のないソラへ豆介とゆきのはほっと胸をなで下ろし、三人はギルド内に設置されている席へと腰を落ち着かせた。

「――と、言った具合だ」
「わかった!俺で良かったら力になるよ!」
「随分、あっさり決めるんだな。敵の動向も今のところ不明なんだが……」
「え、だって、頼まれたらそれに応えるのが普通だろ?」

 ほぼ、二つ返事で答えた豆介へ微かに目を見開き驚きを現したソラへ、豆介はこれまたすんなりと答える。やり取りにゆきのはくすくすと忍び笑いを零し、ソラもその密やかな笑い声に釣られる様に声を潜めて笑った。そんな二人に小首を傾げる豆介だが、彼のこの真っ直ぐな姿勢はソラに好感を抱かせるのには充分だった。

「ゆきのに相談して良かった……いい人で安心したよ。討伐の件、宜しく頼む」
「こちらこそ!攻撃なら任せてよ。俺のビーフステーキは頼りになるからさ」
「――あずのとーふぁだってまけないよ!」

 パッと弾ける様な明るいソプラノ。少しおぼつかない舌足らずな口調は、子供特有のものだ。
 瞬間的に声のする方へ視線を向ければ、やはり視界に入った渦中の人物は背が低い。蜂蜜色の髪は愛嬌がある少女の顔を可愛さを際立させ、薔薇色の瞳は甘さを含んでいるのにも関わらず、奥底から気丈さが滲んでいる。
 突如として現れた幼い少女の登場に、しばし誰もが意表をつかれ言葉を無くしたが、はっと我に返ったゆきのが「あずちゃん!」と、声を上げた。どうやら、幼い来訪者と知り合いの様だ。名前を呼ばれたあずちゃん――あずきは、ゆきのへ向けた瞳をいっそう甘くして笑みを深めた。

「ゆきちゃんもまめすけズルーい!あずも!あずも!」
「え、ちょっと、あずきちゃん豆花さんは!?」
「とーふぁは、ぎるどくえすとのうけとりにいってる〜」

 慌てた様子の豆介に対して、あずきの表情は呆気らかんとしたものだ。どうやら、豆介とも知り合いらしく親しげだ。成人している者が多いギルドには似つかわしい少女の幼さには、流石のソラも首を傾げるしかない。そんなソラの様子を感じ取ったゆきのは「このギルドに所属してる、あずきちゃん。看板食霊は豆花さんで保護者役もしてるの」と、簡潔的な説明を耳打ちされた。
 幼いながらも御侍をしていることには関心するが、今回の件はどこまで危険なのかも分からない……あずきには悪いが断わりを入れようと、ソラは優しい表情を携えてあずきへと声を掛ける為、口を開いた。

「初めまして、あずきちゃんだったか。俺はソラ、宜しく頼む」
「はじめまして!あずはあずきっていうの!よろしくね!」
「元気な挨拶だな。あずきちゃんには悪いけど、今回の件は危険が伴うかもしれないし……それにあずきちゃんの豆花が許さないんじゃないか?」
「や!」
「いや、でも……」
「おはなしちゃんときいてたもん!あずのとーふぁはとくべつだよ!ちゃんとたたかえるもん!それに――」

 ――だいじなことなんでしょ?

 子供独特の高い声なのにも関わらず、その音は凛としていて真っ直ぐに心へと寄り添う。くっと息を飲みそうになる雰囲気がそこにはあった。

「……あずきちゃん。とっても危険なことだ、それでもいいのか?」
「うん。あず、たいへんさもこわいってことも、でもやらなくちゃいけないってこともわかってる。むしするのがいちばん、やだよ」

 花の色を持つその瞳と凪いだ海の瞳が絡み合う――ひと拍だろうか、それとも数秒だろうか。いやもっと長かったかもしれない。その様子を豆介とゆきのは、ジッと待つしかなかった。不安げに揺れる瞳をそのままに、お互いに双方の出方を伺っていれば、先に動いたのはソラだった。
 ふっと、息をついてからおもむろにあずきの頭へと手を置いて、ゆっくりと頭を撫でつける。その行動に、あずきは小さな口をぽかりと開けて瞬きを数回した。

「普段なら断るけど……あずきちゃんに負けた、宜しく頼むな」
「――うんっ!あずにまかせてね、そらねぇ!」
「その変わりに、ちゃんとあずきちゃんの豆花に許可は取るんだぞ?」

 まさかのソラの承諾に、豆介とゆきのは顔を見合わせお互いに驚きを隠せない表情をするが、すぐに明るい「はーい!」というあずきの返事を聞いて、くすりと破顔した。
 二人とも異論を唱える様子がない、ということはあずきの実力は本当なのかもしれない。

「豆介くんは前衛、ゆきのは後衛、俺はどのポジションも大丈夫だが……あずきちゃんは――」
「あずは、てきさんをほうちょーでざしゅざしゅするの!」

 にっこりと笑って言ったあずきの発言に、ソラはひくりと口端をひくつかせた。幼い女の子が前衛……はっきりと言って異様な光景だ。なるほど、元々の知り合いであるゆきの達がこの『才能』を知っているのであれば、反対しないのも頷ける。

「わ、わかった……豆花は回復だよな。一応、中衛って考えるか――うーん。もう少しだけ人数が欲しいな」
「ハルトは?」
「ハルトくん、最近身体痛くってレストラン出てないよ」
「体調不良ならダメだね……うーん」

 ソラの言葉を聞いて、豆介とゆきのは次々とギルドの知り合いらしき人物たちの名前が出していくが、どの人物たちも都合が合わない様で「帰省中」「休業中」「最近見かけない」と、お互いに知りうる情報を出し合っていく。どうも、直ぐに良い返事をしてくれる人物がいなさそうだ。ソラも自分の知り合いたちの思い浮かべるが、直ぐに駆けつけてくれそうな人物が思いつかない。最悪、このメンバーで討伐を行うべきか……そう思っていた時だった。
 「あず」と、真っ直ぐに呼びかける男性の声が聞こえたのは。
 声のする方向へ視線を移せば、覚えのある薔薇色の瞳に気だるげな細身の男がそこに立っていた。名前を呼ばれたあずきは、パッと表情を破顔させ「とーふぁ!」と嬉しそうにその男へ駆け寄る。豆花はソラたちを不躾に見つめていたが、駆け寄ってきたあずきをそっと抱き上げる……その時の表情は少しだけ柔らかく、微かに細められた瞳には情愛が籠っている様にさえ見える。

「とーふぁ!あずといっしょにたたかおう!」
「……は?」

 しかし、そんな表情もつかぬ間。あずきの発言で、細められた瞳を見開く形となってしまった。それもそうだ。自分が居ない間に見知らぬ人物もいる輪で会話を交わし、そして迎えに来てみれば「戦う」という発言。それには普段、あまり驚きを現さない豆花でも表情が崩れてしまうのも仕方がないのではないだろうか。

「あ!あとね、あず しってるひといるよ!」

 豆花の表情をさして気にもせず、幼い御侍はにっこりと笑った。










 開け放たれた門の向こう側は石版が等間隔で敷かれ、直ぐに料亭を連想させられる。手入れの行き届いた日本庭園を越えて、引戸へと手をかけたソラは、隣を歩いていたゆきのがこくりと息を飲むのを感じ取り少しだけ苦笑を浮かべた。

「緊張してるのか?」
「ぇえ!?あ、いや……和風なのにうちと全然違うから……」

 確かに、ゆきのの店と比べると此方は高級感がある。
 ゆきのの店はどちらかと言うと、庶民的で親しみを覚えやすい雰囲気だ。同じように見受けられるコンセプトでも、こうも違うと緊張してしまうのも仕方のない話だろうか。

「いらっしゃいませ。お話は御侍さんから伺っております。どうぞ、こちらへ」

 芯の通った声、凛然とした雰囲気の女性には覚えがある。撫子色と白の衣装を翻され、毅然とした態度の女性の食霊・紅茶は自分の所にいる紅茶とは少しだけ異なるような雰囲気にソラは見受けられた。御侍によって共通の食霊でも、趣味や嗜好は微妙に違うということを聞いたことがある。『個体差』……だっただろうか、誰が言ったかは分からないがそんな言葉を耳にしたことを思い出した。
 靴を脱ぎ、畳を敷かれた廊下を歩き紅茶に案内されたのは店奥の一角。障子の向こう側には人の気配がある様な『気がした』。
 紅茶の「連れてきました」という、言葉に「どうぞ」と返ってきたのは男性の声。しっとりと耳馴染むような声は、どこか不思議な感覚に陥ってしまう。ソラとゆきのへ一礼をすると、紅茶は来た道へと戻りだした。どうやら、ここに居つく気はないようであまりのあっさりとした態度に少しだけ拍子抜けしてしまう。しかし、「入らないの?」という向こう側の人物からの問いかけにソラは気を持ち直して、障子を開けた。

「いらっしゃい。話は、あずきちゃんから聞いてるよ」

 目の前に現れたのは、艶のある濡羽色の髪を括りベストを着こんだ面布の男。まるで、男性の声色に反応するかのように面布に描かれている絵が変わる。
 笑っているのだろうか、面布に浮かぶ瞳は細められ綺麗な弧を描いていた。

「立ち話もなんだから、座って。お茶もあるし、ほらお茶菓子も用意したんだ」

 紫紺の座布団は畳の色によく映え、湯気を細長く靡かせる湯呑もその横に添えられる艶やかな羊羹も、この和室に違和感なく当てはまっている。

 ――この目の前の男を除いては。

「協力者を探してるんだって?」
「……あ、あぁ。あずきちゃんからの連絡で知っているかもしれないが、要約すればそういうことだ」
「内容は?」
「その前に、あんたの意思を聞きたい。この話を引き受けてくれるのか?」
「もちろん、頼まれたからには引き受けるよ。男がすたるってもんだ」

 友好的な態度に、ソラはほっと胸をなで下ろした。
 準備期間も短く、それに敵の状況さえも不透明なこの任務を引き受けてくれる御侍はなかなかいない。大抵の人は、報酬や経営レストランの知名度アップ、何かしらの見返りを求めてくるからだ。もちろん、今回の任務でも報酬は出ているが国からの通達なのにも関わらず、その額は少ない。ギルドに所属をしていないソラだが、前の任務でチームアップをした何人かの御侍に連絡をとろうとしたが直ぐに返事はなかった。考えあぐねいた末、人当りがよく、友人であるゆきのに相談を持ちかけてみて正解だ。紹介された人物は、見返りを求めない真直な人たちばかりで、この状況下ではとても助かる人材ばかりだ。
 
「改めて、宜しく頼む。グルイラオで御侍をやっているソラだ」
「私は、ゆきのです。えっと、ソラさんと同じグルイラオです」
「こちらこそ、改めて桜の島へようこそ。斎だよ」

 斎と名乗った目の前の男は、口角を上げて笑う。先程よりも柔らかくなったような、異質さのとれた空間にゆきのは、ほっと息をついて出されたお茶へ口つける。ソラもそれに習うようにお茶へ口をつけ、一息ついてから任務の内容を話すために口を開いた。

「――通達に書いてた堕神に関しての情報は、以上だ。まずはメンバーを集めることだと思って偵察はまだなんだが」
「他のメンバーの戦闘スタイルを聞いていいかい?」
「あぁ……豆介くんは前衛。あずきちゃんは食霊の関係で今回は後衛についてもらう。ここにいるゆきのは、回復特化で、俺は基本的にどのポジションでも問題ない。今のところは前衛だと考えている」
「俺はアシスト系の『才能』が得意なんだ。そうなると中衛……前衛や中衛を食霊で補っても増やしたら増やしただけ回復が重要になっていく。ゆっきーの食霊は?」
「あ、はいっ!私の『才能』は、さっきソラさんが言ってくれた様に回復特化です。私の所は練度が他の所よりも見劣りしてしまうので、スキル重視で……なので、連れて行く食霊さんは『さんまの塩焼き』さん、『天ぷら』さん、『味噌汁』さんに、なる予定です」
「バランスが取れてるね。俺は連れて行くとしたら、『辣条』と『紅茶』かな」

 顎に指を這わせながら「もう一人、協力者が欲しいところだ」と、斎はぽつりと呟いた。
 ――協力者。確かに、敵の情報が不透明な分、下手に前衛ばかり増やして回復を怠ってしまえば総崩れしてしまう。頭の中で戦略を考えていたソラは、斎の言葉に頷いたがこれ以上、この任務に加担してくれそうな知り合いが思いつかないのが現状だ。
 
「……一人、心当たりがあるんだ。敵情視察も兼ねてその人も誘っていいかい?」
「あ、あぁ助かるが……その人が、断わったとしても守秘をついてくれるなら俺は構わないけど」
「ありがとう。彼は、きっと『断わらない』よ」

 ソラとゆきのは内心で小首を傾げている二人に見守られつつ、笑みを更に深めた斎は、自分にも用意した羊羹へゆっくりと楊枝を刺した。










 エリア的にも暖かいと言われる場所でも、雪に囲まれているナイフラストは他の地域よりも寒い。源泉から湧いている温泉は、濛々と煙を立てて周りは湯煙で囲まれ霧のようになっている。冷たい風を感じつつ、水蒸気の立ち込める町並みを斎は歩いていた。
 和風の外観が多かった町並みは、足を踏み進めるにつれて段々と西洋風な物が多くなり、斎が目的地までたどり着く頃には、周りの外観はすっかりと洋風なものに様変わりする。閑静な町並みの奥、木造の教会の隣にはウッドデッキが取り付けられた煉瓦作りのカフェらしき建造物が佇んでおり、そのカフェの扉には『Closed』の看板が引っ掛けられていた。斎はそれを確認したあと、真っ直ぐな足取りで今度は教会の方へと歩を進めるが、教会が近くなってくるにつれて子供らしき声が複数聞こえてくる。その声は、楽しそうに声を上げるているものばかりで、何故かこちらまで釣られて笑ってしまいそうになった。木造の大きい扉を開けると、こじんまりとした教会内には複数の子供たちの姿――みな、笑いながらパンを頬張ってはスープを啜っている。

「食べ終わったら食後のお祈りをしますから、ちゃんと席についたままでいて下さいね〜」
「おかわりもあるから、じゃんじゃん食べろよ!」

 穏やかな女性の声と、はつらつとした少年の声が教会内に響き渡る。その言葉に、各々に食事を楽しんでいる子供たちが元気に返事をしていると、おかわりを促していた活発そうな少年・サンドイッチが出入り口で佇んでいる斎に気が付いた。サンドイッチは隣にいる女性・ティラミスと何回か言葉を交わしたあと、斎の元へ親しげに手を軽く振りつつ近づいてきたところを見ると、どうやら顔見知りの様だ。

「よっ、辣条の御侍さん!神父さまに用事?」
「あぁ。君の神父さまは自宅かな?」
「うん!あ、でもそろそろ食事のお祈りをするから帰ってくるかも」

 そう、サンドイッチと斎が言葉を交わしている時……ゆっくりと扉が開いた。花葉色の髪を揺らし、真っ白な祭服に身を包んで入ってきた男の顔は、優しげな表情から一転。眉間に皺を寄せて、厭わしげに顔を歪めた。相手のその態度を特に気にすることもなく、むしろ口元に弧を描いて斎は何ともなしに「久しぶりだねぇ。ギル坊」と、暢気に声をかける。『ギル坊』と愛称で呼ばれた神父姿のその男・ギルバートは、開けた扉を静かに閉めては近くにいるサンドイッチへ向き直った。

「……みなさん食事はすみましたか?」
「うん、そろそろ終わると思うぜ」
「わかりました……お話は、お祈りを終えた後でも?」
「うん、構わないよ」

 斎は出口付近の長椅子へと腰かけて、足を組む。その姿は、面布をつけ異様な出で立ちにも関わらず妙に様になりギルバートの眉間は皺をさらに深くさせた。しかし、その表情も一瞬なもので子供たちがこちらに気が付けば、優しげな微笑みへと表情を変え、柔らかい声色で言葉を掛けていく。露骨な態度の変えように、斎は怒りもしないし、サンドイッチもさして気にしている様子もない。どうやら、このギルバートの態度は常にこうらしい。

「みなさん、食事はすみましたか?」
「うんっ!今日もすごく美味しかったよ神父さま!」
「セロリ初めて食べれたのっ!」
「パンもふわふわで甘くておいしかった〜!」
「それは良かった。今日食べたスープは、スコッチブロス。パンは、パン・オ・レと言って私の故郷の味なんですよ」

 矢継ぎ早に言葉を自由に言ってくる子供たち一人、一人にしっかりと耳を傾けて対応しているギルバートの表情は優しげだ。そんな彼の後ろに控えていたティラミスは、パンパンと二回ほど手を鳴らし、子供たちの注目を集めては「残りのお話は、お祈りのあとにしましょうね」と、にっこりと笑う。ティラミスの言葉に、子供たちは素直に返事をしては席に座りなおして瞳を閉じた。
 笑い声に満ちていた教会内が、一転して静寂を迎える――布擦れすらも聞こえないそこは、神聖な雰囲気を徐々に募らせていった。

「主よ、この食事の恵みを、心から感謝します。この糧に力づけられて、さらに神の国をきずいていけますように――アーメン」

 粛然たる空気の中、落とされた祝詞はじっくりと空気に溶け込み清浄さを際立たせる。ギルバートの言葉に習うよう、子供たちもまた囁くように「アーメン」と、感謝の念を捧げてからひと拍……合図もなしに皆、動き出し始めるとまた元の明るい空気へと戻っていった。食器を片づけたり、ティラミスやサンドイッチと言葉を交わす子供たちの間を縫って、斎の元へ向かったギルバートの表情は優しげなものだが、瞳の奥は面倒くさいといった感情が見え隠れしている様に斎は感じられた。

「それでお話とは?」
「此処じゃあれだから、人のいないとこで」
「……わかりま」
「えー!しんぷさま、いっちゃうの!?」

 声を上げたのは、栗毛色の髪を二つに結った小さな女の子だ。ギルバートの腰よりも低い身長の女の子は顏を精一杯上げて、悲しげにギルバートの祭服の袖を掴み揺らしている。女の子の背の高さに合わせる様に膝を曲げ、潤んでいる瞳を覗き込むギルバートの表情は柔らかい。

「また明日お話しましょう、メアリ」
「オルガンひいてくれるって……」
「ごめんね?お兄さんに神父さま貸してくれるかな?」

 ギルバートを真似るように膝を折り、メアリと呼ばれた少女を覗き込む斎に対してメアリは、斎の出で立ちもあるせいかギルバートの影に隠れるように縋りつくがその表情は、片頬を膨らませ不機嫌そのものだ。

「……かすっていつまで?」
「んー、神父さまの返事しだいだねぇ」
「メアリ、『穏やかな心は、からだのいのち。激しい思いは骨をむしばむ』ですよ。他人に優しくしてください」
「……う、はい、しんぷさま」

 ギルバートの穏やかな*責に、メアリは小さく肩を落とした。表情は暗いのは当然で、目尻にはうっすらと涙が浮かんでいるのは気のせいではないだろう。慰めて落ち着かせてから、そう二人が思って声を掛けようとした時、快活な声でメアリの名を呼んだ人物が現れたのだ。駆け寄ってきたのは、先程まで数人の子供たちと談笑していたサンドイッチで、自然な動作でメアリの視線に合わせては朗らかに笑った。 

「メアリ、俺がいいもの見せてやるよ!」

 何もない自分の掌を指さして、固く握りこむ。数回軽く振ってまたポンッという軽快音と共に何もなかった掌に小さな白薔薇が一輪現れた。不機嫌そうなどこへやら、目を輝かせて薔薇を凝視するメアリに、サンドイッチは「あっちに行ってみんなに見せてやろうぜ!」と、得意げに笑った。

「神父さま、お茶はどうする?」
「いえ、こちらで淹れるので大丈夫ですよ――ありがとう、サンドイッチ」

 ひと拍おいて述べられた感謝の言葉に、サンドイッチは白い歯を見せて笑ってはメアリの小さな手を引いて再び子供たちの輪へと戻って行った。その背中を見つめていたギルバートは、一つ息をついて不遜疎な表情へ顔を変え、斎に向き直った。

「手短に終わらせてくれますか?僕は忙しいので」
「……善処するよ」










「――それで、話ってなに?」

 琥珀色が中で揺蕩う白磁器のティーカップを案内した書斎のテーブルへと置き、そのままソファへ腰を下ろしたギルバートの態度は憎たらしいものだ。柔らかい表情で塞き止め、瞳の奥からちらついていた不遠慮が前面に押し出されている。
 そんな、ギルバートの態度に斎はやはり気にする素振りなど見せず、対面側にあるソファへゆっくりと腰を落ち着かせ、今回の目的について口を開いた。

「……ということで、グルイラオからの通達ではあるけど俺も参加するし、もう少し戦力が欲しいから君も――」
「断わる」
「――まだ最後まで言ってないよ」

 間髪入れずに放たれた否定の言葉に、斎は苦笑を零した。ギルバートは、はぁとため息をついては「まだ何かあるわけ?」と、眉間に皺を刻み付けたまま気うとそうに言葉を続ける。

「それはこっちの台詞なんだけど。その通達って、ほぼ極秘なんでしょ。その内容を引き受けたアンタが聞いたりするのなら兎も角、引き受ける前の僕に聞かせるってことは断わらせる気なんて傍からないクセに」
「なんだ、バレてたかい?」
「しかも戦場は、ナイフラストと光耀大陸との国境付近ってことまで言われちゃ断るにも断れないし……」
「流石はギル坊。そう言ってくれると思ったよ」

 布に浮かび上がる瞳の絵が、綺麗な弧を描いてギルバートに笑いかける。ギルバートはそんな斎の表情を一瞥しては、嫌々とした顔つきで「いちいち白々しいんだよ、無貌め」と、吐き捨てるように言い放った。


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