国家公務員、喰種捜査官。


10月31日ハロウィーン。
倉元の部屋で、一緒に夕食を楽しみ、片付け終わった。私は、倉元からもらった大好物のチョコレートをかじりながら、二人で選んだ洋画を、食卓から眺める。すると、テレビ前のソファでくつろいでいる倉元が、こちらを振り返った。私と目が合うと倉元はあーん、と口を開けてきた。期待した目で見つめてくる倉元を見て、私はいたずら心が芽生えた。
パクリと唇の間にチョコレートをくわえると、倉元を見つめたままソファにいる倉元に近寄る。
両手を広げた倉元に、私は彼の肩に手を置く。倉元の腕に包まれる前に、肩を軽く押して私は彼をソファに倒した。私が上になって、倉元を見下ろす。いつもとは逆の位置。

「……大胆だね」

驚いた顔をするも、倉元はすぐにいつもの笑みを浮かべた。その言葉に、私は口元で軽く微笑むと、自身の唇に挟んだチョコレートを彼の唇に押し付けた。

「ん……」

やがて、二人の熱にさらされたチョコレートが、溶け始める。チョコレートがすっかりなくなっても、私は首の向きを変えて倉元とキスを堪能する。ひとしきり倉元の唇を楽しむと、私はゆっくりと顔を放して、閉じていた目を開ける。

「おいしかった?」

倉元のことを見下ろして、笑顔で尋ねる。いつもと違って、私の優位だ。

「っ、」

倉元の唇に弧が描かれたのを、見たと思った瞬間。視界が一転した。思わずつぶった目を開けると、倉元に見下ろされて、私に覆いかぶさられていた。

「やっぱ、こうじゃなくちゃね」

倉元の、余裕そうな笑み。抗議しようと、口を開けると唇を押し付けられて口を塞がれてしまった。
ならば手を、と動かした両手首は、直ぐに倉元の手に掴まれてしまった。そしてソファに縫い付けられて、私は倉元の男の力になす術をなくすのだった。

「ん、……」

主導権を完全に奪われてしまった私の口内で、倉元の舌に絡めとられる。すでに溶けきってしまったはずのチョコレートよりも甘ったるく、口内が深く犯される。頭の芯が痺れてくる感覚に陥り始めて、苦しいくらいに満たされていく。
やがて、音を立てて離れた二人の唇の間で、繋がった銀色の糸が切れる。

「カワイイ。希咲ちゃん」

力が抜けきってしまっている私を見て、満足そうな笑顔を浮かべる倉元。
呼吸もままならない私に反して、なんて余裕なのだろう……。

「あ…そんな顔で見られると、俺……希咲」

倉元の腕に、抱き寄せられる。
私のことを珍しく呼び捨てた倉元の、捜査官として鍛えられた腕は、逞しいのにとても優しい。
私は大人しく倉元の胸に顔を埋めた。

こうしている間だけは、喰種捜査官であることを忘れられる。
国家公務員だから安定はしていても、危険な仕事だからお給料がとても良くても。
毎日忙殺されてお金はあっても使う時間がない、喰種捜査官という職務。
喰種捜査官は、いつ死ぬか分からない。
今度の作戦で死んでしまうかもしれない。
喰種に襲撃されて死んでしまうかもしれない。

弱気に聞こえるかもしれないけれど、私は現実を静観しているだけなのだ。
死ぬときは、一瞬。
だから願ってしまう。神様がいるなら、どうか私が死ぬときは。

この人の腕の中で死なせてください。