CCGで唯一の


「佐々木くん!おはよう」
「川瀬一等。おはようございます」

後ろからポンっと腕を叩かれて、振り返るとはじけるような元気な笑顔。
彼女は、有馬さんの班に所属している一等捜査官だ。昨日、有馬さんに貸す本を持って行った時に、自己紹介だけし合った。

『有馬さん。彼はもしかして佐々木さんでは?』
『ああ、会うのは初めてか。うん、そうだよ希咲。琲世、挨拶を』
『はい。佐々木琲世一等捜査官です。よろしくお願いします』
『初めまして!同じく一等捜査官、川瀬希咲です。有馬さんからお話は聞いてるよ。会えてうれしい。よろしくね』

そう言ってニコッと浮かべた笑顔が印象的だった。川瀬一等は若く見えるけれど、僕より5期先輩なのだそう。

実はきちんと話したのは、今朝が初めてなわけだ。川瀬一等は背こそ僕より頭一つ分小さいけれど、一等にして有馬さんに認められてるからには、とても腕が立つのだろう。

「昨日は挨拶だけしかできなかったから、もっとお話したいなって思ってたの。今朝会えて良かったわあ〜」
「僕もです。それにしても、珍しいですね?この時間に会うのは初めてですね」
「そうだね。今日は資料を見るためにこっちに来たの。いつもは現地集合だから」
「そうだったんですね、どうりで」

一緒にエスカレーターに乗り込む。川瀬一等はニコニコと明るく話しているけれど、S3班は危険な現場が多い。

「あ、というか」

川瀬一等は今度はハッとしたような顔をした。アキラさんよりも3歳年上なのに同い年くらいに見えるのは、コロコロ変わる表情のためだろうか。
僕のこもを見上げた目と合うと、川瀬一等はいつもの笑顔でニコッとした。

「希咲でいいよ。ハイセでいい?」
「はい、希咲さん」 

希咲さんの明るい笑顔につられて僕も笑顔になる。

「あ。有馬さんだ」

そう言う希咲さんの視線を追うと、出勤したばかりのようでコートを着て廊下を歩いて行く後ろ姿の有馬さんがいた。

「やっぱり早めに来て良かった。実はいい珈琲豆が手に入ったの!出動前にみんなで飲もうと持って来て正解だった。あなたも良かったら近々おいでね、なくなる前に!それじゃね、ハイセ!」

いつもの笑顔で僕に手を振ってエレベーターを降りて行く。希咲さんは本当に元気な人だ。長く伸ばした髪を背中で揺らして、有馬さんへと走って行く後ろ姿を僕は見送った。
CCGでは肩身の狭い僕にフランクに接してくれる存在が、一人でもいる。希咲さんの接し方が気持ちよくて、僕は心が少し温かくなった。


***


「ハイセ!お疲れ様」
「希咲さん。お疲れ様です」

廊下の前方からいつもの笑顔で手を振っている。希咲さんの姿に僕は自然と笑顔が浮かんだ。
あれから数日経っていた。有馬さんからどんな話を聞かされているんだろう?僕を見つけるたびに、笑顔で駆け寄ってきて挨拶してくれているのだろうかなんて想像した。だとしたら少しうれしいなって。

「今戻りですか?」
「そうなの〜。今からレポートまとめなきゃ」

一番下っぱだから私の仕事なの、と言った希咲さんはやっぱり笑顔だった。その笑顔からは、一日働いた18時頃とは思えない元気さ。僕はそんな姿に少し元気をもらった。


***


翌日は、僕が希咲さんを見つけた。アキラさんと会議終わりに廊下を歩いていると、S3メンバーらしき数人と歩いていた。希咲さんはいつもの笑顔だった。S3の動きはみんなが関心が高いから、情報は聞こえてくる。最近S3は、また大きな案件を抱えて忙しくしているそうだ。そんな中でも、希咲さんは笑顔なのだ。


***


ある日の午後。本局に寄ったときに、暫く見かけなかった希咲さんを久しぶりに見かけた。
資料を見るために戻ってきたのだろうか。一人なのか、CCGへ向かって歩いている。時計を見ると5時だ。よっぽど疲れているのだろうか、僕に気が付いていないようだ。今日は僕から声をかけてみよう。

「希咲さん!」
「ハイセ!」

CCG本局の自動ドアにさしかかった希咲さんに声をかけた。振り向いて僕に気が付くと、その顔にいつもの笑顔が浮かんで、僕はどこか安心した。

「珍しいね、こんな時間に会うなんて。戻り?」
「有馬さんに呼ばれまして。希咲さんは?」
「私はアキラちゃんを迎えに」

一緒に自動ドアをくぐる。

「アキラちゃんがね、久しぶりに飲もうって誘ってくれたの!有馬さんに言ったら、一緒に来そうだよねぇ」

そう言ってクスクスと笑う希咲さんに、そうだろうなって有馬さんを思い出して僕も笑い声がこぼれる。
楽しそうに笑う希咲さんに、人懐っこい人だな、と僕は希咲さんの横顔を見つめた。僕にフランクに接してくれる人が、お酒が入るとどんなふうになるのか、ちょっと見てみたいと思った。

「ハイセ!」
「はい?」

希咲さんはバッグからスマートフォンを取り出した。

「連絡先交換しよう?」

まぶしいばかりの笑顔でそう言ってくれた。僕はうれしかった。仲良くしてくれるのが、うれしい。
コートのポケットからスマートフォンを取り出す。二人でスマホをフリフリして、連絡先を飛ばした。

「登録したよ、連絡するね!じゃーね、ハイセ!」

希咲さんが降りてドアのしまったエレベーターで、終始笑顔だった希咲さんの顔を思い出しながら、僕は今交換したばかりの希咲さんの手作りらしき文庫カバーのサムネイルを見つめた。また心が温かくなる思いを噛みしめる。
その日の夜。スマートフォンにLINEが来た音がして僕は画面を見た。

<ハイセ!こんばんは。希咲だよー)

僕はクスっと笑って返信する。

(こんばんは、希咲さん。ハイセですよ>
<LINE交換してくれてありがとう。今帰ってきたよ。うれしくてさっそく送っちゃったよー)
(おかえりなさい。僕も聞いてもらえてうれしかったですよ>
<良かったー!今度アキラちゃんと有馬さんを誘って、お茶したりしたいね)
(いいですね!CCGのそばにおいしい珈琲店があるので良かったら案内しますよ>
<そばっていいね、楽しみ!それじゃ明日早いからもう眠るね。おやすみー)
(おやすみなさい>

翌朝、出勤準備していると、LINEの通知音がした。

<おはよー!今日もお仕事がんばろうね!)
(おはようございます!晴れて良かったですよね。今日もお仕事がんばりましょう!>
<スタンプ

スタンプはCCGのゆるキャラだった。希咲さんってこういうところがあるんだなぁ、と新発見。
出勤してお昼時にLINE通知音がして見てみると、希咲さんだった。

<お疲れ様!S3は捜査に一区切りつけてこれから休憩なんだけどなんと!有馬さんが全員におごってくれるんだって!)
(お疲れ様です。有馬さん、珍しいですね!今日せっかく晴れたのに明日雨になったらどうしましょう(笑)。僕ももう少ししたら休憩に入れそうです。ごゆっくりしてください〜)

そんなこんなで、僕は希咲さんとたまにLINEをする仲になった。
希咲さんの生活スタイルが分かってきた頃。希咲さんは「おはよー!」とか「おやすみー」だけは必ず送ってくるのが日課となった。たまに局で会うと、雑談もした。そんな希咲さんからLINEで返信を求められたことはない。一方的に送ってくるのが、僕のことを気にかけてくれてるんだって思って悪い気はしなかった。いつの日からか、僕は希咲さんからの「おはよー!」「おやすみー」LINEを待つようになっていた。


***


今日は、下口班、平子班、真戸班の捜査会議に、僕は出席している。

「そういえば……先日はクインクスとやらで、喰種出没の垂れ込みを調査したそうですね?唸り声が聴こえるとのことで調べた結果それが……野良犬だったとか!ワハハハックインクスの仕事は犬探しですか!」
「あ、アハハ……いやあ……力抜けちゃいますよね……でも、喰種じゃなくて良かったです」
「ヘラヘラするな」

僕は散々な目にあった。僕らは平子班の今期の成績の三分の一以下の成績の上に、2項のことでアキラさんからパンチを喰らうし、下口上等が3カ月も捜査して手掛かりのない案件を、Qsの統制も不十分なのにひと月以内にトルソーの人相を挙げろだなんて……。

「さっさっきっクン!さっきは大変だったね」

後ろからパンッと肩を叩かれて振り返ると、はじけるような元気な笑顔。
あれ?この感じ。

「あっ伊東一等」
「はい、伊東です。というか。倉元でいいよ。ハイセでいい?」
「はい、倉元さん」

デジャブを感じながら、僕は応える。希咲さんのことを思い出していた。
というか、

「どちらも苗字みたいですね」
「そうなの」

倉元さんも、明るい人だなぁと思った。CCGで肩身の狭い僕にフランクに接してくれるなんて。くらもっさんは、僕より3期先輩だ。
さっきの会議でのアキラさんの無茶のことで、しばし雑談もできた。

「平子さんのチームはオロチの捜査でしたよね。どんな喰種……って聞かないほうがいいんですかね」

さっきの会議での、下口上等のことを思い出す。

「いやあ?いいんじゃない?というか本来、もっと情報共有すべきでしょ」

お、と思った。僕と同じ考えだ。希咲さんも、倉元さんも、明るくて、捜査に前向きで、仕事に一生懸命で。こんな人たちと出会えて良かったと、僕の心は温かくなる。

「オロチはレートも十分。昇進推薦を受けるにはいい材料だ。目指せ上等捜査官!」

倉元さんは上に行きたいんだな。そういえば、アキラさんもそうだ。アキラさんのお母さんは准特等だったと、以前アキラさんから聞いている。

「アキラちゃんや君には負けないよ。んじゃ!またねーハイセ」

後ろ手に振りながら去って行くくらもっさんの姿に、僕はなぜか希咲さんを思い出していた。
CCGに、僕にでもフランクに接してくれる人が2人もいる。心がまた温かくなるのだった。


***


ある日の午後。くらもっさんが、希咲さんを呼び止めているのを見た。あの二人って知り合いだったんだなぁ。希咲さんは、呼ばれて誰か分かると、いつもの笑顔で応えていた。
僕はハッとした。初めてくらもっさんと話した時になぜ希咲さんを思い出したのか。二人は、似てるのだ。

「……」

なんだか、お似合いだって思った。

「どうした、ハイセ?」
「あ、いえ……」

アキラさんに気付かれて、僕はなんとなく希咲さん達から目をそらした。

「……川瀬一等か」

アキラさんてば、僕が見ていた人が分かるんだから。

「最近は、川瀬一等とも随分食事をともにしていないな。S3は忙しいようだ」

アキラさんは遠くを見るような目をした。だけど、微笑んでいて。僕はアキラさんに声をかける。

「アキラさん。今度、有馬さんと希咲さんを誘って、4人でお茶に行きませんか?CCGのそばにおいしい珈琲店を知ってるんです」
「そうだな。行こう。だがまずは、これからの予定だ。時間ギリギリだな」
「そうですね」

僕らは急いで車に乗り込んだ。それからは、僕ら真戸班は忙しくなって行った。


***


六月くんが特例の二段階昇格した頃。希咲さんの連絡頻度はぱったり減っていた。本局でも、ほとんど会えていない。まあ、最近CCG全体で作戦行動したり忙しかったから……だけど僕は、不思議な胸騒ぎがしていた。希咲さん、最近どうしてるんだろう。
会議終わりに、アキラさんとエレベーターを降りてロビーに出た際に、辺りが騒然としていた。見ると、なにやらギャラリーができていた。みなさんの視線の先を見ると、ロビー中央に、頭を下げて手を差し出してる倉元くん。と、向かい合って恥ずかしそうに俯いている女性は、

希咲さん……?

「はい…っ」
「よっしゃあああああああ!!!!」

両手を天に突き上げた倉元くんが、次の瞬間希咲さんを抱きしめていた。ギャラリーに「おおーっ」と言う歓声と、拍手と、野次が起こった。

「タケさん!やりました!やりましたよ!俺ーっ!!」

希咲さんを抱きしめたまま片手を振る倉元くんが見る先に、平子上等。ほとんど無表情でもうれしそうな顔で拍手している。
これって、ひょっとして。そして、倉元くんの次の言葉は。

「希咲ちゃん!俺!絶対幸せにするよ!」

希咲さんに、プロポーズをしたのか……?それで、希咲さんは受けた?愕然とした。ああ僕は。
希咲さんに、恋をしていたのか。
兆候はあったはずなのに。どうしてもっと。もっと早く気が付いていれば。僕は俯いていた顔をあげる。

「……」

希咲さんの、紅潮して、涙目になって、うれしそうな笑顔を見つめる。
CCGで肩身の狭い僕にも、フランクに接してくれた唯一の希咲さん。唯一の倉元くん。二人は、似てる。幸せになってください。お二人とも。

「とても、お似合い。です」

本当に……お似合いだと思った。