CCGアドゥシール


「急遽、希咲は局へ戻ることになった。俺も同行する。悪いが聞き込みは三人で行ってくれ。危険があれば関わらず、必要なら応援を呼ぶこと」
「「「了解」」」

私と班長は、ミッチーたちと別れ、本局へとんぼ帰りする羽目になった。

「……ふぅ」
「どうした?」
「あ……。班長、私……」

局まで班長と二人歩きながら。班長と願ってもない二人きりで、うれしいはずなのに。
正直、私はこれからのことに緊張し始めていた。だってあの有馬貴将と言えば、最強の。無敵の。伝説の。

「有馬特等は、私のリスペクト捜査官です。あの有馬特等が、私に話って……緊張します……」
「……」

一歩ずつ踏み出す足が、確実にあの有馬貴将へと近づいていると思うと。
せっかく二人きりの、いつも目で追っている班長の横顔を見ることも今はそんな気分じゃなくできず。
緊張状態が限界突破しそうな勢いのまま、班長と有馬特等と面会する部屋へと到着した。

「……」
「……」

私を見た班長に私は小さく頷くと、班長が班長が重厚な作りのドアに欧米風正式ノックをした。

「入れ」

中から聞こえてきた有馬特等の声に、私の肩が小さく跳ね上がった。思わず隣にいる班長の顔を見上げる。班長は私を見下ろすと、小さく頷いた。私はそれだけでとても安心する。

「失礼します」

班長に続いて私も部屋へと入る。部屋の奥に、あの有馬特等がいた。ひゃああ……本物の有馬貴将だと、内心高まる。
特等クラスのトップ会議で使われる長テーブルの上座に、優雅に腰をかけて手を顔の前で組んでいる有馬特等。私を見つめる静かな佇まい、神々しい。
今のうちに、こんなに近くにいる最強捜査官、有馬特等のお姿を目に焼き付けておこう……なんてミーハーなことをわざと考えて、これから何を話されるのか分からない緊張をほぐす。

「そちらへ」

有馬特等の落ち着いた声が部屋内に響く。有馬特等が指したのは、彼の座っている正面の椅子だった。班長にならい、私も椅子の脇に立つと、有馬特等へ視線を移す。

「一等捜査官、川瀬希咲です」
「やあ。初めて会うね」

有馬特等の口元が神秘的かつ優雅に弧を描いた。意外と親近感……ううんやっぱり近寄りがたい。
有馬特等の何を考えているのか分からない眼差しが、私をまっすぐに注がれる。

「ふふ。聞いた通り、まるで10代のようだ。それに美人だな」

予想外の言葉に、私の心臓が跳ねる。そしてなぜか、隣の班長が緊張した気がした。
そんな私たちなんて意に介さず、有馬特等はなめらかな口調で続けるのだった。

「単刀直入に言おう。川瀬一等捜査官を、引き抜きたい」

……それからは、あまり覚えていない。
末端ヒラ捜査官である私が、有馬特等のお目にとまったことの衝撃がものすごくて。
気が付いたら、班長と一緒に部屋をあとにしていた。

「希咲を引き抜かれてしまうとはな。……参ったな」
「……本当ですよね」

私から制御のきかなかった乾いた笑いがこぼれる。
話をまとめると。郡くんとハイルが、私の話をしていた。そこへ有馬特等が通りかかった。年齢よりやたら若く見える捜査官は、その実力に似つかわしくない一等捜査官にも関わらず、その戦闘力は准特等を凌ぐ。CCG入社からさほど時間も経ってないということで、興味を持った有馬特等が部下に招き入れたい。――――一時的に。

「一時的と言うことは、平子班に戻れるということですよね」

でもそれが、いつになるのか分からない。数か月後か、数年後か……。
私は一等でい続けることを願っていた。でも今や、許されなくなるかもしれないと思い始めた。才能があれば、組織という特色上、個人のワガママは通らないのが常。なにより有馬特等の班と言えば、全員上等捜査官以上で構成されたS3班だ。
私も上等にされてしまい班長になれば、平子班から抜けないとならないかもしれない……。甘かった。でも仕事は好き。だから手は抜かない。だけど私はただ、班長とずっと一緒にいたいだけなのに……。

「班長、私……。平子班に戻れますよね……?」
「………」

俯いたまま願望を口にする。

「一時的って、そういう意味ですよね……?」
「……」

希望的観測を込めて、やや前を歩く班長の顔を見上げる。

「それなら私……、私、安心……、です」

心底泣きそうな思いをひた隠して。
振り向いた班長に、笑顔を浮かべた時だった。

「希咲」
「!」

班長から両肩を掴まれて、正面から班長と向かい合う。

「……」
「……」

アカデミーを20歳で卒業後、CCGに入社して、2年平子班に所属しているけれど。
正面から、しかもこんなに近い距離で、班長から見つめ合うという初めてのイベントが発生しているというのに。
私からは何もアクションをせず、頭一つ分背の高い愛しい人の目を見つめていた。