CCGアドゥシール
ルーキーくんが入り、平子班は通常業務に戻った。私のほうは、班長とは相変わらず距離が縮まらず。
「希咲さん〜珈琲どうぞ!」
「ありがとう、倉元くん」
ルーキーくんは、私を下の名前で呼ぶ。今日は一日PC業務で、ほぼPCにかじりついてるから珈琲の優しい香りが疲れた脳には助かる。
「もう直ぐ定時ッスね〜」
「そうだね」
私はなんとか残業を回避するべく、急いで追い上げに入っているところだと言うのに。珈琲を持ってきてくれたルーキーくんは、私のそばから離れない。
「倉元くん」
「なんスか?」
「ひょっとして、もう終わったの?」
「もちろんッス!」
うわ優秀。
「倉元。用が済んだら希咲ちゃんから離れてさしあげろ。希咲嬢は残業回避のために終わらせようとしてるんだからよ」
「はいッス!」
ミッチーの助言を素直に聞き入れるルーキーくん。班長の元に行って、仕事を請け負おうとしている。
「倉元、この書類を下口上等へ」
「行ってきまっす!」
ルーキーくんは、すっかり平子班に馴染んでいるようで。別の班の女子から聞くに、ルーキーくんは既に知人が多いらしい。って集中集中。ブルーライト加工済みのメガネをかけなおした。
「希咲。終わりそうか?」
いつの間にか脇に立っていた班長の声に、とても集中していたことを悟る。おかげで残業は回避できそう。
「はい、間もなく……、終わりました!」
お願いします!と班長にレポートも提出する。
「よし。全員残業回避だな。帰ろう」
「お疲れ様でした〜」
周りを見回して言うと、ルーキーくんもいつの間にか戻って来ていた。あ。そうだ。
「班長班長」
「ん?」
私は班長にこそっと耳うちする。
「今日、倉元くんの歓迎会しません?定時で帰れますし、PC業務のおかげで体力も余裕ありますし」
「ああ。そうだな」
班長のOKが下りたので。
「みなさーん。今夜、倉元くんの歓迎会しませんか?」
「おっいいねえ!」
「行きましょう!」
「わ〜うれしいッス!」
満場一致で、今夜決行。
「お店決まってないなら、俺アテありますよ」
「根津くん、助かる〜」
根津くんはすぐにスマホを取り出した。班長に続いて、全員でオフィスを出る。
「希咲さん希咲さん」
「なあに倉元くん」
懐いてくれててカワイイ。エレベーター待ちの時に、隣に来た倉元くんを見上げる。平子班では一番小柄ではあるけど、意外と背が高いなー、なんて思った。
「よく班員と飲みとか行ったりするんスか?」
「うんよく行くよ。他の班より仲は良いのかもね。他の班の話聞いてる感じ」
「そうなんスか!俺、平子班で良かったなって思ってたの、間違いなかったんスね!」
「あはは。そう言ってもらえると私もうれしい。倉元くんも、これからたくさん飲みに行こうね」
「はいッスぜひ!」
明るい性格で、人懐っこくて。
「私も、倉元くんみたいに良い人が入ってくれて良かったよ」
「えへへぃ」
照れてしまった倉元くんが、カワイイ。エレベーターの中でも、倉元くんはまた道端くんにイジられていた。
「おや。みなさんお揃いで」
「お疲れ様です」
エレベーターを降りると、真戸上等と亜門さんと会った。
「ええ。これから新人の歓迎会で」
班長はいつだって笑顔のつもりなんだろうけど、相変わらず無表情だった。
「それは結構なことで」
私たちと入れ違いに、ニコニコとエレベーターに乗り込む真戸上等。
「希咲」
「亜門さん?」
手に何かを握らされた。
「ナン無料デーのあのカレー屋のデザートチケットだ。班員にも食べさせてあげろ」
「ありがとうございます!亜門さん」
胸元で小さく手を振って、真戸班の二人と別れた。
「なんだって?亜門さん」
「ミッチー。カレー屋さんのデザートチケットもらったの」
「どれ。見せてみろ」
「たくさんもらったから、みんなで今度、ランチ行こうねー」
「あ、そういうのいいッスねー!社会人っぽいッス!」
「あはは。倉元らしいな。希咲さん、俺も甘いものは好きですよ」
「梅野くんもそう言うなら、決まりだね」
局を出ると、みんな自然と駅へと歩き始めた。けれど、慌てた根津くんに「こっちです」と呼び止められて、駅とは真逆へと一同は歩き始める。
「こっちに来るの初めて」
「俺もだな」
班長が私の話を聞いててくれて、さらに同調してくれてうれしい、なんて。ウブなことを思ってしまった。先を歩く班長の隣へ行く。
「班長、根津くんが連れて行ってくれるお店、どんなところでしょうね!楽しみですね!」
そう言う私に、班長は私を見て微笑んでくれた。口数は少ないけど、私はこれだけでもうれしい。
「あ、ココです」
「雰囲気良いね〜」
根津くんに続いて、平子班がゾロゾロと続く。
「すみません、6人なんですが」
「大丈夫ですよ。奥のお席へどうぞ」
通された席は窓際で、広々していて景色も良くて良い場所だった。こういう時班長は、下座に座りたがるから、ミッチーに奥へ押しやられるのが通例。だから、さりげなく班長の隣をキープ。そして見事、私は班長の隣の席をとったどぉー!
「班長、飲み物のメニュー取ってください!」
「ああ、おう」
右手で、左側に座る班長の腕にどさくさに紛れて触っちゃった!一瞬だけで、手を離す。はうう、カタかった!もっと触れていたいのが本音。
「はい」
と言って、私の前にメニューを置いて一緒に見てくる班長。カワイイー!
「希咲は何にするんだ?」
「ん〜。たくさんあって迷いますねえ」
とか言って時間稼ぎ。二人きりの時間。たっぷり堪能しないと!
「俺は生だな」
それなら私も同じのにしますぅ。とは言わずに。
「私も決めました」
「じゃあ、希咲が決めたのを当てよう」
おっ
「いいですよ!では言い合いっこしましょう?せーのっ」
班長と良い仲になりたいよ〜
「「生」」
!?班長に顔を振り向く。班長も私をジっと見て来た。
「……」
「……」
一緒にメニューを見てたものだから、班長との距離が近い。ちょっとオイシイ……なんて。それにしても、班長どうして分かったのかな?すると、そんな私を見て、班長はフ、と小さく微笑んだ。あっその笑顔カワイイです!
「乾杯は生でが多い。ビールは飲めなくても、場の雰囲気を守るために、皆に合わせて乾杯は生にする。希咲はそういうヤツだろう?」
優しい笑みを浮かべて、私を見つめる班長。胸が、キュンとした。それにしても、班長と飲みに来るのはとても久しぶりなのに。有馬班に行く前の私のことも、班長は見ていてくれてたんだなあ……。ジーンってうれしくなる。
「すごいです!どうして私のことが分かるんですか?」
瞬間、班長が固まった。ほ〜んの一瞬だけど、見逃す私じゃない。
「……そりゃあ、な……」
「え〜気になりますぅ」
ああその取り繕おうとしてるところも、班長カッコイイよ班長。私に、落ちてよ。
「オ〜〜イ〜〜そこの二人ィ」
「「!!」」
少し離れた場所から聞こえてきたミッチーの声に、振り返る。
「こっちが黙ってりゃ。イチャコラ続けてんじゃねえ!」
「そんな、イチャラブなんて///」
「言ってねーし!」
その後、人数分の生が配られてきた。ここはやはり、ミッチーに挨拶してもらってから。
「「「「「「カンパ〜イ!」」」」」」
みんなが冷たいビールを一気に喉に流し込むのを眺める。
「……」
さっき、班長が私に言ってくれた言葉を思い出す。“ビールだけは飲めないんですぅ”そう言って飲まなかった社会人なりたての私は、社会人として○ではないと今は思う。
「……」
よし。ビールを飲もうと口を付けようとした瞬間。
「無理するな」
「!」
班長が、私の手にしたジョッキを掴んで止めた。
「俺が飲んでやるから」
「班長……」
そう言ってくれた口調も、表情も優しくて。私は自然と唇が弧を描く。
「代わりのものを選べ」
飲み物のメニューまで渡してくれる気遣いっぷり。班長、ありがとうございます。好きな人に優しくされると、幸せな気持ちになる。
「決まったか?」
「はい。カルーアミルクにします!」
「俺もそれ飲むわ」
でも、ここはドリンクカップ交換性、と班長のジョッキを見る。空だ。
「では一緒に頼みましょう!」
そう言う班長の顔は、生二杯くらいでは一切変わりなくて。班長は、お酒がとても強い。そう、仲間内で強いと言われる私よりも、班長のほうがお酒に強い。
「ミッチー。追加注文お願い〜カルーアミルク2つね」
「2つぅ!?希咲と誰が……あ!?」
ミッチーの眉の上がり具合に、ミッチーの視線の先を見ると。
「…フフっ」
思わず笑ってしまった。班長が頭の上で片手を上げていたのだ。随分カワイイ仕草に見えた。
「まーーたこの二人は公然でイチャつきやがって!」
キレるミッチーに、後輩の72期組がまた苦労させられていた。……あれ?今夜の主役、ルーキーくんが全然しゃべってない。と思った瞬間。
「希咲さんって、平子班で紅一点ッスよね」
「えぇ……?」
しゃべった。何だかすでに、ふにゃ〜んとなってる。……早くない?自身の片手に乗せた頭が、なんだかフラフラしていて、危なっかしい。と思ったら、突然。
「倉元くん!?」
ガクン、と落ちた。
「あ〜こりゃ寝てるわ」
隣のミッチーが倉元くんを指で突いている。早くない?
「……お開きにしましょうか〜」
早くない!?根津くん!カバンを持ち始めてるし!
「倉元は寝かせておいて、俺らは飯だけ食いません?俺腹減ったんスけど〜」
「そうだな。夕食だけ食べて出るか」
ミッチーの提案に、班長がGOサインを出した。その後、住んでる方向が一緒と言うことで一番体が大きい梅野くんが、倉元くんを連れて帰ってくれることになり、第一回、新生平子班の飲み会は幕を閉じた。