喰種捜査官姉妹の恋バナ


「郡さんカッコイイ」
「こら役職をつけなさい」


私を追いかけて喰種捜査官になった妹は、宇井特等をカッコイイと言う。


「どこが好きなの?」
「えっとぉ……」


え、照れてる。ガチなの?それなら、なおさらお姉ちゃんとしては妹の好きな人は把握しておきたい。
妹は、私が副班長を務める班の班員だ。実家を出て二人暮らしをしている部屋に二人でいつものように帰ってくると、350ml缶チューハイを半分こにしたグラスを傾ける。

「……顔///」

ようやく口を開いたかと思えば、そう言って顔を赤らめる妹に若干引きつつ私は宇井特等のお顔を思い浮かべる。……イケメンなのか……?

「何その納得してない顔はー!」

妹に指摘されて、ずいぶん失礼な物思いにふけっていたことに気が付く。仮にも上司に対して。
その間にも妹は、「まあ、伊東一等が好きすぎてSkypeチャットで“妹”を“伊東”と素で打っちゃうようなお姉ちゃんには、分からないだろうけどっ」

なんて言ってちょっと頬を膨らませている。ていうか、私の失敗をえぐらないでほしい。自分でも衝撃だったんだから。

「ゴメンゴメン。ん〜でも納得したよ。確かに中性的でキレイな顔立ちだね。ふーんそっかあ……宇井特等かぁ」



***



「……」

妹の宇井特等イケメン発言からというもの。宇井特等を見かけるたびに、目で追うようになってしまった。
やはり姉としては、彼が妹を幸せにしてくれるの人なのかよく見極めてからでないと結婚は認められない。相手側の気持ちも確認しないで、随分な物言いだけれど……。

「……」

別の班から資料を受け取りに行って戻ってくる妹の姿がないか、エントランスのエレベーターが見える位置から確認する。
通行の邪魔にならなそうなコンクリートの柱による。

「……」

しかしこうして見ていると、CCGにはイケメンが多いことに気が付く。第一線で活躍してる者は、ほとんど20〜30代の若い世代だなんて。

「希咲ちゃん!」

肩をポンとたたかれた。横からかけられた声に振り向くと、いつもの様にニコニコしている、倉元だった。

「お疲れ様〜」

思わず顔がほころんでしまった。私の想い人なのだ。別の班だけど、同じく副班長で一緒に昇進して行っている、アカデミーでも同期の仲。

「希咲ちゃん最近、宇井特等のことよく見てない?」
「そ、そんなこと」

予想外の指摘に動揺した。まるで、私が宇井特等に恋してるみたいに言うと思ったのだ。それも好きな人から。誤解されては困るのだ。
かと言ってはっきり否定もできない。倉元に気持ちがバレてしまうのも困る。

「宇井特等のことが好きなのかと思っちゃった」

倉元の言葉に、思わず倉元を見上げる。すると倉元のほうも、その場でじぃっと私の目をのぞき込んできた。
倉元の的外れな発言に、少々脱力する。あなたの目はふし穴なの!?ううん、バレても困るんだけど。でも。

「違うのよ。私じゃなくて、」

気を持ち直して、説明することにした。妹と話した晩のことを思い出しながら。

「宇井特等のことをカッコイイと言ってる人がいるの」

誰が、とは言わない。勝手に人の色恋沙汰を他言はしない。妹といえど。

「へえ〜」

倉元は宇井特等のほうへ視線を動かした。宇井特等は、エレベーターへ乗り込もうとしている。私は宇井特等を眺める倉元の横顔をこっそり盗み見た。
アカデミーの頃から一緒だけど。カッコイイなって思う。背も、私よりずっと高くて。見上げる横顔も年々たくましく、男らしくなって行ってる気がする。

「宇井特等って何歳だっけ。若そうに見えるけど」
「確か27歳。意外と私たちより少し年上だよね」
「27歳かあ。宇井特等って、結婚とか考えてたりするのかな」
「どうだろうね。いつもハイルと一緒だけど」

倉元だって、そのうち彼女なんて作っちゃうんだろうね。なにげに倉元って人気あるし。その気になればすぐにできるんだろうな…。倉元にお似合いの、顔も可愛い彼女が……。
悲しくなってきた。倉元から目をそらすと俯く。でも涙が出そうになったから、顔を上げて前を向く。
ガラスごしに外が見える。CCG屋内はこんなに涼しいけど、外はこの暑い中たくさんのサラリーマンが行き交っているのが見える。

「結婚とか考えたりする?」
「そだねぇ。好きな人とずっと一緒にいられるのは幸せだと思うけど」

お昼すぎ。捜査官たちがぞくぞくとお昼休憩から本局へ戻ってきている。

「結婚したら三食昼寝つきってどう?」
「お金を稼がないかわりに、家事育児は女の仕事ってわけね。完全に住み分けることはいいことかもしれない」
「金は俺が稼ぐ」
「カッコイイー」
「やったね。ちょっといいタワーマンションに住ませてあげる」
「リッチー」
「やっぱ新婚旅行は海外?」
「いいねぇ。有給もらえるかな?」
「その前に親へ挨拶だよね。まずは彼女、その後に俺の家」
「おお、きちんとしてるー」
「当然。大好きな子とずっと一緒にいたいからね」
「相手と相手の家族のほうを大切にします、みたいなのグッと来るー」
「でしょ?いい男でしょ。俺のところにお嫁さんに来てもらえるなら後悔させないよう、結婚後も親兄弟より妻を第一にするよ!」
「頼もしいわー」
「あと、イクメンなんてわざわざ言うのおかしい。自分の子どもだから世話するのは当たり前です!」
「選挙になってきたー」
「もう一声!」
「倉元に一票入れるよー!」
「ありがとうございます!!」
「ん?」

私はようやく隣にいる倉元の顔を見上げた。こちらへ差し出していることに気が付く。その手には。

「一票より、一筆書いてほしい」

婚姻届を差し出している倉元の顔は、赤らんでいて。え……え?混乱していると、倉元が口を開いた。

「婚約指輪は給料4か月分!!」

これでどうだ!とばかりに倉元が叫んだ。お昼時でたくさん局員がいるというのに。周りを見ると、今の倉元の大声で私たちに視線が集まり始めている。

「……、」

恥ずかしい!公然の視線にさらされるのに堪り兼ねて、はいっと私は小声でもなんとかふり絞って、差し出された倉元の手にそっと触れた。

「よっしゃああああああああああああーーー!!」

辺りを見ると、すっかりギャラリーができていて、ヒューヒューとかヤジが飛んでくる。

「タケさん!!!やりました!!!俺やりましたよ!!!!」

片手を大きく振る倉元の視線の先を見ると、平子さんが拍手している。相変わらずの無表情で。
よく見ると、平子さんの隣で、いつの間にか戻ってきていたらしい妹も、「おめでとうお姉ちゃん!」とか言って涙流して拍手してる。

「希咲ちゃん!俺幸せにするよ!」

私の腰に回した腕にぎゅっと力が込められる。うれしそうな倉元よりも、私のほうが喜びは上だと思う。大好きな倉元が、生涯の伴侶として隣にいてくれるんだと思うと。未来は明るい。