CCGメランコリック


現在、CCGは未曾有の危機を迎えている。
そんな中、妹と宇井特等が先日、婚約した。その宇井特等からすると、かつての上司であった有馬特等が逝去され、先輩であった平子上等がCCGを辞め、可愛がっていた伊丙上等を亡くし、後輩のハイセが懸念していた以上のことをして、CCGトップの和修一族が喰種と判明。全てを失った、宇井特等の気持ちは想像に難くない。CCGはもう終わりだという雰囲気すら感じる。
しかし姉としては、幸せを願わずにはいられない妹の嫁ぎ先が、無職の亭主となることだけは避けたい。姉として、CCGに身をおく者として。宇井特等がどう考えているのか聞きたい。それにCCGを信じて戦ってきた私達は、そろそろ身の振り方を考えければならない頃なのだとも思うから。

「これからCCGは、どうなって行くのでしょう」
「そうだな―――」

こうして、義姉となってからは。私は宇井特等とよく話すようになった。

「―――私の意見の前に、川瀬上等の見解を聞こうか」

実はプライベートでは、上官で先輩で年上の宇井特等から恐れ多くも「お義姉さん」などと呼ばれていたりする。しかし、ここは職場。宇井特等が上官であることに、変わりはない。

「……CCGが、なくなるんじゃないかと。不安に思っています」
「……それで?」

先を促される。

「本題に入る前に、失礼を承知で申し上げます。……大切な妹が、亭主の宇井特等と……一緒に仕事を失うことになったらと思うと、心配です……」

宇井特等の様子を伺う。感情の読み取れない表情で黙って私を見つめ続ける宇井特等に、私は慌てて付け足す。

「もちろん、CCGの先行きが何よりも先決です!ですが、あの子の姉としてはやはり……宇井特等のお考えを。伺いたいです」
「…………」

暫く、宇井特等は黙っていた。どんな言葉が飛び出すか、気が気ではなかった。万が一、妹との結婚がなくなったら。申し訳が立たない。

「……CCGのことについての見解は?」
「……はい、」

宇井特等は、なぜなかなか自分の意見を話してくれないのだろう。

「CCGは今こそ変わるべきだと考えます。これまでの体制ではいられなくなってしまったと思います。各組織が、崩壊したためです。組織としての境界線があやふやになってしまった今、CCGを内側から作り直すべきです。唯一の喰種対抗組織であるCCGのトップまでもが喰種だと判明し、さらに有馬特等、佐々木准特等、平子上等がいなくなって……CCGを去る者も出るかもしれません。しかし私は、何があってもCCGに残ります。まだ喰種がいて、何も解決していないのですから。なのでできれば、宇井特等にも残っていただいて、指揮官として宇井特等がいてくださるなら、いてくださるなら指揮の元、喰種と人間の問題を解決できると思うのです。私も全力で、死なないで身を投じる所存です」

つい熱くなってしまった。宇井特等は、どう思ったかな……

「こわくはないのか?」
「もちろん恐いです。しかし恐れは、人を鈍くすると考えます。確かに、ずっと正義だと信じて身を投じてきたCCGに対して、心が離れました。でもそれは一瞬です。まだ何も解決していないことを思い出したのです。今は、まだほんの第一段階だと考えます。しかしこれほどに優秀な捜査官が減らされてしまい、現状難しいことも分かっています……。しかしだからこそ、私はCCGを抜けません。喰種はまだいます。CCGは形を変えてでも、新たなCCGとなるべきだと考えます」
「……話は分かった。しかしまるで、何かから一生懸命目を背けているようだな」
「……」
「……」

どういう意味、で言ってるんだろう。互いにしばらく見つめ合う。先に目をそらしたのは、意外にも宇井特等だった。ふぅ、と息をつくと、宇井特等は口を開いた。

「……伊東くんだろう」
「、……」

私は返事をするのも憚られた。

「妹君と婚約してから、お前とも距離が縮まって、直ぐに気が付いた。いまさらだ、隠すな」

まっすぐに見つめてくる宇井特等。私は観念した。

「……有馬特等と、平子上等は。伊東上等が、リスペクトしている二人でした」

ポツリ、ポツリと俯きながらも言葉を刻む。

「ですので……」
「伊東上等は、そんな二人がしたことを汲んで、CCGを去るかもしれない、と?」

宇井特等の言葉に顔をあげる。やっぱ分かるよね、宇井特等なら……。その時、宇井特等の瞳がふいに、私を通りこして後方を見た気がした。

「川瀬上等。私は、未来の妻とCCGを守る一心だ。今の話は一先ず忘れてやる。よく考えろ」

そう言って宇井特等は立ち上がると、去って行った。私は後ろを振り返った。目に入った人物に、反射的に椅子から腰を上げていた。

「倉元……」

片手を上げて、作り笑いを浮かべる倉元。アカデミー、そして捜査官になってからも、私たちは一緒に昇進してきた。
同じ時を刻んできた、唯一無二の存在であり、私の想い人。

「……話、聞こえちゃった」
「……」

倉元の言葉で、私はいたたまれなくなって俯く。私は勝手に倉元を唯一無二の存在だと思って、出しゃばってしまったと思った。何様?とか、思われちゃったかなぁ……。

「ありがとう。希咲ちゃん」

思いがけない言葉に、顔をあげる。

「そんな風に思ってくれてて、うれしいよ」
「……」

倉元の言葉に視界が滲んできた。涙を見られたくなくて、再び俯く。だって、別れの言葉にも受け取れたから。……次の言葉を聞きたくない。倉元を、失うことになるかもしれないから。

「俺はCCGを見限った。希咲ちゃんが予想した通りだよ」

私の心臓がギュと締め付けられる。しかし、でも、と倉元は言葉をつむいだ。

「希咲ちゃんの話を聞いて、俺も気持ちが固まった」

カツン……と静かな空間に倉元の靴音が鳴る。その音は、だんだんとこちらへと近づいてくる。顔も上げられないまま、すぐ目の前で止まった倉元の気配だけを感じる。

「……」

倉元の手が、そっと私のあごに添えられた。されるがまま私は顔をあげさせられて、倉元を見上げる。滲んだ視界で、倉元の表情もまともに見えない。

「泣かないで、希咲ちゃん。俺にとっても、キミは大切な存在なんだ。だから」

これからもずっと一緒にいよう。倉元の言葉に私の瞳にたまった雫は決壊する。

「希咲ちゃん」
「うん……」
「俺に、希咲ちゃんを守らせて。希咲ちゃんが選んだ、CCGで」

私は倉元の首に手を回し、抱きついた。

「倉元……!」
「不安だったよね。ごめんね。希咲ちゃん」

倉元の腕が、私の体を優しく包んだ。抱きしめ合う二人の影が、いつまも離れませんように。