喰種捜査官じゃなかったらパロ


私は、ごく普通の人生を歩んできた。普通に勉強して、学校を出て、社会人になった。家族が、喰種被害者になることもなく。
このまま、普通の人生を歩んで行くんだと思ってた。ーーー今日までは。
退勤して、夕闇の帰宅途中だった。

「……っ」

見た。
喰種が、人を襲ってる現場を。被害者はぴくりとも動かないところを察するに、もう助からなさそうだった。私は急いでその場を離れようとした。

「誰だ!」
「!!」

見つかった!少し入り組んだ小道から、大通りへ駆ける。一目散に走った。

「!」
「わ、っと」

大通りに出た瞬間、男性にぶつかってしまった。

「大丈夫ですか?」
「喰種が……!」
「!!根津ッ、ゴリみ!!」
「「っす!!」」

私がぶつかった男性の指示で、男性二人が直ぐに駆けて行ったのを見て、喰種捜査官だと悟る。幸運……だった……

「っと」

思わず力が抜けてしまい、ぶつかった男性が支えてくれた。

「……すみません」
「大丈夫ですよ。あそこで座りましょう」

体を支えられ、そばのカフェの椅子に座らされる。

「一先ず座ってください。……武臣」
「はい!」

一番若そうな捜査官がスタッフの方へ駆けていった。

「怪我はありませんか?」
「ええ……」

ぶつかってしまった男性は、座った私の足元に片膝を立ててしゃがみ込むと、私の顔を見つめてきた。様子を観察しているようだ。彼は若い。同い年くらいだろうか。
ふいに、男性が自身の片耳に手をやった。部下から報告が入ったのか、「了解」と言った。

「喰種は駆逐しました。捜査のためあなたにも少しお話を伺いたいのですが。お手数ですがCCGまで起こし頂きます。お時間よろしいですか?」
「……はい」

部下の方たちが合流するのを待って、私は捜査官に連れられCCGに足を踏み入れた。
ぶつかった男性が部下たちにあれやこれやと指示すると、全員離れて行った。私は男性に促されて、小部屋に通される。奥に座らされると、男性は正面に座った。

「では早速始めましょうね。私は伊東と言います。まずはお名前と年齢ご職業から教えてください」
「川瀬希咲です。25歳会社員です」
「川瀬希咲さん……25歳。会社員。……では、どういう状況だったか教えてください」

ノートにメモを取る伊東さんに、私ははい、と小さく返事する。

「駅までJR社宅のある線路沿いを歩いていました。市民図書館の裏通路方面から女性の悲鳴のような声が聞こえたので、行ってみました。でも近寄るとただならぬ雰囲気で、影からそっと様子を覗いてみたんです。そうしたら、市民図書館の従業員通用口の前で、フードをかぶった人が人間に覆い被さっていました。被害者は絶命しているようで、ストッキングとハイヒールを履いた足は、ピクリとも動かなくて……、」
「分かりました。思い出させてすみません、大丈夫ですか?」

私は握りしめていたハンカチで口を押さえながら、コクコクと頷いた。少し気分が悪くなってしまったけれど、吐くほどはない。

「もう少しだけお伺いしたいのですが、休憩されますか?」
「いいえ……大丈夫です」
「ありがとうございます、直ぐに終わりますので。喰種と思われる側の服装ですが―――」

その後もいくつか質問に答えていると、捜査官だろうか、中年の男性が入って来た。伊東さんに何やらアイコンタクトして伊東さんが片手を上げると、中年の捜査官は速やかに部屋から出て行った。
そうして、またお話しを伺うかもしれないと、念のためと連絡先を聞かれて間もなく私は解放された。

「以上です。ご協力ありがとうございました」

伊東さんがそう言うと、さきほどの中年の捜査官が入ってきた。聴取のノートを受け取ると速やかに出て行った。

「こちらこそ、助けていただいて本当にありがとうございました」
「ちょうど居合わせたのが我々で、良かったです」

伊東さんが席から腰を上げるので、私もならう。

「あ……」
「はい?」

私の思い出したような声で、伊東さんは椅子から腰を上げた姿勢のまま止まって私を見つめてきた。

「さきほどはぶつかってしまったのに、直ぐに言えず……すみませんでした」

私は頭を下げる。

「いえいえ。お気になさらないでください。あなたに怪我がなくて良かったですよ」

伊東さんの言葉に、私はホっとして顔を上げた。

「帰りは大丈夫ですか?良かったら駅まで送ります」

言いつつ伊東さんは、既にアタッシュケースを持ち、コートを羽織り始めていた。
私はお願いしたいと思った。さっきの今で、一人で歩くのは正直不安だった。

「お願いします」
「はい、お任せください」

伊東さんと一緒にCCGを出る。

「実は川瀬さんと会った時、退勤するためにCCGに帰るところだったんです」
「そうだったんですか……」

会った時から思っていたが、伊東さんはとても明るく、親しみやすい。同い年くらいに見えるけれど、その年で既に部下を持っているなら、すごいなあ。

「ところで、川瀬さんは25歳なんですね」
「ええ」

同じことを考えていたので、少し驚いてしまう。

「俺もなんですよ」
「そうでしたか。同い年くらいかなって思ってたんです」
「あ、見えましたか」
「ええ。25歳で部下をお持ちなんて、優秀でいらっしゃるんですね」
「いえいえそんなこと」

照れるように笑う伊東さんに、さきほどまでの喰種捜査官という雰囲気は感じられなかった。もっと、伊東さんのことが知りたい、話がしたいと思った。

「川瀬さんは、社会人何年目ですか?」
「5年目です。専門学校卒なので」
「俺もです。喰種捜査官も20歳で卒業なので」

私たちは、共通点が多いらしい。

「川瀬さんは、喰種を見たことはありますか?」
「いえ、初めてだったんです」
「それは怖かったですね」
「ええ……今日初めて喰種の存在を身近に感じて、とても恐怖しました。でもこれまでも無事でいられたのは、喰種と対峙されて闘ってるCCGの方たちが守ってくださっていたおかげだったのだなあって、改めて考える機会だったとも思います」

心からそう思う。

「本当に、伊東さん。ありがとうございました」
「……」
「……?」

笑顔でお礼を言うと、私を見る真顔の伊東さんに、どうしたのかと伊東さんを見つめる。

「あ……いえ。そんな風に言っていただけて光栄ですよ」
「ええ」

もう直ぐ駅だ。

「……川瀬さん」
「はい?」

突然立ち止まった伊東さんに、私は振り返って、伊東さんを見つめる。

「捜査の行方次第で、もう一度お話を伺うために今後ご協力いただくことが起こりえます。なので、私の連絡先を教えますので、登録してください」
「はい」

私はバッグからスマホを取り出す。伊東さんの番号を登録して、またバッグにスマホをしまう。

「それで……もし、良かったら」

そう言って顔を上げた伊東さんの顔は、赤くなっていた。何かを必死に伝えようとしている様子に、ドキッ、と心臓が高鳴った。
伊東さんから、目がそらせない。

「今後も、良かったら連絡を取り合えますか?……プライベートで」

それって……?

「川瀬さんのことを知りたいんです。短時間ですが、そう思いました。喰種捜査官としてでなく、一人の男として。知る機会を、もらえますか?」
「……」

真剣な顔で、私を見つめる伊東さんから、目がそらせない。心臓の高鳴りを、感じる。

「はい」

笑顔で返すと、伊東さんの顔がぱあっと晴れ渡ってうれしそうな顔をした。

「それじゃあ、さっそくですが食事に行きましょう!連絡します!」

見えなくなるまで見送ってくれる伊東さんに、胸元で小さく手を振り返した。
電車に乗り込んでも、最寄り駅から自宅までも、お風呂に入っている間も、ベッドに入っても。伊東さんのことが頭に浮かぶ。
スマホを見ると、LINEが来ていた。

【無事に帰れましたか?今日はお疲れでしょう、ゆっくり休んでください。
俺との食事、予定に入れておいてくださいね。都合の良い日を教えてください。連絡待ってます】

ニヤける顔を一切隠さず、私はスマホを抱きしめて眠りにつくのだった。