アカデミー時代パロ:01


「遅くなっちゃった!」

アカデミーからの帰り道。今日は見たいTV番組があったのに録画予約を忘れてしまったため、普段は暗いからと通らない、近道を使う。
RRRRR
着信音に、走りながらバッグからスマホを取り出すと、“倉元”の文字。

「もしもし?」
『あ、姫咲ちゃん直ぐ出た』

アカデミーのクラスメイトである伊東倉元の、相変わらず明るい声。どこにいるのか、バックがとても騒がしい。

『あれ?なんか走ってる?』
「うん、電車が間に合わなさそうなの」
『ありゃ。今からご飯どうかなって思ったんだけど』
「行きたいとこだけどごめん、先約があるの。またね?」
『良いよ〜気を付けてね』

通話を切ると、走りながらもスマホをバッグにしまう。走ってるのにポケットとかに入れて落としてしまったら大変。駅まで残り半分の距離まで来た辺りだった。

「、」

何かあったのか、辺りが騒然として野次馬がチラホラいる。鉄骨、とか、人が、とか聞こえてくる。事故?まさか怪我人が出たのだろうか。
通行止めになってて通れないかもしれないと思いながらも、行けるところまで行こうと角を曲がった時だった。

「きゃ!」

人にぶつかった。衝撃で地面に尻もちをついてしまう。

「すみません、大丈夫でしたか?」
「ええ……こちらこそ、すみません」

目を上げると、とても心配した顔で男性が手を差し出してくれていた。肩まで長く伸ばした前髪を斜めで分け、片耳だけかけている。見ず知らずの男性だけど厚意を無下にできず、私は素直に男性の手を取った。軽々と立ち上がらされる。立ちあがってみると分かる。背が高い。

「ありがとうございます」
「いえいえ。あっ怪我していますよ」

今しがた離された手を、また男性から取られて、手のひらを覗き込まれる。
見ると、大したことなさそう。急いでるし、お家に帰って洗えば良い程度。

「あそこで洗いましょう」
「あ、っ……」

グイグイと手を引かれる。そばにある公園の蛇口に連れていかれて、大したことのない怪我をした手のひらを洗われる。そしてご丁寧にも、男性は自身のハンカチを取り出すと綺麗に巻いてくれようとしだした。汚してしまうと、慌てて止める。

「絆創膏持ってますから、」
「遠慮なさらないでください。転ばせてしまったお詫びです」

そこまでして頂くことはないのに。そもそも、既に大げさだ思った。それよりも、見たい番組のことが気になってしまう私。

「……」

ハンカチを巻かれてしまった自身の手を見つめる。

「ありがとうございます。ハンカチまですみません」
「いえいえ、ハンカチのことはお気になさらず」

ニコリと優しげな笑顔を浮かべる男性。高そうなハンカチまで巻いてもらったことに、どうしても湧き上がる罪悪感。尻もちをついてしまって出来た怪我とは言え、私の不注意で起こったことなのに。

「怪我人の処置をするのは当然ですよ。帰ったら消毒してくださいね?」

それじゃあ、と終始物腰やわらかい男性の背中を見送り、ため息をつく。なにやってるんだか、と自分に呆れる。スマホを取り出して、時間を確認する。もう、番組には間に合いそうにない。androidだったらTV付きって言ってたなあ、と友人の顔を思い出す。
iPhoneをバッグにしまうと、駅までゆっくりと歩きだすのだった。

翌日。
帰ろうとしていたら、席まで倉元が来た。

「じゃーん!これなーんだ!」
「クーポン?」
「そう!希咲ちゃんがこの前行きたいって言ってた新しいスイーツのお店だよ!今から行こうよ」
「うん!行く!」

今日の放課後は、昨日のハンカチのお礼を買いに行くつもりだった。まあ会えないだろうけど。それでも。
帰宅して明るい場所でハンカチを見ると、ジバンシイだった。好きなK-POPアイドルが愛用しているブランドだから、公園の薄闇でもそうかも、とは思っていた。ジバンシイなら、ハンカチとしては高価。学生の私から見ると殊更。高価なものだからこそ、返さいとって思う。
スイーツを食べた後で、同じものを探しに行こう。

「ん〜おいし〜!」
「だな!にしても希咲ちゃん、相変わらず美味しいと目を閉じるね〜」
「スイーツに集中するの」
「あはは」
「あっまた撮り忘れちゃった!あんまり美味しそうで先に食べちゃったよ〜インスタに上げたかったのに〜」
「あはは、ここまで希咲ちゃんの通常運転〜」

インスタに上げ忘れつつ、談笑しつつ。放課後は過ぎて行った。

「それじゃね、倉元。クーポンありがとう」
「いーえ〜、って一緒に帰らないの?」

わざとオーバーに驚いて見せる倉元に、クスクスと笑う。

「お礼を買いに行くの。今日は最初からその予定だったし」
「お礼って?男?てか昨日言ってた先約と関係あるの?」

ミスったと思った。
質問攻め。おまけに、両手をポケットに入れたまま壁に寄りかかって私を見据える倉元。興味がある時の、絶対答えるまで解放してくれない時の、倉元の癖だ。今で言うなら、一人で帰る気はないということ。

「希咲ちゃん、彼氏できたの?」
「えっ違うよ!昨日ね、」

倉元に隠すことはない。誤解されたくなくて、昨晩倉元からの電話を切った後にあったことを話す。

「ふ〜ん」

倉元は、話を聞き終わると暫く考える仕草をして、突如寄りかかった壁からパッと体を離した。

「俺も行く」
「えっそんな倉元まで付き合せられないよ、それに必ず渡せるかも分からないもの買いに行くんだし」
「いいのいいの!」

後ろに回られて、倉元に両肩を押されて歩かされる。

「そいつがどんなヤツか見たいし」
「え」
「んーん!なんでもない」
「?」

もう二度と会わない可能性のほうが高い。倉元が肩を離して隣に来ると、私はバッグからスマホを取り出す。

「ここから一番近いジバンシイは、と」
「ジバンシイだったの?」
「うん……お礼すると言っても学生からすると高価だけどね。でも汚してしまったし。私の不注意が原因だし」
「うーん。どうしてもお礼したいなら強く止めないけどさ。それじゃ、お金のない学生らしくお礼の定番、お菓子」
「言ってること分かるけど……でもやっぱり気になっちゃって。会えないかもしれないから食べ物は考えてないなあ。でも倉元の案を採用するなら、日持ちする焼き菓子かな」
「俺はもうムリしなくても良いんじゃないかと思ってるよ」
「私も考えなかった訳じゃないよ?でも高価なハンカチにも拘わらず巻いてくれたから……」
「なら尚更お礼なんて良いんじゃない?金持ちそうだし。ハンカチの一枚や二枚。向こうもハンカチは姫咲ちゃんにあげたつもりだろうし」
「うぅ〜〜ん。どうすれば良いか分からなくなってきた……」

そうこうしてるうちに、結局最寄りのジバンシイに到着する。

「倉元はジバンシイに詳しい?」
「いや俺はブランド物は全然。姫咲ちゃん詳しいの?女子力高い」
「ううん私も詳しくない。ジバンシイも好きなアーティストが愛用してるからってだけだし」
「ま〜たK-POPでしょ」
「80-90年代J-POPも好きだし」
「俺も好き!俺ら世代違うけど」
「まあね。でも良い!……で聞きたかったのは、」

スマホを操作して、写真フォルダを開く。

「ジバンシイに詳しいなら、ハンカチの柄を見ていつ販売してたものか分かるだろうから、今店頭にあるか教えてもらおうと思ったの」
「わざわざ写メったの? 律儀というか、なんというか」
「あはは……従姉がアパレルだったから多少知識がね……それでね、私はジバンシイは詳しくないから分からないし、今店頭にある可能性は低いかもしれないけど、店員さんに同じのがあるか聞こうと思って、洗濯中で持ってこれないから、写メってきた訳よ〜」
「ゴメン何言ってるのか分かんない……」
「……」

その時、あるハンカチが目にとまった。同じようなデザインのハンカチを見つけたのだ。広げて見る。

「まさか」
「同じデザイン!すごい、あったよ倉元!」
「へえ、新品を……」
「あ。もしかしてまだ買えるから気前よく巻くことができた……?いやいややめようそういうこと考えるのは……でもこれでお返しは準備OKだね!あとは偶然会って未購入なことを願うのみ!」
「おお……さっきまで少ししょげてたとは思えないほど元気だね。ふう、もう好きにしたら良いよ」

面白くなさそうに顔を背ける倉元。

「倉元、お願いがあるの」
「なに?」
「お礼を渡すときは、倉元も一緒に来て?」

そう言うと、ちょっとばかり機嫌を直したように見えた倉元に、私は我慢できずにクスリと笑う。

「ちょ、なんで希咲ちゃん笑って……。分かった、行く」
「ありがとう、倉元」

二人で微笑み合う。ああ。好きだなあ。

「希咲ちゃんには、そうやっていつまでも笑っててほしい」
「え……?」

予想外な発言に、心臓がドキリと高鳴る。

「希咲ちゃんがそうしたいと言ってるのに、応援してあげられてなかったね俺。ゴメン」
「……どういう意味?」

そんな風にわざと聞く。内心期待しまくり。

「それは、え〜っと、つまりっ」

顔を赤らめる倉元に、私は目をそらせなくなる。倉元は、途端に辺りに目を泳がせだす。

「此処では言えない!」

……なんだ。告白されるかと思ったのに。

「まあ出会い方からして。東京だし、難しいかもと思ってたけど。この店で鉢合わせたりしてな!」

明らかに話題を変える倉元に、私はウン、と笑顔で頷いて気づかないフリをしてあげる。倉元の気持ちが決まるまで、私はゆっくり待つよ。

「あはは、そんな偶然あるかなあ」

レジ台に置くと、後ろを着いて来た倉元が、隣に来た。

「……あのさ、希咲ちゃん」

倉元が、続きの言葉を紡ごうとした時だった。

「おやあ、偶然ですね」
「!」

背後からかけられた、昨晩聞いた声に振り返る。

「どうも」

昨晩の男性が、人の良さそうな笑顔で立っていた。

「え、希咲ちゃん」

隣で私から男性へと視線を移す倉元に、私は黙って頷いて見せる。

「また会えるとは思っていませんでした。怪我は大事ありませんでしたか」
「はい、ご親切にありがとうございました」
「それは何よりでございました。……と、彼氏さんですか?」

倉元に、愛想良く目配せする男性。すると倉元が、急にしゃんと姿勢を正すのが視界の端で見えた。

「はい彼氏でs「ゆ、友人です!」
「ちょっと希咲ちゃん〜」

突然恥ずかしいこと言いだす倉元に、思わず反射的に出てしまった言葉だった。私、今顔赤い、と自覚する。
男性には、私と倉元のやり取りを見て、あははと笑われてしまう始末。

「あ、ハンカチ……まさか、買いなおそうとしてくださったのですか?」
「高価なハンカチのようでしたから。……余計なことでしたかね」
「気にされないで良いんですよ。あれはアナタにあげたんです」

そう言って店員さんに、私が買います、と申し出る男性に、私は慌てる。

「こういうときは甘えてください」
「……」

ニッコリと言う男性に、私は何も言えなくなってしまう。男性は、「あとこれもお願いします」とシャツとパンツをレジ台へ置いた。買い物に来ていたようで、お会計をし始めたのだ。

「もし良かったら。お時間あればこれからお茶でもどうですか?」

たった今思いついた、と手をポンとして男性がニコニコと言った。

「お言葉を返すようですが」

倉元が、私と男性の間に割って入った。

「彼女は学生です。勉学に励む義務があります。そんな時間は」
「おやおや」

男性はニコリ、とまた笑顔を浮かべた。大人の余裕、という雰囲気たっぷりに。

「あなたには、ナイトが着いているようですね」
「なっ……」

倉元の後ろにいる私に、ウィンクをする男性。対して倉元は、今にも男性に噛みつきそうだった。その時、店員さんがショッパーを手に近寄って来た。

「ふう。残念ですねそれでは勉強がんばってくださいね」

ニッコリして去って行く男性の背中を、二人で見送る。

「希咲ちゃん」

駅までの帰り道。少し不機嫌そうな隣を歩く倉元を、私は黙って見上げる。

「……」
「いや……」
「……?」

何か言いかけて言いにくそうにやめる倉元。私は黙って待つ。

「……!」

ふいに手を掴まれる。いつの間にか立ち止まっていた倉元によって、振り返させられる。

「……倉元?」

俯いていた倉元が、パ、と顔を上げた。

「しばらく俺が家まで送る。朝も家まで迎えに行くから」
「……うん」

倉元の真剣な目。私がコクリ、と頷くと、よし、と言って倉元は歩き始めた。……手が繋がれたまま。意外と大きな倉元の手に、すっぽりと包まれて歩く人ごみの中。こうして並んで歩いていると、私達って恋人同士に見えるのかな、と倉元の後ろを歩く私はひっそりと頬を染めるのだった。