頭痛




今日は、朝から頭痛がしていた。
学校を休みたくて母に言うと、半分が優しさでできた頭痛薬を渡されるに留まった。うちの親は辛口なのだ。あとの半分は母の優しさだと思うことにした。もともと片頭痛持ちとはいえ、この痛さは普段の比ではなかったのだった。
なんとか今日を乗り越え、友達と歩く帰り道。

「……ひょっとしてこれはぽっくりするかもしれない」
「そんなにひどいの?倒れて怪我しないようにね?」
「うん……ありがとう、送ってくれて」

友達も塾があるというのに、私を途中まで送ってくれた。友だちは家まで送ってくれようとした。でも私が、塾に遅れるからと、だいぶ手前で行かせた。
友だちと別れて家の近くまで帰ってきた頃。悪化してきた。あ、ダメかも。そう思ってる間にも、徐々に視界がブラックアウトした。

「ん……」

頬がじりじりと熱い。というか、全身が熱い。暑い。って。

「日焼けしちゃうっ!!」

ガバッと起き上がると、光の速さで見つけた陰に転がり込むように避難した。

「ごぼうになるかと思った……」

自分で言うけどスレンダーなのに黒いって、ごぼうだよね?って、え。

「私…?」

あたりを見回す。真夏の強い日差しの太陽が、私が寝ていたらしい表面ツルツルな屋根を、めちゃくちゃ照り返してる。カモメみたいな鳴き声も聞こえる。そもそも潮の匂いもする。……海が見える。

「うそ……」

さっきまで居た場所に、海なんてそばにない。さっきまでいた場所じゃないどころか、見たこともない景色。茫然とする。

「……あぁ」

これが桃源郷かあ……極楽浄土?……ウダるような暑さは、ひょっとして地獄なのかな。

「私死んじゃったのかなあ……」

あれだけ頭痛ひどかったもんね。取り敢えず高い場所にいるようなので、下を覗いてみると。下まで意外と高さがあった。というか、真下は海です。それも遥か足元。よりによって、私はカナヅチで泳げない。運動神経悪くないのに、泳ぎだけはダメ。水こわい。

「うぅ……誰か助けてぇ」

涙目になる。暑いよう。下りられないよう。水こわいよう。

「おい」
「!」

渋い、男の人の声がした。下を覗き込むと。すぐに見つけた赤い人と、バッチリ目が合った。

「すみません、助けていただけませんかー降りられないんですーっ」

と思ったのも束の間、赤い衣をまとった人は、私をサングラス越しにジロリと暫く眺めると、はあ、とため息つかれた。……まさかそのまま立ち去りませんよね?

「助けてください〜……」

うるるるー。

「……はぁ。待っていろ」

赤い人は、どんな身体能力をしてるのか。私のいる屋根までピョンピョンと上ってくると、スレンダーな私なんてひょいっと抱えて、遥か下の船着き場のような所まで高跳び……

「きゃああっ!」

ようやく地面に足を着くことができた。

「ありがとうございますっ」

下ろされて、安全な平地に足を着くと、私は勢いよく頭を下げる。辺りを見ると、ポートらしき場所だった。顔をあげて、赤い人の顔を見ると、なかなかのオジサン。片目を怪我していそうだった。

「もうあんなとこで昼寝するなよ」
「ち、違いますあれは私のせいじゃ…!」

ふん、て笑ってるのかなんなのか、私の横を通りすぎて行く後姿。

「あっあの!お名前を!」

慌てて呼び止めると、歩む足を止め、また私を肩越しにジロリと訝し気に眺めて来た。……目つきが悪いだけで、私をウザく思ってるわけじゃないみたい。

「……アーロンだ」
「アーロン、さん。本当に、助けてくれてありがとうございました」

去って行く後姿を黙って見送る。あんな上にいた私の事を、よく見つけられたなって。

「あ!あの人に、此処はどこなのか聞けば良かったぁ」

てくてくと、ポートらしき所を抜けてどこに行くでもなく歩きながら、一人ごちる。

「………」

妙に視線を感じる。どうしてみんな私を見てるんだろう。まあ見られるのはいつものことだけど……。あ!私のセーラー服かもと思い至った。私は、ここは違う世界だと確信していた。周りにいる人たちは、みな似たような服装ではあるけど、私のいた世界では見たことない。だから、ここの人々が私のセーラー服を珍しがるのも分かる。

「あ……」

行き交う人の視線から逃げるように、インフォメーションの脇にある階段を駆け上がって、出たホールの草木の陰に身を隠す。どこに行っても人がたくさん。ここってなんなんだろう。何かの大型施設のようだけれど。私はすぐに影から出て、歩き始める。
私って死んだのかな?でもそれにしては鮮明。地獄のように暑いけれど見る感じ、地獄ではなさそうだし。

「……?!」

二度見…いや、三度見した。

「何あれ……!」

また階段があったので上っていると、前方に不思議な物を見つけた。水らしき大きな球体が見えたのだ。

「きれー…!」

思わず階段を駆け上がり、手すりまで走り寄って眺める。どういう仕組みで水が球体を保っているんだろう?此処は、随分と見たことの無いもので溢れている。ニギヤカな雰囲気で、人も多い。人々は、観客席のようなベンチに腰掛け、あの水の球体を見ていることに気が付いた。

「なにかの球技……?」

よく見ると、水の球体の中には人が居た。バスケットボールよりも大きなボールを水中で投げ合っている。初めて見るスポーツ。全然ルールはわからないけど、両端にゴールがあるようで、二つのチームがプレイ中なようだ。バスケの観戦は好き。私は観戦してみることにした。選手たちは水の中なのによく息が続くなぁと思った。不思議なスポーツだなぁと眺める。

「きゃあああ!!」
「うわあああ!!」
「え、何;」

突然の悲鳴と轟音で、辺りがざわつき始める。遠くで、見たこともないようなモンスターが人を襲っていた。逃げ惑う人々。死を恐れているようだ。どうやらここは、あの世じゃないらしい。

「あ……っ」

すぐそばに、大きなモンスターが現れた。腰がぬけて、ぺたんと地面に座り込んでしまう。逃げなきゃいけないのに……!日本に居ては当たり前だけど、初めて目の当たりにする辺りの惨状。まさしく地獄絵図だった。

「伏せろ!」
「きゃ……っ」

突然飛んできた声とともに、ビュンッと何かが頭上をかすめた。反射的に頭を覆ってしゃがんだ。その態勢のまま、そっと目を開けると、モンスターはいなくなり、かわりに光る虫のようなものが舞っていた。そのとき目に入った、目の前にいる見覚えのあるある背中を見上げる。さっきポートで助けてくれた、アーロン。だった。

「そのままそこでしゃがんでいろ」

肩越しにちらと視線を投げてきたアーロンに、無言で首を縦に振る。片腕を脱いで風にたなびく赤い衣。太刀を構える大きな背中に、私は見惚れた。

「アーロン知り合いかよ?ってすっげ美人ッスね……!」

アーロンの隣で、金髪の同い年くらいの男の子が、私を見て目をまん丸くしていた。

「おーい!大丈夫かー!ってすっげ美人連れてんのなお前!!」

私たち目がけて襲ってきたモンスターを、さっき水中でプレイしてたバスケットボールより大きなボールが一蹴した。青いターバンを巻いたオレンジ頭の人が、黄色い男の子と同じようなことを叫んだ。

「いや、オレの連れじゃねーッス!」

そばにモンスターはいなくなり、金髪頭の男の子が小突かれている隣で、アーロンが私に手を差し出した。

「立てるか?」
「はいっ」

手を握ると、ぐいっと引いて立たせてくれた。途端、周囲を3体ものモンスターに囲まれた。アーロンと、金髪の男の子、オレンジ頭の人が、私を中心に庇うように陣をなし、それぞれがモンスターに対峙した。

「きゃ…!」

大きな翼を羽ばたかせて宙を浮いている恐竜のような、とても大きいモンスターが襲い掛かってきた。瞬間、バシュ、という音とともに、アーロンがモンスターを斬って撃退したのだ。

「すごい……」

思わず声を漏らすと、

「オレも割とやるッスよ!見てろッス!」

金髪男子が、襲ってきた犬みたいなモンスターに剣を振りおろした。が剣が触れる前に、バシュ、という音でモンスターは光の虫が舞って消えた。

「え…?」

困惑する金髪男子。今のはキミがしたわけじゃないってこと?周囲のモンスター達が、次々バシュ、という音とともに飛び散り、光の虫になって消えて行っていた。

「あ……!」

見た。観客席の中心。どのモンスターよりも大きな、何だか禍々しい不思議なものが、目から光を発しながら佇んでいる。ものすごい音とともに、どうやらその何かが目から発するものによって、モンスター達は次々光の虫になっているようだった。あっという間にモンスターが駆逐されて行く。モンスターがいなくなると、初めてその何かの姿を見ることができた。光を発し攻撃していた側の目からは血が流れ、その姿はとても異様で不気味だった。

「……」

その不気味な何かの向こうに、青髪の男の人が立っているのが見えた。不敵な笑みを浮かべている。あの男の人が使役して……?

「行くぞ!」
「わ、」

アーロンにグイっと腕を手を引かれて立ち上がらされると、その場を駆けて離れた。さきほどの金髪男子と、オレンジ頭にターバンの男の人が、水の球体の中に飛び込んでいくのが見えた。

「あの人たちが……!」
「構わん、あいつらに任せておけ」

え、そんなアッサリ?私は、アーロンに引かれるまま走った。