幻光河




「次は幻光河よ」

ジョゼ街道まで出ると、ルールーが言った。

「よーし!幻光河へ向けて、しゅっぱーつ!」

元気に横を通り過ぎて行ったティーダを見て、少しだけ元気を貰った。

「……どんな時でも夜はあけて、朝が来る。また旅の始まりね」
「……そうだね」

ルールーの言葉は、私は励ましだと受け取った。暫く進むと、右へ折れた道のつきあたりで、1人の男性が、大きな2人…2匹…いや2体?に取り囲まれてる。しかし、取り囲まれていた男性は自力で逃げて行った。

「見ろ、キマリの仲間だ。よく似ている」
「どこが?」

ティーダが不服そうな顔で絡みに行った。すると大きな2体はティーダを振り返った。

「どちらも召喚士を追いかけるツノなしの小さい奴!」
「ツノなし!ツノなし!」

どうやらこの2体にとってツノがないことは、カッコ悪いことのようだ。それにしても、とても感じが悪いですよ?あなた達二人の言ってることのほうがよっぽどカッコ悪いと思う。

「キマリを嘲りに来たか」

前へ進み出たキマリん。よく見ると、キマリと同じ種族みたい。そう言えばどことなく風貌が……似てる気もする。キマリんはとても大きいと思っていたけれど、二人はさらに大きい。すると、どうやらキマリんと同じ種族の方だった二人が顔を見合わせた。

「違う。小さなキマリに忠告に来た」
「召喚士が消え、帰らない」

……え。

「次は、キマリの召喚士の番だ」

はっと息を呑む一同。忠告って言ったよね?どういうことなのか詳しく聞きたい。

「哀れなキマリ!ツノを失くし、召喚士も失くす」

オイ緑。尻かきながら話すな。

「惨めなキマリ!ひとりで泣き叫べ!」

そう言って何がオカシイのか二人は笑うと、そのまま去って行った。なんなのあの人たちは……。

「あいつらさ、キマリに恨みでもあんのか?」

静かに不満そうに声を上げるティーダに、キマリんは黙って首を振った。

「じゃあ、ただのイヤがらせ?」
「……いつかケリを着ける」
「いつでも手伝うからな!」
「キマリひとりで」
「お……おう」

いつの間に、すっかり仲良くなったなあティーダとキマリん。すると黙って見守っていたワッカがうん、と頷いた。

「キマリの問題だ。俺たちは黙って見てるのが、礼儀ってもんだ」

そうなのか……

「気になるわね……」

眉をひそめたのはルールー。そう、召喚士が消えるって……

「ロンゾ族の問題は、ロンゾが解決する。昔っからの、しきたりだろ?」

え、そっちなのワッカ?確認するようにルールーを見る。

「そうじゃなくて……召喚士が消えるってこと」

だよね。そっちだよね。

「突然消えるわけでもあるまい」

アーロンが言った。なんだか、アーロンが言うと安心する。ユウナのお父さんであるブラスカさんを、大召喚士とした伝説のガードだからだろうか。

「ま、ガードがしっかりしていれば、大丈夫ってことだ」
「お!」
「言うわね」

ティーダは『へっへーん!』とドヤ顔だった。暫く進むと、ミヘン街道で出会ったベルゲミーネさんに会った。

「また会ったな。ミヘン・セッションに加わっていたそうだな。機械の無力、理解できたか?やはり “シン” を倒せるのは。召喚士しかいない」
「そうですね、もっと修行しないと……」
「おまえが望むなら、修行に手を貸そう。召喚獣の実戦訓練だ。どうだ、私と戦ってみるか?」
「お願いします」

二回目のユウナの召喚獣実戦訓練スタート。ベルゲミーネさんが呼んだのは、つい昨日ユウナが手に入れたばかりで試してみたかったイクシオンだった。対してユウナが呼んだのはヴァルファーレ。それもいきなりシューティング・パワー使ってオーバーキルにしちゃったよユウナ容赦ないさすがである。

「そ、そこまで!もう……充分だ」

ベルゲミーネさん涙目になってます。

「大したものだ……圧倒されたよ」

声震えてるよ……一発でオーバーキルされてましたもんね……。

「次に会う時が楽しみだ。ではな、ユウナ!」

そそくさと去って行ったベルゲミーネさんと別れ、間もなく森を抜けた。

「わあ……!」

先頭を歩いていたアーロンの向こうに見えた景色に、思わず走り寄る。河だ。

「これが幻光河よ」
「幻光河……!」

後から来たルールーが教えてくれた。

「幻光花、て言うの」
「綺麗だねぇ」

ユウナの見つめる花もとても綺麗。幻光虫が紫色の幻光花のまわりを舞う幻光河は、とても神秘的な風景だった。スピラに来て綺麗な景色はたくさん見てきたけど、幻光河がダントツかもしれない。

「夜になると、たくさんの幻光虫が集まるんだって」
「河じゅうが光って、まるで星の海」
「へぇ〜見たいなあ」

ユウナとルールーの説明に、想像してみる。

「あっ!そうだ!」

隣のティーダがグッドアイディアが浮かんだとばかりにはしゃいだ。

「夜までなど待たんぞ」
「ぅ……」

同じことを思った私もアーロンの言葉にぐうの音も出ない。それじゃあ今のうちに目に焼き付けておかないと!河辺にしゃがんだユウナの隣に、同じようにしゃがみ込む。

「じゃ、 “シン” を倒したらゆっくり見に来よう!」

後ろでティーダがさも名案という風に提案した。そうだね、そうしたい。

「……?」

みんなの空気が変わった気がした。みんな一様に、顔を明後日の方向に向けていた。

「きゃ……」

瞬間、ふわっと目の前の幻光虫が舞い上がった。幻想的で心まで鎮まる静かな景色に、私の意識も直ぐに反れた。みんなで暫く幻光河を眺めていた。

「急がないと、シパーフが満員になっちまうぞ」

ワッカの声に振り返ると、アーロンが1人で既に先へと進んでいた。

「シパーフ?船のことか?」

尋ねるティーダになぜかドヤ顔のワッカは、アーロンの歩いて行った方角を指差した。私はまだ見ていたい幻光河を名残惜しんで、無理矢理視線をそらし先へ進む。

「何あれ!?」

ものすごくデカいゾウらしき大きな動物がいた。

「おわっ!すげえ!!お〜っ!!」

対照的になぜかテンションの上がる隣のティーダ。

「こいつがシパーフだ!」
「乗りたい!これ、乗りたいぞ!」
「おっし!準備ができたら乗るぞ〜!」

ワッカとティーダ2人のテンションが上がってる意味がわかんなかったけど、相変わらずのどかな風景に私の心は奪われっぱなし。

「シパーフに乗るのが、そんなに楽しいの?」
「わかってねえなあ……」

いつまでもドヤ顔なワッカ。

「デカイ動物。それは男子永遠のアコガレなのだ!」
「「な!!」」

あはは……わからん。ハモった二人に私は愛想笑いをするだけだった。ティーダがバトル準備を言いつけられてたので、暫くその場を散策することにする。さきほどの幻光河がどうしても気に入っちゃって、私は引き返してきた。幻光河の波うち際に立つと、遠くまで見渡せる。

「綺麗だなあ……」

幻光河は、スピラに来てからダントツの景観だと思う。一番キレイだったのは、アーロンと見た海に沈む夕日だけどね……

「茉凛」

ドキッとして振り向く。

「アーロン」

アーロンのこと考えてたらまさか本人が来るなんて。

「気に入ったか」

そう言って隣に立った、頭一つ分以上上にあるアーロン。アーロンが遠くを見つめる眼差しに、私も同じように視線を向ける。

「うん。本当に綺麗。スピラには綺麗な景色がたくさんあるんだね。でもその中でも、幻光河はダントツ」
「そうか」
「うん」

暫く二人で黙って、幻光河を眺める。

「不思議ね……」

私は幻光河からは目を放さず、言葉を紡ぐ。

「帰る方法を探さなきゃいけないのに。幻光河を見ていたら、帰ることなんて大したことじゃないと思ってきてしまう……」

何も言わないアーロン。すると、次の瞬間肩を引き寄せられた。アーロンの厚い胸に顔を埋めるほどに抱きしめられる。ドキドキしてしまって、どうしたら良いのか分からなくなる。

「……オレの隣にいれば良いじゃないか」

それって。心臓がもううるさいほどドキドキしてる。

「だが帰りたければ、オレはお前の決めたことをサポートしよう。だが茉凛が望むなら、とどまれるよう努力しよう」

私はそっとアーロンの胸を押して顔を上げる。私を見つめるアーロンは、悲し気で、だけど優しい眼差しだった。どうしよう、アーロン。私、アーロンに……

「アーロン……」

アーロンの服の袖を、そっと指で摘む。私たちって同じ気持ちだよね。私を見つめ返すアーロンの視線が熱い。このままキスして。

「茉凛!アーロン!」
「!!!!!」

二人でドキィッ!!として恨めしげに声の主、ティーダを見やる。

「へ?なんスか……?」

明らかに狼狽えて片口がひくつくティーダ。お、お邪魔虫ぃぃぃ。

「準備ができたから二人を呼びに来たんッスよ!」

名残惜しく隣のアーロンを見上げると、アーロンも私を見ていて、ぽんぽん、と私の頭を撫でてティーダの後を歩き始めた。私はとても残念な気持ちになりながら、アーロンの大きな背中の後を追った。
一同は、シパーフに乗り込む。

「シパーフしゅっぱ〜つ」

へにょへにょな、なんだか可愛い操縦者は、はいぺろ族というらしい。私達ユウナ一行を乗せたシパーフは向こう岸へと出発した。