幻光河の魔法(R15)




向こう岸へ到着して一行がシパーフから降りるやいなや。ユウナは民から囲まれてしまった。

「すごい人気だね」
「暫く動けそうにないわね」

ガード一行は、遠巻きに眺めた。すると、脇にアーロンが立った。

「新しい防具を買ってやる」
「やったー!」

そう言って歩き出したアーロンの背中を、私はルンルンで追いかけた。

「……どうした。随分機嫌が良さそうだな」

隣に並ぶと、アーロンが言った。あ、ちょっと笑ってる。最近では、アーロンの笑顔が分かるようになってきた。

「そりゃうれしいよー!ねえねえ、どういうの買ってくれるの?」
「そうだな……」

アーロンは遠くを眺めた。

「さきほどのアルベドといい。状況は想像以上に穏やかじゃない。いや、むしろ危険だ。万が一のために、茉凛はどんな敵でもはねのけるようなのを装備したほうが良い」

アーロンってちょっと過保護だと思う……そうだねと言った私の顔はバッチリ愛想笑いだった。

「あった!防具屋さん」

私が駆け寄ると、アーロンはご主人に一番良いのを見繕わせ始めた。これは時間がかかりそうだなあ……。辺りを見回すと、向こう岸に比べてこちらは人が多い。私はアーロンを見る。いろいろと無茶難題の要望を言っているのか、ご主人が「そんなのうちには置いてない」とか言って困ってた。アーロン、私に身に着けさせるために「どんな敵をもはね返すような」防具を探してるんだもんね……。
私は数軒先にまた防具屋さんを見つけた。アーロンに教えると「そちらも見よう」と言った瞬間、今いるお店のご主人が「こういうのはいかがですか」と言ってアーロンは足止めされてた。仕方なく、私は先に行ってることにした。

「いらっしゃい。お嬢ちゃん、ちょうど良い所に来たね。いいのが入ってるよ」

年配の女性が防具を広げてくれた。見た目が綺麗なの、ゴツいの、シンプルなの。でも問題は見た目より、

「これはどういうアビリティがついてますか?」
「それは混乱防御だよ。空きパネルが3つも着いてる」

その時

「お嬢ちゃん一人旅?」

いきなり肩を抱かれて、ビックリして声も出なかった。

「さっき向こうの店で同じのがもっと安く売られてたぜ?」
「オレら案内するよ。こっちこっち」

若い男3人組だった。腕まで捕まれて無理やり連れて行かれそうになる。

「ちょ、ちょっと……!」

やだ、助けてアーロン!その時。

「おい」
「!」

立ちはだかった、赤い衣。アーロンだった。

「オレの連れに何の用だ?」
「アンタは伝説のガードの……!」
「おいっ行こうぜ」

男たちは行ってしまった。私はもう一度アーロンを見る。泣きそうになる。

「アーロ、」
「来い」
「っ、」

手首を掴まれて歩かされる。無理矢理連れてかれる形になり、掴まれた手を振りほどけるわけもなく。もっとも、ふりほどけるほど弱く握られてるわけでもない。幻光河の人けのない場所まで連れて来られて、ようやく手を放された。瞬間。

「っ……」

一瞬、何が起きたか分からなかった。目の前に広がる大きな硬い胸板。鼻孔をくすぐるアーロンの匂い。抱きしめられていた。

「……心配させるな」

頭一つ分以上上から降ってきた何かを押し殺したような声に、私は息を飲む。

「アーロンっ……わた、し……!」

連れてかれてしまうのかと思って、こわかった。私はアーロンの背中に腕を回して抱き着いた。潤む視界。

「すまなかったな、こわがらせた」

頭をなでられる。私は頭をふりふり、アーロンの胸板から顔を上げた。

「ううんっ……助けくれて、ありがとう!アーロ、ん………、」

感謝の気持ちを伝えたくて、笑顔で言ったのに。泣いてたの、バレたのかな?キスされてた。目の前いっぱいにアーロンと、幻光河の綺麗な景色。

「―――…」

ああ私、このスピラで救ってくれた人と。一回り以上歳の離れた大人の男性と。イケナイことしてる。もっと奪ってよ。アーロンの服をキュと指先で掴むと、腰が抱きすくめられた。

「ん…、…」

全身でアーロンを感じるほど体を抱きしめられて、首の向きを変えて、情熱的に振らされるキスの雨。

「…っは、ぁ……」

ゆっくり唇がはなれると、二人の間には銀色の糸が繋がっていた。激しすぎ……腰を支えられたまま私は責めるようにアーロンを見上げる。

「そんな顔をするな……」

抑えられなくなるだろう。そう言ったアーロンから、大切そうに、壊れそうなものを扱うように、心底優しく抱きしめられた。

「………」
「………」

二人の視線が至近距離で交わり合う。私を見るアーロンの熱っぽい目。なのに、私の頬を優しく包み、撫でる優しい手つき。照れて視線を下げると、再び唇を奪われた。幻光河の綺麗な景色に、情熱さの魔法でもかけられているようだった。


***


「……結局、防具買えなかったね」
「そうだな……」

手を繋いでゆっくりと歩く帰り道。

「……こんなトコ、誰にも見せられないね?」
「そうだな……」

あ、また笑った……。時間も忘れて幻光河の中キスをした仲だ。私はこの身一身にアーロンから求愛を受けた。でも、プラトニック。

「私たちのこと、みんなに隠し通せるかな?」
「ガードをしてるからな。恋仲の二人が混ざるとやりづらいだろう」

私は心底心配になった。そんな蜂蜜色の目で私のこと見てたら、直ぐにバレちゃうと思うよ?アーロンさん……。