グアドサラムでの真実(R15)




グアドサラムへと向かう一行の最後尾で、私はずっとアーロンと談笑していた。恋人気分を味わいたい。だけど、我慢。旅は再開しているんだから。

「アーロン。ありがとう」
「何がだ?」
「アーロンが私を連れて行くと言ってくれたから、私はここにいられる。私、ここにいられて幸せだよ」

アーロンがまたもはちみつ色の目で私を見てくるものだから、私は照れてしまう。そうこうしているうちに、一行はグアドサラムへ到達した。ルールーが、ここは通過するだけって言ってた。

「お待ちしておりましたユウナ様。ようこそ、グアドサラムへ」

入ったとたん、まるで待ち構えていたかのようにお爺さんが私達を迎えた。……召喚士の顔写真でも売っているのかな、と思う。行くとこ行くとこ、みんな初めて会うはずのユウナを見て召喚士ユウナだとわかるんだもの。

「さあ、ユウナ様。こちらへ」
「あ、あの、」
「なんなんだ、あんた」

本当になんなのこのお爺さん。初対面の女の子の手を握ろうとするなんて。ユウナの手を引こうとしたお爺さんに、隣に居たワッカがガードらしく、いや、ボディーガードっぽくお爺さんの手からユウナをかばった。反射的に、なぜかすぐ隣のアーロンが、私の手を掴んで自分の背後に隠すように私の前に立った。

「これは失礼。わたくし、トワメル=グアドと申します。グアドの族長、シーモア=グアドの身内の者でございます」

シーモア、という名前だけで、私は自然と身構えるようになってしまっていた。

「シーモア様がユウナ様に、大切なお話しがあるそうで……」

トワメルさんが、なぜか私にチラと視線をよこした。気のせい……?でもなかったみたい。アーロンが完全に私をトワメルさんから隠すように間に立った。

「私に、ですか?どんなお話しでしょう?」
「ともあれ、まずはシーモア様のお屋敷へどうぞ。もちろん、みなさまも歓迎いたしますよ」

一行は、シーモアの屋敷へと入った。樹木の生い茂る景観のシーモア屋敷のフロアで、暫く待たされる。ジョゼ寺院の試練の間でユウナを待ったときのように、アーロンと定位置を決めて並んで立つと、ティーダだけまた1人、皆に話しかけ回っていた。とそこへ。

「キマリはシーモア老師が気に入らない」
「Σ、し〜っ!」
「……キマリはもう何も言わない」

ユウナがキマリんを窘めていた。はは……

「どんなお話しなのかな……」

キマリんが黙り込んでしまったあと、ユウナとティーダがお話ししていた。ユウナも良い予感がしないみたい。

「シーモア老師は、先代の族長……ジスカル老師と人間の女性との間に生まれた子よ」

ティーダに説明するルールーの声に振り返ったその時、トワメルさんが奥の間から出てきた。私達に入るよう言った。また、チラと見られたと思った。瞬間、アーロンがドアを開けてくれているトワメルさんから私を隠すようにエスコートしてくれて中へと入った。

「シーモア様をおよびしてまいります。しばしお待ちを」

中でも更に待たされるみたい。たくさんのテーブルがあって、食事が用意されていた。アーロンと奥の間に入った扉の横に立っていると、ティーダが隣に来た。

「なあ。どう思う?」

ティーダの言葉に、頭1つ分近く高いティーダを見上げる。ティーダは奥へと消えていくトワメルさんを一睨みして、私に視線を落とした。私は視線を床に落とす。

「うん……早くここを出たい、かな……」

小声で答えた。

「キマリを窘めたユウナの前で言うのもなんだけど。オレだってシーモア気に入らないんだよな……」
「警戒を怠るなよ」

私を挟んでティーダの反対側に立っているアーロンを、思わず振り返る。

「力を持つと使わずにはいられない……そういう輩かもしれん。何をもったいぶっているのやら……」
「どういうこと……?」

意味深なアーロンの発言に、聞き返そうとしたところで、ガチャリと扉が開く音。さきほどトワメルさんが消えた広間の奥から、トワメルさんが一人で出てきた。

「お客人を迎えるのは楽しいものです。ジスカル様が亡くなって以来、この屋敷は静かすぎました……」

それを聞いて、あまり良く思っていなかったのに少し可哀想だと思った。

「ジスカル老師の死は、スピラにとって大きな損失です」

トワメルさんと話すユウナの言葉に、ティーダがワッカにジスカル老師はそんなにすごいのか聞いたのが聞こえた。

「グアド族にエボンの教えを広めたんだ。まったく……惜しい方を失くした」
「そう。誠に残念です」

ユウナと話していたトワメルさんが、ワッカを振り向いた。聞こえてたみたい。

「しかし、我らには新たな指導者、シーモア様がおられる。シーモア様はグアドとヒトの間に生まれたお方……。必ずや、二つの種族を結ぶ絆となってくださいます。いいえ、それだけではありません。シーモア様は……このスピラに生きるすべての者の未来を照らす光となるでしょう」
「それぐらいにしておけ。トワメル」

遂にシーモアが出てきた。シーモアは広間の奥の真ん中まで歩むと、エボン式の礼をした。

「ようこそ皆さん」
「あの……お話しって?」
「そう結論を急がずに。ごゆるりと」

ユウナが控えめに尋ねると、シーモアは斜め上な返答。私の目には不快に映った。すると。アーロンが口を開いた。

「ユウナは先を急ぐ身だ。手短に済ませてもらいたい」
「失敬。久方ぶりに客人を迎えたのでつい……」
「……!」

突然、回りの景色が変わった。太陽系のような、宇宙空間の景色が流れて行く。

「綺麗……」
「これは死者の魂から再現した、貴重なスフィアです」

思わずこぼれた言葉に、返答するようにシーモアがいつの間にかそばに居て、背後で説明し始めた。アーロンがさりげなくシーモアと私の間に割って立った。流れる星々から、また風景は変わった。高層ビルばかりが立ち並ぶ、見たことも無い大都会の、夜景が綺麗な上空からの景観。

「ザナルカンド!」
「ザナルカンドのおよそ1000年前の姿です」

これがティーダの故郷なんだ。綺麗だなあ。するとまた景観が変わって、今度は地上に降りたようだ。ザナルカンドの人々が行き交う。1000年前にこんな文明が?日本だと平安時代くらいだと思う。

「繁栄を極めた機械じかけの街ザナルカンド。彼女はここで暮らしました」
「フンッ」

シーモアの言葉で、鼻で笑ったのは隣のアーロン。そしてまた景観が変わり、室内となった。誰かの私室みたい。部屋の中心の天蓋付きベッドに腰掛ける女性がいる。

「ユウナレスカ様!」
「歴史上初めて “シン” を倒し、世界を救ったお方です」

ユウナと、シーモアが説明した。

「そして、ユウナ殿はその名を受け継いでいる――」
「父が付けてくれたそうです」
「ブラスカ様はユウナ殿に願いを託したのでしょう。ユウナレスカ様のごとく “シン” に立ち向かえと。しかしユウナレスカ様は、お1人で世界を救ったのではありません。無敵の “シン” を倒したのは、ふたつの心をかたく結んだ、永遠に変わらぬ愛の絆」

永久に変わらぬ愛の絆……。私はこっそりとアーロンの手を握ると、それ以上の力で握り返してもらえた。
映像は、鏡越しに誰か来るのが見えた。部屋に入って来た男性に、ユウナレスカさんが走り寄り、二人が抱き合った。

「……?」

するとおもむろにユウナに近づいたシーモアが、ユウナに何やら耳打ちしだした。私は側に居たルールーと、不安げに顔を見合わせた。
景観がシーモアの屋敷に戻った。ユウナを見ると、様子がおかしい。私達の側に駆けて来たユウナに事情を聞くと。

「……結婚を、申し込まれました……」

ユウナから再びシーモアに視線をやる。何考えてるの、この人……。すると、またアーロンが私を隠すようにシーモアとの間に立ちはだかった。

「ユウナの使命を知っている筈だが」
「勿論。召喚士の使命はスピラに平和と安定をもたらすこと。しかし、 “シン” を倒すことだけがすべてではありますまい。 “シン” に苦しむ民の心を少しでも晴れやかに……それもまた、民を導く者のつとめ。私はエボンの老師としてユウナ殿に結婚を申し込んだのです」

なにそれ……ユウナはどう思ったんだろう?とユウナを見るけど。あれ?ユウナOKちゃいそうじゃない?

「スピラは劇場ではない。ひとときの夢で観客を酔わせても、現実は変わらん」
「それでも舞台に立つのが役者のつとめ」

いやお前役者じゃねーだろ。

「今すぐに答える必要はありません。どうか、じっくり考えてください」
「そうさせてもらおう。出るぞ」

そう言った瞬間、さりげなく袖を引っ張られた。よもやみんなの前で私の手を引いて歩くわけにもいかない。私は察して、先へ行くアーロンの後を着いて行った。

「……なんのためにとどまっているのです?」

なんと、アーロンが立ち止まった。私には意外で、何を言ったのだろうとアーロンからシーモアを振り返る。

「おっと……これは失礼。我々グアドは異界の匂いに……敏感なもので」
「……!」

雷に打たれたような、とは、よく言ったもので。まさかアーロンが死んでるなんて……。外から来た私からしてみれば、スピラは不思議だらけ。死者が穢土にいることは抜きにしても、それより、アーロンは、どうして。私と愛を誓ったの……?

「!」

至近距離で突然の人の気配。あっちに立っていた筈なのにいつの間にかシーモアが、こんなにも近づかれていた。アーロンのことで頭がいっぱいで気がつかなかった……。弾かれるように顔を上げたのに、気づくのが遅くてあっという間に壁際に追い込まれてしまう。みんながいないことは、即座に確認した。

「きゃ!」

壁に背が付くや、顔の直ぐ脇にタンッと手を付かれ、ビクッと目をつぶった。そして、唇に冷たい感触。目を開ける。シーモア……キス!?

「やッ……!」

着き飛ばした手首は、簡単に掴まれた。

「……あなたを初めてお見かけしたときから、こうしてみたかったのです」

間近で聞こえた声。シーモアの唇が、耳に寄せられる。シーモアの息が掛かる。嫌だ。気持ち悪い。

「どうします?皆さんなら既に出て行かれました。今は私とあなたの二人きりです」

途端顎を掴まれ、無理矢理顔を上げさせられる。

「クっ……!」

もうキスされたくない。正当防衛だと、脚に力を入れるも、即座に下半身で押さえつけられてしまった。

「いやあっ!」

反射的に叫ぶ。唇でふさがれ、両手まで壁に押し付けられた。成す術が絶たれてしまい、シーモアにされるがままとなる。

「ん……っ……んっ……」

悔しくて涙が流れる。もうやだ……こんなの。助けて……アーロン……助けてアーロン……!

「お前が結婚を申し込んだのはユウナじゃなかったか?」

アーロンの声に、私は目を開けた。シーモアが気を取られた一瞬に、シーモアの体を急いで押しやる。つかつかと近づいて来たアーロンによって、かばわれるようにアーロンの後ろに立たせられる。

「……まるで自分のもののようですね」

睨み合うアーロンとシーモア。

「まあ良いでしょう。私は、自分のほしいものは必ず手にして見せます」

そう言って、こちらに目を向けると、すぐにマントを翻し、シーモアは去って行った。パタン、とドアが閉まると、アーロンが振り返って抱きしめられた。

「……すまない」

ギュウ、と強く抱きしめられる。私の体が壊れてしまいそうなほど。

「こんなこと言えた義理じゃないのは分かっている。だが、少しだけこのままで聞いてくれないか」
「……ん」

私は小さく頷いて見せる。

「……まずは本当にすまない。オレの自分勝手な想いで。茉凛を傷つけた」
「……」
「こんな身で、茉凛への想いは断ち切るべきだった。だがどうしても茉凛だけは。愛おしかった。騙そうと思った訳ではない」
「……」
「だが、茉凛がオレとはムリだと言うなら。オレは意思に沿う。だが、一つだけ言わせてくれ」

アーロンに肩を掴まれて、アーロンの胸に埋めていた顔を上げる。真っすぐな眼差しで見つめられる。

「オレは茉凛を愛してる」

私はその瞬間、アーロンの首に腕を回し、自分の唇を合わせていた。暫くキスを交わしていた。あの幻光河の時より長く。深く。私の想いを、アーロンに注ぎ込むように。

「……」
「……」

やがて二人の唇は離れ、見つめ合う。

「異界だとか、関係ない。最初に言ってよ。私の想いは、幻光河の時も、今も。変わらないわ。どんなアーロンでも。愛してる」

今度はアーロンが私の唇を塞いだ。

「ん……」

私の気持ちをすべて受け取るようなキスだった。