マカラーニャ湖




「寒〜い!」
「寒いッス〜!」

思わず叫んだのは、私とティーダ。マカラーニャ湖へ出ると、風景が一変、雪国。

「あ!さっきのスフィアで見た景色。ここ?」
「ああ」

アーロンが頷いた。真っ白な雪で覆われた、旅行行使。アングルも一緒だ。それにしてもセーラー服では寒すぎる。みんなも大して変わらない恰好だけれど。

「……震えすぎたろう。茉凛。平気か?」

返事のつもりでコクコクと頷く。だけど寒さで震えて上手く頷けない。

「寒さが苦手だったか」
「うぅ……」
「おい」

アーロンが、皆を呼び止めた。

「装備を整えたい。そこの旅行公司に寄る」

そう言ってアーロンが、私の手を引いて歩き始めたときだった。

「ってソレ!完全に茉凛が寒がってるから温かいとこに連れて行ってあげたいだけじゃないッスか!」

ティーダが後ろで抗議し始めた。正論だね。

「ウルサイ」

10年前と、同じ場所で、同じ人(の血を引く)に、同じセリフを言うアーロン。ごめんね、みんな。私のせいで。
旅行公司の前に、ミヘン街道でルチル隊長に自己紹介させてもらえなかった騎兵隊のあの気弱な男の子が居た。ティーダが話し込み始めたため他のメンバーは先に中に入っていることにした。暫くしてティーダが入ってくると、暖炉前で毛布をかけてくれるアーロンに、真っ先に話しかけにきた。

「アーロン!」
「何が起こるかわからん」
「準備はおこたりなく、だろ?」

たぶんティーダは抗議の続きに来たと思ったんだけど。ティーダはアーロンに見事に乗せられていた。私は思わず笑ってしまう。

「似てる似てる!」
「へへっ。ヤリィ〜」
「まったく似てない」

アーロンの口調をマネしたティーダは、本当にちょっと似てたんだ。そしてティーダは思い出したように、旅行公司に入る前の不平不満をアーロンにぶつけ始めた。

「その件は、申し訳ないと思ってる。ごめんね。……アーロンも、気を遣ってくれてありがとう」
「いや!このオッサンが依怙贔屓するからッス!茉凛は甘やかすからな〜このオッサン」

正論だね……。

「分かった分かった。……それよりティーダ。やることがあるだろう。 “急いで待て” という言葉がある。手早く準備を整えてから、次の状況を待て、ということだ」
「……その言い方オッサンくさいぞ」
「悪かったな」

プイっ。て。プイって。とてもお気に召さなかったようで。

「怒るなよ〜!」

その後はティーダが何を話しかけても、プイっのアーロンに、ティーダは諦めて離れて行った。

「……アーロン」
「なんだ?」
「寒がる私のために、アーロンがしてくれたことうれしかったよ。でも……」

私は、私だけに優しい人は好きじゃない。私に優しいように、私の大切な人たちにも優しい人が好き。

「私に優しいように、皆にも優しいと、もっとうれしいな」

お願い。アーロンを見つめると、アーロンはなぜか、私の頭を撫でた。そして、やたら優しい眼差しで見つめられた。

「そこォ!イチャイチャすんなッス!」

ティーダの声が飛んできた。

「べ、別にっ、そんな!お似合いだなんてっ……」
「いや言ってないッスけど……茉凛のほうが重症なんスね……」

えっ。気が付くと、みんなが笑っていた。リュックなんて「ほらぁ!ね?茉凛とおっちゃん付き合ってたでしょ!」とかワッカに言ってて「あれを見せられちゃ信じるしかないな……」とか言ってて。ルールーなんて「ようやく自白が取れたわね」なんて言ってユウナまで「これで堂々とできるね!」なんて言ってた。これでバレてないと思ってたから、恥ずかしかった。
旅行公司を出ると、トワメルさんが来た。

「ユウナ様。お迎えに参上いたしました。こんなに早くにお返事をいただけるとは……まったくもって予想外の出来事。なにも告げずにルスにしたこと、シーモア様になりかわり……」
「それはいいんです」

ユウナが言った。

「ひとつ聞きたいことが」
「なんなりと」
「私、結婚しても、旅を続けたいんです。シーモア老師は、許してくださるでしょうか?」
「それはもう……シーモア様もそのつもりでいらっしゃいます」

それを聞いて、ユウナはガード一同に振り返った。

「行ってきます」

するとトワメルさんが口を開いた。

「さて、グアドのしきたりがありましてな。皆様はもう少しだけ、ここでお待ちください。ほどなく迎えをよこしますゆえ」

そう言って先へ行くトワメルさんには着いて行くユウナが、遠慮がちに振り返った。

「あの……」
「ガードはいつでも召喚士の味方だ。好きなようにやってみろ」
「はい!」

ユウナは笑顔で返事すると、行ってしまった。

「……すまない。ティーダのセリフだったな」

アーロンが言うと、隣にいたティーダがパッと駆けて行った。そんなティーダの姿を見て、私とアーロンは微笑み合う。

「ユウナ!」

ピィーーー!口笛の音が響く。

「了解っす!」

振り返ったユウナは笑顔だった。

「あ〜っ!!」

後方のリュックの声に弾かれるように振り向くと、

「あ……!」
「アルベド族だ!」

ワッカの声で一斉にガード一同はユウナの元へ駆けた。ユウナを囲むように布陣すると、アルベド族と対峙する。

「まかせろ」
「かたじけない!」

トワメルさんって武士だっけ。アーロンに急かされて先を行くトワメルさんに手を引かれたユウナだったけど、トワメルさんの手を振りほどいたのを私は見た。

「ユウナ様!?」

困惑するトワメルさんの声。対峙したアルベド族と緊張状態が走る。ついに正面衝突?リュックの同胞なのに。次の瞬間。アルベドの人たちが武装解除した。

「退却……?」

それは直ぐに違うとわかった。

「リューック!!」

大きな声に弾かれたように振り向けば、小高になってるところからアルベドの男の人が叫んだようだった。

「ジャマ スルナラ コイツガ アイテダ!」

アルベド語が理解できる。地道にアルベド辞書翻訳を集めておいて良かった。すると、ゴゴゴゴゴという地を這うような轟音が鳴り響き、姿を現したのは。ガトリングガン的な大型の機械仕掛けの武器。

「マホウも ショウカンジュウも コイツデ フウインスル!」

え〜っ!?となっている間に、「ヤッチマエ〜!」という小高いところにいるアルベドの男の人の声で、バトルが始まってしまった。
まずは私とワッカの遠距離物理攻撃でシーラーを消す。その後、ルールーのサンダラと皆で物理攻撃で地道にアルベドガンナーのHPを削った。リュックにはアイテムを盗んでもらった。最後はユウナのイクシオンのオーバードライブでガンナーもオーバーキルで終焉。召喚獣をオーバードライブ状態にしておいて良かった。シーラーがいなければ、魔法も召喚獣を使えたのだ。

「ユウナ様!」

バトルが終わるとトワメルさんがユウナの元に駆け寄った。ユウナは私達に頷いて見せると、トワメルさんと行ってしまった。

「リューック!!」

な……、また?先ほどの男の人の声に、小高くなってるとこを見やる。

「オヤジニ イイツケル カラナ!」
「アタシ ユウナノ ガードニナッタカラ! ユウナハダイジョウブ! ミンナデ マモルカラ ダイジョウブ!」
「ドウナッテモ シラネエカラナ!」

アルベドの人たちは退散して行ってしまった。……今のって、リュックの家族なの?ガードになったことは、アルベドの同胞への裏切り行為なの?リュック大丈夫かな?すると、無理に明るく振る舞おうとするリュックが笑った。

「あはははは……ガードになったって、言っちゃった……うーん……仕方ないよね」
「なんでアルベド族の言葉知ってんだ?」

……っ。ワッカの死角で、私は緊張した。

「なあ?」

ひぃ!こっち見ないで!隣のルールーを振り返ったワッカに、恐る恐るリュックに視線を移す。

「……あたし、アルベド族だから。あれ、あたしのアニキ」

あああ……これから始まるであろう修羅場に、思わず隣のアーロンの袖を掴む。

「……知ってたのか」

ワッカの声、怒ってる。普段あれだけ温厚なだけに、声のトーンが低くなったワッカが怖い。アーロンの服を摘む指に力が篭る。

「なんで黙ってた」
「あんた……怒るでしょ」

ルールーがかぼそい声で答えた。

「最悪だぜ……反エボンのアルベド族と一緒だなんてよ!」
「あたしたちは、エボンに反対なんかしてないよ」
「おまえら禁じられた機械を平気で使ってんじゃねえか!わかってんのか? “シン” が生まれたのは人間が機械に甘えたせいだろうがよ!」
「しょーこは?しょーこ見せてよ!」
「エボンの教えだ!教訓もたくさんある!」
「答えになってな〜い!教え教えってさあ!もっと自分の頭で考えなよ!」
「じゃあ教えてくれ!な、どうして “シン” は生まれたんだ?」
「それは……わからないよ」
「けっ!エボンの教えをバカにして結局それかよ!」
「でも!教えだからって、なんにも考えなかったら、このままだよ!いつまで経ってもなんにも変わんないよ!」
「変わんなくてもいいんだよ!」
「 “シン” が復活し続けてもいいの?もしかしたらそれ、止められるかもしれないんだよ?!」
「オレたちが罪を償いきれば “シン” は復活しない!」
「どうやって償うのさ!」
「教えに従って暮らしていればいつかは償えるんだよ!」
「なんか……ハナシにならないね」
「もういいだろう」

アーロンが静かに声をかけた。

「……茉凛が怖がってる」

涙で歪む視界でも、背中に居る私を振り返って、アーロンが優しく微笑んでくれたのがわかった。

「終わったようだ。もうオレの背中で震えなくて良い」

ぽん、と優しく頭を撫でられる。アーロンは指で私の瞳からこぼれる涙を拭ってくれると、アーロンに手を引かれるまま皆の前を横切る。

「リュック。これは動くのか?」

アーロンは、アルベドの人たちが乗り捨てて行ったスノーバイクに乗るつもりらしい。

「うん!」

元気良く返事をしてリュックはこちらに駆けて来た。

「ごめんね、リュック。私、話の腰折っちゃって」

横たわるスノーバイクを起こしたリュックに、小さく声をかける。リュックは俯いたまま首を振った。顔をあげると笑顔だった。

「そんなことないよ!その……私こそ。……ごめんね」

思わずリュックを抱きしめた。リュック大好きだよ。15歳にして、これだけの考えを持ってるなんてすごいことだと思う。私は、リュックは間違ってないって思う。どうしても、リュックのことを抱きしめたくなったのだった。

「茉凛……」

リュックは一瞬ためらったけど、私の背中に腕を回してハグしてくれた。

「……間もなくマカラーニャ寺院だ。行くぞ」
「……うん」

リュックを放して、私はリュックの頭を撫でた。負けないでほしい。きっと、このスピラを変えられるのは、リュックみたいな考え方を持った人だと思うから。リュックには私の気持ちが伝わったのか、「えへへ……」と微笑んだ。

「リュックー!」
「あ、呼んでる」

ルールーが向こうで手を振ってる。

「さ、茉凛。乗って」
「うん」

リュックに促されて、スノーバイクにまたがったアーロンの後ろに横乗りする。

「違う」
「え……?」

アーロンにぐっと手を引かれる。誘導されるまま……

「あ……」

落ち着いた先は、アーロンの膝の上で。

「見せつけてくれるじゃん。おっちゃん」

リュックがウリウリ、とアーロンを小突いた。

「……呼ばれてるぞ」
「わーかってるよ!」

リュックがスノーバイクから離れると、アーロンがアクセルを回してエンジンをかけた。

「おっちゃん!茉凛のこと、よろしくね。……私の大好きな茉凛を」

リュックを見ると、リュックはウインクしてきた。

「当然だ」

アーロンもリュックに微笑んで見せていた。私はうれしくなる。

「それじゃ、寺院で!」

そう言ってルールー、ティーダ、キマリんの元へ駆けだすリュック。

「あとでね、リュック!」
「うん!」

後ろ姿を見送る。

「出発だ」

ぎゅ、と肩を抱きしめられる。

「……スノーバイク初めてなの。こわい」

アーロンの膝の上で横を向いて、ぎゅ、とアーロンの背中に腕を回して胸板に抱きつく。

「しっかり掴まっておけ」
「ん……」

心音に耳を傾けながら、目を閉じた。スノーバイクが動き始める。冷たい風をきりながら雪の上を進むスノーバイクの上。

「……ワッカも、大丈夫かな」
「放っておけ」

アーロンの言葉で、目の前のアーロンを見上げる。

「簡単には受け入れられまい」
「……」

アーロンの背中の衣を掴んだまま、私は俯く。私は、スピラで生まれ育ってないから知らないことだらけだけど。でも、ワッカもリュックも。ユウナもルールーもティーダもキマリんも。そしてアーロン。触れてみて、大好きになった。

「私は帰ることが優先事項なんだろうけど、自分のことよりも。みんなの幸せを願ってる」
「……ああ」
「アーロン、大好きよ」

ここにちゃんと存在してる。アーロンの頬に触れるだけのキスをした。