アルベドホーム




「こっちよ!」

ラッカムさんから手を引かれ、部屋のクローゼットらしき狭いところへ押し込まれる。よく見ると、奥へ道が続いているようだった。

「この先はホームで一番安全な部屋へ通じてるわ!早くお逃げなさい!」
「ラッカムさんは……!?」
「あとで行くわ!早く行きなさい!」

嘘だ。

「ラッカムさん!私、助けてもらったし、アルベドの人の助けになりたい!ラッカムさんがこれから向かうとこに、着いて行く!」
「ダメよ!」
「エボンなんでしょ?きっと他のアルベドの人達は戦っているんでしょ?私はガードです、私も戦います!」
「茉凛さん……」
「お願い!助けてもらったアルベドの人達を、今度は私が助けたい!」
「……ありがとう、茉凛さん」

私たちは部屋を飛び出した。ラッカムさんの後ろを、長い廊下を走り抜ける。私が寝かせてもらっていた部屋は、地下の一番下だったのだとわかった。

「茉凛さん、危ないっ!」
「ラッカムさん、しゃがんで!」

襲ってくる魔物をラッカムさんと共に片づけて行く。地上1階近くまで登ってくると、眠っていたため見てはいないけど、激しい戦闘でホームは原型を留めていないほど崩れかけていた。

「酷い……」

そこら中崩れ、アルベドの人たちが何人も倒れている。おまけに、魔物だらけ。

「もう、終わりだわ……」
「ラッカムさん!」

戦意喪失し、地面に膝をつくラッカムさんの手をとる。

「じっとしてると危ないです!立って!」
「……」
「ラッカムさん、しっかり……!」

無理もないこの惨状。でもこんなとこでボーッとしてたら死んでしまう。魔物の気配にハッと振り返る。よりによって、大型。このままじゃラッカムさんまで……!

「っ!」

ラッカムさんを庇う。

「……………?」

何も起こらない。おそるおそる目を開ける。

「怪我は無いか、茉凛」

アーロンが一撃で退けた幻光虫が舞う。

「アーロン……!」

たまらず抱きついた。

「心配した。よく無事でいてくれた……」

ぎゅうっと抱きしめ返される。

「アーロン、アーロン……!」

久しぶりの再会。無事でいてくれて良かった。漆黒のつややかな髪がなでられる。

「皆もよく無事で……!」

アーロンの胸から顔を上げ、涙で視界をゆがませながら皆の顔を見回す。

「茉凛が無事で良かったわ。1人でここまで?」

ルールーの言葉に首を振る。

「偶然通りがかったラッカムさん達が、砂漠で倒れてた私を助けてくれたの」

皆の顔をぐるりと見回す。

「、……ユウナは?」
「ここに居るんじゃないの?」

すっかり意気消沈してしまったラッカムさんに肩をかして立ち上がるリュックが、驚いて言った。その時、目の前でアルベドの人が1人殺られた。

「ケヤック!」

リュックが悲鳴を上げた。ケヤック、って人。私を砂漠で注射するのに抑えた人だ。リュックがケヤックの肩を抱いた。

「襲ってきたのは誰?!」
「エボン……グアド……」

振り絞るように言うと、そのまま動かなくなってしまった。

「ケヤック!? ケヤック!」

そんな……砂漠で助けてもらって、ラッカムさん以外にお礼を言っていないのに。

「エボンとアルベドの、戦争……?」
「ソウ ジャ ネエ!」

聞きなれない声に、声のしたほうを皆、注視した。

「グアドノ ネライハ ショウカンシ ダ」
「おやじ……」

リュックが呟いた。

「テメェラ リュックノ ダチカ? チョウドイイ テェカセ! ホームニ ハイリコンダ グアドゾクヲ タタキダスゾ!」

ユウナのガード達は、リュックのお父さんの掛け声で、さらに崩れおまけに魔物も増えたホーム内部へと進んだ。

「グアドのやつら、やりすぎだろ……これ……」
「ひどいよ……」

心を痛めたワッカが、辺りを見て悲痛な声を上げた。リュックの今にも泣きそうな声。一同はメイン通路に入る。そこへ、館内放送でリュックのオヤジさんの声が響いた。

「クソッタレ! リュック キイテルカ!? オマエタチモ チカニ ニゲロ! ホームヲ バクハスル! マモノゴト ブットバス!」
「うそぉ!?と、とにかく地下に避難!」
「ユウナはどこなの?」

走り出すリュックを呼びとめる。

「たぶん【召喚士の部屋】!こっち!」

リュック先導で、ガード達は廊下を走り抜けた。何度目かの魔物を退ける。

「ここはもうダメだな……」

ワッカの言葉に、リュックは傷ついた顔で俯いた。

「そだね……ダメだね……。アルベド族には、ふるさとがなかったんだ。むかし住んでた島は『シン』にやられちゃったからね。一族はバラバラになって、あちこちで暮らしてた。でもオヤジが一族を呼び寄せたんだ。力を合わせて新しいふるさとをつくろう!ってね。うまくいってたんだよ。みんながんばってたんだよ。なのに……どうして、こんなんなっちゃうかなあ……」
「リュック……」

ワッカがリュックを気遣うと、リュックはワッカの胸で泣いた。良かった、二人とも、和解できたみたいで。

「チッ!好き勝手にあばれやがって!グアドは何がしてえんだ!?」

揺れるホーム。ガード一同は急いだ。

「ねえ、リュック。召喚士の部屋って何?」

ルールーが先頭のリュックに尋ねた。

「アルベドは召喚士を保護してるの。死なせたくないから」
「んで、さらったってワケか」

ワッカが言った。

「うん……わかってもらえないかもしれないけど……」
「理屈はわかるけどよ……」
「オレはイマイチわかんないんだよな」

分かったワッカに対して、ティーダが言った。私もティーダに同感だった。誘拐は、やりすぎだと思う。

「旅で死ぬかもしれないからって 誘拐はやりすぎじゃないか?だって召喚士は旅をしないと 『シン』は倒せないんだろ?心配なのはわかるけど、ガードもついてるしさ。ガードがしっかり守っとけば、召喚士は死なないって!なあ?なあ!」

私は見た。なぜか、みんなが引きつった顔で黙り込んでいる。

「静かになった。キマリは行く」

私とティーダが解せないでいる間に、キマリが口を開いた。一同がキマリに続き始めたので、私とティーダは外部の者同士、不安げに顔を見合わせて続くのだった。

「おねがいユウナ!ここにいて!」

リュックの叫びと同時に召喚士の部屋の中に飛び込む。たくさんの、息絶えたアルベドの人達が、地面に並んで寝かされていた。それを見たアルベド族のリュックが腰を落とした。召喚士たちがいる。旅の道中で会った、召喚士たち。彼らがアルベドの人たちを弔ったのだろうか。

「ユウナ!!」

キマリが叫んだ。

「ここにはいないわ」

ドナさんが歩いてきた。

「久しぶりね。だけど話は異界送りがすむまで待って」

ドナさんの言葉にアルベドの人達を見やる。とても。やるせない。幻光虫が飛んでいる。

「彼らは僕らを守って犠牲になった。せめて僕らの手で送らねば申し訳が立たない」

イサールさんが言うと、ドナさんと異界送りを始めた。すると、イサールさんの一番下の弟であり、ガードの、パッセくんが茉凛の側に来た。

「ねえ、お姉ちゃん。イケニエって、なに?」
「……え?」

聞き流せるような単語じゃない。私は、パッセくんの目線に合うようにしゃがんだ。すると、パッセくんは話し始めた。

「召喚士は、イケニエだって。アルベドの人が言ってたんだ。召喚士は旅をやめなきゃいけないんだって」
「………どういうこと?」

何一つ理解できない。一気に頭が回りだす。ここで、亡くなってるアルベドの人たちがそう言ったの?召喚士を守って亡くなった?召喚士とは、なんなの?それじゃあ、アルベド族による召喚士誘拐は、実は保護していただけだったの?でもそれなら、ガードはどうして旅に同行するの?止めないの?それに、召喚士が生贄って?召喚士の覚悟のことも、関係あるの?

「召喚士のことはガードにまかせろよ……」

ティーダがパッセくんに言った。

「むりやり旅をやめさせるなんてさあ……」
「やめなきゃダメなんだよ!」

悲鳴を上げるように声を上げたのは、意外にもリュックだった。そっか、アルベド族がしていたことに、当然リュックは賛同して。でも、召喚士を保護していた、理由は?

「このまま旅をつづけて……ザナルカンドに行って……『シン』をやっつけても……その時……ユウナは……っ!!」

俯いて顔を上げたリュックの瞳からは、涙がこぼれていた。

「ユウナ、死んじゃうんだよ!!」
「――――――」

衝撃的な真実に、私は思考が一時停止した。

「茉凛も、ティーダも、知ってるよね?召喚士は究極召喚を求めて旅してるって!ユウナから聞いたよね!?究極召喚なら『シン』に勝てるよ?だけど……だけど!!あれ使ったら、召喚士は死んじゃうんだよ……!『シン』を倒しても、一緒にユウナも死んじゃうんだよ!!」

そんな……。視界がゆがみ始める。こんなことが、スピラでは1000年も続けられてきたの?ユウナの、召喚士の覚悟って、このことだったの?笑顔のユウナを思い出す。いつも、笑顔だった。私はパッセくんの前に崩れ落ちる。涙は、とっくに決壊した。アーロンが私に駆け寄りの肩を抱いても。床にぺたりと座りこんで、心がえぐられるほど、胸が苦しい。

「なんで隠してたんだよ!」
「隠してたんじゃねえ」
「言葉にするのが……怖くてね」

ティーダが地面をこぶしで力いっぱい叩く音がした。

「ルールー!ユウナのこと妹みたいに思ってたんじゃないのかよ!ワッカもそうだよな!どうして止めないんだ!」
「止めなかったと思うの!?ユウナの……意思なのよ……っ」
「あいつはみんな承知の上で召喚士の道を選んだんだ。『シン』と戦って死ぬ道をよ!」

ワッカもルールーも泣きそうな声。アーロンが私を労うけど、今はアーロンの気持ちにさえ応えられそうになくて……

「そんなの絶対おかしいよ!皆の幸せのためだからって……召喚士だけが、犠牲になるなんて!!」

泣いてるリュックが叫んだ。

「犠牲とは心外だな」

イサールさん。

「あなただって『シン』の恐怖は知ってるでしょう」

ドナさん。

「『シン』のいない世界。それこそがすべてのエボンの民の夢だ。たとえそれが僕の命とひきかえでも、迷いはしないさ!」

溢れ続け止まらない涙。みんな、誰かのために。

「オレ……オレ ユウナに言っちゃったぞ!早くザナルカンド行こうって!『シン』を倒そうっ……!倒した後のことも、いっぱい、いっぱい!!あいつの気持ちもなんにも知らないでさあ!なのに……ユウナ……あいつ……笑ってた………!」

視界の隙間から、溢れる涙をぬぐいもせず、ぼやける視界で、イサールさんとドナさんが召喚する召喚獣が魔物を蹴散らして行くのが見える。目を閉じ思いだす、ユウナと出会ったルカ。初めて会ったときも、私がガードになったときも、旅を始めても、いつも。

「笑いながら……旅 したいんだ」

そう言った通り、ユウナは常に笑顔だった。目を開けると、大粒の涙をアーロンの親指に涙をぬぐわれる。ようやくアーロンを視界におさめる。アーロンは優しく私を立たせてくれた。

「ユウナに謝らなくちゃ……助けるんだ!」

振り返ったティーダはもう泣いてはいなかった。決意したように強い意志のやどる目に、私も涙を拭って、大きく頷いてみせた。