スピラの朝(R15)




「キレーイ……!」

アーロンと旅行公司を出ると、広がっていた真っ赤な夕焼けに、思わずためいきが零れる。

「海が見える場所まで行こう」
「うん!」

既に綺麗なのに、海に沈む夕日の景色はどんなに綺麗だろう。

「わー……」
「気に入ったか?スピラの景色」
「うん、とっても!」

私はアーロンから夕日に視線を戻す。想像以上だ。夕日で海も空も真っ赤で、こんなにキラキラで。

「こんな綺麗な夕日を見たのは初めてだよ……!」

ああ、なんて綺麗な眺め。こんなに綺麗なのに、“シン”は一体このスピラにどんな恐怖に陥れるんだろう……。

「茉凛」
「えっ!?」

突然肩を抱かれた。ちょっ、そんなアーロン!なんて積極的なの!オトナは手が早いわー……!って。全然違った。物陰に隠れさせられた。

「静かに」

そう言うアーロンが目くばせする方角を見る。ユウナだ。何かを手に持って、何か話してるみたい。すると、少し後方の旅行行使のドアから出て来たティーダ。

「(え……え!?あの二人ってまさか!?)」
「(静かに)」
「(キャー!)」

私は興奮気味に両手を口に当てて二人を陰ながら……いや、影から見守る。少し気になるのは。アーロンが私の肩を抱いたままだってこと。でもしっかり視線はティーダとユウナに注がれている。……わざとなのか?天然なのか?それともこれが経験豊富のオトナだから成せる所業……!?

「……」
「……」

うぅ〜ん。二人の会話が全然聞こえない。だけどなんだか良い雰囲気。……ん?なんだか雲行きが怪しくなってきたよ?二人の表情だけで言ってるけど……。

「っ!?ちょ、ちょっとアーロンっ……?」

突然立ち上がって、ティーダとユウナの元へ歩き始めたから驚いた。アーロンの後を追って、ティーダとユウナに近づくと、聞こえてきた会話。究極召喚……?

「ザナルカンド!?」
「勘違いするな。1000年前に滅んだ都市の遺跡だ」

突然割って入ったアーロンに、二人がはじかれるように振り返った。ってアーロンそのポージング。笑

「…………」
「…………」

ほ、ほらぁ!ユウナもティーダも、そりゃちょっと、ポカーンってなるよ。

「っあ」

さらに2人に近寄るアーロン。私はその場からもう動かずにいることにした。

「信用できないなら自分の目で確かめろ。ユウナ、そろそろ中へ戻れ」

???私には何の話をしているのかサッパリ分からない。そして、私のところに戻ってきて、私の背中を押してくるアーロン。中へ入れと?

「あ、私、もう少し夕日眺めていたi「冷えるぞ。中へ入れ」
「……はーい」

私はティーダとユウナを肩越しだけど一瞬だけ振り返り、アーロンに連れられて旅行行司へと戻った。二人は、もう少しだけ夕日を見ると、旅行行使へ向かって歩き始めた。
夕食は、客室の奥の食堂でみんなで食べた。そういえばスピラへ来て初めての食事だったけど、普通に美味で、スピラの食文化に安心した。美味しく食べたあとは、女子部屋に戻り、お風呂に入って、その後は女子トーク……とかそんな平和な話がこの世界でできる訳もなかった。明日に備えてルールーに促されて早めに就寝したのだった。
翌朝は、空が白み始めた頃に目覚めてしまった。まだ早い時間だったけど再び眠れそうになかった。同室のユウナとルールーを起こさないようそっとベッドを抜け出して、ロビーへ出た。早朝なのにアルベドの店員さんが居た。

「おはようございます。お早いお目覚めですね」
「おはようございます。目が覚めちゃって……。あなたも早朝のお仕事、お疲れ様です」
「あら……ふふ。リンの考えなんですよ?深夜や早朝でも、24時間お客様のニーズに応えられるようにと」
「リンさんて方、素敵な考えですね。私もこんな時間に目覚めて、あなたが居てくれてホッとしました」
「ふふふ。何かございましたら、お申し付けくださいね」
「ありがとうございます」

外の空気を吸おうかな。早朝の空気って、スピラはもっと気持ちよさそう。旅行公司のドアを開けただけで、白み始めた空に見合うひんやりとした朝の空気が流れ込んできた。朝日の昇り始める、絶妙なこの時間。鳥達の小さなさえずりしか聞こえない静かな空間。この時間が実は1日で1番好きだったりする。昨日ユウナが夕暮れ時に腰かけていたあたりまで来る。

「ん〜〜……気持ち良い〜」

思い切り伸びをして、正面の昨日夕日が綺麗だった海を眺める。キラキラする朝の海も見たかったな。なんて思いながら。伸びをした腕を下ろして辺りを見回すと、旅行行使の隣にあるチョコボ乗り場が目に入った。足を向けてみる。旅行公司の入口の真逆なら、朝日が見えるかなと。朝露の草を踏みしめる音が、耳に心地良い。

「あ……」

旅行公司の裏は、昨日食事時にちょっとした庭になっているのを確認してたけど、その草の上に、見慣れた赤。瞬間。

「茉凛か」

……目が後ろに着いてんデスカ。

「おはよう。……邪魔しちゃった?」
「いや。……こちらへ来い」

振り向いたアーロンの横顔は、朝日で照らされて。私は素直にアーロンの隣に行った。

「眠れた?」
「ああ」
「いい朝だね」

って当たり障りのないことしか言えてないよ私。

「……昨日」
「ん?」

アーロンを見る。

「ミヘン街道で騎兵隊に会って言われたこと。忘れたか?」
「え?……あ、ルチルさん達?」
「大型魔物が出ると言っていたことだ。危ないだろう、不用意に出歩くな」
「え……でも狙ってるのはチョコボだし……」

そう言うと、なぜかアーロンは私を見てため息をついた。なぜだろう?

「お前は若い娘だろう」
「?うん」

また、ため息をつかれた。えええ

「っきゃ……!」

いきなり押し倒された。背中に、冷たい感触。

「アーロン……?」

アーロンを見上げる。じ、と見下ろしてくるアーロンの表情からは、何も読み取れない。

「どうしたの。放してよ。痛いよ」

頭の両脇で固定された腕を動かしてみようとしても、ビクともしない。

「本当に何なの?早く放して!」

なに?こわいよ……

「や……!?」

お腹に何かが触れた。手だ。アーロンの手。脇腹に手が当てられ、セーラー服の裾から……うそでしょ!?

「……?」

瞬間、スッとアーロンが私の上からどいた。アッサリ解放される私。アーロンが少し離れたところで腰かけるのを見て、私は起き上がる。なんだったの……?

「アーロン……?」
「……少々やりすぎた」

そう言うアーロン。どういうこと……

「若い娘は気を付けないといけない理由を教えたかった。だがお前を傷つけたかもしれない。すまない」

こわかったか……?そう、怖がるように、珍しく遠慮がちに尋ねてくるアーロン。

「……」

すぐに私は何も答えられなかった。

「……分かった。これからは気を付けるね」

アーロンは私を泣かせたかったわけじゃないってことは伝わった。私が嫌がることを無理やりする人じゃないって伝わった。私がそう伝えると、アーロンの緊張が少しやわらいだ気がした。

「……戻るか」
「うん」

立ち上がったアーロンに、私もならう。旅行行使へと戻るアーロンの広い背中を眺めながら、私はなぜかドキドキしていた。
皆が起きてくると、食堂で朝食を取った。各々席を立つので、私も食べ終わったから席を立とうとして、なぜかティーダに捕まり、朝からすごい食べるティーダが食べ終わるのを隣で付き合わされた。

「ブリッツ選手は体力が勝負ッスから!!」
「いや、今はガードだし」

ようやく食べ終わると、ティーダはみんなが待ってるッス!と言って早歩きで客室の前の廊下を通りすぎ、旅行公司のロビーを横切り、旅行公司の外へと出ようとして、自ら開けたドアに、なぜか自分でブツかってた。笑
ゴンッていったよゴンって。

「いってぇ〜!!ッス……!」
「大丈夫ちーだ!食べすぎだよ!」
「いや関係ないしッ!?」

ふと、私たち二人に近寄る影に気が付いて、そちらを見やると、金髪碧眼男子。

「お怪我はありませんか?お嬢さん」
「あ、あの……」

吹っ飛び尻餅を着いてるティーダではなく、明らかに心配して駆け寄った私の手をなぜか握られた。

「いやオニーサン。こっち。こっちッス」
「わたくしはリン。この店のオーナーです」
「無視ッスか!」
「以後お見知りおきを、美しいお嬢さん」
「はあ……」
「っていつまで茉凛の手を握ってるッスか!!離すッス!!」

私とリンさんの間を、ティーダが手刀でぶったぎった。笑

「これは失礼。わたくしは美しいお嬢さんしか目に入らない性分でして」
「めっちゃ性悪ッスね!!」

怒涛のツッコミ魔と化すティーダ。笑

「そんなことより」

金髪碧眼男子こと、リンさんがかぶりを振った。

「美しいお嬢さん。そのルックスを活かして、ぜひうちの店で働きませんか。その美貌でスピラ一の看板娘になれますよ」

不思議なことに、まったく魅力を感じない……。

「お嬢さん、お名前は?」
「あ〜っ!!俺はシカトッスか!!てか茉凛!名乗る必要ないッスよ?!教える必要なんて無いッス!!っていつの間にまた茉凛の手握ってるッスか!!何度目ッスか離すッス〜!!」
「茉凛さん。名前まで美しい……」
「なんで分かったんスか!?」
「いや……もう二人でやっててよ」

そのとき。

「きゃー!!だ、誰か助けて!ちょ、チョコボが〜!」
「おい、出番だ。魔物を倒すんだろう。……って」
「…………」
「…………」
「…………」

私に迫るリンさんを見て、固まるアーロン。

「離してもらおう」

私をかばうように、リンさんとの間にアーロンが入った。

「ぁ、」
「行くぞ、茉凛」

アーロンに手を掴まれて、旅行公司の外へと連れ出されるさ中、リンさんを肩越しに振り返る。

「ごめんなさい。私はガードなので」
「…バンメンハ…ヨソベヌ…」

リンさんの謎の呟きのあと、ティーダが盛大に何か叫んでいるのが閉まったドア越しに聞こえた。たぶん、「みんなしてオレを無視してー!」。